漫画家殺人事件〜捜査開始
横瀬葉月の証言
「横瀬葉月、二十八歳。先生の編集担当です」
葉月は、編集担当者らしいグレーのパンツスーツ。標準的な体型で、目の下に大きな隈が出来ている。
フレームのない眼鏡を掛けた一重瞼の気が強そうな印象だった。
葉月は、後ろで一つに束ねた長い髪を指びでいじりながら話始めた。不安や緊張した時に見られる仕草だ。
「昨日は、原稿の進捗確認の為、16時頃に訪れました。先生は、アナログ人間なので…」
確かに、今はタブレットなどで描き投稿するらしいが…オレも詳しくはわからん。
彰は、内心そう思いながら顎をつまんで話を聞いた。
「部屋に着くと、アシスタントの二人に先生が、原稿の指示を出していました。私は、先生に声を掛けてから、キッチンへ行き四人分のお茶を用意しました。編集長から、先生の好きなお団子を預かって来たので」
お茶の用意が出来た頃、三人がリビングに来て、休憩をしたと話し終わると、葉月は、彰に向き直り
「あの、さっき鑑識の方が持っていった原稿は、すぐに返していただけるんですか?明後日までに、入稿しないと…」
人一人が亡くなってるのに、原稿の心配とは…
彰は、呆れながら
「被害者が、最後まで手にしていた証拠品ですからね、調べ終わるまで暫くは返却できません」
「それでは、編集長に連絡をしたいです。雑誌に穴が空いてしまう分の埋め合わせを依頼しないと…三十ページ分何とかしないと…」
葉月は、眉間にシワを寄せてスケジュール張を確認した。編集者にとって掲載ページの穴は死活問題だ。
「葉月さん、申し訳ないですが、まだお話の途中なので後にしていただけませんか?」
葉月は、はっとしたように「すみません」と謝罪した。
「休憩は、三十分ぐらいだったと思います。その後、原稿の確認をして十八時に部屋を出て社に戻りました。ここから、出版社までは電車で二十分です。会社の防犯カメラを確認して頂ければ間違いないです。社に戻ってからは泊まり込みで、応募してきたデジタル原稿のチェックをしてました。今日ここに来たのは、私も同じく先生に、明日は十二時に受け取りに来るよう言われたからです」
一定の声量…義務的な感じで、彰の苦手なタイプだ。
真面目、学級委員長ってかんじだなぁ…
「葉月さん、ありがとうございます。では、次に」
如月咲の証言
「あたしは、去年からアシスタントしている、如月咲、十九です。高校卒業してから、憧れの皐月先生に何度もアプローチして雇ってもらえました。大変だったんですよ〜。在学中から、自作のイラスト送ったり、雑誌の公式サイトにある先生のSNSにメッセージ送ったり…」
咲は、茶髪ポニーテールの今時の子らしい白無地Tシャツに薄い緑のチェック柄のシャツワンピースを羽織り、ピンクのホットパンツ姿。細身て、モデル体型。
難点を上げると、性別は男だ。顔が濃い、声も低い。しかも、長身…百八十は越えている。
ジェンダー?ってやつだろうか?
「えーっと…ちょっと聞きたいんだか…」
彰は、先ほどから気になってる質問を投げ掛けた。
「君は、学生時代から…その…そんな格好なの?制服とか…その…何だ…」
「やぁだ〜、刑事さん、話が脱線していません?」
明るく馴れ馴れしい…否、人懐こい感じて微笑みを浮かべ、スマホの写真を見せた。
「学生だった去年までは、男子の制服着てました。頭髪は、パーマ、派手な脱色でない限り自由でしたよ。」
写真に映る咲は、小柄な女子生徒と腕を組んでいる。茶色のブレーザーで、一つに束ねた黒髪。髪の色以外は今と変わらない。女子の制服は、清楚系のセーラーカラー、お嬢様学校の様なデザインだ。
「ありがとう。失礼、話を戻そう」
彰は、スマホを咲きに返した。
咲は、スマホを受けとると、両手で持ち口元を隠すように構えた。
「ウフフ…刑事さん、あたしの好みだから、許す!でもね、あたしが卒業した年から、ジェンダーフリーになって制服も男女差別無くなったんですよ〜女子の制服可愛いから着たかったなぁ…」
彰が、咳払いをして、話を促すと、咲は、ペロッとしたを出し
「えっと…、昨日は、弥生ちゃんと同じく作業してました。朝の八時に着いて、トーン貼って…先生ね、何で手書きなのかは、形が残るのが好きなんですって。もちろんデジタルは便利だけど、それでも、その日その日で、筆圧の違いなど微妙な違いが残るのが好きなんだって言ってた…憧れの先生…」
咲は、鼻をぐずりながら涙ぐんだ。
咲も、他の二人同様に「明日は、十二時頃来て」と言われたようだ。
三人とも、アリバイはある。マンションの防犯カメラも確認した部下からの報告も怪しい点は無かった。
となると、第三者だろうか…
「君たち以外で、被害者と接点があったり、何かトラブルになった人とかいましたか?」
「あっ、あの人は?…」そう声をあげたのは、咲だった。
「今、執筆している作品のモデルになった女の子と昨日、電話してた」
「モデル?何の話をしていたのか、聞いてますか?」
咲は、人差し指で、下唇を触りながら
「会話の内容から考えると、扉絵で主人公が使う必殺アイテムの相談だと思うなぁ。お札にするか、何か別の小物にするか…最後まで決めかねてたから…」
咲の話によると、被害者が描いていた話は、女子高生が奇抜な方法で、悪霊を退治するホラーコメディ。
「葉月さん、その方と連絡取れますか?」
葉月に聞いたのは、彼女が被害者の担当者だから。取材やらのアポは、大抵、出版社経由のはずだ。
「はい。ついでに、編集長に連絡を取っても?」
葉月は、彰の了承を確認してタブレットを開き連絡先を検索した。
「今、ご自宅に居るのとの事で、五分程で来ていただける…そうです…」
電話を終えた葉月が不思議そうに言った。
「その人って、近くにお住まいですか?」
葉月は、首を傾げたのち、軽く横に振りながら
「いいえ。隣の市なので、電車とバスを使ったとして三十分でしょうか。車でも同じくらいかと」
……?
交通機関で三十分掛かるのに?五分で来るとは?
そいつ、何者?