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とある少女の卒業

作者: 元与 凛咲

朝、カーテンを開けたらいつもより妙に明るく感じた。少し前に建ったお隣さんで空が狭く感じていたけれど、何故か妙に晴れやかな気分である。


洗濯物がよく乾きそうだなあ。早く干さないと、何だか勿体無いなあ。昨日旦那がお風呂に入らず帰って早々に寝こけてしまったから、枕カバーを洗っておいてあげたいなあ。


陽の光に背中を押され、いつもより早く洗濯機を回す。スマホを見ていると今日が桃の節句だと思い出した。しばらくして洗濯機が止まりベランダへの窓を開ければ、やっぱり暖かい。実家の梅の花がきっと綺麗に咲いているだろう。



洗濯物を干した後、言語化できない心地良さに何となく窓を開きっ放しにした。

麦茶を飲みながらベランダを眺める。いつもより早く干したためか、今日はきちんと洗濯物に日光があたっている。お隣さんが建って以来だ。そっか、この時間はきちんとベランダに陽が当たるのか。

今は大人2人だからいいけれど、もう数ヶ月もしたら日光消毒にももう少し気をつけたい。きっと洗濯物だけでも忙しくなるんだろう。今日みたいに、いつもより早く洗濯してみようかな〜、なんてそんなこと言ってられなくなるんだろう。

数ヶ月後に迎える新しい生活に胸が躍り、ほんの少し緊張する。今日は不思議なくらい心の動きに過敏な日だ。何だか妙に寂しさも感じる。



通りの車が走る音や、近所の幼稚園の子ども達の声を聴きながらこの寂しさの正体を探った。ふと目に留まったテレビの雛人形を見て、あ…と、自分が祖母の影を思っていたことに気がつく。


祖母は、毎年のように私のためにお雛様を飾ってくれていた。子どもの頃は一緒に飾っていたが段々そうはできなくなり、実家を出てから片付けるのを1度手伝った程度だったか。雛人形は幸せな結婚を願うものだと祖母が言っていた。今年は流石に飾っていないだろう。

私は、祖母のようにマメなことができるだろうか。イベント事に敏感でないのは自覚している。けれどそういうものを今は煩わしいとは感じない。一つ一つ大切にしていきたい。これからの時間をできる限り丁寧に過ごしていきたい。



昼食は、昨日の冷やご飯でオムライスを作った。さて、丁寧のな何たるか。ジャンクフードを我慢しただけ良いものか。

私のケチャップライスは、どうもコンビニで売っているオムライスのおにぎりの味だ。これもこれで美味しいけれど、いつも何か違うと思ってしまう。

ケチャップ?ソース?バター?いや、バターは違う。そこまで考えて気付くのは、母のオムライスの味が昔から大好きだったということだった。


何だかなあと自分を笑おうとした。けれど、何だか今日は上手く笑えない。悲しいわけでもなく、胸の奥はほんのりと温かいのに。食べ終えた食器を片付けようかと、立ち上がろうとして、ふとやめた。

胸の中に溜まる思いを、今はまだ習慣で流したくない。


最近は、まだ見ぬ未来を想像して温い幸せに浸るだけだった。本当にその時を迎えた時、わたしは過ぎていく時間を噛み締めていけるのだろうか。

桃の節句が終われば、世間はもうすぐ卒業式である。あの頃、わたしは日々の時間をどう踏み締めていただろう。


あの日々をもっと大切に過ごしていれば良かったのか?この命を迎える準備をもっと入念にすればいいのか?頭の奥でもやもやと何かが旋回した。

何だか疲れを感じたとき、下腹部で命が跳ねる。手を置いて、たまに軽くお腹を叩く。また跳ねる。またお腹を軽く叩く。少しするとまた跳ねる。そうだ、大切にしたい時間はここにある。



時間が早足で過ぎ去ってゆく。午後からは仕事の作業だって進めなきゃいけない。朝よりも焦燥感が募る。

けれど不思議と苦しくはない。自分が温く柔らかい幸せの中に浸っていることは分かっている。なかなか足を止めることはできないけれど、ゆっくりとその日を迎えよう。時間の経過は想像以上に早いけれど、きっとこのペースで間違っていないと何故か確信できる。



その夜、母に連絡をした。お雛様はどうしたのか気になった。いつもより遅い返信が来て見てみると「五月人形のカタログ見てた」と書いてあった。

やっぱりなぁと笑ってしまう自分は、きっと大丈夫なんだろう。

お母さんが牛乳嫌いなせいか、実家はマーガリン派だったなあ

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