【第ニ話】 田舎に闇などない、何故なら光が存在しないのだから (小鹿るい)
小鹿るい
11歳。
先日まで地下アイドルグループ・『エンジェルコール(略称・円光)』のボーカル兼MCを務めていた少女。
小鹿の圧倒的カリスマによって順調に売り上げを伸ばしていたが、所属事務所の代表である暴力団準構成員『MAX↑↑(マックスアゲアゲ)』こと『磯崎虎男』が逮捕された為、円光は解散した。
小鹿の売り上げに借金返済を依存していた両親と音信不通になってしまった為、劇団の同門である不破操を頼り福井に帰還。
母親が妊婦モデルを行っていた上に、出産前から小鹿の赤ちゃんモデル契約を交わしていた事から、芸歴は12年となる。
私の名前は小鹿るい。
先月までアイドルやってた。
ランキングも毎回上で辞める直前はずっと1位だった。
といっても数年後のメジャーデビューを狙ってのロリ地下稼業だったので、あんまり自慢にはならない。
ただ所詮、ロリ地下アイドルなんてニッチな分野だからそこまで儲かるものはなかったし。
ケツモチから渡されるわずかな分配金も親に盗まれて消えた。
私は、冗談抜きで一円も持たずに福井に逃げて来た。
何故福井かと言えば、両親の出身地だからである。
記憶にはないが私もここで生まれたらしい。
福井には昔、意識高い劇団があって
子役だった両親が所属していた。
結婚して一度帰郷した時に生まれたのが私である。
その後、両親は福井で親戚や知り合いからお金を借りれるだけ借りて東京へ逃げた。
この不破さんは両親の劇団での後輩にあたる人らしい。
あまり美人ではない。
ゴツイ系女子である。
本人が自嘲するだけあって、確かにゴリラっぽい雰囲気だ。
私はブスが苦手なので、初対面の時は本当に接し方に困ったが
一カ月暮らしてみて、信頼に値する人だとわかった。
今は師匠と思ってるし、そう呼んでいる。
見た目からは想像もつかないのだが、可愛い声を出せる
(地声はゴツイ)
声だけならトップアイドルになれる器だと思う。
だから、不破さんが恥ずかしがりながら
『実はネット限定で声優やってんだよ』
と打ち明けてくれた時、すぐに納得出来た。
かなりの人気者らしく、金回りの良さは感じた。
入浴剤一つとっても、かなりいい物を使っている。
まあ、そんな事はどうでもいい。
ようやく不破家の天井に見慣れた頃。
のまどる問題が発生した。
「不破さん…。
私、部外者なんで実感ないんですけど。
ヤクザがそこまで怒るような案件なんですか?」
「選挙絡むし。」
「選挙?」
「花津一家は誰がどう見てもヤクザなんだけど、カタギと思われたがってるのね?
企業舎弟を立候補させまくってから…」
「それとアニメに何の関係が?」
「いやいや。
今あの人たち、必死にヤクザロンダリングしてるところだから。
目立ちたくないのよ。
選挙に不利でしょ?
ステルスしてれば選挙は普通に勝てるんだから、あんまり騒がれたくないのよ。」
「詳しいですね。」
「まあ、そこの孫娘と二年一緒に女子高生やってた訳だからね。
お互いの家の前までは行き来したことあるよ。
多分、花津一家のヤクザハウスに住んでる人とは全員面識あると思う。」
「ヤクザハウス?」
「要塞みたいな家に住んでるんだよ。
監視カメラと鉄条網でガチガチに固めてる。
堀の中に尖った杭を並べてるしね。
見たらマジでドン引きすると思うよ。」
「いや、聞いただけドン引きっす。」
「まあそういう訳で花津一家の思考はある程度本人達から聞かされてるんだよ。
彼らが『目立ちたくない』って思ってるのは事実。
実際そう言っていたしね。」
「アニメ化されたら目立ちますよね?」
「うん。
しかも露骨に名前モジってるしね。
地元の人間なら絶対にヤバさに気づく。」
「何となく状況理解できました。
…あの。 それでどうするんですか?」
「多分、アニメ化自体は花津一家が総力を挙げて潰してくれると思う。
八田が絡んでない限りは。」
「八田里夜が絡んでたらどうなるんですか?」
「花津が動きににくくなる。
福井じゃ、八田が正義で花津が悪の構図だから。
花津一家は八田と対立する構図だけは避けたいと考えてる。
本人達がそう言ってたからこれはガチ。」
「ただの漫画家だと思ってましたけど…
八田里夜って凄い人なんですね。」
「福井ではねえ。
八田先輩は漫画家というより『漫画も描ける名門の女当主』って立ち位置ね。
これを理解してないと、福井の選挙は読めないと思う。」
「アニメだけじゃ終わらない話ってことなんですね?」
「うん。
アニメ化されたら、暴対とか選挙とかに絶対影響する。
花津一家にはデメリットしかない。」
「師匠は何でそんなに冷静なんですか?」
「八田里夜から『トラブルを回避する奥義』を伝授されてるし。」
「マジっすか?」
「マジだよ。
八田の本音とか裏技は全部花津先輩が受け継いでいて
それが私に引継ぎを受けてる。
金儲けの奥義とかも教えて貰ったよ。」
「うおお! カネ儲けの奥義! 師匠、私にも伝授して下さい!」
「教えること自体は禁止されてないけど
その場合は伝授相手を八田・花津に挨拶に行かせる決まりになってる。」
「あ、やっぱいいです。」
「いや、こちらの身の安全を確保する為にもあの約束は上手く利用しよう。
但し、八田花津の両陣営に私がアニメに関わってない事を証明してからだ。」
「証明出来るんですか?」
「出来ない。」
「駄目じゃないですか!」
「だから状況を正確に報告する。
証明出来ないという自己分析も聞かれれば正直に答える。」
「?」
「まあ、その反応は解る。
でも、これが八田流の教えの一つなんだよ。
『ヤバい状況に陥った場合は、迅速正直にその情勢を周りに報告する。』
八田里夜は自分の失敗談を交えて花津真美に、そういう危機管理法を教えたらしいな。」
「八田里夜っていつもミスってますもんねww」
「それは漫画の中の話な。
実物は全く隙がないぞ。」
「おおう…」
「だから八田も多分アニメ企画の立案にも関わってない筈だし、迷惑に感じると思う。」
「確かに一番の有名人は八田里夜ですもんね。
もしこのネットニュースを知ったら嫌がるでしょうね。」
「いや、あの人も花津真美も、もう知ってる。
昨日の夜に流失したニュースを今日把握していない訳がない。」
「…。」
「実物見たら納得するよ。
二人ともそんなに甘い人間じゃない。」
「どうするんですか。 師匠。」
「日が落ちる前に花津真美に会いに行く。」
「今からっすか?」
「説明は先手必勝だ。
後手に回れば弁解と取られる。」
「それが八田流っすか?」
「花津一家の組長が言ってた。
『逮捕されにくいコツ』なんだってさ。」
「ほええ。」
「スマンがアンタも連れて行く。」
「早い方が安全なんですよね。」
「呑み込みが早くて助かる。
ああ、着替えなくていいよ。」
「スエットですよ?」
「アンタ、化粧っ気があるから…
田舎の人間にはそれ位で丁度いいんだよ。」
「スイマセン。」
「アンタは悪くない。
田舎が悪い。」
「ありがとうございます。
…でも、出来るだけ合わせます。」
「助かる。」
車の中で一通りの説明を受けた。
何でも花津家というのは千年以上前から福井に住み着いていて
何度も滅ぼされかけながらしぶとく復活し続けてきた家らしい。
大正時代に選挙で大負けして財産を失ったが、じわじわと盛り返して来て
今の組長の代でヤクザ化して、その後商売で大成功しているらしい。
知名度と人気の八田と、カネと暴力の花津が福井の二大勢力とのこと。
田舎って怖いなあ。
花津家
紀元前。
大彦命の北陸侵攻に呼応しヤマトに寝返り亡国の元凶となった高志国の豪族・寒朽彦を祖とする。
大化改新で越前国が成立すると権を失い、その奪還の為に朝廷に執拗な反逆を繰り返した。
古代越前国の記録には賊徒として頻出する一族で、「放」と記されていたが、平安期初頭あたりから大和化し「花津」を自称する。
一貫して越前地方の領有を主張し、木曽・新田・一向一揆・金森騒動・水戸天狗党の勧誘を画策するなど常に越前の不安要素として暗躍し続けた。
朝敵として度々征伐の対象となり、幾度も絶滅寸前まで追いつめられるも、その度逃亡先で力を蓄え武力による帰還を成功させている。
悲惨極まりない逃亡劇は副産物として諸国の強力な分家を産んだ。
幕末期に花津縫殿介氏煕が過激な攘夷を行い名声を得るも、福井藩に粛清され一族は越前から退避した。
維新後、縫殿助の遺児鳴介が帰福し、生糸相場で獲得した莫大な資産を使って旧福井藩士への報復を開始、維新政府との関係を誇示し恫喝的な地元支配を画策する。
その子鋭介の代になり花津家の越前侵略は更に激化、嶺北各地に郎党を派遣し利権と暴力を駆使して福井県知事の座を狙い『八花戦争』と通称される激しい選挙戦を行った。
家財の大半を賭けて臨んだ選挙戦に敗北し、一時家勢は衰えるも、次代の整介・敬介の代においてリカバリーに成功。
莫大な富を蓄えるに至る。
現当主は敬介の子、大介。
家紋は胡蝶。
軍旗・馬印には黒塗りの逆鳥居を多用する。
通字は「礼」戸籍には記載されていないが、今でも諱は家門の厳格なルールで運用されている。
近年の家運隆盛著しく、2000年来の悲願である越前奪還に王手を掛けた状態であるが…
八田家
藤原隆家の長庶子である周理(狒々退治で高名)が群馬県八田荘に土着した事を起源とする。
家祖・周理が藤原頼通の寵臣であった経緯から、坂東に身を置きながらも朝廷の代弁者としての姿勢を一貫し、代々上野介に任官された。
下野八田家と区別するため、上野八田家と呼称される。
鎌倉・室町幕府には警戒され続けながらも一定の地位を保持するが、室町末期の当主・稙理が武田・長尾・北条の大大名家に対して三方面戦争を行った事が災いし所領の大半を失う。
その子輝理は早い段階から羽柴政権に好意的で、関東における親豊臣世論の中核的存在であり優遇もされていたが、太閤検地への公然たる批判が原因で改易される。
相婿関係にあった結城晴朝の庇護受けていたが、結城秀康の転封に伴い越前入りし、以降福井藩の家老家として重きを為す。
幕末期の当主・道理が藩内の混乱を鎮めた功績の褒賞として洋行を許された。
法学を修めた道理は帰国後に北陸法学校を設立、福井大学法学部の前進となった。
道理の子、摂理が大正期に県知事に当選、清廉な政治姿勢から県内での尊崇を集める。
任期中、他府県知事に対し自県への私邸寄贈法制化を呼びかけるも応える者はなかった。
先例を作るべく自身が受け継いでいた家老屋敷を福井県に寄贈しようとするも、各所からの圧力により阻止され、その子孫が準公邸の建前を保ったまま居住し続けている。
現当主は漫画家の八田里夜。
家紋は藤原頼通から下賜された絡み藤だが、大正期に八田摂理が西欧風に改称した。
馬印は言わずと知れた一枚紅葉。
通字は「理」、女の通字は「里」
千年来の宿願であった凱旋帰京を成就する予定だったのだが…