第19話 その件は公にしないつもりだったのでは?
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アリアは目を見開き、しばらく間を置いてから口を開いた。
「……ソフィアさんは、夫人教育はどのあたりまで進んでいるのかしら? 」
「‼︎」
夫人教育……。
公爵夫人となったのだ。本来ならば、当然受けなければならないだろう。
だが、ソフィアはこれまでに夫人教育を受けたことはないし、またそのことについてジークハルトと照らし合わせを行ってもいなかった。
(ここは、下手に答えない方がよいのかもしれません。一般的な夫人教育では何をするのかは大方把握しているのですが、流石にこのグラッセ公爵家で行う内容までは把握しておりませんので)
ソフィアは、背筋を伸ばしてチラリと隣に座るジークハルトを横目で見やると、彼は特に動じた様子もなく涼しい顔をしている。
「彼女の夫人教育に関しては概ね問題なく進んでいる。また、徐々にではあるが、彼女には私の執務室で仕事をしてもらっている」
その言葉に、ソフィアは大きく目を見開いた。
夫人教育の件に関しては虚偽であるが、ここでは真実を伝えるわけにはいかないので納得したが、次の言葉は思いもよらぬものであった。
(旦那様? その件は、あくまでも公にはしないのではなかったのでしょうか……!)
これまで、ソフィアはほぼ毎日午前中にジークハルトの執務室に赴き、時間は一時間にも満たないが家令のトーマスと共に書類の整理を行っていた。
特に、月末になると大量に書類が管財人から届くので、その受け入れができるように常に未処理の書類はないように書類の整理は常に終わらせてあるのだ。
また、現在は前年度以前の書類の整理、各領地の状況及び問題点の把握を行っている段階であった。
ソフィアは、ジークハルトが公爵家の仕事に彼女が関わっていることをここで公言したことに驚いたが、その言葉を聞いた親族一同も大いに驚いたらしく、皆唖然とした表情をしている。
「……すでに、執務室に入ってもらっているの……?」
「ああ。ただ、それはもちろん私が彼女の力量を測った上で判断した。彼女の能力は非常に高い。加えて彼女は前年度のアカデミーを首席で卒業しているし、何をしても正確だ」
ジークハルトの発した言葉の全てが、ただソフィアを褒め称えるものであったので、彼女は全身がまるで沸騰したように熱を感じ、嬉しさや気恥ずかしさでどうにかなりそうだった。
加えて、ソフィアは昨日の夕食のときにジークハルトからの「ソフィアの有益な情報を親族に開示をしてもよいか」との問いかけを思い出す。
その際、「もちろんです。どうぞご自由に開示してください」と答えたことも思い出した。
(皆様、不審に思っていらっしゃらないでしょうか……。それにしても、あの言葉はそういうことだったのですね……! そういえば、その際にアカデミーでの成績などを聞かれて答えたのでした)
重たい身体を何とか持ち上げてチラリと見渡してみると、一斉に皆キラキラとした眼差しをソフィアに向けていた。
「あの難関のアカデミーを首席で卒業? ただでさえ留年をせずに卒業するだけでも難関と言われている、あのアカデミーを?」
声を上げたのはアリアの夫のレオだ。
心底驚いているのか、彼は大きく目を見開いている。
「……ソフィアさんは、魔法科だったのかしら?」
「い、いえ……。わたくしには魔力がありませんので普通科でした……。それに王都のアカデミーではなく地元の分校での首席ではあります」
この国は魔法使いの権力が強く、ジークハルトの親族の中で魔力がないものはいなかったと記憶している。
なので、人によってはソフィアを蔑視する可能性もあるだろう。
(失望されるでしょうか……)
そう思いながらおそるおそる顔を上げてみると、予想に反して皆の表情は先ほどよりもきらめきを増していた。
「そうなのね! それであれば、魔力量は関係がないから完全に実力というわけね。それに分校でも首席は凄いわ!」
思いがけずアリアがよい方向に受け止めてくれたので、ソフィアは狐につままれたような気持ちになった。
(もしや、わたくしが魔力がないことを好意的に受け入れてくださっているのでしょうか……?)
そう思うと、心が震えて握っているスプーンを思わず落としそうになるが、すんでのところで堪えた。
「ソフィアさん。まだまだ慣れないこともあるでしょうけれど、何かあったらわたくし相談にのるので気兼ねなく言ってね」
「お義姉様、ありがとうございます」
ジークハルトの父親のポールも深く頷き続ける。
「私も全面的に協力する。……いや、君なら心配ないな」
それは、何かソフィアに向けられたというよりは、別の何かを見据えているように感じた。
そしてアリアは何かを言いかけたが、時間をおいて別のことを持ちかけた。
「ソフィアさん。もしよろしければ、あとでお話できるかしら」
「はい。もちろんわたくしは構いませんが……」
ジークハルトに視線を移すと、彼は小さく頷いたのだった。




