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第16話 夢のような言葉が聞こえました

ご覧いただき、ありがとうございます。

 ジークハルトは、控室に入室した途端に視界に飛び込んできたライトイエローのドレスに身を包んだソフィアから、なぜか目が離せなくなった。


(綺麗だ……)


 純粋にそう思い呆気に取られそうになるが、自身の用件を思い出すと意識して背筋を伸ばした。


 元々、食事会の準備に関してはソフィアには仕立て屋のドレスを見繕わせるのみで、あとは関わらせないつもりだった。


 だが、先の筆記試験の結果や彼女の日頃の姿勢から様々な事柄を任せたいと考え、ソフィアを食事会の打ち合わせに参加をさせるように、あらかじめトーマスに指示をしておいたのだ。


 また、ジークハルトは元々自分の衣装は既存のものを使用するつもりであったし、そもそもがこの時間は商会の仕事中であるので今日の仕立て屋の訪問には関わらないつもりだったが、二時間ほど休憩をとり屋敷へと赴いたのだった。


 だが、その旨をソフィアに伝えたらきっと気をつかうだろうし、何か漠然と気恥ずかしさが湧き上がってくるのでそれは打ち明けないことにしたのだ。


「旦那様! お帰りなさいませ」

「ああ、戻った。だが、一時間ほどこちらに滞在したらまた商会へと戻るが」

「そうでございますか。それはお疲れ様です」


 ソフィアは頬を染めて、淑やかにカーテシーをした。


 そうだ。きっと、自分はソフィアに関わりたいと心のどこかで思ったのだ。


「そのドレス、君にとても似合っているな」

「────‼︎」


 瞬間、ソフィアは大きく目を見開き、しばらく動きを止めた。

 

「大丈夫か?」

「はっ! はい!」


 ソフィアは気を取り戻したのか、目をパチクリと瞬かせてジークハルトと向かい合った。


「旦那様。……もしかして、このドレスを素敵だとおっしゃっていただけたのでしょうか……?」

「あ、ああ」


 改めて訊かれると、妙に照れくささが湧き上がってきて思わず目を逸らした。


(いや、ドレスではなくて、本当は君が綺麗だと言いたかったのだが……)


「────‼︎ ありがとうございます、旦那様!」


 そう言って満面の笑みを浮かべるソフィアを見ていると、何か自分の胸の中から形容のしがたい感情が湧き上がってくるようだ。


 コホン


 そのようなやりとりをしていると、傍に控えているトーマスが軽く咳払いをした。


「そのドレスもよく似合っているが、君はこれまでいくつか試着したのだろう? その中で、気に入ったものはあっただろうか」


 瞬間、ソフィアは動きをピタリと止めて、「そうですね……」と言ってからドレスを眺めた。


「……どのドレスもとても素敵ですが、わたくしはあちらの水色のドレスがその中でもより好きです」


 遠慮がちに呟くように告げられた言葉は、きっとソフィアが「自分には発言権はない」という環境下で育ったためなのだろう。

 尤も、彼女は発言権どころかいないものとして扱われて育ったのだが。


 ソフィアが目線で指したドレスに視線を向けると、水色の品のよいドレスがハンガーラックに掛けられていた。


 なるほど。確かに銀髪にアイスブルーの瞳を持つソフィアには似合いそうだとジークハルトは思った。


「そうか。では、もしよければ今試着してもらってもよいだろうか」

「! は、はい!」


 試着中は男子禁制ということでジークハルトとトーマスは速やかに退室をし、五分ほど経つと侍女のマサが扉を開き入室の許可を得られた。


 すると、目前には水色の刺繍とレースをあしらった見事なドレスを身につけたソフィアが綺麗な姿勢で立っていた。


 ジークハルトは思わず息を呑み、全身に何か強い衝撃が走るのを感じた。


「とても綺麗だ」

「! 旦那様……」


 ソフィアはさっきとは打って変わって、今にも泣き出しそうな表情をしている。


「旦那様……、それを受け止めるには、わたくしにはキャパオーバーです……」

「キャパオーバー?」


 ソフィアが何を言っているのかはいまいち分からないが、そう言って苦笑した彼女を見ていると、嫌がっているわけではなさそうだと内心で安堵する。


「それでは旦那様。わたくしはこちらのドレスに決定しようと思うのですが、いかがでしょうか?」

「ああ。私も、このドレスは君にとても似合っていると思う。決定してもよいのではないだろうか」


 欲を言えばあと何着か彼女が着ているところを見てみたいと思うが、ジークハルトは休憩をとってここに来ている身でもあり、あと二十分ほどで出立しなければならないのでそれは難しそうである。


 そもそも、自分のために何着も着脱してもらうのは気が引けた。


「では、こちらのドレスを奥様に合うように調整させていただきます」

「ああ。よろしく頼む」

「かしこまりました」


 仕立て屋の女主人は、緊張した面持ちでジークハルトに対して辞儀をした。


 思えば、仕立て屋を屋敷に呼んだこと自体、何年ぶりだろうか。


 母親や姉のアリアが屋敷に居住していたときは夜会シーズンの前に毎回呼び出していたし、それこそ母親は姉とは違いシーズン以外のときにも頻繁に呼び出していたと思う。


 今回、呼び立てた仕立て屋は姉らが贔屓にしていた仕立て屋であるが、これまではオーダーメイドで注文をするのが常だった。

 

 だが、今回はオーダーメイドではなく既製品を試着して手直しするように依頼をしたのにも関わらず、ジークハルトが様子を覗きに来たので不思議に思っているのかもしれない。


「では、旦那様のご衣装ですが、いかがなさいますか」

「衣装は妻のドレスと雰囲気を合わせてくれ。また小物を妻のドレスの色味と合わせて欲しい。ただ今は時間がないので改めて来店し決めたいと思うが、よいか」

「はい。もちろんでございます。それでは何点か見繕いご用意が整いましたらご連絡をさせていただきます」

「ああ、頼む」


 そうして仕立て屋とのやり取りは完了したのだが、傍ではソフィアが大きく目を見開いて動きを止めていた。


「どうしたのだ?」

「はっ! 旦那様。今、夢のような言葉が聞こえたものですから!」

「夢のような言葉?」


 何のことかと思考を巡らせてみる。

 すると、これまでのソフィアの言動や思考からおそらくある言葉に反応をしたのだと思われた。


 だが、それを周囲の者に聞かれたら彼女のプライバシーを損ねてしまうと考えて耳元でそっと囁く。


「もしかして、『妻』という言葉に反応したのか?」


 瞬間、ソフィアの身体がビクンと跳ね上がり顔面が瞬く間に真っ赤になっていく。


 その反応が何だか可愛らしいと思っていると、ソフィアが再び「キャパオーバーです……」と呟いた。


 それからは、仕立て屋が差し出した色見本の図標から色を指定していると時間になったのでトーマスと共に退室したのだが、ある点が気に掛かった。


「皆、とてもよい顔をしていたな。なんと表現してよいのか図りかねるが、室内がよい雰囲気だった」


 その言葉に反応をしたのか、ジークハルトの後ろを歩いていたトーマスがピタリと動きを止めた。


「それは、お二人のご様子がとても微笑ましかったからだと思われます」


 ジークハルトは玄関でトーマスからフロックコートを受け取り流れる作業で羽織りながら疑問を浮かべた。


 その様子にトーマスは小さく苦笑したが、ジークハルトは彼がポツリと「奥様がお越しくださって、本当によかったです」と呟いた言葉が、しばらく耳の中で響いたのだった。

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