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私の世話がつまらないのか?(ハインツ視点1)

 私はハインツ・ブラート。もう50に手が届きそうな年配騎士である。王国騎士団の辞令によりここネプトゥ領に配属される事になった。


 理由は私がこの元ウルカン領の出身者だという事。と言っても知っているのは3代も前の領主様であり、16年前に今もなお仕えている王国騎士団の命により他領にて家族ごと移住していたので本当に久しぶりという他はない。


 任務内容は代官としてネプトゥ領にやって来た青年を護衛及び補佐する事。引退を目の前にして面倒な仕事を任されたものだ。


 屋敷にやって来た若き代官、先だっての臨時で行われた文官採用試験に首席で合格し文官となったようだ。何でも王太子クライツ・ロイヤル=シャンゾル殿下の忠実な臣下でこの地に配属されたのだとか。

 ウワサでは幼い風貌ながら死んだような目つきの男だったとの事だが、目の前にいる男は疲労のあとがあるものの希望に満ち溢れた顔をしている。


 このような貧しい領地にきてどうしてやる気を出しているのかは全く分からない。王太子殿下が人選をしたのだからそれ相応の能力は持っているハズなのに。何とも気に食わない仕事だ。嫌がらせでもしてさっさと辞めるに限る。


「此度ネプトゥ領代官補佐役となったハインツ・ブラートと申します、王太子殿下の命とは言えこの貧しい領地を治めることになるとは貴方も相当運が悪い」


 まずは卒のない挨拶。若干嫌味を含めた言い方をしたものの、目の前の男は気にも留めずにサラリと言い返す。


「構う事はありません、僕は自分の使命を果たすだけです」


 私の言葉にも無反応とは、存外にバカが来たのか。もっともこんな物知らずでもないとこの旨味のない領地の代官など引き受けたりはしない・・・という事だ。


 役目上屋敷を案内する。男は希望に燃えた目つきとは裏腹に案内にはあまり興味を示さず、それが終わるとさっさと自分の執務室に引きこもってしまった。


 ・・・それほど私の世話がつまらないのか?だったらもっとつまらなくしてやる!


 夕食の時間、メイドに代官の呼び出しをさせる。このメイドは私の娘のハンナだ。領民からメイドの仕事を募集したものの家業の農地を放っておけないそうなのでどこからも人が来なかった。

 ハンナは以前の雇い主が結婚したと同時にお払い箱になっていたところだったので呼び寄せた。自分の娘ながら文武両道に長けていると言ってよい。


 食堂には質素なパンとほとんど具材のない水だけのスープが置かれてある。本当はもっとマシなものを出せるが気に食わない男にはこれぐらいがちょうどいい。私と同じく新参の代官が気に入らないシェフに頼んでおいた。


 特に文句も言わずほとんど味がしないであろう夕食を黙々と食べ終わってから代官は私に尋ねてくる。


「ここの領地では・・・これが最高の食べ物なんだろうか?」


 そらきた、マズイ飯に文句の一つも言いたくなったんだろう。慇懃に答える。


「ええ、何せ今領内は物資がない状態ですので・・・新しい代官様にはこの程度のものでいいだろうとシェフと相談しました」


 わざと怒らせるため煽ってみる、案の定この若い代官様は私を睨みつけながら言う。


「質問の答えになってませんよ、僕は『ここの領地ではこれが最高の食べ物なんだろうか?』と聞いたハズです・・・はっきり言ってください」


 一体何を言っているんだこの若造は?同じ質問を繰り返す男にイライラしながら答える。


「領内には物資がないと言ったハズですが?それで一体何を仰りたいのやら・・・代官の自分にはもっと豪華な食事を寄越せと?それとも我々をクビにでもしますか?さっさとそうしてくれた方が自由になれ・・・ぐっ」


 グダを巻き始めた私の胸倉を素早く掴む若造。大人しそうな外見とは裏腹に力強い腕力をしているので騎士の私が振りほどけない。驚いている私の目を見据えて静かにしゃべる。


「そんなお粗末な仕事ぶりではどこにも働き手はないですよ?最後にもう一度聞きます、『ここの領地ではこれが最高の食べ物なんだろうか?』」


 男の目をまともに見つめられない私は殴りつけられるのを覚悟して答える。


「・・・違います、大小ありますが領民達はもう少しマシな食事をしています」

「そうですか、なら良かった」


 若造はホっとした顔をして私から手を放す。意外な言葉に驚いて聞き返す。


「な、なんですと?何が良かったのですか??」

「これがこの領地最高の食事だとしたら僕の計画は頓挫するところだった・・・代官に出す食事がこれなら領民はこれ以下のものになるハズだからね」


 この食事ならまさに生きるためだけに施されるものだ。これと同様もしくはそれ以下の食事では領民が労働できなくなってしまう。


「察するところ・・・これは僕個人への当てつけというヤツですか?貴方も強制的とは言えこの領地に配属された騎士、領民を守るために働く義務があります・・・僕への嫌がらせは別段結構ですが領民達への復興計画を邪魔する事は許しません、食事も終わった事だし僕はこの辺で下がらせてもらいます」


 どうやら若造は私の嫌がらせと分かったものの処罰はしないようだ。領地領民への態度に対して正論を吐く姿には何も言い返せなかった・・・完全に私の負けだ。


そして若造は粗末な食事を乗せていた食器を自分で運ぶ。なんと厨房のシェフの所にまで持っていき声を掛けたそうな、「ご馳走様でした」と。


 シェフのバイランは腕が立つものの2代続いた悪徳領主のせいで主人に愛想をつかした男だ。最初は面白がって私の嫌がらせに協力したバイランもあんな粗末な飯に代官自ら礼を言われたとあっては立つ瀬がない。


 以後彼は代官様が取りなすまで私の食事に長い間マズい飯を出すようになってしまった。

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