第15話 珍しいことなのでしょうか?
ご覧いただき、ありがとうございます。
また、ソフィアは招待客のリストにジークハルトの父親の名前が載っていたので、内心ドキリとしていた。
ジークハルトの父親である前公爵は、嫡男であるジークハルトに爵位を譲り渡したあと、自身は公爵家が統括している領地の一つにすぐに移住したという。
前公爵は決して激情な人物ではなく、無意味に人を裁くこともしなかった。
ただ、使用人らによると彼は寡黙で周囲に対して圧を発しているので、初対面の人は一様に彼から距離を置きたがるともこっそりと言っていた。
(正直なところ、先代の公爵様とお会いすることを考えると今から緊張しますが、わたくしがお飾り妻である以上、キチンと挨拶をしておかなければいけません)
一年でここを去る身ではあるが、公爵家でお世話になる以上面識は持っておきたかった。
加えて、彼が自分のことをどのように認識をしているのかも気にかかる。
ともかく色々気にかかることはあるが、今は様々な事項の確認を行わなければならないので、そちらに専念することにした。
「お料理はコース料理で、アミューズ、前菜、スープ、魚料理、ソルベ、肉料理、デザートの計七品ですね」
「はい。事前に皆様のお身体に合わないもの、嗜好に合わないものは聞いております」
「そうですか」
ソフィアは食事会に関するリストに再度目を通すと、ふとあることが気にかかった。
「あの、義姉様のご子息であるテナーさんのことで質問があるのですが……」
「はい。テナー様がいかがされましたか?」
「実は……」
ソフィアは、ジークハルトの姉の子であるテナーに対してあることが気に掛かり、ある質問をしたのだった。
そのあとは、会場に飾る花の種類や細かい小物の指定をトーマスらの助言を元に行った。
また、翌日の午後に当日に着る衣装の選定のために、エバンス公爵家の屋敷の応接間に仕立て屋を招いた。
仕立て屋は、朗らかな雰囲気の三十代ほどの女性である。
「奥様は華奢でいらっしゃるので、細身のドレスがどれも美しく映えますわね」
「! そうでしょうか?」
「はい。何点かご試着をいただきまして、お気に召されたドレスがございましたらお声がけくださいませ」
「はい! よろしくお願いいたします!」
ソフィアは、食事会という大切な機会で身につけるドレスであるので慎重に選ぶべきだと思い、「感動スイッチ」をオフにしようと努める。
だが、目前の初めて目にする新品のドレスがずらっと並べられた様子と、仕立て屋の女性からの「美しい」という言葉も相まって中々切り替えられそうになかった。
胸の熱さを感じるが、ともかくすうっと深呼吸をしてから試着に挑んだ。
「とてもお綺麗です、奥様」
「そうでしょうか。ありがとうございます」
五点ほど試着をしていると、扉からノックの音が響いた。
現在、応接間は男性禁制であるので、傍に控えているテレサが応答したのちすぐに立ち上がり扉を開いた。
すると、すぐに戻りソフィアに耳打ちをする。
「奥様。旦那様がお越しになられていらっしゃいます」
「だ、旦那様ですか⁉︎」
「はい。いかがなされますか?」
どうやら訪問者はジークハルトのようだが、現在ソフィアはドレスを試着中であるので気恥ずかしさから瞬く間に顔に熱が帯びた。
ただ、ドレスはどのみち食事会の時には見せることになるし、むしろパートナーであるジークハルトとは衣装の色を互いに合わせるなど照らし合わせも必要なので、同席してもらった方がよいだろう。
「承知いたしました。入室していただいてください」
「はい、かしこまりました」
速やかにテレサが扉に向かう様子を眺めながら、古参の侍女であるマサも大きく目を見開いていた。
「まさか、あの旦那様が、特別に休憩をお取りになられたのでしょうか……」
「それは珍しいことなのでしょうか?」
「はい、とても。というよりは、初めてではないでしょうか」
「そ、そうですか……」
ソフィアの鼓動が、より波打ちはじめる。
そして、ほどなくジークハルトが入室したのだった。