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第10話 君は一体何者なのだ

ご覧いただき、ありがとうございます。

 あれから、ソフィアは食堂を出るとまず屋敷中を歩いて周り、使用人全員に話しかけて名前を聞いた上で雑談をした。


 その結果、この屋敷には家令のトーマスをはじめ、家令や主人であるジークハルトの補佐をする執事が二人、その下で働くフットマンが五人いた。

 侍女はソフィアの専属のテレサ、先代から通いで勤めている侍女が一人、あとはメイドが三人、給仕が二人だ。


 加えて庭師や公爵家専属の医師、料理人など使用人は多数いた。


(やはり、公爵家は規模が違いますね! わたくしはあまり会話をしたことはないのですが、実家ではこちらの五分の一の数の使用人の方しかいませんでした)


 そう思うと、改めて自分は身分不相応の場所へ来てしまったと思った。

 だが、ともかく今は夕食後の試験に向けて対策をしっかり取らなければならない。


「エドワードさんが資料を作成してくださるとのことなので、そろそろ取りに行きましょう」


 そうして、ソフィアは家令部屋へと向かったのだった。


 そして、その日の夕食後。

 ジークハルトは仕事が立て込んでいるとのことでまだ帰宅をしていないが、屋敷の空き部屋の一室で筆記試験が行われていた。


 試験問題自体はトーマスの自作のようで、手書きの万年筆で書かれた用紙を配られ、先ほどから取り組んでいる。


 ソフィアは綺麗な姿勢でテンポよく試験用紙に万年筆で回答を書き込んでいき、二十分もかからずに書き終えることができた。


「できました!」

「もうできたのですか?」

「はい!」

 

 トーマスにとって予想外の早さだったらしく、ソフィアは彼が目を見開くところを初めて見た。


「ご確認をなさらなくても、よろしいのでしょうか」

「確認……。そ、そうですね! 試験は確認が肝心ですね!」


 そういって、ソフィアは手慣れた様子で手早く試験用紙にざっと目を通していく。


「はい、確認が終わりました! エドワードさん、採点をお願いいたします」

「はい、かしこまりました」


 トーマスは試験用紙を手に取り、自席に腰掛け赤インクをつけた万年筆で解答用紙を確認しながら、丁寧な手つきで採点を終えた。


 トーマスが目を見開き口を開こうとした瞬間、室内の扉が開きジークハルトが入室した。

 彼は帰宅後に真っ先にこの部屋へと向かったのか、外出着のフロックコートを身に着けている。


「遅くなった。仕事が立て込んでな」

「公爵様、お帰りなさいませ!」


 ソフィアは勢いよく立ち上がりたくなる衝動を抑えながら静かに立ち上がり、両方のスカートの裾を掴んでカーテシーをした。


「ああ。……ただ、夕食後からあまり時間が経っていないので試験はまだ途中であろう。直ちに再び取り掛かるように」

「い、いえ! もう試験は終わりまして、丁度今、エドワードさんに採点をお願いしていたところだったのです」

「なに? それは本当か?」

「……はい」


 トーマスはスッと立ち上がり、試験用紙をジークハルトに手渡した。すると彼も大きく目を見開く。


「いや、これはいくらなんでも……。不正が行われた、わけではないか」

「はい。この室内にはカンニングができるような物は一切置いておりませんし、奥様が不正を行っていないことは始終私が見ておりましたので証明できます」

「そうか……」


 何か張り詰めた様子の二人を不思議に思いながらも、ソフィアは声を掛けた。


「あの、お取り込み中のところを申し訳ありませんが、試験の結果はいかがだったのでしょうか?」


 二人は一斉にソフィアの方を向き、遠慮がちにトーマスが口を開いた。


「満点でございます」

「まんてん、ですか?」


 ソフィアは思わず腑抜けたような声を上げてしまったが、すぐに満面の笑みを浮かべた。


「安心いたしました! 受験対策がバッチリ功を奏したようです!」


 喜ぶソフィアをよそに、ジークハルトの眼光は鋭い。


「まさか、君は事前に我が家の情報を入手していたのか? 使用人や領地の情報など、どのように入手したんだ」

「い、いえいえ、そ、そんな誰に話しかけても対応をしてもらえないわたくしです。そんな高度なこと、やりたくてもできません!」


 あっけらかんと宣言するソフィアに、ジークハルトもつられたのか唖然としている。


「そ、そうか。それは悪いことを訊いてしまったな。すまなかった」

「いいえ、どうかお気になさらないでください」


 妙なところで意気投合をする二人に、トーマスはボソリと「……ズレている」と呟いたがソフィアは何のことか分からなかった。


 ジークハルトはコホンと咳払いを一つした。


「ならば、今回の結果は完全な君の実力というわけだな」

「そのように仰っていただきますと、感無量です!」


 ジークハルトは満面の笑みでそう言ったソフィアを見ると息を呑んだが、すぐに気を取り戻したようだ。


「だが、領地のことに関してはどのように調べたのだ? エドワードに手渡すように命じていた資料以外のことが、この答案用紙には書かれているようだが」


「はい。領地に関してはわたくしが使わせていただいているお部屋の本棚にある程度の資料がありましたので、いただいた資料の知識でも充分解けましたが、そちらの資料のデータとも照らし合わせて解答をさせていただきました」

「そうか……」


 言葉を失くしている様子のジークハルトに、トーマスは更に付け加えた。


「十八分でございます、旦那様」

「何がだ」

「奥様が試験の解答に用いた時間でございます」

「……!」

「私は今回の問題の制限時間は一時間と設定いたしましたが、それでも通常であれば問題を全て解くには難儀だと思っておりました」

 

 ジークハルトは更に言葉を失った様子だが、しばらく何かを考えたのち口を開いた。


「君は、一体何者なのだ」

「わたくしは、記憶力には自信があるのです。……その代わり、大魔法使いを輩出した一族に生まれたにもかかわらず、全く魔力を持たずに生まれて参りました」


 そう言って僅かに苦笑したソフィアに、ジークハルトは小さく息を吐いた。


「……合格だ」


 瞬間、ソフィアは目を見開きジークハルトに深く一礼をした。

 

「ありがとうございます、公爵様」

「……明日からエドワードの補佐の名目で共に仕事を行うように。場所は私の執務室で構わない。……ただし、ミスや損害を出したときや君に責任があると判断した場合、賠償責任を負ってもらうし、君の存在は公表しない」


「はい! もちろんその条件で構いません。公爵様、ありがとうございます!」

「礼には及ばない。加えてエドワードの報告によってはすぐに君を仕事から外すこともあるし、帳簿に関しては触らないように」

「かしこまりました。重々承知の上で動きます!」


 そうして、満面の笑みで綺麗に辞儀をしソフィアは弾む心を抑えるように退室して行った。

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