第1話 お飾り妻に精一杯励みます!
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第12話までが短編版の内容となりますが、第7話は未収録話となります。
「君との結婚期間は今日から一年間。いわゆる契約結婚だ。私が君を愛することはないだろう。寝室も分けるつもりだ。だが、君の実家にはすでに多額の支度金を支払っており、君にその拒否権は一切ない」
立て続けにそう言い放ったのはジークハルト・グラッセ公爵。
一年ほど前に、先代の父親から爵位を受け継いだ現在二十六歳である彼は、艶のある黒髪に涼しげな目元、ダークブラウンの瞳をしており、それは彼の端正な顔をより引き立てている。
社交界では令嬢や貴婦人方から一方的に熱い視線を受けていると噂のジークハルトから、本来だったらとってもよろしくない言葉の数々を浴びせられたのだが、執務机の前に立つ彼の妻となる予定の女性はなぜかニッコリと微笑んだ。
「はい! 承知いたしました!」
意気揚々と返事をしたのは、銀髪にアイスブルーの瞳が印象的なソフィア・エリオン男爵令嬢、十八歳である。
彼女は、遠路はるばる嫁入りのために一週間ほどかけて実家からこちらの公爵家の屋敷まで赴き先ほど到着したばかりだというのに、いざ夫となる人物と顔合わせに挑んだら冒頭のセリフを言われたというわけである。
それなのにソフィアは傷ついた様子一つなく、非常にあっけらかんとしている。
その様子に冷徹と評判のジークハルトは目を瞬かせた。
「……本当によいのか」
「はい! 一向に構いません!」
「そうか。……君はやはり聞いていたとおり、すでに何人もの男がいるのだな」
どこか侮蔑を含む視線を向けるジークハルトに対して、ソフィアは慌てて首を横に振った。
「い、いえいえいえ、そ、そんな、今まで殿方と、いえ、人とまともに会話すらしたことのないわたくしが、そんなはずはありません!」
「……人と会話をしたことがない? そんなことがありえるのか?」
「はいっ! ですので、今わたくしはとっても緊張をしているのですが、公爵様がわたくしと進んでお話をしようとしてくださったお陰で、こうして無事に会話をすることができております! 公爵様、わたくしと会話をしてくださってありがとうございます!」
ジークハルトは唖然とした後、額に手を当てた。
「いや……、人と会話をしたことがないというわりには、円滑に話すことができていると思うが」
「そうでございますか⁉︎」
ソフィアは、表情をパッと明るくして微笑んだ。
「それはもう、この日のためにこれまで日々空想をしてイメージトレーニングを積んだ賜物です! 安心いたしました!」
「イ、イメージトレーニング?」
何のことか分からないといった様子のジークハルトをよそに、ソフィアは目を輝かせる。
「わたくし、これから一年間公爵様のために、いえ、グラッセ公爵家のために精一杯お飾り妻として励んでいきたいと思います! よろしくお願いいたします!」
「あ、ああ」
再び意気揚々と高らかに宣言をしたソフィアに、少々押され気味のジークハルト。
こうして、二人の契約結婚生活は幕を開けたのだった。
◇◇
銀髪の令嬢ソフィアは、エリオン男爵家の次女として生まれた。
エリオン家は先祖代々このロジット王国で魔法使いを輩出してきた名家であり、彼女の姉や弟は莫大な魔力を持って生まれたのだが、なぜかソフィアは生まれた時から全く魔力を持ち合わせていなかった。
そのために、超魔力至高主義のソフィアの両親は彼女が生まれたことをまるでなかったことにしたのだ。
なので、両親は姉と弟を溺愛したが、ソフィアのことは一切拒絶し、会話すらしなかった。
周囲の侍女や乳母ですら物心ついた時からまともに会話をしてくれなかったし、これまで通っていた地元の貴族アカデミーでも姉の根回しのせいで友達一人できず寂しい学園生活を送ったのだ。
ちなみに、姉は魔法科の生徒であり、ソフィアは普通科だったのだが、この国では魔法使いの権力が強く、魔法科の、それも魔法使いの名門家の令嬢が普通科の魔力なしのソフィアの悪い噂を流すことなど造作もないことである。
そして、アカデミーを卒業して数日後。
実家の執務室に呼び出され、父親から一方的にグラッセ公爵家に嫁げと言われた時も、こちらの質問には一切応じてくれず話が終わるとすぐに退室させられた。
また、ソフィアは両親の圧力で元々希望をしていた王宮女官の試験を受けることができず、卒業後も家で待機をしているようにと命じられていたのだ。
『あの、皆さん。今まで本当にお世話になりました! 皆さんお元気で』
『ん? 今、誰か何か言ったかしら?』
『いいえ? 何も聞こえなかったわよ。この家には魔力がない子供なんて最初からいなかったの』
(お母様、お姉様……)
そうして、ソフィアは家族や使用人たちから誰一人として見送られることなく、グラッセ公爵家へと旅立っていった。
ソフィアは、ジークハルトとの正式な婚姻書類と離縁書類にサインをし、書類の作業を終えると、即刻退室するようにと促されたので退室した。
ちなみに婚姻書類は本日、離縁書類は約一年後にそれぞれ貴族院へと提出をするらしい。
(これから、お飾り妻として励まなければ! ですが、これからどちらへと向かえばよろしいのでしょうか?)
そう思っていると、ソフィアの元に公爵家の家令と侍女が素早く彼女に近づき一礼をした。
「それでは奥様。奥様のお部屋の準備は整っておりますので、よろしければこれからご案内をいたします」
「ありがとうございます! それではよろしくお願いいたします!」
そうして、ソフィアは意気揚々と一歩を踏み出したのだった。
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