不服の協力関係
疲れから睡魔まで変わるのはあっという間で、ベッドへ入れば心地よい眠りについた。
朝は珍しく緋華李に起こされ、階段を降りるときには足を滑らせて転げ落ちました。
はい、心の不調は精神の不調。
まさかあの夜の出来事をここまで引きずるとは、私自身も思っていなかった。
しかも不思議なことに、フォーさんとジャックに聞いても、何のことだか全くわからんとか言われる始末だ。
二人は私の記憶が閲覧できるはずなのに、そんな記憶はないという。
フォーさんに曰く、部外者の干渉を受け付けない魔法を使っていたのかも、と。稀有な魔法ではあるが、ない話ではないらしい。
随分と厄介な男に目をつけられたものだ。
相談だけしてみると、とりあえず害はありまくりだから用心しろ、とのこと。
しかし、フォーさんにもグラディウスが誰か分からないのは、ちょっと想定外だった、森の賢者は片田舎だもんな、なんて考えようものなら、後で手痛いしっぺ返しを食らうのが目に見えてるのでやめておく。
今の時刻は十四時。私たちは国宝が収められてるという、宝蔵院へ向かっていた。
「今日、もしかして体調悪いの?藍華。上の空っていうか、普段と違う気がして」
相変わらず、変なとこ鋭いんだよな、緋華李。
「考え事してたのは認めるが、別に平気。モーマンタイ」
「ほら、そうやってふざける。私が真剣に心配してるのわかっててやってるもん」
どうやら大真面目、か。
レオンとの合流地点までもう無い。それまでには離れなきゃ。
「…ほんとに平気だから」
「ダメ言って」
「緋華李、これ以上は怒るぞ」
「別にいいよ。溜め込まれる方がよっぽど嫌」
「…はぁ。とにかく、なんでもない。私は先に行くよ」
「なっ!ちょ、ふざけんな!敵前逃亡なんてカッコ悪いぞ!くっそ、歩くの早!?」
待って!
そう叫ぶ緋華李の声に聞こえないふりをして、私は早歩きで人混みの中をかき分ける。
あれもこれもぜんっぶあの男のせいだ。
でも、あの男に従わなければ、蹂躙されるのはこちらなのだから。仕方がない、そう思うには、あまりに私は愚かだった。
「ほんとに一人で来た。しかもその顔を見るに、お仲間と喧嘩別れでもしてきたか?」
声のする方を見上げると、一人の男がいた。
「そうさせたのはあなただけどね」
うん。ごめん、一言言わせろ。
何でまたイケメンなんだよっっっ!!
異世界なんだから、前世と人類の顔面偏差値を同じにするなって言いてぇのか神よ!!
半ば睨みながら、私を巻き込んだ元凶をもう一度見る。
中華マフィアさながらのだぼだぼで、首元の刺青の体から伸びる枝が妖艶で。
黒のタンクトップに裏地がオレンジのロングコートで、黒とオレンジのコントラストが、この男の魅力を引き出している。
にしても、デカいな。
私も一般的には背が高い方だと思うけど、にしてもデカい。首が痛くなりそうだ。
「まぁ死にに行くわけじゃないしな。それに、俺に付き合ってもらうんだ。五体満足で返してやるよ」
「まだ承諾したわけじゃないんだけど」
「いやいや、俺のとこに一人で来た時点で確だろ。俺の実力が分かってるお前なら、バレないように逃げるだろ」
歩き出すグラディウスの背中を追いかける。
頭も切れるとくる、か、マジでこの人何者だ?
「不服で仕方ないけど、協力する。アイカ、よろしく」
隣まで来てから改めて話す。
あからさまに嫌々オーラが見えたのなら正解だ。こいつのせいで喧嘩別れみたいに二人と別れてきたんだ、これぐらいの態度取ってもバチは当たらないだろう。
「こりゃ丁寧にどうも。グラディウスだ」
うん、通じてない。
通じてないんじゃなく、無視している、の方が正しいか。
私の顔を凝視してるにも関わらずこの態度とは、こいつの器はどんな素材で出来てるんだ全く。
周りが今日という日を、長く長く待ち侘びていたからこそ、多くの笑顔が咲く中、陰気な顔で歩くのを野暮かと思い、気持ちを切り替える。
「さて、このまま宝蔵院までいくぞ。一度実物を見た方がいい」
気だるそうに言う男に、特に反発する理由もないので頷いた。私に本物かどうかは分からないが、こいつなら分かるのだろうか。そうでなくとも、一度見たかったから、正直嬉しい提案だった。
「不老不死の花を狙う連中の目処はついてるの?」
「あぁ。九割がたな。だが、そいつらは滅多に尻尾を見せないばかりか、逃げ足も速い。
俺は蹂躙することは出来ても、その手の探偵ごっこは得意じゃないんだ。
にしても、なんだ?やっぱ協力する気あるんじゃん」
「あなたを野放しにして危害を加えられる方が嫌ってだけ」
「そりゃ良い判断だ。さて、そろそろ着くぞ。我が國の至宝、不老不死の花だ」
そう言い、広場をさらに抜け、宮殿の前へ来ると、一つの台座が目についた。人混みの頭一つ分上にある、一輪の花。
周りの人が拝むようにするそれが、件の花なのだろう。
あぁ、確かに。何かある。
「あれが…」
透明だった。
台座に置かれた花は、空から降り注ぐ淡い光を反射して、キラキラと輝いている。現代、もとい元の世界には透明な花なんて無かったから、物珍しくって、目が離せない。周りの喧騒も、どこか遠くに感じるほど。いや、確かサンカヨウという花が、特定の条件下で透明になったか?
しかしまぁ、個としての美でここまで完成された花があるのか。受粉とかどうなってるんだ?
だが、そんな事を考えるのも許さない、そう思わされるほどの美しさだ。
薔薇のような大輪の花に見惚れていると、横から舌打ちが聞こえる。
「そういう事か。かなり手間暇かけてんじゃねぇか」
「何か分かったの?」
「俺の予想の範囲内だった、とだけ伝えとく。だがそうなると…」
その言葉を遮るように、轟音が響き渡る。その音の発生源はどうやら一箇所ではないようだ。
不穏な事が起きすぎてもはや一周回って冷静だった私は、衆人観衆が逃げ惑う中、極めて状況把握に努めようとした。
「これも想像の範囲内?」
「あぁ。んでもって、これで死人が出ることは限りなく低い」
こちらの男は本当にこの事を予見していたのだろう。顔色一つ変えずにきょろきょろと、先程と変わらない様子だ。
このタイミングでの暴動。複数の場所で火の手が上がっているのを見るに、同じグループの犯行。
「陽動?あの花を盗むための?」
この結論に至るしかない、はず。大衆を相手の殺戮ではなく、ただ騒ぎを起こしたいだけにしてもここまでの規模にはしたくないだろう。
だったら、この騒ぎはカモフラージュだと考えるのが妥当だ。
「はは。いいね、冴えてるじゃん。でも五十点」
私の名推理も形無しか、答えは違うらしい。言い方が鼻につくけど。
「お前、魔法は?」
「生憎、魔法はてんでダメなの」
「マジか。それでよくガラティンに勝てたな」
そのマジか、にどんだけの想いがあるのかは無視しておこう。
「あれは条件が整ってただけ。カウントはしない」
「なるほど。さて、革命の英雄様?あの花、なーんか気になるとこ、ない?」
そう言われ、喧騒から耳を遠ざけて凝視する。
透明な花びらが今なお美しさを保ち続けていた。そこだけ隔絶された領域のよう。
だが、こいつが言いたいのはそういう事ではない、ということか。もっと現実にあるような変化ってこと?
改めてじーっと眺めてみてはいるけど、分からん。
「ない」
「才能な」
「はぁー??」
聞いてきたのに何だその言い草は!
やれやれ、と言った感じで一瞥すると、花のある台座に手をかざした。
「正解は…ほい」
グラディウスが手をかざした途端、花から靄が出始めた。
違う。
よく観察すると、花から出ているのではなく、花を靄が包んでいたのか!
「花が…え!?」
徐々に晴れていくその靄が無くなると、そこにあったのは、街の至る所にあった普通の花だ。
鳩が豆鉄砲を食ったような気持ちは、こんなのだろうか。だとしたらやらない。びっくりしすぎてひっくり返りそうだ。
「幻影を見せれる魔法を扱う奴がいるんだろ」
「なら、いつすり替えたの?あんなに大勢の人が見てるのに、すり替えてる暇なんて」
「あれは今日すり替えられた訳じゃない。もうちょい前、多分二日前くらいだな」
顎に手を当て、深く思考しているのだろう。今なら後ろからブッ刺してもいけるか?
…無理か。
「効果時間を限定する代わりに、高度な幻影を見せているんだろう。大きな儀式の痕跡もないし、人ひとりの魔法ではこれが限度だろうしな。
魔法の感触的に、持ってニ週間。俺らのタイムリミットはもう少し短いと仮定した方がいいか」
「おい、勝手に話を進めるな」
独り言で完結されても困るわ。
魔法への造詣も深いときたか。名のある魔法使い、とか?でも、それよりかは…
「あぁ、悪い悪い。誰かと一緒に何かすんのは久々でな。
よし。よく聞け、犯人は既に不老不死の花を盗んでる。が!それはごく最近であり、しかもあっちは不老不死になる手段をまだ持ってない。
だが、俺たちに猶予はあまり残されて無い。かけれる時間はざっと」
グラディウのを言葉を遮る形で現れたのは、私が冒険してきた中で、初めて見る恐怖だった。
「白い、ローブ」
「知ってるのか?」
「いや、不気味だなって」
真っ白なローブを深く被り、顔の程はよく見えない。だが、対峙してると、肌にひりひりと刺す何かを感じる。
殺気も篭ってるけど、それ以外の不気味な虚無のようなものがある気がしてならなかった。
上手く息ができない。喉に何かがつかえていて、私の思考を鈍らせていく。
私より背の高いローブ達がにじり寄って来るが、足が一歩も動かない。剣に手をかける事もできない、どうすれば。
すっと肩に手が置かれる。驚いて顔を上げると、相手を見据えながら立つグラディウスがいた。
「ダイジョーブ。五体満足で返すって言ったでしょ。俺が居るんだから」
負けるはずがない、そう言いたげな顔を向けてきた。
あっ、ウィンクは要らないです。
肩から手を離し、男は数歩前に出る。それだけでローブ達は後ろへ引き下がった。
あいつらにも意思があるのか。人を恐れる、という感情はあると考えて良いのだろうか。
邪魔をしても仕方ないし、剣に手をかけつつ後ろに下がる。
「五体、か。少なすぎて退屈だが、信用を得るためにも、いっちょ働きますかっ」
そう言い、手を前にかざすと、そこに現れたのは一本の刀。絶裂の一振りより少し刀身が長く、正反対の極光を放っていた。
鞘から抜き放ち、鞘が光の粒子になって消え、刀が顕になる。一目でわかる。あれはとんでもない代物だ。
グラディウスは刀を緩やかに構え、下段に刀を据える。受け身だが、あれに無闇に斬りかかろうとは思わない。
だが、痺れを切らしたのはあちらだった。
五人が一斉に魔法を使い、攻撃を仕掛ける。鉤爪のようなものを纏ったり、遠距離攻撃を放ったり、あらゆる攻撃が襲いかかった。決して弱くはない。下手な魔法使いより余程強力な魔法だ。
だが、私には謎の確信があった。
この男なら捌き切れる。そんな思いが。
そして、それは現実になった。あまりに疾く、あまりに無駄が無く、完成された動きで全てを切り伏せた。
今まで見た誰よりも強い剣だ。感心で動けなくなってたことも忘れるほど。自由の剣、そう、誰より自由なのが、彼の強さの所以だろう。
ローブ達は狼狽えることなく、続け様に攻撃を加える。狙いはそのまま、グラディウスに向けられた。
狼狽えなかったのはグラディウスも同じこと。余裕綽々と言わんばかりに、汗ひとつかかず斬る。
魔法も背後から来てるのに、それらが到達する前に後ろに振り向き斬り伏せ、物理的に攻撃してるローブは二人。その物量的不利をものともしない剣捌き。
態度は致命的に腹立つが、その剣技には見惚れるしか無かった。
そう、周囲の警戒を怠るほどには。
「はぁっっ!??」
肩が力強く四つの細長い何かに掴まれ、自分の体が宙に浮いた。体に食い込む何かが痛いが、そんなことより何が掴んでる!?
その正体は魔物だった。
よくいる飛行型の魔物が、何故か私の肩を足で鷲掴みにし、どこかへ連れ去ろうとしていたのだ。魔物から狙われるようなことは何一つしていない。
訳がわからないが、このままだと普通にまずい。
もう体も普通に動く。
魔物の足を掴んで離そうとするが、全く離す気がないようだ。もう民家よりだいぶ高い位置にまで来ており、これ以上高度を上げられると自力で降りれなくなる。
何とか引き剥がせないかと必死になっていると、急に体が急降下し始める。咄嗟に上を見上げると、足を横一閃された魔物が悶え苦しんで、喚いていた。その時、魔物の血が頬に付く。
それに触れ、あることに気づく。だが、そんなことを考える前に、落下の恐怖が今更ながら込み上げるてきた。
声にもならない悲鳴を上げながら落下する自分。空中でドタバタしながら自由落下していたら、脇腹を誰かに抱えられた。
「だいじょぶ?そんなに俺に見惚れてたわけ?」
「うるせー。あぁだめ、下ろすときはゆっくりね。マジで今腰抜けてるから」
情けない事に、着地後下ろされるが、膝が笑って立てない。地べたに座り込んで周りを見渡すが誰もおらず、広々とした空間が出来ていた。
「あの一瞬で片付けたの?」
「んぁ?あー、まぁな。てか立てんのか?それ」
「もう少し時間欲しい、かも」
笑いにもならない笑顔をしながら答える。
全くの役立たずだった事も悔しいが、そんな事より情報が多過ぎて頭が参ってしまいそうだ。
「ねぇ、時間潰しがてら、私の質問に答えてくれる?」
「なんなりと」
敵影はないと判断したのか、刀を鞘に入れ武器をしまった。
「まず襲ってきたあいつら、誰。知ってるんでしょ?」
「詳しいことは知らねぇ。ただ、あのローブを羽織った白装束達が、俺が追ってる奴らだ」
「白装束ねぇ…なら次、あの魔物、あれホントに魔物?」
「…どういう意味だ?」
ん?なんださっきの間は?
かまかけたわけでもなく、気になったから聞いただけだったのに、もしや一番根底に関わる事なのか?
「いや、何となくなんだけど、あの魔物の血に触れた時、魔力とは違ったものを感じたってだけ」
俯いて、改めてこの数分を思い返す。思い出すだけで身震いしそうなものだが、気がかりな事柄しかない中、印象に残ったのは魔物の一件だろうか。
ローブとの戦闘は不老不死の花に関係してるけど、魔物は完全に場外からの干渉だ。あのタイミング、あの場所で起こった事にしては偶然で片付けるのは違う気がする。
「もしかしたら使い魔だったのかもな」
「初めて歯切れの悪い言い方をしたな?」
図星なのかなんなのか、とにかく嫌な笑い方をして、こちらを見る。
「はは。信頼を得ようとした事が、どうやら疑いの芽になっちまったみたいだな?」
「なんだ。全部お見通しなの。それに、あなたが隠し事して私を利用しようとしてるの位分かる」
もうだいぶ落ち着いてきたので、試運転がてら立ち上がって軽く肩を回す。若干のしこりはあれど、許容範囲内だ。
私の行動を見て平気だとグラディウスも感じたのか、話を進めた。
「まぁ、秘密があるのはどっちも同じだ。過度に信用しない位がちょうどいい。
さっ、だいぶ話し込んだ。こっからは足を使うぞ」
「どこに行くの?」
「叡智の守り手達が住む砦、アヴルーガだ」




