逃亡と異世界
最悪だ。
最悪だ最悪だ最悪だ!!
私は森の奥深く、それも魔物の森で身を隠していた。
名はマルティ。私は生まれて間もなく『神童』とよばれる頭脳と膨大な魔力を持ち、そのおかげもあって自分でいうのもなんだが、優秀な魔術師となった。
しかし今、その心の中は恐怖と憤りに苛まれていた。
すっと仲間だと思っていたパーティたちに裏切られ、王都の騎士団どもに追われることになってしまったのだ。
「おい!いたぞ!」
「チッ。」
私は足場の悪い森を必死に走り抜ける。
しかし、さすがは騎士団。追ってくる奴らだけでなく、森一帯に騎士たちを配置し始めた。
かなりまずい状況になってきたな……。
足を速める私の妨害をするように歯や氷の魔術がたたきつけられる。
身体強化をして飛びのき。瞬間移動しながら騎士たちから距離を取っていく。
そのまま行けばどうにか撒けるだろう。
私はより森の奥深くに入った時だった。
「ガアァァァ!!!!」
「っ?!」
私の目の前に現れたのは、大きなベアの魔物だった。魔物は森の木をなぎ倒しながら、距離を詰めてくる。
後退ると、背後からは騎士たちの声が聞こえてきていた。
どちらに行っても私の命はないだろう。
「へッ、ちょこまかと逃げやがって。無駄な抵抗はやめて俺たちに捕縛されろ。」
「ッ、断る。」
私は覚悟を決めて転移魔法を展開した。
一見転移と聞けば難を逃れる便利な魔法と思うだろう。しかしこの魔法には致命的な難点があった。
それは……、行先が想定できない事だった。
とにかく逃げおおせるための魔術として研究を続けていたもので、数式上は可能とされていたが、まともに治験すらできていないのだ。
つまりは、生きて転移ができるかすら不明なのだ。
「なッ、馬鹿なことはやめろ!!」
「馬鹿で結構だ。君たちのような下種につかまるくらいならな!!」
転移魔法は私の体を包み込み、追いかけようとした騎士たちの手を間一髪逃れた。
「はぁ……はぁ……ッ、ゲホッ!!」
走り続けていたせいだ。
私は喉がちぎれそうなほどの痛みで、思わずその場の壁に寄りかかった。
息を整えながら当たりを見渡すと、今は大きな建物に挟まれた場所にいるのだと気付いた。
建物を見上げると、3階建ての窓に太陽が反射して目の前がチカチカする。
「ッ…ここはどこなんだ……。」
私は息を整えてから思い切って歩き始めた。
建物の間を抜けると視界に入るのは同じ服を着た若い者ばかりで、この風景に見覚えを感じた。
「これは……何かの学園か?」
しばらく進むと、建物の間を抜けて大きな広場のようなところに出た。
(闘技場か……その割には鎧を着た者もいない。)
その時、視界の端に何かが飛んでくるのが見えた。
「シールド!!」
私は咄嗟に無詠唱で手に力を込めた。しかし、私の額に丸い塊がぶつかった。
(取り損ねたのか……?!とにかく対処しなくては。)
「ハイヒール!」
倒れ込んだからだに力を込めたが、1ミリも癒しが与えられる感覚がない。
(魔法が……使えない……。)
私はあまりのショックで意識を手放した。