僕の中で何かがキレた
ニコライ・マークィス=ガルナノ・・・名前の通り侯爵位を持ち、シャンゾル王国の軍務部を預かっていた元将軍だった人物だ。5日前に王城でクーデターを起こした主犯がなぜこの隣国にいて、くたびれた服で疲れ切った状態なのか?
「やっとお会い出来ました!王太子殿下、どうかお慈悲を!!」
「・・・人違いだ、俺達はただの冒険者だ」
殿下は惚けるおつもりのようだ。それはそうだろう、ここはシャンゾル王国ではなく隣国の自由都市スティバト・・・ここではお忍びで滞在しているので王太子としての権力は使えない。
「そ、そんな!某は今デューク=エアドの一派に追われているのです!ここで某が倒れれば王国はエアドとウルカンの小娘達が牛耳る事に!王国の安全を守るためにも貴方のお力が必要・・・」
「お下がりを、貴族様」
勢い余って殿下に掴みかかろうとするガルナノに僕は小盾カエトラを構えて立ち塞がる。
「な、なんだお前は!平民ごときが我々の邪魔をしおって!」
「仰る通り我々は平民で冒険者、どう見てもお人違いでしょう?これ以上因縁をつけるのなら貴族様でも正当防衛で対処させて頂きます」
「くそっ、お前達!早くこの平民を摘まみ出せ!」
「はっ!そこをどけ!!」
「っしゃぁあああ!」
たちどころに襲い掛かってくるガルナノの護衛2人、主人ともども疲れているのか動きが鈍すぎる。僕の肩に手を置いた瞬間。
「スモール・シールド!!」
「ぐぁぁあっ!」
「ぅぎゃあっ!」
僕得意のラージ・シールドの超小型版スモール・シールド、威力はラージの3分の1程度ながら人間をふっ飛ばすには十分だ。加えて電属性の効果もあり喰らった護衛達は今までの疲労もあったのか気を失ったようだ。
「貴様!平民の分際で我々貴族に歯向かうなど!!」
「ここは御領地でもシャンゾル王国でもありません、我々を訴えるならギルド・ラジムにどうぞ・・・もっとも正当防衛の範囲内ですがね、そろそろ行きましょうコオゥさん」
「・・・分かった、お立ちを主」
「困ったものだな貴族殿の人違いにも・・・冒険者だと言ってるのに」
とりつくしまのない殿下の態度に唖然として何も言えないガルナノ。
「これは好都合、冒険者達だとはなぁ!やれぃ!!」
「おっしゃぁあああああ、ウィンドミルゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」
突然の叫び声に反応して殿下の前に立ち盾を構えてラージ・シールドを展開。
「がはぁぁぁ!・・・な、き・・・貴様はエア・・・どぁああああ!」
次の瞬間ガルナノは前のめりに崩れ落ちる。背中に攻撃を受けたようだ。
同時にガルナノの後ろから現れたのはまたもや貴族風の男だ。
「これはこれは、冒険者同士のケンカに出くわすとは災難だな」
七三分けの髪形をした初老の男性が前に出る。殿下の顔が引きつっている。
「今度は・・・デューク=エアド、か」
彼がマィソーマお嬢様を引き入れて宰相に地位に就いたとされるクロン・デューク=エアドか? その横にいるのは・・・アイツは!
「ハっ、誰だと思ったら弱虫野郎じゃないか・・・こんなトコでまだ冒険者やってやがったのかよ?こいつぁ傑作だ!!」
リュウコのガランド、僕を追い出した元パーティーのリーダーだ。うわさではマィソーマお嬢様と行動していた彼らリュウコの面々はウルカン家の家臣になったハズ。それがなぜデューク=エアドと隣国まで同行しているんだ??
「何だ、君達は知り合いなのかね?隊長君」
「ええ、元パーティーメンバーですよ・・・あんまり弱すぎたんで追い出した弱虫野郎でさぁ」
久しぶりに会ったお陰であの頃のイヤな思い出が駆け巡る。もうずいぶん前に忘れていた事なのに。
「デルト、下がれ・・・貴方がたも俺達に人違いするのだろうか?」
「いえいえ分かっております冒険者殿、他国のここでは私も貴方もいち平民に過ぎない・・・これは冒険者同士のケンカという事ですよ」
コイツ、殿下の正体を知っていて襲い掛かるつもりだ!
ガランドが左手を上げると僕達の前方を兵士達が取り囲む。その数20人程。
殿下はコオゥさんと同じく辺りを確認しながらエアドに問いかける。
「こちらはFランクのクエストがやっとの冒険者だ、命を狙われる覚えはなかったのだが・・・理由を聞かせてもらっても?」
一瞬黙り込んだエアドが重々しく口を開く。
「・・・かの国で王太子殿下は国政には参加されるものの時折国外に出られるようだ、そして国王陛下から許可をもらっているからと言って貴族達の歓談の中にも入いろうともしない」
聞いた話では王国は貴族同士が派閥を作り牽制し合っているためどちらについても国政にデメリットしかないらしい。付き合いどころか話をしただけでも派閥に影響があるとの事だ。殿下は国王陛下に許可をもらってなるべく貴族の前に姿もさらさないようにしている。
「ほう・・・さぞかし自分の言う事を聞いてくれない王太子様のようだな、それで?」
「国内の貴族達を蔑ろにするかの殿下には王太子の椅子は相応しくない・・・よって国王陛下に嘆願し第2王子たるローレンツ殿下に変わって頂く」
何て事をいうんだ!殿下が派閥争いを繰り広げている自分達と交流を持たなかったからというだけで、既に決定している王太子の座を第2王子にすげ変えるなんて越権行為だ!
「それはそれは・・・いきなりそんな話を持って来られても迷惑だろうな、第2王子殿下も」
「幸か不幸かどちらの王子達にはまだ婚約者はいない、しかしローレンツ殿下に領地経営のままならないマィソーマ・カウンテス=ウルカンを婚約させれば少なくともクライツ殿下よりは王位継承権が確かなものとなる!!」
!!・・・お嬢様を第2王子に嫁がせる・・・?
「貴族達の都合で会った事もない相手を突然王子の婚約者としてあてがうのもずいぶん不敬な話じゃないか?それだけで処罰の可能性もある」
「ここは隣国ですよ、それにマィソーマ・カウンテス=ウルカンは宰相が見い出した生粋の貴族・・・出自ははっきりしている上にカウンテスを頂いている女伯爵、第2王子殿下には不相応ではないハズ」
そう、お嬢様は確かに生粋のシャンゾル王国の貴族だ。確か王太子との婚姻は伯爵位以上の身分をもって許される事だった。お嬢様のご身分なら問題は無い。
「なかなかしっかりと練られた計画だが・・・現王太子殿下がいる以上それを覆すのは困難だろうし、何よりカウンテス=ウルカン本人からの了承も取ってはいまい?」
「心配はいりません!王族との婚姻は断れるものではありませんし、今からその殿下ももうじきいなくなる!そしてマィソーマ・カウンテス=ウルカンは王太子妃となる事で領主不適格の罪も免除され、王太子夫妻は宰相の元で理想的な国政を敷くことが出来る!!」
この場でクライツ殿下が殺害されれば・・・マィソーマお嬢様は第2王子と望まない結婚をして、その後ろ盾となったクロン・エアド宰相は国政を牛耳る事が可能になってしまう!
僕の中で何かがキレた。
「コオゥさん、殿下を!」
「・・・承知、エスケィプ・ピラァァァァア!!」
コオゥさんと殿下の立っている地面が隆起して突如として塔となる。2人は10メートルの高さに避難した。土属性によって足元の土を操作する技だ。
「な、テメェらさっさとあの2人を追いかけろ!」
「「「はっ!」」」
ガランドの指示で塔に駆け寄る兵士達、そのタイミングで僕は盾を傘のように構えてしゃがみ込む。
「ミドル・シールド!!」
「ぶはぁぁぁっ!」
「ぐほぉぅううっ!」
「あぎゃぁあっ!」
瞬く間に柱に寄ってきた兵士達をふっ飛ばした。
僕のカエトラから射出される水のシールドを横向きにする事で自分を中心とした範囲攻撃が可能となる。これもソロでの討伐クエストの中で自分なりに編み出した戦術だ。
お嬢様は・・・僕が守る!