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閑話 エリオン男爵家にて

ご覧いただき、ありがとうございます。

今話から、短編版のその後のお話となります。

()()は公爵家でうまくお飾り妻をやっているでしょうか」

「おそらく、問題はないだろう」

「お父様。あれの契約期間が終わったら」

「ああ、もちろん承知している」


 ソフィアとジークハルトが共に夕食を摂った翌日の夕暮れ時。

 エリオン男爵の執務室では、ソフィアの二歳年上の姉であるリナと父親の男爵が微笑を浮かべて会話を交わしていた。


 エリオン男爵は銀髪を流した短髪にアイスブルーの瞳をしており、今は目を細めている。

 対して、姉のリナは母親譲りの亜麻色の髪にヘーゼル色の瞳である。


 ちなみに、()()とはエリオン男爵家においてのソフィアの蔑称である。


「あくまでも、あれは公爵閣下の元にお前が嫁ぐための繋ぎに過ぎない。閣下が貴族の女性に対してよい感情を持ち合わせていないことは一部の貴族の間では有名な話だからな。思えば、現在閣下が爵位の授爵について問題を抱えているという情報を入手したのがきっかけだった」


 リナは頬杖をついて、小さくため息を吐いた。


「純粋に、初めからわたくしが嫁いでもよろしかったのでは?」

「それはダメだ。閣下は本気で一年間の契約結婚をする気でいるのだ。契約結婚という形でなければ、そもそも引き受けていただけなかっただろう。可能性はないとは思うが、もし仮にリナを契約結婚の相手として嫁がせて、契約期間の終了と共に離縁するなんてことになってしまったら一大事だからな」

「そんな! そんなことをわたくしがされるなんて考えられません」

「万が一、の話だ」


 エリオン男爵はスッと立ち上がった。


「だから先にあれを行かせたのだ。あれは魔力のない能無しだ。あれがいたところで、公爵家にとっては何の利益にもなりはしない」

「本当ですわ。それにあの子酷いのですよ。わたくしの物をすぐに欲しがって、癇癪も酷いし。屋根裏部屋が自室になったのも自分のせいだと全く思っていないの。まあ、元々相手をする価値もないのですけれど」

「……そうだな」


 エリオン男爵は片目を瞑り小さくため息を吐いてから、再び執務椅子に腰掛けた。


「閣下には、あれと離縁をした後に改めてリナとの婚姻を持ちかけるつもりだ。なに、閣下にはあらかじめリナのことを推してある。あれに愛想をつかせたところに、リナと会食の機会でも設けてもらえればすんなりとことは運ぶだろう」


 加えて、エリオン男爵には「ジークハルトが契約結婚を承諾した事実」という切り札もあった。

 彼は、万が一にジークハルトがリナとの縁談を拒んだ際に、エリオン家に不利になる情報はできるだけ削ぎ落として「件の事実を公表する」と言って脅そうと内心で考えているのである。


 リナは満面の笑みを浮かべる。


「ええ。きっと閣下は『マジックファースト商会』の顧問や王宮で宮廷魔術師の補助として働くわたくしを、必要と思うはずだわ」


 補足をすると、「マジックファースト商会」は国内一位のシェアを誇る魔法道具の製造・販売を手掛けている商会であり、エリオン男爵家はその商会と契約を交わして魔法の知識や技術を商会に提供をしているのだ。


「ああ。だからもう少しの辛抱だ。分かってくれるね?」

「はい、お父様。わたくし諸々の準備をして待っておりますね」


 そう言って執務室を退室していくリナを見送ると、男爵は深く息を吐いた。


「まったく。なぜ我が家に魔力なしの子供などが生まれてきてしまったのだ。とんだ恥さらしもいいところだ」


 エリオン男爵はソフィアの存在を認めていなかった。

 とはいえ、エリオン男爵とて最初は第二子の誕生に心から喜んだし大切に育てようとも思ったのだ。

 だが、生後半年に行う初めての魔力検査でソフィアが全く魔力を持ち合わせていないことが判明し、妻のマヤが心底絶望したことがきっかけで彼の心持ちも変化したのである。


『このエリオン家始まって以来の魔力なしの子供など、わたくしは産んでおりません!』


 あの頃のマヤの憔悴ぶりは深刻であり、エリオン男爵はマヤを愛していたので、彼はマヤを責めることなくエリオン家の平穏を保つためにはどのような対応をしたらよいのかと思案した。

 結果、「ソフィアをいないように扱う」ことを思いついたのだ。


 ただ、ソフィアに対してどのように対処すればよいかと様々な案を出す過程で、彼女をどこかの遠縁にでも養子に出してしまうことも考えたのだが、そうなると妻が「魔力なし」を産んだために養子に出したと親族から悟られる可能性が高いのでそれは却下した。


 そのため、ソフィアを家庭内に留めてはおくが、「いないもの」として扱う。そう結論が出たのである。


 また、出生の事実はすでにあるので、学園には通わせなければならなかったことは心苦しかった。

 だが、どうも娘のリナがソフィアに家庭内での仕打ちを他言させないために学園内に悪い噂を流し、ソフィアの信用を落として誰からも聞く耳を持たれないようにしていたようだ。


 その結果、ソフィアが学園内ででしゃばるようなことはなかったので、エリオン男爵は心から安堵した。


「これで閣下があれと離縁をし、あれが閣下の領地の村でひっそりと平民として暮らすようになれば、私たちにとってはこの世にいないと同然となる」


 エリオン男爵家としては手を汚さない形で、あくまでジークハルトの判断でソフィアを平民に落とせる。

 それは、まさに男爵にとっては悲願と言えるものであった。


「それに、リナが公爵夫人となれば我が家も盤石だな。まあ、国内シェアを争う二つの商会に関わりを持つことにはなるが、リナが現在の商会の仕事から手を引けば問題はなかろう」


 そう呟くと、エリオン男爵は気をよくしたのか鼻歌混じりで立ち上がり自室へと向かおうとするが、その矢先に丁度扉がノックされたので動きを止めた。


「誰だ」

「父上。シリルです」

「入りなさい」

「失礼いたします」


 シリルはエリオン男爵の長男であり、ソフィアとは二歳年下の現在十六歳のアカデミーの学生である。


「父上。先の学力考査の結果をお持ちしました」


 そう言ったシリルの表情は暗く、エリオン男爵は結果が記された羊皮紙を受け取る前から結果を大体察した。


 ちなみに、エリオン男爵は先ほどシリルに学力考査の結果を持ってくるようにと伝えていたのだが、そのことを失念していたのだ。


「以前と比べて随分と落ちているな。まったく、お前の姉上は常に学年首位をキープしていたんだぞ。エリオン男爵家の跡取りのお前が、もっとしっかりしなくてどうするのだ」


 そう言うと、気持ちが晴れ渡るようだった。

 どうにも、最近ではいなくなったソフィアの代わりに、なにかと劣っていることが目につきやすくなったシリルに当たることが多い気がする。

 尤も、ソフィアに対してはいないように接することで当たっていたのだが。


「……リナお姉様は首位はとったことがないと聞いておりますが。もしや、それはソフィ」

「黙れ‼︎」


 男爵は気がついたら咄嗟に大声で怒鳴っていた。心なしかシリルの瞳がスッと冷めたように感じる。


「あれは我が家にはいなかった存在だ。二度と口に出すんじゃない!」

「……分かりました。それでは僕はこれで失礼します」

「ああ。勉学に励むようにな」

「はい」


 そう言ってシリルが退室していく姿を、エリオン男爵は苛立ちを隠しきれずに見送った。


「……あれが優秀だったなどと、そんなことがあってはならないのだ」


 その呟きは、室内に虚しく響いたのだった。

お読みいただき、ありがとうございました。


次話から第2章が始まります。少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。

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[一言] 見事な毒親
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