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第2話 新生活の始まり

ご覧いただき、ありがとうございます。

「こ、ここが、わたくしのお部屋ですか⁉︎」

 

 ソフィアは、これまで実家では私室という名の屋根裏部屋を割り当てられてはいたが、その部屋には必要最低限の家具のみ備え付けられており、花ひとつ飾っていなかった。


 だが、案内された部屋の調度品はマホガニーで統一されていて、小花柄のソファはとても可愛らしい。

 中央のテーブルには薔薇やかすみ草、季節の花々が豪華な花瓶に生けられている。


「こちらの家具は……もしや、お飾り妻であるわたくしが使用してもよろしいのでしょうか⁉︎ なんて素敵なお部屋なのでしょう! ありがとうございます!」


 思わず感極まって訊いてしまったが、家令と侍女に自分がお飾り妻だということを話してもよかったのだろうか。


 ただ、彼らはソフィアをこの部屋に案内をした時点で事情を知っていると推測できるので、おそらく問題はないだろうと彼女は考えた。


 その思惑が当たったのか、彼らは特に動じる様子はなく淡々としている。


 家令のトーマスはスラッとしていて高身長であり、大方五十代ほどの男性だ。

 ソフィアは、ブロンドと家令の専用の黒色の衣服が彼にとてもよく似合っていると思った。


「はい、左様でございます。……ただ、奥様」

「は、はい!」

「奥様のお立場に関することは、この屋敷の一部の使用人は存じてはいるのですが、皆には契約期間中はあくまで奥様として接するように指示をしておりますので、奥様もそのように承知しておいてくださいますようお願いいたします」


「は、はい。失礼いたしました。今後気をつけます!」

「こちらこそ、差し出がましいことを申し上げました。お許しください」

「い、いえ。お顔をお上げください!」


 慌てて顔を上げるように促すソフィアに、トーマスはスッと姿勢を正した。


「それでは奥様。私はこれで失礼いたします」

「はい、ありがとうございます!」


 家令のトーマスが去ると、室内にはソフィアと侍女のテレサのみになった。


 テレサは、赤みがかった栗色の髪を頭の後ろで綺麗にまとめた清潔感を覚える女性である。年齢は、十八歳のソフィアよりも少し上だろうか。


「奥様。わたくしは本日から奥様の専属の侍女となりますテレサ・アローズと申します。これから、どうぞよろしくお願いいたします」


 そう言って、両方の手でお仕着せのスカートの裾を掴み綺麗な姿勢で膝を折りカーテシーをする彼女に、ソフィアは目を輝かせた。


 同年代の女性に話しかけてもらうことなど、生まれて初めてではないだろうか。

 胸の奥が熱くなり、目の奥がツンとした。


「わたくしはソフィア・エリオンです。こちらこそ、どうぞこれからよろしくお願いいたします」


 ソフィアもカーテシーをして応えた。

 テレサのカーテシーと比べても綺麗な姿勢で、遜色なく見える。


「それでは奥様。お茶を淹れる用意をして参りますので、一度失礼いたします」

「は、はい。ありがとうございます!」


 ソフィアは高鳴る鼓動を抑えながら、テレサを見送った。


 部屋に一人になり冷静になってきたからか、あることが脳裏に過る。

 それは、ソフィアが貴族アカデミーに通っていた時に、講師とは会話をしていたことだ。


「はっ! 今まで人と会話をしたことがないとは、誇張表現だったでしょうか? 先生方は質問をすればキチンと返していただいておりましたし、そのおかげで様々な知識やマナーを身につけることができました」


 そう思うと感慨深くなるのだが、同時に憂いも心中に湧き上がる。


「けれど、先生方はわたくしが雑談しようとしてもそそくさと職員室へとお戻りになり、あまり会話をすることができなかったのですよね。公爵様はあのようなことを仰っていましたが、何かご事情がおありのようですし、目を逸らさずに真っ直ぐにお話をしていただいたので無事に会話をすることが叶いました」


 これまでは、まともに会話をしてくれる人がいなかったので会話をしてくれたことも嬉しかったが、同時に「ソフィアが複数の男性と交際している」と思い込んでいたことも気にかかった。


 おそらく、父親が何かを吹き込んだのだろうが、そのことに嫌悪を示したことと今回の契約結婚は何らかの関係性があるのだろう。


 ともかく、気を落ち着けようとソフィアは手持ちの小さめなトランク一つを開いて新生活の準備を始めた。


 ちなみに、先ほどジークハルトから聞いた話によると、二人の結婚式は行わず代わりに親戚への顔合わせを兼ねた食事会を開く予定だそうだ。


「お食事会……。早速お飾り妻のお役目がきました! 張り切って準備をしなければ!」


 ソフィアは、自分がお飾り妻になることを指示されたことに関しては、正直なところ全く驚いていなかった。

 そもそも、この結婚話自体が架空のもので、両親は体よく自分を屋敷から追い出すための芝居を打ったのではと思っていたぐらいだからだ。


 大体、実家での両親の仕打ちからしてとても自分に良縁なんて回すわけがなく、良縁があったら真っ先に姉に回すだろう。


 なので、正直なところ自分は娼館に送られるか街に置き去りにされるか、もしくは醜聞を避ける両親なので、どこかの貴族の後妻にされるかだと思っていた。


 お飾り妻は予想外だったが、ともかく一時的であるとはいえ好待遇のようなのでホッと胸を撫で下ろした。

 ただ、期間限定の身分であるのでその後の生活のことを考えなければいけない。


「あわよくば、どこかの貴族のお屋敷に住み込みで働ければよいのですが……、それかメイドの仕事を覚えて街のどこかの食堂などで雇ってもらえないでしょうか」


 そう思うと、お飾りといえど色々とやることはありそうだと胸を躍らせるのだった。

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