VSフェイルノート&ロンギヌス
「まずいな…」
「ふふっ、敵にそのような情報を送って良いのですか?」
「言っていいから言ってるんだろ。火事場の馬鹿力って知ってる?」
私は頬の血を拭いながら答える。だが彼女が言う通り、満身創痍とまではいかないけど、ピンチなのは確かだ。
「この手合いで、貴女が近距離戦に持ち込めた数は零回。白日のもとに晒されているも同然でしょう」
「そう言うなよ、私のほんのばかしの戯に付き合ってくれ!」
レオンの拡散には及ばないが、今出せる最高スピードで間合いを詰めていく。
下段に構えながら走る。宣言通り、数えるには時間が足りないほどの矢が飛んできた。
私も無策で飛び込むほど馬鹿じゃない。今までは刃を捌くことに注力していたが、こっからは反撃させてもらおう。
攻撃ってのは、本来同時に来る事は有り得ない。剣だとしても、コンマのズレの後二撃目が来る。だがこの音の刃は違う。「弓を弾く」という動作さえ出来れば、タイミングすら操作可能となる。
その複雑な攻撃を初見で捌き斬ったのだから、誰かに褒めて欲しいくらいだ。あいつらは別で。
まぁ要は、私の斬る速さより相手の攻撃の方が速いから躱そうってだけの話なのだけど。
「変えてきましたか」
もちろん相手も馬鹿じゃない。私が戦法を変えてきた事などお見通しだ。
スピードを落とさず接近する。相手も近距離には持ち込みたくないから離れる。だが私の方が速さは上だ。さっき言った通り、それも相手は分かっている。
だからこそ、もう一段階、仕込みが必要だった。
「権能 《賢者の十字架》!!」
目標距離までに入ったのを確認し、フォーさんの権能を発動する。
フェイルノートの足元から、地面を割り太い幹が敵のからだを縛りあげた。
「木…!?一体どこから!!」
「私の踵だよ。お前は私の正面しか見てなかった。だから見えなかった、それだけの事」
ニヤッとした表情は、私ながら嫌な顔をしたと思う。私は後ろを見ると、そこには果てまで続いた木の根があった。ローファーからは細い枝が。
フォーさんの権能は木製なら机、壁、床から、どこからだって権能を使える。
転生時の服がそのまま反映されたのが幸いした。
前を向いて切先を相手の顔スレスレへと持っていく。
「さぁ、観念してもらおうか。大人しく帰ってくれるんなら、見逃してもいいが」
「俺の友達、秘密も多いし、仏頂面で表情が分かりにくいし。ほんっと、困った人なんですよ」
「ここは相談所では無いぞ」
「でもね、彼女は人の為に命張れる人間なんだ。俺はそんな人、そう多くないと思う。だからこそ、俺はこの道を進んだ」
剣を担ぐように構えると、彼の纏う雰囲気が一変した。決してその短時間で、見違えるほど強くなった訳では無い。だが人は、決意を一握り持つだけで、ここまで変わるのかと、思わざるを得なかった。
「俺は、俺の為に、貴卿に勝つ!!!!」
「風魔法《北颪 穿瞬》!!!」
風を纏いながら振られる剣は、美しささえも身に付けている。言い終わる前には、彼はその場に居なかった。
それはこちらも同じだった。
「縛呪解放 《閃光の拡散》!!!」
槍が一閃を放ち始め、一突きが繰り出される。目眩しも兼ねているのだろうが、そんなものは意味をなさなかった。上から弧を描く剣と光芒へと奔る槍。
重なったかと思うと、強い光が周りを照らす。光は熱線となり、相手へと突き刺さっていく。
「…ッ!!」
顔が苦痛に染まる。だがレオンは、体を貫く光で穴が空くのも構わなかった。足を更に踏み込み、雄叫びを上げた。
己の覚悟と、決断の為に。
「俺はッ引けないんだッッ!!!!!」
拮抗した刃、やがてレオンが優勢になった。袈裟斬りに振り払うと、槍の切先の一点に集中していた攻撃の余波でロンギヌスが吹き飛ぶ。
肩がゴッという音を立てていたから、とてつもない痛みなのは明白だった。
「ッハァ…はぁ!どうですか!まだやる気ですか!」
息を切らしながら、レオンは倒れている敵に剣を向ける。
「これ、勝負ありました…よね?」
「…まずいな。オイ女、あの二人のどっちかは人殺したことあるな?」
「人を殺す!?えぇ、えっと…レオンさんが、人ではないけどゴブリンを殺した所は見たことあります。でも、何でそんなこと…?」
「チッ、片方は自力で何とかしてもらわねぇと!!」
そう言うと、千鳥は駆け出して行った。その方向には、細剣をフェイルノートへ向ける藍華が居た。
「説明足らなっ!あぁもう!」
仕方がないと腹を括り、レオンの方へ向かうことにする。しかしその顔は、どこか不安の色を滲ませていた。
「フフッ」
「笑えるようなネタを言ったつもりはなかったんだけどな」
「哀れに思っただけよ。惨たらしい死体を、野に晒さなければいけないなんて」
「その縛られた状態で強がれるなんて、ある意味才能かもな」
《そうじゃないことぐらい、解っておるのだろう》
なんとなく、ね。
《魔力の流れが不自然でな。構えておいて損は無いぞ?》
ニヤニヤしながら言うな。
だけど、何の根拠も無しに強がるような奴ではない気がする。それに不自然ってどんな?
《自然の魔力…と言っても、当人の中にある魔力だが、それに別種の魔力が介入している。魔法ではなく魔力、というのが気になる点だが、それは恐らくあの女王の差し金だろう》
魔法じゃないなら無害なんじゃないのか?
《我々には、な。害があるのは、この先だ》
先?どこの先…まさか。
《ご明察》
体が、震えた。剣を持つ手が揺らいだ。
下がらないと死ぬ。頭の中は、ただそれだけだった。しかし時は遅かったか、敵の纏う空気が変わっていた。
私は躊躇なく後ろへ下がるが、もう縛りを振りほどいたフェイルノートが弓へと手を掛けようとしている。片腕を失う程度で足りるか!?そう思ったその時、目の前に一迅の影が割って入った。
「はぁぁぁぁ!!!!」
轟音。それが立て続けに、最低十回は響いた。目の前の男は、先程の比にもならない攻撃を槍一本で防ぎきったのだ。衝撃で私諸共吹き飛んだ時垣間見えたフェイルノートの顔は、穏やかさなど欠片も無かった。
「…ッ!?」
彼もその異変に気づいたが、対処するにはやはり遅かった。そもそも、自力で勘づいただけでも中々のものだが、それすらも意味を成さない。
「風魔法《白南風 薙葵咲》!!」
冷や汗が出るのもお構い無しに剣を構え直す。咄嗟の風魔法は元々防御の為だけの技だが、ロンギヌスの槍の重みはそれを上回った。
横薙ぎの直剣に対し、振り下ろされた得物に、俺は異様なモノを感じた。一回り大きくなったとか、そんな次元の話じゃない。
視覚情報としての大きさは変わっていない。感覚が、本能が、それらが告げる統合的な情報による錯覚。
「くっそっっ!!?」
反応が遅れた故か、反撃をする事も出来ず後ろに吹き飛ばれる。
「いっつつ…。ってレオン!?」
背中に強い痛みを感じつつ立ち上がると、離れていた友達が同じ様に倒れていたのだ。どうやら背中合わせに倒れたようだった。
左右にはフェイルノートとロンギヌス。私の前には渡邉さんが居るが、少数精鋭の極である円卓の騎士二人に三人で対抗できるなんて思っちゃいない。
さて、どうしたものか。
思考とは裏腹に、口からは笑みがこぼれていることに気付く。私も、大概ってことか。
「一体ロンギヌスに何が…っ!?!?」
目の前の男は、まるで風呂を覗き見された乙女のように恥じらうと、頬を真っ赤に染めて立ち上がった。
「えっ、いやっ、ごめ…」
声が上ずっているのを確認出来たあたり、本当に恥ずかしいのだろう。いや、疑っていた訳では無いが。
「いや謝んなくても」
「怒ってる…?」
「そんな器が小さい女だと思われてるのか、私は」
「そんなこと思ってないっ!!」
えっうん、と考えてもない答えが返って来て、つい私も素っ頓狂な声を出してしまった。
「そっそんなことよりアイカ、この状況どうする?抵抗軍の総員を上げてもあの二人を止められるとは思えないけど」
「そうだな…軽めに言って、万事休すってところか」
「軽めに言わなくても、窮地なのは確かだね」
軽い調子で言うが、腹の中はきっと同じだろう。
「逃げるにしても時間を稼ぐ為にどの程度血が流れるか、俺にも想像できるよ」
「誰かがやらなきゃ、話にならないだろ」
「…それもそうか。仕方ない、墓場まで付き合ってあげるよ」
「待たれよ、若人達」
「うわぁぁぁああ!?!?」
あまりの驚きに同時にリアクションを取ってしまった。後ろを見ると、そこにはハッハッと気持ち良く笑う老人が居た。鎧に身を包まれていて黒髪が交じっているので、かなり年齢がいっているはず。それなのに全然気配がしなかった。
「年の功、というものですよ、細剣使いの淑女殿」
略式の礼をすると、含み笑いを浮かべた騎士は、いかにも知っていますよ、という顔をしている。
…年長者って、これだから油断出来ない。
「最早言葉を交わすも無意味か。いやはや、少し遅きに失したようだ」
老人は、ジリジリと迫って来ていた円卓の騎士達に向き直り、顎髭をさする。
改めて見ると、やはりさっきとは違う。フォーさんが言っていた通り、明らかに普通の魔力とは違う魔力が、円卓の騎士に流れ込んでいる。
「というか、貴方は…?」
「申し遅れました。私は、"元"円卓の騎士 シュヴァリエ=カナエマです。どうぞ宜しくお願い致します」
こちらを振り向き、もう一度礼をしたシュヴァリエは、笑みを崩さず言った。油断ならない人なのは確かだが、それ以外にも何かありそうだ。
しかし油断していたのは私の方だったか、背後には円卓の騎士が攻撃をしようと弓に、槍に手をかけていた。
「シュヴァリエさん!」
私が呼びかけるよりも早く、その男は動いていた。その姿は、ロンギヌスと重なって見えた。後ろから突き刺される槍を左手で握り、右手で矢を弾く彼の顔に、貫禄を感じ得なかった。恐ろしく早く、正確な動き。それを素手で出来てしまうのだから、凄い、という言葉がチンケに見えてしまう。
「此度は引きましょう。これ以上争うのは、些か面倒だ」
そう言うと、私達の後ろ、要は遠くを見てこう言ったのだ。
「アリア、頼んだぞ」
「占星魔法《グランキヨのプラータ旅行》」
見た事のある魔法陣が私達の足元に現れると、淡い光が全身を包んだ。驚く間もなく私たちは戦場から消えると、戦場には二人の狂戦士と、その後ろからは騎士達の足音が聞こえる。
狂戦士は獲物が居なくなったのを惜しむかのように空を見上げると、顔を戻した。その顔にはもう、狂気に充ちた獣の表情ではなくなっていた。
「フェイルノート」
「…何でしょう」
「帰還します。あまり気負わずに」
「…私も貴方も、きっと相応の天誅が下されるのでしょうね」
淡い光から解放されると、無音の世界に段々と音が戻る。目をパチパチとするが、まだ少し視界が白い。頭痛がきて、ようやく自分の状況を脳が把握し始めた。体の感覚も戻り始めたことに気付き、頭を抱えながらも立ち上がる。
「あっ!!藍華やっと起きたんだね!」
目眩が残る中、後ろに強い衝撃が来る。思わずぐえっという声を出しながら、首に回された腕を解くと、笑っている緋華李がいた。




