第14話 ひとつ訊いてもよろしいでしょうか?
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その日の午後。
ソフィアは家令のトーマスと執事のセバス、加えて古参の侍女マサとソフィアの専属の侍女のテレサらと共に、食事会の会場となる予定の屋敷の大広間に赴いていた。
というのも、会場を実際に確認してから、別室に移動をして改めて打ち合わせをしようということになったのだ。
大広間はとても広く、天井には魔法道具のクリスタルのシャンデリアが複数飾られており、室内を明るく照らしている。
ちなみに、ソフィアは魔法道具についての知識は持ち合わせており、学生時代に魔法論についてのスピーチ大会で優勝をしているのだが、アカデミーの普通科の生徒で、それも魔力なしということで周囲はソフィアの実績を重要視することはなかった。
それは、今にして思えば実家の両親や姉からの、なんらかの圧力があったものと思われる。
また、この国では詠唱をして魔法を使う者はほとんどおらず、魔法の大部分は魔力を魔法陣に注いで術式を展開し発動するものだ。
加えて、ソフィアの両親と姉と弟も魔法陣を用いた魔法を使用する。
よって、現在のほとんどの魔法は、魔力を込めた魔法陣を作成し発動するもので、更に魔法道具は魔法陣を道具に刻みつけて魔法を使用するものである。
なので、自然と魔法道具が世の中に溢れており、現状では魔法に触れずに生活をしている者はほとんどいない。
また、エヴァンス公爵家が経営している「マジックガジェット商会」は国内シェア二位を誇っている大手の商会である。
ソフィアは、そのことは実家にいたときに知ってはいたが、何分実家では行動制限が多く入手できる情報源も限られていたので、エヴァンス公爵家が商会を経営していることまでは把握していなかった。
また、ソフィアが先日さりげなく使用人らから聞き出した情報によると、どうやらジークハルトには上級程度の魔力があり上級レベルの魔法も使えるらしい。
ちなみに、ソフィアのように全く魔力を持たずに生まれた人々はこのロジット王国の人口の一割も満たないほど少なく、そのために彼らに対する風当たりは強いのだ。
ソフィアは食事会の光景を思い描きながら、室内を見渡していく。
(なるほど。とても広いですね! これならば、三十名以上の方が一堂に会しても問題なさそうです)
更に周囲を見渡すと、室内の装飾が何だか味気なく感じた。
(わたくしがお借りしているお部屋はシトラスグリーンのカーテンが飾られておりましたが、こちらは濃い緑色のカーテンで統一されていますね。もちろん各室内の用途も違いますし、不自然な点はないのですが、なんというかお部屋に対しての熱意が違うといいますか……)
とはいえ、実家では屋根裏部屋を割り当てられていたし、インテリアのコーディネートなどしたことがないので詳しいことは分からないのであるが。
そうして、広間の下見を終えたので一同個室へと移動して打ち合わせを始めた。
「顔合わせは来週末ですし、コースのお料理の内容はすでに決定しておりますがご確認をお願いいたします。また、旦那様のご親族様への招待状の送付は完了し、返信も皆様からいただいております」
「そうですか」
「こちらが食事のメニューと招待客のリストになります」
ソフィアは執事のセバスから招待客のリストと食事のメニューを手渡されざっと目を通した。
(安心しました。どうやら、招待客は旦那様の親戚のみですね。わたくしの方の親族は誰一人招待されていないようです)
正直なところ、実の家族とは顔を合わせることを考えるだけで気が滅入る。
彼らから再びいない存在のように扱われるかと思うと、心が拒否反応を起こすのだ。
(まだ、こちらに移住をして一週間ほどですが……)
人は、劣悪な環境から少しでも改善された環境に身を置くと、以前の環境に戻ろうとは思えないものである。
ソフィアの心中にも、まさにそれが渦巻いていた。
そして、ふと自分の弱点のようなものに触れた気がする。
(わたくしは契約が終わったらここを立ち去る身です。けれど、そのときに……)
考えると胸の鼓動が嫌な音で高鳴り始めたが、今は食事会のことに集中しようと思い直す。
ただ、やはり気にかかることがあり、それをそのままにして打ち合わせを進める気にはなれなかった。
そもそも、この結婚自体が期間限定のはずなのに、顔合わせの食事会を開くこと自体不必要なことなのではと内心思った。
「一つ、訊いてもよろしいでしょうか」
「はい、奥様。もちろんでございます」
執事のセバスは柔かに頷いた。
「わたくしたちの結婚で、顔合わせをする理由は何かあるのでしょうか」
瞬間、セバスは眉を顰めたがトーマスが咳払いをしたのですぐに表情を戻した。
ちなみに、ソフィアが事前に直接ジークハルトから聞き出した内容によると、この場に集まっている使用人らはソフィアの事情を知っているようだ。
そして、セバスの代わりにトーマスが口を開いた。
「はい。……事情がございまして、奥様と旦那様の関係をご親族に対し周知する必要があるのです」
「そうですか。……納得いたしました」
正直なところ、まだ疑問は次々に湧いてきているし解消はできていないのだが、とりあえず先の説明で次の段階に進める心持ちになったのでソフィアはそれでよしとしたのだった。