第九話 秘密
小さく声を漏らしたオーエンは、口元に手を当てて、何かを考えた後に、ジグに視線を向けていた。
いまさら何を言ってもと思いはしても、言わずにはいられなかったのだ。
そんなオーエンの視線に気が付いたジグは、困ったように眉を寄せて、瞳を揺らした後に、唇を噛んで下を向いてしまうのだ。
自分の勘が当たったことに、オーエンは頭が痛くなる。
手を伸ばし、ジグの細い手首を掴んだオーエンは、真剣な表情で言うのだ。
「ジグリール……、ちょっと二人で話したい」
数秒悩んだジグは、小さくうなずいた後に一言言うのだ。
「ちょっと待ってください……。イヴァン……。少しだけ殿下と待っていてくれるかな? すぐに戻ってくるから」
「でんか?」
「うん。ママの……お友達よ」
イヴァンは、ちらりとユーリを見た後に、頬を膨らませながらも頷いていた。ジグは、イヴァンを抱きしめた後に、ユーリに頭を下げて、オーエンと共に部屋を出たのだ。
隣の部屋に入ったジグは、遮音魔法をかけてから口を開いていた。
「オーエン様は、昔から勘が良くて……。はい。イヴァンは、殿下との間に生まれた子です……」
ジグから正直に言われるとは思っていなかったオーエンは、その正直さに苦笑いを浮かべる。
「そうだよな……。そっくりだよ。ごめん。あの時、気づいてやれなくて……。子供ができたのって、あの時、だよな。魔王討伐最終決戦で、俺とお前らが二手に分かれた時……」
そこまで気づかれていたのかと、ジグは目を丸くした後に頷いていた。
「はい……。でも、わたしが、そう望んだんです……。悪いのはわたしなんです。でも、お願いです。イヴァンを連れて行かないでください!! どうか、このことは胸に秘めておいてください!!」
必死な様子で頭を下げるジグにオーエンは、どうしてたらいいのかと眉を寄せるのだ。
それでも、オーエンは言わなければならなかった。
「無理だ。俺は、ユーリの友人でもあるが、家臣でもあるんだ。あの子が王家の血を引いているのなら……」
「お願いです。あの子をわたしから奪わないでください!! 勝手なことを言っているのは分かっています。でも、でも!!」
涙を流すジグを慰めるように、オーエンはそっと抱きしめて、その背中を優しく叩くのだ。
「大丈夫。君も一緒に来ればいい。大丈夫だから」
オーエンの言葉に、ジグは頭を振って声を荒げていた。
「そんなの無理です!! だって、殿下はご結婚されたって! そう聞きました。王太子妃様がいらっしゃるのに、子供を連れて、どの面下げて王都に行けというのです?!」
「あ、いや、妃殿下は……」
「聖女様が戻られたんですよね? わたしに、側妃になれと? そんなのあんまりです……」
「待って待って、すごく誤解してるから」
涙を溢れさせるジグにオーエンは、誤解だと慌てたように言うのだ。
何が誤解なのだと、ジグはだんだん腹が立ってきていた。
オーエンの胸を拳で叩いて、ずっとため込んでいた思いを口にしていた。
「ずっと、ずっと好きだったのに! でも、あの日、異世界から来た聖女様と殿下はとてもお似合いで……。身分も違うし、殿下はいつもわたしを揶揄うし、妹みたいだって態度で……。わたし、ぜんぜん殿下に釣り合わないし!! だから、だから! 殿下が魔王の呪いで発狂しかけた時、わたし抵抗しなかった……。これで、子供が出来ればいいって、そう思った! わたしはずるいの! 思い出と、イヴァンを貰えるだけで、わたしは幸せだったの! だから、わたしからイヴァンを奪おうとしないで……。お願いです……、お願いします……」
オーエンは、とんでもない爆弾発言に頭を抱えることとなったのだ。
しかし、どうしても誤解を解かなければならないオーエンは、声を擦れさせて、ジグに頭を下げて言うのだ。
「ごめんな。ジグリール。いろいろと誤解がある。だけど、それを俺の口から言うのは、ちょっと違うから、ここで訂正は出来ない。でも、これだけは言わせてくれ。ユーリは、君と結婚したんだ」
「は……へ?」
涙で濡れる菫色と青色の瞳を丸くしたジグは、困惑したように首を傾げるのだ。
それを見たオーエンも呆れたように、とんでもない事実を口にしたのだ。
「確かに、ユーリは二年前に結婚の発表をした。その相手は、魔王討伐の協力者の女性と発表した。そして、その女性は戦いの影響で、表舞台に出られないと。そう公表していた。ジグリールは、どのあたりまで知っている?」
オーエンにそう言われたジグは、二年前に聞いた話を思い出す。
「えっと……、こちらに届いた話は、殿下が魔王討伐メンバーの女性とご結婚されたとだけ……」
「そっか……。えっとな、驚かないで聞いて欲しい。君は書類上、ユーリ・マルドゥーク王太子殿下の妻になっている。あいつは、君がいなくなった後にな、周囲の反対を圧し切って、君を妻にしたんだよ。書類上の……」
「え? えーーーーーー?!」
「ははは! そうだよな。驚くよな。まぁ、ユーリがどうしてそんなことしでかしたのかは、あいつの口から聞いてくれ」
そう言われたジグは、背中を押されるようにしてリビングに戻っていた。