剣と魔法とリドルム
「そういや嬢ちゃん達、見ねぇ格好してるな」
「あ、それ俺も思いました。この辺りじゃ見ないなと」
やっぱり聞かれるかぁ。今の格好は日本の高校生じゃよくある制服。レオンさんは制服を物珍しそうに見ていた。この世界の人からすればなんだその格好と言われるのは必然か。
「私達のオシャレですよ!な?」
「うん!」
「確かに、嬢ちゃん達の服は似合ってんな!」
「デルバルドさんったら!褒めても何も出ませんよ!」
この人たちは、"信じていい"のかも。この世界を私達は知らな過ぎる。この人達なら、私たちの現状を話しても良いのかも知れない。
「・・・ちょっと」
藍華は緋華李の腕を強引に掴んで、カウンター席を離れようとする。
「え、えぇ!?」
「?/おぉ?」
店内の端に寄って、ヒソヒソと話し始める二人。それを引き留めるでもなく、男二人は訝しく思うも、ただ見守っていた。
「なになに、どしたの?」
「あの人達に話してみない?」
「もしかして、転生したって話?」
「うん、やばい?」
うーん、と考え込んで、唸って、眉間を叩いて、そして笑顔が咲いた。
「ううん、私も賛成。悪い人たちじゃないと思う」
「ありがとう」
デルバルドさんと近況について話していると、彼女たちが戻って来た。戻って来た彼女たちは、先程とは顔つきも風向きも変わり、真剣だった。端に寄っていって何を話したのかは聞かないようにしていたが、何かを決してきたのは、確かなようだ。
「作戦会議は終わったかい?」
「はい。実は、言っていない事が一つだけあります」
「…それはなんですか?」
「恋バナか?」
「デルバルドさん」
「へいへい」
「実は私達、転生してるんです!」
多少の配慮をしたのか、声はできる限り抑えて、然しハッキリと伝わる様に言い放った。
時が止まったのかと疑うほどに、私たちの周りから音が消えた。一人は唖然とし、一人は固まって動かず。どちらも等しく鳩に豆鉄砲食らったような顔をした。
「ん?え、今転生したって言いました?」
先に復活したレオンが、少し早口になりながら聞いてくる。
「はい!ハッキリとそう言いました!」
「アイカの嬢ちゃん、詳しく教えてくれねぇか」
「実は・・・」
アイカは、死んで転生してからここまでの経緯を話した。
「そんな事、あるんですね」
事実を自分に言い聞かせるように、ポツリポツリとレオンは言う。
「つまり嬢ちゃん達は、この世界の事、この國の事を知らねぇって言うんだな?」
「はい!」
「この話はきっと荒唐無稽だと思われるでしょう。ですが、この世界を知らないというのは本当です。どうか、私達を、助けてくれませんか!」
「お願いします!」
2人は座りながらも、深々と頭を下げる。藍華の胸中は不安で仕方がなかった。この事を言ったせいで、またも緋華李を、大切な友達を危険に晒してしまうのかと思うと、不安で心がいっぱいになった。
間を置いて、目の前の大男は口を開いた。
「嬢ちゃん達」
「は、はい!」
「水臭ぇぞ!」
そう言い豪快に笑うと、私の頭をくしゃくしゃに撫でた。
「そうですよ、それに招いたのはこちらの方です。最後まで面倒見させてもらいますよ」
不安は一抹の思いだったようで、やはり本当に優しい人はどこの世界だろうといるのだなと、藍華は嬉しい気持ちが溢れそうになる。
「ありがとうございます」
「はい!それなら質問いいですか、デルバルドセンセー!」
緋華李はその答えを知っていたのか、信じていたのか、全然動じていなかった。
「はぁ、私だけ緊張して、恥ずかしい」
「貴方の長所じゃないですか」
「うっさい」
その言葉を受けて小さく笑い、グラスに入っている淡い黄色の飲み物に口をつける。横でそんなやりとりをしている間にも、もう二人の話はトントン拍子に進んでいた。
「じゃあ、この世界について、短く、分かりやすく説明してやろう」
「その前にご飯、食べましょうか」
「あ」
「そういえばそうでした・・・。お金は出世払いで勘弁して下さい!」
「ハッハッ!なら、出世した日を気長に待ってやるかな!」
この世界の名前は"リドルム"。地球ととても似ているらしい。
魔物も居て、言ってしまえばベタベタのRPG設定。なんでも、リドルムは三つに別れていて、いま私たちがいる、多種族が住む"現界"、天使などの神が御座す"天界"、悪魔、魔王、魔族の巣窟"魔界"
この3つに分かれている。
天界や魔界は、高ランクの冒険者やギルド。要は強い人しか行けないらしいから、私達とは今は無縁の話だそう。
それで、現界について説明すると、殆どの人が魔法を使えるらしい。魔法は1人1つの属性を持つ。ごく稀に、二種類の魔法属性を持つ人がいるらしい。
レオンさんも風属性の魔法を扱う。正直言うと、似合ってない気がする。爽やかなのは分かるが、癒し魔法的なの使ってそうだ。
そしてこの大陸には、7つの國があって、そのうちの1つが今居る國、騎士の國"オルフェウス"
王都"ナイティル"には騎士が沢山居て、、王都はとても美しいと評判らしい。行く機会があるなら、ぜひ観光したいものだ。
それらを踏まえた上で話し合った結果、今後の方針が決まった!
私たちはギルドに入って、情報収集を行う。緋華李の「色んなところを見て回りたい」という希望を反映させた結果だ。無論反対する気はない。前世じゃまずできない体験だからね。
「占星術師のアリア?」
「えぇ、ウリハラでは有名な占星術師で、普通の占いも行うんですが、なんの魔法を使えるのかも見れてしまうんです」
「へぇ」
「わぁ!すっごい気になるね藍華!」
「うん、そうだね」
スケールが違いすぎて、ついていけてないの、私だけ?
「ならすぐ行きましょう。この時間なら丁度彼女が居る時間ですから」
「連れて行ってくれるんですか?」
「はい、もちろんですよ!」
「よっし!なら早速出発しましょう!デルバルドさん!ありがとうございました!」
「おう!寝床なら上を使ってくれていいからな」
「本当に、お世話になります」
占星術師、か。ミステリアスな印象があるけど、どんな人なんだろうか。
「ん、レオンさんが、女の人、連れてる。・・・危ない橋を、渡るのは、オススメ、しないよ?」
「俺の事なんだと思ってるの!違うよ!俺の、俺の、」
まさかの幼女なんだけど!思わず目を逸らした私は悪くない。
ローブを着ていて、the・魔女のような風貌。眠いからなのか、目もこすって、言葉の歯切れも悪い。
それがいつも通りなのかは知らないけれど、レオンさんとも仲良くしているって事は、これが通常運転なのかな?
「あなた、たちは、"見えない"。でも、名前と、要件は、見えたよ。こんにちは、こんばんはかな?私は、アリア。」
「アイカです。よろしく、アリア」
「ヒカリだよ!よろしくね!アリアちゃん!」
「それで、アリアちゃん。お願いできるかな?」
「うん。まずは、ヒカリさんから。前に、来て」
お、空気が少し冷たくなって、心做しか当たりが暗くなった気がする。なんだかぽい雰囲気だ。
二人は紫の小さな天幕の中に入っていった。
「・・・ん、見つけたよ。プライベートな、情報だから、紙に、書くね」
「おぉ〜!」
緋華李はワクワクしながら紙を受け取ると、藍華の方へ来て、大切そうに紙を握りしめている。覗き込んでやろうかと魔が刺したが、アリアの配慮を無碍にするのも本意ではないし、やめた。
「アリアちゃんありがとう!」
「それじゃ、次は、アイカ、さん」
「藍華!先に行ってるね!」
「うん、また後で」
連れられて来たのは、紫の布に包まれた不思議な空間。外の音が遠くから微かに聞こえて来て、でも、どこか違う場所にいる感覚になる。
「あの、アイカ、さん」
「ん?」
藍華はすぐさま異変に気づいた。アリアの顔が少し強ばっていたからだ。
「これは、貴女の、望む、因果じゃ、ないかも」
「・・・どんな答えでも受け入れるよ。教えてくれるかな、アリア」
胸の前で手を握って、何か考えると、あまり時間が立たないうちに、上を向いた。その目にある強い決意にほんの少し気圧される。
「うん、なら、教えるね。アイカさんは、魔法が、使えない、よ」
・・・そっか。アリアの顔が曇っていたから、そんな予感はしてた。無理なら仕方がない。レオンさんに頼んで、他の方法で戦う手段を教えてもらおう。心のどこかで、この諦めが引っかかりつつも、お礼を言おうと口を開く私をアリアは制した。
「でも!」
「ん?」
「私、心当たりが、ある!」
心当たり?え、魔法を使えるように出来る人とかいるのか?さすが異世界。予想の斜め上を横っ飛びで行く。
「その獣、森の賢者。ここから、少し、行ったところに、ある、神聖な、森"アトラス"の長」
フォレストは森、セージは確か賢者だよな。てことは森の賢者という意味になる。森の賢者?その単語どこかで聞いたような。
「森の賢者、何でも、分かるの。貴女から感じる、魔力とはまた違う"何か"が、きっと、分かると、思うの」
「つまり、その森に行って、森の賢者様に会いに行ってみたら何か分かるかもって事?」
「うん、でも、ごめんなさい。私、力に、なれなかった。」
「それが聞けただけでも充分だ。助かったよ」
魔法とは違う何か、か。
得体の知れないものがあるという話に、本来なら恐怖心を抱くものだが、不思議と私は落ち着いていた。
「行くだけで、3日は、かかるよ?それでも、行くの?」
「時間はあるから。それに、できることは何でもやりたいし」
「なら、ヒカリさんは、私が、面倒、見ます」
「ありがたいけど、なんで?」
「あの人、魔法の、扱い方が、分からない。なら、教えてあげなくちゃ」
私はほんの少し躊躇った。あの能天気アホの子であるアイツをひとりにして、人攫いとか危険な目になったりしないだろうか。今は危なくなったら自力で何とかしてくれると信じよう。まず信じなくちゃ、何も始まらない。
「ありがとう、ならお願いしてもいいかな」
「ビシバシ、鍛えるね?」
アリアの顔はもう、先程の強ばった顔ではなく、歳相応の幼く愛らしい顔をしていた。
「あぁ」
「えぇー!アイカと離れるのー!?」
「駄々をこねるな。約10日で帰る」
「リアルな数字出さなくていいし!」
「安心して下さいヒカリさん、俺が着いてますから!」
「友達としては、ちょびっと安心出来ないんだよなぁ。まぁ、藍華が青春できるって考えればいっか」
「余計なお世話なんだけど」
「はーいっ」
さては緋華李、私とレオンさんをくっつけようとしているな?イケメンだけど、隣に立ったら不釣り合いだなんだってファンから槍投げられそうだから結構です。いやその前にレオンさんの意思は??
一人で自問自答してても虚しいだけなので、レオンさんに話を振ってみる。
「本当にありがとうございます、レオンさん。本来なら、私1人で行くものなんでしょうけど・・・」
「何度それ言ってるんですか。最後まで面倒見るって、俺言いましたよね」
「そう、ですね。これで最後にします。改めてよろしくお願いします」
「はい。大船に乗ったつもりで任せてください」
「ねぇ、ヒカリ、さん」
「ん?なぁに?」
「アイカさんって、モテるん、ですか?」
「前は全然。男共があの子の良さに気づかなかったって言うのもあるけど。女子にモテて男子にモテないタイプだったなぁ」
「…そっか」
「これから私たちのこと知っていってよ!というわけで、よろしくね!」
「うん!」
緋華李とアリアも話がまとまったのか、清々しい顔で笑い合っている。嫉妬なんて感情があるはずもなく、ただただ嬉しさが込み上げて来た。私が巻き込んでしまった事だから、少しでも緋華李には幸せになってほしいから。なんて、くさいことを考えてみたり。
「今日はデルバルドさんの所に泊まれるって。行こう」
「うん!私達が出世したら、倍ぐらいお金返さなきゃね!」
二月の夜深く、オルフェウスは日本同様四季がはっきり分かれている為、優しい冷風が体を撫でる。
少し身震いするが、なんとなく、今の気持ち的に、肌着を着たくない、そんな気分だった。
風がベランダの木製の柵に寄りかかる私の髪を掬い、スカートを膨らませる。
長袖のYシャツに紺のチェック柄のスカートは、この季節に適し、彼女がまだ、夢を追いかける少女だという現実を突き付けてくる。
明日、旅立つ少女は、國の中心に荘厳な佇まいで立つ城を見てなにを思うのか。ふいに、脳裏に浮かんだのは、人々が動き出す、休日の午前9時。祖母が服のほつれを直しながら、呟いた言葉。
《決めるのは、自分だよ》
祖母は自分の夢を叶える為に、上京することを決意した。未来に悩み、明日に不安を抱いていた中学1年のある日に聞いたその言葉は、いつしか私の好きな言葉になっていた。
この特異な状況も、今を生き残れる確率が前世より格段に低い今であっても、全ては自分が決めるのだ。
悩む事だって、立ち止まる事だって、自分が決める。
なら、進もう
未来が見えないなんて、今に始まった事じゃない。ただその未来というものが、ほんの少し、靄にかかってしまっただけだ。
なら、振り払おう
私が、"護りたい"ものの為に。
旅立つ時はあっという間に来て、ひとまずのお別れだ。寂しくないと虚勢を張れど、ちくちくと刺されるような痛みが胸に来る。
「私が居なくて泣くなよ緋華李」
「大丈夫だよー、アリアちゃんが居るし!」
「任せて、アイカ。子守りは、得意」
「ちょっ!?」
「あぁ、頼んだよ、アリア」
「戻って来るの、待ってるから」
「・・・あぁ」
「ちゃんと街道、あるんですね」
「交通の要所ですから、ウリハラは」
何とも言えない微妙な空気が流れながらも、足を止めずに私たちは歩く。そんな空気に耐え切れなくなり、私は気になっていたことを聞いてみた。
「敬語は抜いてくださいよ」
「え?」
「貴方の方が年上でしょう。それに、慣れてないのバレバレです」
面食らった顔、そして笑顔。本当に、この人はどれも絵になってしまう。
「あははっ!!これは1本取られたなぁ。それを言うなら、アイカこそ、肩肘張ってるように聞こえるけど?」
「ぷッ・・・あははははっ!!」
同時に足を止め、同時に笑い出した。狐の化かし合いがそんなにおかしいはずは無いのに、頬が緩んでしまう。この人も私も、ただ緊張し、見定めていただけなのだ。それを知ってしまうと、自分の不器用さが浮き彫りになり、余計に笑ってしまう。
「よし、止めにしよう!改めて」
藍華は手を差し出す。よろしく、という意思表示を込めた手を。
「よろしく、アイカ」
その手をそっとレオンは握る。刹那、彼の体が強ばったのは気のせいだろうか。
「(わぁ!!!やばいやばいアイカちゃんと握手しちゃった!!!ていうか手ぇ小っさ!!)」
「3日は普通にかかる?」
「アリアちゃんはあぁ言ってたけど、抜け道があるんだよ。だから2日だね」
「ホント!?さっすが冒険者!」
「よし、なら今日で半分以上行ってしまおう。あまり時間をかけるのも彼女たちに悪いしね」
あれから数時間歩き、野営をしている2人。焚き火の音が、昔やったキャンプファイヤーを思い出させる。
「道中、何も無いなんて珍しかったな」
「やっぱり、あぁ言う、えっと、緑色のアイツとかも出てくるの?」
わざと困り顔を作り尋ねる。ゴブリンを知ってて怪しまれても困るし、名前は伏せておこう。いくら転生の話をしていても、世界観の違いすぎることを伝えてややこしくしたくないし。
「そっか、アイカは知らないんだっけ。アイツはゴブリン。どこの國に行っても居るから、気をつけた方がいい」
やっぱりゴブリンなのね。でも、あそこまで知能があるような種族なのかな。
私の偏見だけど、あぁやって上手く回り込めるような頭を持っている様に思えない。どちらにしろ、これから"戦う"となれば、上手く対処出来るようにならなきゃな。
「あのさ、レオン」
「ん?」
「(なになになに!?急にキリッとした目になってるんだけどッッ!!真面目にならなきゃダメだよね!?でもあの目は無理だよドストライクだもんッッ!!)」
「私に、"剣を教えて"」
「え、剣?」
藍華はこれでも義理堅い。無口で無愛想。しかしそれが人情を持ち合わせていないことにはならない。友を護るために、彼女は友達に教えを乞う。
「うん、魔法が使えないならそれしかないと思うの。森の賢者とやらに会っても何か得られる保証は無い。なら、1つでも多くの事を身に付けたい。だから、お願い」
「え、えぇっと、俺は良いんだけど、上手く教えられるかどうか「お願い」・・・アイカ」
一拍置いて、彼は決心した目でこちらを向き、こう告げた。
「分かった、良いよ、君に剣を教えてあげる」
「ホント!?「ただし!」?」
「君に無理のない範囲でしかやらない。そして・・・いや、これはまた今度でいいや。とにかく!無理したらだめ、いい?」
「うん、約束する」
「なら今からやろう!」
「今から!?」
「いつ敵が襲って来るか分からないだろ?」
「それはそうだ、ならよろしくお願いします!レオン!」
藍華が広い所へ走って行く中、レオンは座りながらその後ろ姿を悲しげに見つめる。
「(・・・俺の事を"認めてくれ"、なんて言ったら、拒絶されちゃう、かな)」