第13話 そのようなオファーをいただける日がくるとは!
ご覧いただき、ありがとうございます。
今話から第2章に入ります。
ソフィアが、公爵家で暮らし始めてから一週間ほどが経過した。
ソフィアはあくまでもお飾り妻を極めようとしているのだが、周囲はあくまでジークハルトの妻として敬ってくれている。
それはとてもありがたいと思う反面、ソフィアはなぜか心に形容しがたい鈍い痛みを感じるのであった。
それは、おそらくソフィアが一年後にはこの屋敷を去らなければならない立場なのにも関わらず、皆から好意的に接してもらうことが常となることが怖いからなのだと漠然と思うのだ。
だから、ソフィアは公爵家での日々を大切にして過ごそうと心に決めた。
そして、今日はソフィアの初仕事の日である。
ただ、ソフィアがトーマスの仕事の補佐をすることは公にはできないので、あくまでトーマスの補佐をソフィアの空き時間に少しだけ行っている体でいなければならない。
なので、制限時間は四十五分と短く設定されている。
「奥様。本日からどうぞよろしくお願いいたします」
「はい。エドワードさん、こちらこそどうぞよろしくお願いいたします!」
「では、今日は初日ですので、奥様にはこちらの書類をお読みいただきまして内容を把握していただければと思います」
「はい! 承知いたしました!」
早速手渡された書類を受け取ると、ソフィアは「感動スイッチ」を一旦オフにして、深呼吸をしてから部屋のすみで立ったまま読み始めた。
「奥様、よろしければこちらのソファにお掛けくださいませ。私は使用人の立場ではありますが、旦那様からはこの執務室では旦那様の机を使用する以外は自由に振る舞うことを許されておりますので」
「ご配慮をいただきまして、ありがとうございます」
そうして、ソフィアは指定された書類を読み、持参した事典を見ながら用意をしてもらった紙に様々なことを書きこんでいった。
そして、十分ほどで全てを読み終えると、立ち上がって向かいの席で決裁書類の確認をしているトーマスに話しかけた。
「エドワードさん、読了いたしました」
「もう完了したのですか?」
「はい。加えて書類に誤字や文章の誤使用、及び法令の誤解釈等が数箇所見受けられましたので、こちらにメモを取り校正の提案を記しておきました」
「‼︎ なんと!」
トーマスは勢いよく立ち上がり書類の確認をすると、声にならない声を漏らした。
「これは、的確な校正をいただきまして誠にありがとうございます、奥様!」
ソフィアは、普段から冷静な彼の弾んだ声を初めて聞いたと思った。
「奥様。もしよろしければ、書類はまだ大量にあるのですが、あちらにも目を通していただいてもよろしいでしょうか?」
「はい、もちろんです」
そうしてソフィアは制限時間いっぱいまで書類の校正をして過ごし、目前の確認前の大量の書類は確認済みのカゴへと全て移ったのだった。
「奥様、ありがとうございました。本来、本日は業務内容をご理解いただくためにこちらの書類を確認いただこうと考えていたのですが、書類自体は複数の人間の手で作成されておりますのでどうしても誤字、誤解釈が複数発生してしまうのです」
ソフィアは小さく頷いた。
「ええ、そうですね。ですが、それは致し方ないと思います」
「はい。正直なところ、普段の業務に手一杯で力不足ながら修正までは追いついていないのが現状です。機密事項もありますので滅多な人間に修正を依頼するわけにもいかず、手に余らせていたのです」
「そうでしたか。ですが、あくまでも提案ですので、参考程度にしていただければと思います」
「はい、かしこまりました。旦那様によくご相談をいたしますので」
「よろしくお願いいたします」
そうして退室をする準備をしていると、トーマスから「ときに奥様」と声を掛けられた。
「来週末の土曜日に、このお屋敷で旦那様のご家族との顔合わせを兼ねたお食事を行う予定でございます。奥様につきましては、本日から準備にあたっていただければと思います」
「準備ですか?」
「はい。座席の指定やお料理内容、会の段取りなど是非奥様にご相談をいただきたいことがございます。もちろん、奥様が差し支えがなければですが」
ソフィアはサッサっと自身のスカートからハンカチを取り出して、目元に当てた。
(ま、まさか、このわたくしにそのようなオファーをいただける日がくるとは……!)
感慨深さに浸っていたかったが、ソフィアは大きく深呼吸をしてからスッと背筋を伸ばした。
「はい、承知いたしました! わたくし、本日から誠心誠意全力でお食事会の準備にあたりたいと思います!」
「はい、ありがとうございます」
そうして、この日からソフィアは食事会の準備にあたることになったのだった。