王の旅立ち
あれから一週間。
王都で起こった内戦は瞬く間に、國中の人々の知るところとなった。
なぜ、と驚く者。これからどうなるんだ、と不安を感じる者。三者三様ではあったが、王都は想像とは違い、大きな混乱は無かった。
抵抗軍は降伏した戦士、王都に住む人を殺す事はなく、王都が完全に復興できるまでの間、破壊されていない家で住む人々の生活をサポートしたのだ。女王モルガンの死、円卓の騎士の崩壊の後とは到底思えなかった。
そして、この革命の立役者達はというと…
「すぅ…」
「んん…」
疲労困憊により、昏睡状態となっていた。
「二人とも…今日で一週間なのに、全然目、覚まさない」
「嬢ちゃん、またここに居たのか」
「デルバルドさん」
「あいつらは…まだ、か」
デルバルドの目の前には、相も変わらず、目を覚まさない二人の英雄が寝ていた。外傷はほとんど完治しており、内部の器官も順調に回復している。
それなのに、彼らが目を覚ます気配は全くない。ここまでくると、王都の名医でもお手上げ状態らしい。
緋華李は二人が眠るベッドへ、自分の寝る間も惜しんで通い詰めていた。担当医が出禁にしようとする一歩手前まで。
そんな心配など知らぬと言わんばかりであった彼らだが、そんな悠長なことは言っていられない。王座が血で満たされる前に、目覚めなければ。
誰か、懐かしい声が、俺を呼んでいる気がする。
もう何十年も聞いていない、棘のような声。でも不思議と、俺はそれが嫌いじゃなかった。
「目を覚ましなさい、レオン。貴方に眠っている暇なんて与えたつもりはありません」
声だけでなく、俺を心から嫌っているのだと、声を聞いただけで分かる。
でも、この気持ちが一方通行だとしても、この声から離れたくなかった。
「ね、ねえ、さん…?」
体の感覚も目も何も感じられないけど、声のする方へ顔を向けた。
「また私を…!いえ、そのおぼろげな瞳を見るに、無意識でしょう。はあ、やはり貴様を追放したのは間違いではなかったようだ」
怒り、そしてうんざりした声色。あの時より、人間らしく感じる。
女王として生きていたあの人とは、もはや別と言っていいだろう。責務から解放されたこの人は、俺の知っている姉さんその人だった。
「風魔法の恩恵が無くても、貴様は昔から人の機微を察するのが得意だったな」
「おれ、なにも」
「怨敵の考えが分からず王が務まるか。はあ、そんな事を言いたいがために貴様を呼び出した訳ではない。
いいか、よく聞け。私が王位を継ぐべきだった貴様を追放し、今、その魔女が打ち倒された。帰結するところは一つ、貴様が王になる」
「はあああ!!?」
「煩い」
「え、なんで、だって俺にその資格は」
そう、俺は一度追放されている。騎士になってからもカウントするなら二回。そもそもただの国民だった俺に務まるわけがないし、無茶振りにも程がある。
顔に出ていたのか、また心を読まれたのか分からないが、呆れたような声が耳元に響いてきた。
「貴様の真面目加減も、何ら変わっておらぬな…こほん、貴方、シロを見ましたね」
「白?」
白で思い浮かぶのがガラティンさんとか、だいぶ重症だな、なんて考えるが、どうやら姉さんにとっては至極真面目な話らしい。有無を言わさぬ圧に負け、シロがなにか分からないまま肯定した。
「う、うん。見た」
「次のアオはもう来ています。そうですね、24122544、1734。これだけ覚えて目覚めなさい」
「待って!俺はまだ!!」
「アカの時はもう既に来ています。急げ、とは言いませんが、警戒は怠らぬように」
ヒカリが医者に連れ出されてからそろそろ三十分か。
デルバルドは誰かを待つ時間はこんなにも落ち着かないものだったか、そう過去を振り返っていた。人生のパートナーと認め合った相手を失って、絶望の只中に居た時、レオンが彼の店の扉を叩いたのだ。レオンは見ず知らずの、しかも店主の愚痴を親身に聞いてくれたのだ。
そして仲良くなって、なぜあんなにも親切にしてくれたのか聞いてみれば、
「ウリハラでの知り合いが欲しくてさ。悪く言うと、弱みに付け込んだってところ」
とか言い出しやがる。
そんな見え見えの嘘をついてまで、誰かのために動けるお前が、こんなとこで死んでいいわけないだろ…!
祈りが通じたのかは知らない。けれど確かに、レオンの瞼が、ほんのわずかに動く。デルバルドは見間違いかと思ったが、それはすぐに本当だったのだと分かる。
レオンはうすうらと、涙をためて目を開けた。
「はっっっ、う、ごほっっ!!かはっ!」
「お、おい!だいじょぶか!レオン!」
「だ、だい、ごほっっ」
「だいじょぶなわけねえか!待ってろ、すぐに医者ぁ呼んでくる!」
お慌てですっ飛んでいくデルバルドにお礼も言えず、咽せこむレオン。
「なっさけな…」
重いため息をひとつ吐いて、辺りを見回す。レオンも何度かお世話になったことのある、王都では指折りの病院だった。ぼんやりした頭で、なんとか今までの事を思い出してみる。
「夢、あの数字、姉さん、暗号。なるほど、でも、明日だな。指すら、動かせない、とはな」
言葉にすると、より鮮明に思い出せる。夢の中で話した姉さん、ついぞ叶わなかったことだからか、余計に胸が軋むようだ。
体を急に起こした反動が今来たのか、もう一度咽せこむ。
あぁ、マジでこんな姿、アイカに見せられ、そこまで考えてようやく気づく。
あの後、アイカがどうなったのかを自分は見ていないと。そして、先ほどからあった、カーテンの閉められたベッドを見る。
悲鳴を上げる体など意に介さず、隣のベッドへと向かう。気概はいいが、重症の病み上がりにはとてもじゃないが安易なことではなかった。
ベッドからは転げ落ち、数歩でたどり着くはずの場所が、酷く遠くに感じていた。レオンはほふく前進にもならないような様で這いずり、なんとかカーテンにしがみつく。
そのまま前に行こうとするが、杖代わりにもできず、ブチブチブチッ、という音と共に倒れ込んだ。
痛みに声を上げることもできず悶える。だが、これで。
震える手で先程のカーテンを退ける。
そこで眠っていたのは、アイカだった。
涙する事はなかった。ただ、幸せを噛み締めるだけだ。
「アイカ、頼むから、もう一度目を開けて。俺と、未来の話をしよう」
「遅いな、レオン」
「モルガン女王の遺言なんでしょ?だったら、長くなっても仕方ないんじゃない?凄く大事なことだろうし」
緋華李の言葉に納得を示して、もうかれこれ数十分以上いる玉座の間を見渡す。
玉座の間は至る所が崩壊しており、レオンとモルガンの戦いの凄絶さがひしひしと伝わってくる。モルガンの遺言を確認したい、それだけ言って一人で出て行こうとするレオンについて行った、というのが現在ここにいる理由だ。
レオンが復活して、二日後に私は目が覚めたらしい。
流石に起きたその日は、体がびっくりするほど動かなかったが、もう一日休めば、万全とはいかずとも、街を歩けるようになった。
しかし、街の様子はお世辞にも良いとは言えない状況だった。
抵抗軍の人々は予定通り、王都の人々を助けているが、根本的な解決にはならず、それに対する不満も着実に積もりつつあった。抵抗軍の食糧、人手、気力、それらも徐々に底をつきそうな雰囲気だ。
それに、少し視野を広げるなら、この知らせを聞いたオルフェウスの他の地域や他の國の動向が気になるところ。少なくとも状況は芳しくない、それが私の見解だ。
街を見ていて、もう一つ分かった事がある。
なぜか、なぜか!私の名前が街中に広まっていたのだ!
しかも、王都の守護者ガラティンを打ち倒した強者、とかなんとかの触れ込みで。
レオンの話じゃ、ガラティンさんって、日中だとあれの三倍強くなるそうだ。うん、無理。あの時の私じゃ絶対勝てない。
我ながらよく生きていたものだ。そりゃ、起きた時に、緋華李に突撃され、レオンに無言で泣かれ、デルバルドさんは膝から崩れ落ちるし、あげく医者から奇跡だー!!、なんて騒がれるのも納得というもの。
しかし強者と呼ばれるのはいかがなものか。
頭を悩ませていると、レオンが地下室に潜った時と同じ振動が私たちを襲った。
私たちがいた時代もかくや、という玉座に隠されたからくりエレベーターがゆっくりとせりあがり、レオンが現れた。
今はもう赤みは引いているが、さっきまで泣いていたのだろう。痛々しい、そんな言葉が似合う有り様だ。
「レオン」
辛そうな瞳でこちらを見る。
私の言葉に応じないまま、ふらふらとこちらへ歩いて、そしてハグをした。
ん?ハグ?
「えー!!」
「れ、レオンさん!?」
私たちの悲鳴もお構いなしに、私にがっつり体重をかけてくるレオン。首に擦り寄って、大型犬みたいだ。
にしても、来て早々どういうことだ。
だがまぁ察するに、地下で余程のことがあったんだろう。
「ごめん、今だけ、今だけでいいから…」
「はは、今更」
なんて言ってみたが、さて。
レオンの背中をさすってやると、最初はビクッとしたが、徐々に受け入れるようになった。
体が小刻みに震えているのを見るに、本当に辛いのだろう。
しばらくして落ち着いたのか、すっと静かに顔を上げた。
晴れやか、とはいかないが、覚悟の決まった男の顔をしていた。
「ねぇ、アイカ、ヒカリさん。俺、もっと素直に生きるよ」
「え?」
「コルネウス、国民のいる地域の回線を、こっちの映像付きで開いてくれ」
「生体認証…クリア。並びに、オーダー受諾。申請、固有名、アイカ、ヒカリは切り取りできますが、いかがいたしましょうか」
「頼む」
「受諾…クリア。全回線、オールクリア。準備完了いたしました」
「レオン、何を」
「…俺の覚悟と、我が儘だよ」
微笑み、そして振り返る。
レオンの目の前に、いくつものモニターが映し出された。さっきから話してたコルネウスというAIモドキの力なのだろうが、魔法なのか?
驚く暇もなく、レオンは話し始める。それは、彼の数奇な運命を決定づけるものだった。
「オルフェウスに暮らす全ての人々よ!
俺はレオン!先代女王、モルガンより王位を受け継いだ者だ!
既に広まっていると思うが、モルガン女王は反乱軍に敗北し、命を落とした。そして、反乱軍を率いていたのは俺だ。その事実を弁明する気はない。
だが!俺はモルガンとの死闘の末、この國に、いや、世界に迫る危機を知った!
未だ燻ぶる魔王軍が、水面下で謀略を企てていた。事実、俺の友は魔王の直接の配下に襲われた。その闇を払わなければ、この國は前に進めない。
俺には責務がある。モルガン女王から託された想いもある。無論、反発する者が出ることも承知だ。しかし、真実を知った以上、やらねばならない!!
故に!今日!この時!俺は王となると共に、この國を発つ!
無責任であることも、あり得ないことであるのも充分に理解している。その上で、行かねばならない。魔王を、倒さねばならない。この國の安寧のために。
みな、どうかこの愚かな王を許してくれとは言わない。ただ」
《いっってこー---い!!!》
この場の全員が、止まった。
だって、このシリアスな空気の中、大きく、はつらつに。発言できる人が何人いるか。
というかそれ、そっちからの声も届くの!?
《魔物退治の協力、感謝してるぜ!!ありがとな!》
《あなたのお陰で、新しいお花屋さんが開店できたの!!本当にありがとう!!》
《貴方が新しい王様になるのなんて、全然知らなかった!おめでとう!またうちの店に遊びに来てね!》
《あんたのお陰で助かったんだ!ほんの少しくらい平気だ!行ってこい!俺らの王様!!》
彼の震える肩を見つめながら、ほっとしてしまった。
元々根はいいのだ、だが、自分に自信がない彼は、周りの人も信じられずにいたのだろう。それが今やこうやって、多くの温かい声に包まれている。
素敵な光景だ、素直にそう思った。
緋華李の方を思わず見ると、同じ気持ちだったのか、似たような笑みを浮かべる。
「すまない…、ありがとう…」




