絶裂の一振り
「ちょっと待て。叔父様ってどういう事か説明しろ簡潔にな」
私はキレ気味にフォーさんを問い詰める。
《ヴィヴィが勝手に我の事を叔父呼びしているだけだ》
「オジサマそぉんな事言わないでよっ」
私の周り、というか肩にいるフォーさんの周りをクルクルと回っている。さっきの殺気など嘘のように笑顔なのが余計に怖い。それにしても、湖の妖精ってもっと物静かな人の偏見があったが、今日から改めよう。
「えっと、お名前をお伺いしても?」
「そういえば人間が居たっけ、あっ!枝を投げ入れるよう入れ知恵したのオジサマでしょ!」
《そうでもしなければ、貴様顔など出さんだろう》
「そうだけど、顔を出させた理由は?オジサマそういう付き合いメンドくさがってるじゃん。古参な癖に」
《余計なお世話だ。この霧を解け、我らは森を抜ける必要があるのだ》
「うぅん。オジサマの数百年ぶりのお願い事だから叶えたいのは山々だけど、ちょっと問題があるんだよね」
「問題とは?」
「私の霧魔法を使っているのはね?別に貴方達を追っ払う為じゃないんだ、てか全然通ってもらって平気なんだけど。ここ最近、魔物達が妙な動きをしてきて、私の支配領域にまで入ってきてて。人狼の皆にも手伝って貰ってるんだけど、何だか数が異様に多いんだよね」
《ふむ。主よ、ここは人として、戦士としての度量の見せ場だぞ》
「まぁ、そうするしかないなら、仕方ないな。ヴィヴィ、私たちが魔物達を倒したらこの霧を無くしてくれるか?」
「ほんと?とっても嬉しい申し出ね!人狼の皆に伝えておくから、貴方たちを攻撃する事はないと思う。それじゃあよろしくねー」
「さっさと倒してさっさと合流しなくちゃいけないからな」
「なら冥土の土産に耳より情報をお一つ。貴方のお仲間さん達は森を抜けてるよ。片方ものすっごい速くてびっくりだったなー」
二人は森を出れたか、ひとまず心の安寧はとれたから良しとしよう。気がかりで仕方なかったが、フォーさんをオジサマと慕うくらいだ、私に嘘をつくメリットなど無いに等しいはず。
「私の友達を追っていって、そこに魔物の群れがいるから」
木々の深くから、手のひらに乗るくらいの小さな妖精が目の前を通り過ぎた。淡い橙色の光を放つ妖精は、こっちだよと言わんばかりに点滅して、奥深くへ誘っている。
「いっちょ働いてやりますか」
やる気を無理矢理起こすが、それが更に心を虚しくさせるのは、見て見ぬふりをしよう。
耳に風切り音と木の幹が揺れる音がよく聞こえる。私は枝を軽く跳んで乗り継いでいく形で、妖精の後を追っていく。フォーさんの権能の副効果なのか、木の事がよく分かる気がする。初めて木を跳ぶなんて事をしているけど、どこに跳べばいいのかが瞬時に分かる。あの後『体が動かないから少し待って』と言ったのにも関わらず、「さっさと行くぞ」というから、どちらも引かず言い争ってていたら、フォーさんが回復魔法を創っていたのでそれを使用して今に至る。
私の知らない所でポコポコ凄い事をするのを聞く度に、そういえば賢者だったわこの梟、と気付かされる。
認めてはいるが、他人事のように私のピンチを放っておくのは、若干気に食わないが黙っておいた方が身のためだろう。フォーさん、目的地までどのくらい?
《あともう少しだ。到着まで推定2分、いや今のは取り消す》
急に何だよっ。緊急事態?
《相手はもう攻撃して来るぞ》
「えぇっ!?」
その言葉は真だったようで、下から一斉に敵の剣がこちらへ向いていた。瞬発力はあったので、高く飛んで回避する。上空から見たところ、かなり敵が多いようだ。それに白い体に頭蓋骨が丸出しなのがチラッと見えたから、スケルトンとか骨の魔物だろう。となると敵はこの夜ずっといるのか?だとしたら長期戦どころの話じゃ済まなそうだが。私はそのまま落下して、また別の木に飛び移る。妖精にヴィヴィの場所へ帰るよう伝える。葉に身を隠して上から様子を伺いながら、フォーさんに尋ねる。
「フォーさん、あれは死とかいう概念が存在するのか?」
《いいや、本当のスケルトンは核が無くなるまで復活するのだが、あれは別だ》
「本当のスケルトン?」
《死霊に魂が宿る事でスケルトンという存在は成立するのだが、それは怨念、この世の未練と言うたか?つまり縛りが強ければ強いほどスケルトンとして蘇る。しかしあれは人工的に縛り付けられている》
「本人の意志と関係が無い、ということ?」
《真実は分からぬが、大半が強制的に縛られているようだ。介入者が居るとみて間違いないな》
「そいつを叩けば、このスケルトン達は解放される?」
《そうだな。だが魔法の質が高い、ここにいなくても操作が可能な可能性が高いな》
うぅん、と私の喉からは唸り声が出ていた。あの数を相手にするのは面倒だし、しかも倒しても復活するなら尚更愚行だ。顔をしかめながらどうしようかと悩みながら下を見回すと、スケルトンが集中して集まっている所を発見した。
ふと、体が痺れた。あそこへ行かなくてはならない気がした。権利ではなく、使命が働いている。頭では危険信号を発しているのに、体は、足はもう幹を蹴り出していた。
《おい主、聞かずに行ってしまった》
フォーさんの言葉すら遮り、私は空を斬っていた。空中で鞘から剣を抜き放ち、後ろから振りかぶって左から右へ斬り払う。骨は予想より重くて、もう少しスピードが遅かったから全身で突撃していだろう。空いている左手で一度スピードを殺してから受身を取ると、すぐさま剣を構える。よく考えず突撃したけど、一体何に群がっていたんだ?後ろを振り返ると、木が一本立っていただけで変わったものなどは見当たらなかった。
「…この森に、人間?」
声のする下へ目を向けると、そこには煤に塗れた小さな生命が木に倒れかかっていた。ここまで案内してくれた妖精よりは大きいが、せいぜいフォーさんよりちょっと大きいぐらいのサイズ感だった。体から血は出てないから一安心、と思ったのもそれは取り消さざるを得ないものを見てしまった。よく見ると、体に傷が大量にあった。痛々しいというには言い過ぎな気もするけれど、その小さな体には余りある傷だ。私はすぐさま剣を構え、黒い妖精に背を向ける。
「何で、んなことしてんっだよ。お前には、関係ないだろ!」
「私が嫌ならここで怪我してる自分を恨んで」
「お前、ゴホッ!本当に何言ってんだよ!」
「フォーさん、あの黒いやつ手当てして」
《承知した》
「はぁっ!?」
私にも分からなかった。ただ、怒りが湧き上がっているのは、体感してる。そもそも、こういう意地を張るのが理解できない性分なのだ。だから、怒りの理由は言葉にできなくても、察しは付く。
「動けるようになったら伝えて!それまで耐える!」
猛然と群れに突っ込んで行くと、早速スケルトンは皮のない拳や剣を振り回しながらこちらへ攻撃してくる。特に難なく相手の攻撃を躱していく、そしてその中でフォーさんが言っていた言葉が分かった。相手に自分の意思が感じられない、中身が空っぽなのだ。
「次から次へと復活しやがって。キリがないな」
反撃だけに止めていても、相手が復活するんじゃジリ貧に体力が削られていくだけだ。縛り上げても、解決策にはならないだろう。
「よし決めた。人間、お前に俺の権能を一度だけ貸してやる」
「権能を持ってるのか!?」
「これは試練だ。これを乗り越えれば、俺の力を行使させてやるよ」
「なんで上から目線なのか分からないが、この状況を抜け出せるんだな!」
「おうよ、任しとけ!」
策が無いので、細剣を鞘に収め、後ろへ大きく下がる。投げやりな態度になっているのは自覚している。だがこれは仕方ないのだ。骨をただ薙ぎ倒していくのは、これはこれでイライラしてくる。ストレス解消だなんてとんでもない、ストレス製造機の間違いだ。
「何すればいいんだ?」
「授けんのは世にも珍しい神刀だ、扱いミスると自分が死ぬから気をつけろよ」
「いわく付きにもほどがあるだろ」
文句も言ってられないので、その一言で弱音は終わり。
「さぁ行ってこい!」
黒い妖精とハイタッチを交わすと、私は唱える。
「契約!」
言われるがままに、私は地面を蹴る。走り出した速さを落とさず、魔物の群れに接近する。精霊では無いから、即契約できるのが救いだった。
神刀、というくらいだから本当にいわく付きの刀なのだろう。私の手に、それは握れるのだろうか。秋風の冷たい空気が顔に当たっている。
手に、感触が伝わる。
それは、私の手に届いた。
これなるは名も無き神が創り出した武具。彼の神は名匠ではない、まして友に鍛冶の神は居れど武器になど興味がなかった。なれば、何故この刀は生まれたのか。ここまでの力を有するのか。それはきっと、彼の神の願いの強さが起因しているのだろう。
名も無き神は戦を知らぬ。しかし、神は人の想い、願いの強さを知っている。故に彼の神は選んだ。全てを"絶つ"武具を創り出したのだ、人を信ずる為に。
この刀に名は無い、彼の神が託したのは名ではなく、願いそのものなのだから。
だけど俺としては、名前が無いのもやりにくいし、自分で勝手に名付けた。
その刀の名は、
『権能《絶裂の一振り》』
魔刀は黒い瘴気を纏い、袈裟斬りの尾を引く。骸骨に打たれた一撃は、体も骸骨の魂も全て絶つ。その斬撃が絶つは魔法も然り。
「ギッガガッッガ…」
斬られた一体の骸骨は、少し小刻みに震えると、ピタリと動きを止めた。そして下から崩れると、黒い何かがスケルトンの口から出て来た。それは、ある方角へと飛んでいき、消えた。
私は刀を、改めてじっくりと見る。鉄で出来た普通の刀ではなく、手で触れる感じ、魔法そのものが形になったのだろう。でも体感している事とは裏腹に、柄の部分や鍔にも形がしっかりとある。元は刀だったのを魔法に変えた、とかか?
「凄いな!この刀、妖精さんこんなの使ってるのか?」
言いながら振り返ると、黒い妖精は驚きを隠せないと言った様子だった。明るい顔から不思議そうな顔へと、私もころりと表情を変えてしまった。
「いや、ホントに使えるとは思って無かった」
「そんなの渡したの!?」
刀と黒い妖精を交互に見やる。
「まぁ、使えるんならお前にやるよ。その刀と主のお前に助けられたお陰で、ほら。アイツらの主が帰るみたいだぜ」
主が帰る、という言葉の意味が分からず?を頭に浮かべていると、他の大量の骸骨がさっき斬りつけたスケルトン同様に、どんどん崩れていった。
「術者がここを離れた、もしくは攻めるのを諦めた、という解釈で良い?」
《先程まであった魔法の反応が消失した。一度手を引いたと見て良いだろう》
「ならお務めは終わったという事でいいんだよな」
「何?人間、お前誰かにお使い頼まれてんの?」
暗くて黒くて見にくいが、愉快そうにニタニタ笑う妖精を私は不愉快そうに見下げる。
「そもそも気になってたけど、黒い妖精さん、何でここにいるのよ」
「さっきから俺の事妖精妖精って言ってるけどよ、あぁいやいい。説明すんのも面倒臭い」
《ホゥ…》
「妖精さん、何でこんな凄い刀、というか権能を持ってるの?」
「あーその刀な、実はそれ俺の魔法じゃねぇんだよ。権能でお前に使えるよう手は加えたけど、まさか使えるなんてよー」
いやー悪い悪い、とさっきまで死にかけてた奴の態度とは思えないほど、あっけらかんとしている。もしやこの妖精、死にかけてる事に慣れてるのか?
「というか、これから世話になるのに名乗ってなかったな。俺は"ジャック"だ、まぁ妖精じゃないがそういう類だと思ってくれて構わない。改めてよろしくな!」
「待て待て待て!これから世話になるって言った今?」
「えーだめ?」
「いやいいけど」
「良いのかよ!そこはダメって言うのがシナリオだろ…まぁいい。これからよろしくな、えっと、名前なんだっけ?」
「アイカ」
「あぁアイカな、よろしく」
《貴様、一体なんのつもりだ》
「おぉ怖いなぁ、そのむくれっ面は御健在のようで」
《まぁよい。そちらがどう考えてるのか知らぬが、貴様の想通りに動くやつではないぞ?》
「だから俺がいるんだよ。まっ精々仲良くしようぜ?センパイ」
小さな黒い者は、からかうようにそう告げた。その態度に、賢者は特に気にしていないようだった。睨み合いの末、
《勝手に言っておれ》
賢者が手を引いた。