第三話 算術とアップルパイ
ジグの経営している魔法薬店は、広い土地を利用しているだけあって、広い間取りをしていた。
店内は、どんな効果のある薬なのか一目でわかるように魔法薬が置かれていたのだ。
そして、店内の空いたスペースでは、椅子に座った子供たちと、数人の大人が、黒板を背にしたジグの話を聞いていた。
「はい。それでは、ここにリンゴが十個あります。そのリンゴを使って、アップルパイを三つ作ろうと思います。アップルパイを一つ作るのに、リンゴは二個必要です。それでは、アップルパイを作った後にリンゴはいくつ残りますか?」
そんなことを言いながら、黒板にリンゴとアップルパイの絵を器用に書いていくジグ。
そんなジグを見ながら子供たちは、両手の指を折って、リンゴの数を確認している。そして、数人の大人たちも、頭の中でリンゴの数を想像する。
少しのざわめきの中、ジグの足元でお気に入りのウサギのぬいぐるみと遊んでいたイヴァンが元気に手を上げるのだ。
「あい!! りんご、よんこ!!」
そう言って、キラキラとした瞳でジグを見上げるのだ。
愛息子の可愛いだけじゃなく、天才的な頭脳にジグは、イヴァンを抱き上げて頬ずりをする。
「イヴ~。正解だよぉ。う~ん。イヴァンは、天才かもしれないわ。流石、ゆ……、わたしの子です。ご褒美に、アップルパイを焼いてあげますよ~」
「まぁま、すき~。イヴ、まぁまもあっぷるんぱもすき~」
「うんうん」
その場にいた子供たちは、幼いイヴァンが答えたことに、「イヴくんすげ~」と歓声をあげていたが、大人たちは、目を丸くしていたのだ。
まだ、二歳のイヴァンが難なく答えを導き出したことに、驚きつつも、利発そうなイヴァンを見て、納得もしたのだ。
そして、「流石、魔女様のお子さんだ」という結論に落ち着くのだった。
ジグとイヴァンのスキンシップが落ち着いたところで、勉強会に参加していた子供のお腹が鳴ったのだ。
その音を聞いたジグは、お菓子のように甘そうな笑顔を浮かべて、指を鳴らすのだ。
すると、黒板に描かれていたリンゴとアップルパイが消えていたのだ。
子供たちがそれに驚いている間に、ジグは少し離れた場所にあるテーブルの上に本物のアップルパイと紅茶を魔法で出現させていたのだ。
「それじゃあ、今日はここまでにしましょうか。お勉強を頑張ってくれたいい子たちにご褒美ですよ」
そう言ったジグは、笑顔で勉強会に参加していた子供たちにアップルパイを振舞ったのだ。
遠慮する大人たちも誘って、楽しいお茶会がスタートしていたのだ。
子供たちが口いっぱいにアップルパイを頬張る横で、大人たちはその日の勉強会の復習をしながら紅茶を啜っていた。
「イヴちゃんがあっさり答えられる算術なのに、私ときたら……」
「ああ、俺もだよ。はぁ……。そのうち、子供たちは卒業していくのに、大人の俺たちだけ……。なんてな」
「はぁ。そうならないように頑張るしかないよなぁ」
難しい顔をしてそんなことを言っている大人たちに、ジグは頬を赤くしながら懸命に話しかけるのだ。
「あ、あの! アップルパイをどうぞ! そ、それに、算術は慣れもありますから、皆さんには算術の問題集をお渡しするので、それを使って、慣れていってください。読み書きの練習にもなりますし……」
懸命にそう話すジグの様子に、落ち込んでいた大人たちも笑顔になっていた。
ジグは、向けられる温かい笑みに、花のような笑顔で応えていた。
元気を取り戻した大人たちも、気を取り直してアップルパイを口にする。
口にほろがる、リンゴの甘酸っぱさと、シナモンの香り、カスタードの甘さに表情を明るくするのだ。
「魔女様、美味しいわ。今度、作り方を教えて欲しいです」
「うまっ! 魔女様、とても美味しいです」
心から美味しいと言ってくれることが嬉しいジグは、はにかむ様に微笑みを浮かべる。
「はい。そう言ってもらえると嬉しいです。それじゃ、今度お菓子作りの教室でも開催しましょうか?」
ジグの提案に、女性の参加者が賛成の声を上げるのだった。