いざ王都へ
鞭のしなりによる変則的な攻撃。今のところアリアのサポートもあって当たってないが、一撃でもアウトならもし剣がなかったらと思うと、ちょっとゾッとする。一定の距離を保っているが、一回でも気を抜くと殺られるだろう。後どれぐらいの時間稼ぎが必要なのか分からないが、持って数分だ。体を相手に合わせて急速に動かしてるせいで、動きが鈍くなってきている。身体強化みたいな魔法とかないのだろうか、そんな余裕が生まれるほどに体とは反対に、脳は加速する。
そのおかげで、ここまで戦って分かった。相手はそこまで接近戦は得意じゃない、なら隙さえ突ければ躱して一撃入れられるんじゃないか。タイミングと、その想像する未来を現実にする力が残っているかどうか。
「つぁっ!」
叫びながら体を捻り、剣で鞭の軌道をそらす。死への恐怖と体の疲れで、汗が滲んでいる。もはや考えている暇は無さそうだ。私は決意をし、その一瞬を探る。本当にあるかないかの瀬戸際に、そのチャンスがあるはずだ。相手に悟られないよう、反撃するのをバレないように、
見えた!視界の端に映ったリリスの表情は、少なからずマズいと思ったようだ。そのチャンスは、リリスの顔に驚愕の色を足した。
「はぁっ!!」
中距離をずっと保っていたが、私の右腕を飛ばそうとし、鞭が伸びる。鞭はしなり見た目より遠くに攻撃できるが、二撃目が遅くなる。リリスの右脇腹を狙い、突進する。距離を詰めるのはもう度胸試しに近い気がする。空中を地面すれすれで跳ぶ。剣先が、届く、
「させるわけないでしょう」
身体がぐわんと倒れる。背中に強い衝撃が来てようやく理解した。剣が体を貫くことはなく、さっきまで右にあった鞭が私の剣を巻きとっていた。それは鞭は一本だったのに、二本に分裂したのだ。
「鮮血魔法《処刑女の愛した鞭》」
体が痺れて、立てない。それに魔法が進化した?
「アイカ!」
「さて、ここまでやれたご褒美、受け取って?」
考えるのも束の間、リリスが手にしていた鞭は何本も増え、先が剣のように鋭くなった。魔法が形を変える事によって、殺傷能力を得るのか。すると、鞭が上から迫ってくる。せめて顔面だけでも避けないと、!
必死に左に動こうとする。右眼に触れるそのギリギリに、あの光景がフラッシュバックした。いや、実際にはフラッシュバックしたのではなく、私の目の前に同じ出来事が起きたのだ。一迅の風が吹いて、血の鞭は四散し、鮮血の華が舞い散る。彼はまた、私を助けてくれた。
「無事?」
私を安心させる為なのか奮い立たせる為か、その真意を私は知らない。でも彼のその微笑みを見れたことで、現実が戻ってきた気がする。
「藍華っ!生きてる!?」
後から遅れて緋華李も来てくれた、今も怖くて仕方ないだろうに。本当に、私は友達に恵まれた。緋華李の肩を借りて、よろけながらも立ち上がる。
「んん?あら?あらら?貴方、レオン殿?」
「殿、と呼ばれる程の地位には立っていないが」
「あら?ってことは、そういうことよね?」
「貴女の仰る意味が分からないが、これ以上友を傷つけるのなら、本気で斬るぞ」
「ふぅん?そう、そうなのね。もう、ここまで。良いわ、いいものを見れた御礼に見逃してあげます。でも忘れないで、私は貴方たちを忘れない」
そう言うと、リリスと言う女性はまた不敵に笑い蝙蝠となり、散らばり、影に消えた。
緊張の糸が一気に解けたせいなのか、身体からどっと疲れが出る。はぁと、人生、もとい転生人生で一番大きなため息をついた。さすがに気配は消えたのでこれ以上警戒は必要ないが、それでも周りを気にしてしまう。
「ひとまず、みんな生きてて、良かった」
「藍華ーー!」
「抱きつくな騒がしい耳が痛い」
「そう言うなよ。あんな剣幕して来たんだから、そのタックルで済むだけありがたいんじゃないか」
「それもそうか」
改めて考えると、そうか。緋華李にとったら悪夢という誰かの死が実現しかけたのか。そう考えると、なんだか悪い気がしてきた。
「もう、こういうことやめて」
でも、それでも私は、
「できればな」
「ほんっと頑固だよね!」
全員気を抜いていた訳ではない。あの格上を相手にしていたのだ、直ぐにダラダラと出来るはずがなかった。でも、彼女はそこにいた。
「みんな勢揃いね?良かった良かった、誰か一人でも欠けてたら、依頼した事を悔やんで、明日は眠れなかったかも知れなかったわね」
「誰っ!」
鞘に収めた剣をもう一度取ろうとする。
「藍華藍華。この声、聞いたことあるような」
「やっぱり貴女でしたか。いくら俺を信頼しているとは言え、こんな変な依頼をしたのは」
入口の影から音もなく来たのは、ウリハラギルドの受付嬢、メルティさんだった。
「分かっててやりましたよね?」
「何を?」
「情報どこから仕入れたんですか」
「女はミステリアスであるべしってね」
話を聞く限り、嵌められたらしい。生きてたからまだしも、ほんっと死んでたら酒のつまみにもならなかっただろうに。私は苦笑いしながら考える。魔王にその配下、六芒星。魔界とやらに居座っている強者ども。あんなのとこれから対峙しなくちゃならないのかもしれないのか。改めて、強くならなくてはならない思いに駆られる。
「メルティさん。騙したことは別にいいです」
「騙されてくれてありがと」
女って怖い、割と本気で。
「六芒星とは、魔王とは、どんな奴なんですか?」
「知らないわ」
「えっ」
「えぇ」
「はぁ」
「い、いやいや!知らないならなんでこの依頼を!?」
「実はね?これ王命だったのよ」
「っ!?王命だって!?メルティさん!本当なんですか!」
「アリアちゃん、王命って何」
レオンの後ろでアリアにこっそりと聞いている緋華李に、私も混ざる。
「王命って言うのはね、文字通り、女王様からの、直々の、命令。秘匿され、民にも、知られる事は、ないの。でも、本来それは、円卓の騎士達に、降されるもの。何で、ギルドに?」
女王に円卓の騎士か。本当に情報が足らないな。
「それでね?貴方達には王都に出向いて欲しいの」
「なっ!?」
レオンの顔が、あの時と同じ苦い顔をしている。
「えっ?何でですか?メルティさん」
「ギルドの報告書じゃ、信頼に足らないとか何とかで。全く、陛下も酷いわよね」
「俺も、ですか」
「ごめんなさい。貴方を行かせるのは不本意なのだけど、対処するのに彼女たち二人の名前だと信用できないって」
「信用もクソも無いだろうが…」
「という事は、私もですか?メルティ」
「いいえ。レオン、ヒカリちゃん、アイカちゃんの三人だけよ」
二人は極端に王都に、もしかしたら女王に会いたくないらしい。余程の圧政政治でもしているのだろうか。それにしては、ウリハラは賑わっていると思うけど。
「とりあえず戻りませんか?それに、死体の埋葬もしなきゃいけない」
「そうだな」
「うん、手伝うよ」
「ギルドに着いたけど、何か質問はある?」
いやこの空気で言うんですか。埋葬して花を手向けた後、ギルドに無事に帰還して、丸いテーブルに向かい合って座っているが、なんだこの重々しい空気は。
レオンはさっきから下向いてるし、アリアはもはや泣きそうだし。どうしたものかと悩んでいると、あいつが動いた。
「じゃあはいっ。王都にはいつ行けばいいんですか」
「明日には出発してくれる?本当に身勝手なのは承知の上だけれど、予定日に間に合わなくなってしまうから」
「明日、ですか」
「ほんとうに、身勝手ですよ」
下を向いたままレオンが言う。こんな風にものを言う彼を初めて見た。
若干面食らっていた私だが、ゆっくりとレオンは顔を上げた。
「…行きます。王都に」
「レオン、嫌なら無理にでも断って」
「いいんだ、いつかは会わなきゃいけない」
「私はそろそろ仕事に戻らなきゃ、王都までの道のりにある"妖精の森"までは馬車で送るわ」
「ありがとうございます」
メルティさんが受付の方へ行くのを見送ると、アリアが立つ。
「ごめんなさい。王都は、あまりいい思い出が無いの」
それだけ言うと、すぐに背を向けて行ってしまった。
「レオン、どうしても話せないんだな。前にエリアとやらが話していた、出来事は」
「それ、は」
「別に責めてるわけでも、強制させたいわけでもない。ただ、そのトラウマとこれから出向く女王様は、何か関係あるんじゃないかなって思っただけ」
彼女は当然の疑問を抱いている。いつも普通にしていた友達が、ある一定条件下において、急に具合が悪くなったりしたら心配する。それはごく当然の反応だ。でも、これは人に話していい問題なのか。それが俺には判断できない。話さなければ、裏切っている気分だし、話せば遠のいてしまうかも。俺はこの"大切さ"を知ってしまった。手放したくないと、願ってしまったのだ。
「本当にできればでいいですよ」
「話すと長くなるから手短かに。俺はあの女王に嫌われている、もっと言えば、憎まれてるんだよ」
ここで話さなかったら、真に友達とはきっと言えない。
「理由に心当たりは?」
「ないよ。でも、もしかしたら俺の出自かもしれない」
「出自、ですか?」
「俺には家族が居ない。正確に言うと、知らないんだ。それを知る人は、もう殺された」
「そうか」
「だから俺はどこぞの貴族の生き残りかもしれないし、女王の反逆者の子息かもしれない。とにかく、俺は何かしらの理由で、女王の恨みを買って人生最悪な目に会わされたんだよ」
「お前も災難だな」
「まぁね。俺はその恨みのせいで、王都じゃ反逆者扱いを受け、出禁なんだよ」
「えぇ!?それ支離滅裂すぎません?出禁なのに来いって」
「だから俺は頭にきてるし、またそんな不遇な扱いされたらたまったもんじゃないってわけだ。折角ウリハラで上手くやってこれたのに、ね」
「だからこの地域だけだったのか」
「そういうこと」
「逃げ出した、というのは?」
「追い出された、が正しいんだけど、アイツはその理不尽に抗って欲しかったんだと思う。俺の推測が半分だけど。言ったろ、良い奴だったんだって」
「…そう、だったなのか」
女王はレオンに何か思うところがあった。もしくは、レオンの父母を知っていて、父母に恨みがあった。いや、そんなことせずとも相手は一国の王。抹消する事なんて容易なはず。でもそうしなかった、何らかの理由によって。フォーさんはどう思う?
《レオン自身が恨みを買ったという線は、少なくともないだろうな。だが、レオンではなく"レオンの存在"が何か癪に触ったのやも知れんな》
存在自体が邪魔だった?
《憶測の域を出ん。だが、レオンから何かを感じるのは事実。その何かという不確定要素が、大きく関わってくるだろうな》
憶測の域を出ない、か。丁度いい。話のわかる女王様だったら直接聞こう。可能性は限りなく低いが。
「遅いぞ緋華李。遅刻じゃないが、五分前行動は厳守だって、前から言ってるだろ」
翌日はあいにくの曇り空。初の遠征だと言うのに、こんな天気では上がる気分も上がらなくなるというもの。町の入口で待ち合わせなのだが、しかし珍しいな。緋華李はグータラ人間だが、五分前行動はいつも守ってきたのに。
「ごめんって。昨日の事、ちょっと考えてて」
顔の前で、「このとおりっ」と言いながら手を合わせる。おちゃらけようとしていても、いつもの元気が無いのはすぐ分かった。
「お前、本当にだいじょ」
「お待たせ」
どうやら悪いのは天気運だけでは無かったようだ。急用でもないし、そのうち自分で立ち直れるだろう。それよりも、心配の種は今来た男の方だ。私は何気なく顔を見る。その気遣いはいらなかったようだった。
「吹っ切れたようで何より」
「レオンさん、あの」
「気遣わなくて構いませんよ。俺はあの場所へ行きたくて行く。それで十分でしょう」
「分かりました。レオンさんが、そう言うなら」
どうやら友も覚悟ができたようだ。これで心身共にようやく準備が整ったというもの。だけど、到着予定時間だと言うのに、馬車が一向に来ない。
「馬車は少し先で待機してるわ。話が終わったのならさっさと乗ってくれない?」
私と緋華李が一斉に横を向くと、そこには私と同じくらいの背丈の女性が居た。青緑色の髪に黒縁メガネ。曇天空が、更に彼女の雰囲気を暗くさせる。こう言っては失礼だが、根暗なオーラを感じるのは私だけだろうか。
「ソルティさん。来ていたなら一声かけてくれても」
ソルティさん、と呼ばれた女性は、ため息といかにも嫌々そうな視線をこちらへ向けた。
「ほら、早く乗ってよ。言っとくけど、いくら姉さんのお願いでも、あんたらを接客する気なんてないから」
態度といい言葉遣いもそうだが、あまり好ましく思われていないようだ。話から考えて、どうやらメルティさんの妹らしい。
「ねぇ、あの人ってメルティさんの妹さん、だよね?」
「話の内容的にはそうだろうな」
それだけ言葉を交わすと、私たちはソルティさんの後について行った。朝靄はもう無いはずなのに、霧が濃くて視界が悪い。本当、こんな日の遠出は不吉で仕方ない。
「わぁ!馬車乗るの初めてー!」
子供のようにはしゃぐ友を横目に、馬車を眺める。馬はこの二頭が連れてってくれるようだ。馬に乗ったことも実物も見たことないから、思っていたよりも大きく感じる。つぶらな瞳に凛々しい顔。個人的には白馬もかっこいいと思うけど、この子達も可愛い顔をしている。
《主、この子と言うが人間の年齢では主より年上だ》
そう言う事じゃないんだよなぁフォーさん。何?それとも、もしや嫉妬かい?
《森の賢者が嫉妬などするものか》
ぷりぷりしちゃって。まぁいいや。
「よろしく、二頭共」
動物は視線に敏感だと言うし、そろそろ中へ入るとしよう。馬には挨拶だけして、私は後ろの馬車へ乗り込んだ。馬車は見た目のオンボロ具合とは違って、かなり丈夫だった。予想通り狭かったけど。
向かい合わせに椅子が設置されており、武装などはしていないようだった。本当に普通の馬車だ、普通の馬車など生前見る機会はなかったけど。
「何も無いといいな」
「わざわざ自分から何か起こりますって言わなくても」
「本心だよ、本心」
さて、馬車を襲撃されたら護衛戦になるが、守りながら戦うのってどのくらい大変?
《想像以上、とだけ言わせてもらおう》
了解、なんとなくだけど想像つく。まともに戦える事をそのときの私に願おう。一番良いのは、何も無いことだけど。