第17話 招待客の対応は緊張します
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食事会当日。
食事会は夕方の十八時からなので、十四時を過ぎた頃から客人が順次訪れた。
ソフィアとジークハルトは中央玄関にて来客を歓迎し、皆一階にある来客用の応接間・ドローイングルームに案内をしてメイドや執事がお茶やお菓子を提供し、くつろいでもらっている。
ただ、ソフィアは昨晩の夕食時にジークハルトからある事実を聞いており、それについてぼんやりと思い出していた。
◇◇
「……ご親戚の皆様は、わたくしたちが契約結婚だということはご存じではないのですか?」
「……ああ」
ソフィアはティーカップをソーサーの上に置いて、改めて背筋を伸ばした。
「……承知いたしました。では、そのように認識をして対応をいたします」
ソフィアはニッコリと笑顔を浮かべるが、ジークハルトは目を細めた。
ソフィアは、彼のこういった表情は何か腑に落ちていないときや言いたいことがあるときの表情だろうと思う。
「理由を訊かないのか?」
「旦那様。旦那様のご親戚様方がご承知でないのであれば、旦那様が契約結婚をなさりたいことは個人的な理由ということになるかと思います」
「……ああ、そのとおりだ」
ソフィアは穏やかに微笑んだ。
その瞳には強い意志のようなものが感じられる。
「ならば、今回のわたくしの役目は、あくまで本当の妻のように振る舞うことですね。かしこまりました。わたくし、一晩かけて精一杯イメージトレーニングをして励みますので!」
意気揚々と言い放ったソフィアに対して、ジークハルトは何かを言おうとしたのか口を開いたのだが、首を小さく横に振って息を吐いた。
「……ああ、よろしく頼む。加えて、君はあくまで夫人用の私室を使用していることにする。悪いが、今日から一時的に部屋を移ってもらってもよいだろうか。その際は、君の衣服などは速やかに移動するように手配する」
「はい、承知いたしました」
ジークハルトは、コホンと軽く咳払いをした。
「ところで、君の親族側は相手方の事業が繁忙期のために来られないことになっている」
「そうでございますか」
ソフィアは心底安心したので、安堵の息を吐いた。
その様子を受けてなのか、ジークハルトは再び目を細めたが、今度は自身のコーヒーカップに手をつけて発することはなかった。
◇◇
そうして、ジークハルトの叔父や叔母、従兄弟などを迎え入れたあと、ほどなくして白髪の長身の男性が玄関の扉をくぐった。
彼は、ジークハルトと同じく涼しげな目元にダークブラウンの瞳をしており、ソフィアは間違いなくジークハルトの父親だと思った。
「父上。お久しぶりです」
「ああ。元気そうだな」
「はい」
ソフィアは緊張から身体が硬直するように感じたが、ともかく自分の役目を果たそうと強く意志を持った。
「初めましてお義父様。わたくしはソフィアと申します。よろしくお願いいたします」
ソフィアは綺麗な姿勢でカーテシーをした。
念入りに選んだ胸元に複数のスパンコールが輝き、スカートには繊細な刺繍が施されている水色のドレスを身につけたソフィアは普段とはまた別の印象を周囲に与えている。
ジークハルトは紺色のウエストコートの上にフロックコートを着込んでおり、そのどちらとも袖や服の裾部分にアクセントとなる水色の刺繍が施されている。
刺繍の色とソフィアのドレスの色味が合わせているのだ
「……ああ。ソフィアさん、私はジークハルトの父のポール・グラッセだ。こちらこそ、よろしく頼む」
「はい」
ポールはソフィアを見ると少し目を細め、次にジークハルトに視線を移した。
「……ジークから急に結婚をしたい相手ができたと手紙をもらったときは驚いたが、……あなたを見たら納得がいった」
(……?)
ポールから思ってもみなかった言葉をもらったので思考が鈍るが、徐々に言葉の意味を理解すると冷や汗がでてきた。
(そ、それは好意的と捉えてもよろしいのでしょうか? ですが、何と返すべきなのか……)
受け答えに困っていると、ジークハルトが口を開く。
「手紙にも書きましたが、彼女とは友人を介して会うことが叶いまして、……彼女と彼女のご両親との話し合いにより婚約期間を設けずに結婚の運びとなりました」
「……そうか。結婚式は来年に行うということだが」
その言葉に、ソフィアは目を見開いた。
(そうです、そういう『設定』になっているのですよね!)
そもそも、この契約結婚自体がどうも、「ソフィアの父親からの一方的な提案」らしく、そのためによく考えると色々と不自然な点が多く、つつけば色々とボロがでてくるのだ。
なので、ソフィアは最低でもジークハルトの父親や姉らはこのことを知っていると思っていたのだが、そうではないと知って意外に思った。
「はい。婚姻自体が急でしたので、せめて結婚式は念入りに準備を行いたいと思いまして」
「そうか。……そのことについては後ほど話そう」
「はい」
そうしてポールは控室へと入室し、ソフィアは小さく息を吐いた。
「と、とりあえず、やり過ごすことができましたでしょうか」
そもそも、公爵家への嫁入りともなれば随分前から念入りな準備や婚約期間が必要であり、このような形で結婚をするなど通常では考えられないだろう。
だが、これまで接してきたジークハルトの親戚や父親は皆、なぜかソフィアに対して少なくとも拒否反応を示すということはなかった。
それはなぜなのだろうと思案をすると、ふとあることが思いあたる。
(そうです。今回はお義父様のみのご招待ですが、お義母様には招待状をお送りしていないのですよね。……そもそも、お義母様に関してはこれまでまったく話題に上りませんでしたが……)
きっと、そのことと突然結婚したというぽっと出の自分が非難されないこととは関係があるのかもしれない。
そう思っていると、再び招待客が現れた。
まず、長い黒い髪を編み込み後頭部にまとめた髪型、紫色の品のよいドレスをまとった二十代後半ほどの女性が扉をくぐる。
次に、彼女よりもやや年上だと思われるハニーブロンドの柔らかい雰囲気を帯びた男性、加えて、黒髪の少年とハニーブロンドの少女らが扉をくぐった。
(もしかして、こちらの素敵な女性と殿方は……!)
「姉さん、今日はよく来てくれたな」
「ええ。まあ、あなたとは商会でよく会っているからよいのだけれど、……それよりも、あなたがソフィアさんね」
「はい、初めまして。わたくしはソフィア・グラッセと申します。よろしくお願いいたします」
「ええ。わたくしはアリア・テレジアです。こちらこそよろしくね」
「はい」
ジークハルトの姉であるアリアは、微笑を浮かべてはいるが、強い眼差しをソフィアに対して向けている。
彼女は、何か一筋縄ではいかないと感じた。
「あの、つかぬことをお聞きしますが、ご子息のテナーさんは最近食べ物の嗜好が変わりませんでしたでしょうか。それとも事前にご提示をいただいた情報は、元々の嗜好でしょうか」
アリアと夫のレオは、顔を見合わせ小さく頷き合った。
「ええ、そのとおりだけれど」
「かしこまりました。ご返答をありがとうございます」
(やはり、思ったとおりのようですね!)
ソフィアがそう思っていると、アリアはそっと扇子を口元に当てた。
「それでは、ソフィアさん、ジーク。後ほどお会いしましょう」
「はい。よろしくお願いいたします」
そうして、玄関での出迎えは無事に完了した。
「旦那様。皆様、とてもお優しくて安心いたしました」
「……ああ」
ジークハルトは何かを思案しているのか、どこか遠くを見ているように感じる。
「それでは、わたくしは一度失礼いたします」
「ああ」
そうして、ソフィアはある指示を与えるために厨房へと向かったのだった。
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