ここにはもう二度と来ません
クトファの町から旅立ってシャンゾル王国と隣合わせの町ゼルベに着いた。
ここはパーティー「リュウコ」から追放したデルトが拠点としていたギルド・ラジムがある。ここならデルトの消息が分かるかも知れない。
受付でギルドカードを提示してデルトの情報を聞こうとするとしばらく待たされる事に。30分ほどで戻ってきた受付職員に個室に案内された。
豪華な調度品に満たされた部屋の中には1人の女性がいた。若々しさのある女性が気さくに話しかけてくる。
「貴方はマイサ・カデンさんね、私はマスターのイレーヌ・ラジエル・・・デルト君、デルト・ミナズの事が聞きたいのね?」
「ぁ、はい・・・」
彼女がここのギルドマスター?デルト、こんな綺麗な女の人と知り合いだったなんて・・・訳もなく心が疼いてくる。
「うふふ、どこから話そうかしら・・・ああ、彼がここに初めて来たのは・・・」
マスターの話が延々と続く。
デルトを追放してからずっと気になっていたGランクのパーティー参入は本当の話だった。でもそれは正式なギルドからの依頼であって、デルトは別段ヤケになった訳でも脅された訳でもなくパーティー活動は良好だったそうだ。
中でも農業支援クエストで彼らに助けられた村人は少なくないらしい。デルトはソロになってからも手伝っていたようで、未だにギルドに感謝状と作物が贈られてくるのだとか。
そんな話を聞くと何故か自分の事のように嬉しくなってしまう。まだデルトの真意が分からないのに。
そしてGランクパーティーと別れた後は、一度だけラジムに所属していない流れ者のFランクパーティーと共同活動する事に。そのクエスト中に突然貴族を名乗る暴漢者達に因縁をつけられて襲われたらしい。
その中で好戦的な態度を止めない一人を殺害しリーダー格の男に重傷を負わせたものの、他のメンバーに対しては軽傷で済ませていたので正当防衛とみなされたようだ。何かひっかかる出来事のような気がする。
「その事件以来デルト君はあまりギルドに来なくなってね、今じゃどこで何をしているかなんて私にも分からないわ」
話を聞いた分では不可抗力の事態だ。それを自分の責任と感じるところがデルトらしい。
「分かりました、それじゃ彼の故郷に行ってみます・・・マスター、ご協力ありがとうございました!」
そう、アタシ達の故郷のウルカン領に行けば何か分かるかも知れない。アタシの正体がバレる可能性があるので王国に入るのは危険だけど行くしかない。
情報料としていくらかのお金を置いて席を立つとマスターの呟きが聞こえる。
「貴方・・・本当に大事にされていたのよ?」
「・・・え?」
「ごめんなさい、何でもないわ・・・それじゃ気をつけてね?」
マスターの不可解な言葉の意味はよく分からなかった。本人も取り合わなかったので気にすることなくギルドを後にする。
それから翌日、シャンゾル王国に着いた。
正体がバレないようにマイサ・カデンのギルドカードで手続きをする。始めはフードを被っていたが王国の関所で脱ぐよう命じられた。顔を見られると厄介だがその時はその時と腹をくくって素顔を晒す。
別段取り調べられる事もなく入国できた。マィソーマ・ウルカンの暗殺事件は国外まで広く周知されている事と、アタシの身に着けている一般冒険者の装備と短い髪形は正体を隠すには都合がいいようだ。持っている武器もパルチザンではなくショートスピアにしている。
関所にてウルカン領の情報を聞いて向かう。すでにウルカンの名前は廃止されており、王国の直轄地になっているようだ。
元ウルカン領、王国直轄地ネプトゥ・・・アタシが統治していた頃とは比べ物にならない程農地が解放され領民達に活気があった。ここまで領地を復興させたのは・・・もしや?
その辺りに居た領民から話を聞いてみると、先代の代官なる人物がわずか1年足らずでこの水回りの悪い土地の治水事業を手掛けたとの事。その代官はすでに辞職し後進に譲っているそうだ。
もう少し詳しく知りたいところだが、貴族領主ではない代官とは言え一般の冒険者の身分で面会は難しい。ましてや役人の目もある事からアタシがマィソーマ・ウルカンだとバレないとも限らない。
道端で途方に暮れていると鎧姿の3名の兵士がアタシの前に現われた。咄嗟にショートスピアを構えるが年配の兵士が両手を上げて敵意のない事を示す。
「突然の事で失敬・・・我々はこの地ネプトゥ領の警備隊です、卒爾ながら貴殿は隣国スティバトから来られたマイサ・カデン殿ですな?」
「・・・はい」
アタシの名前が知られている・・・この国の関所で名乗ったのだから別段不思議ではないけど、それを知らせて兵士達に後を追わせるとは一体?
後ろの2人の兵士の内の一人から殺気に似たものを感じる。武器を構えてはいないからいきなり攻撃される事はないだろうけど。身体つきからは女性兵士のようだ?
「止しなさいハンナ、失礼・・・私はネプトゥ領警備隊隊長のハインツ・ブラート・・・実は貴方に会って頂きたい方がいるのです、不躾ながらご同道頂けますかな?」
「一介の冒険者に過ぎないアタシに会いたい方とは?」
アタシの正体がバレた訳ではない。しかしギルドカードに記した偽名に反応して人を遣わせて呼び出しにくる人物は・・・。
「先代のネプトゥ領代官です」
「・・・分かりました、案内して下さい」
やはりそうか、意を決して彼に会いに行こう。警備隊の後について行く。
「ミナズ様、マイサ・カデン殿にお越し頂きました」
「・・・・・・・・っ」
そよ風が漂う村の外れの墓地、そこに少しだけ大きな墓がある。墓標に刻まれているのは「ネプトゥ領初代代官デルト・ミナズ」。
「代官様はすでに・・・亡くなられていたのですか」
「はい、先代のミナズ様はその地位に就任されてからというもの領土の現状を調べ領民達が安心して農業に従事できるよう治水事業を自らの手で行われました・・・ご自身の疲れも厭わず文字通り命懸けで」
「確かにこの領地には特産品もなく、水回りも悪いから農業に適さない貧しい土地だった・・・それをここまで」
「仰る通り、ご自身の水属性スキルを使い全ての農地に水が行き渡るよう水路を作られて・・・また私財をなげうって農業に詳しい専門家も雇い領民達を教育しました、そのお陰で今の領地があるのです」
ショックだった。アタシはロジャー・ウルカンに奪われた領地を取り戻す事だけを考えていた。取り戻した後はデューク=エアドと共に権力闘争に明け暮れていたので寂れた領地を顧みる事はなかった。
ここに定住している領民達からすればロジャーとマィソーマの違いは大差ない。共に私利私欲に走る悪徳領主だった。
しかしデルトは違う。部下だったガランド・アザヌ・スラクと同じく彼は本来アタシを補佐する役目に過ぎなかったのに、アタシを追放した後は代官としてこの領地のために命を尽くしたといっていい。まるでアタシの失政を償うかのように。
そしてデルトのお墓の隣には先代ウルカン領主達の墓があった。
西の荒地からお父様とお母様・・・ソーマイト・ウルカン夫妻とその家臣達のお墓を移して建て直してくれている。一度は領主となりながらなぜこんな大事な事が出来なかったのか・・・アタシは不孝者だ。
力が抜けて膝をつくとともに涙がとめどなく溢れてくる・・・。ガランドやアザヌにスラクを殺したデルトをもう恨む事が出来ない。
「ミナズ様の事をそこまで想っていて下さるとは・・・貴方の人となりは存じ上げませんでしたが、やはりここに来て頂けて良かった」
そう言って自分の顔を撫でる警備隊隊長ブラート。彼はいち領民として若き代官のデルトを敬愛していたのだろう。
でも違う。この涙は彼を悼むものではなく自分の後悔のものだ。こんな状況でも自分の事しか考えられないなんて勝手な人間だ。
「実は亡きミナズ様より預かっているご命令がもう一つ、貴方にはこの領地に定住して頂き領内の発展に尽力して頂くようにと」
「お断わりします・・・アタシには彼の・・・これ以上先代様の恩情を受ける資格はありません」
デルトのお墓を背にして歩き出す。もうマィソーマ・ウルカンではないアタシにはここに留まる事は許されない。ブラート卿が後を追ってくるが歩みを止めない。
「い、いやしかし!これはミナズ様の恩情などではなく、貴方へ直々のご依頼でして!!」
「ブラート卿、先代様に会わせて頂けてありがとうございました・・・でもここにはもう二度と来ません、失礼致します」
振り返ることなくこの場を去る。不思議とアタシを射抜くような殺気は消えていた。