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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

タマになった私

さよなら、大好きだったよ

作者: 伊勢


よろしくお願いします。







「アンタなんて…生まれて来なければよかったのに」




長年、共に暮らしてきた祖母からそんなことを言われた


全てに疲れ果て、深いため息を吐きながら零されたその言葉は冗談ではなく心底そう思っているのだと全身で語っていた。


あまりの衝撃に頭の中が真っ白になった。

視界が滲み、勝手に涙が溢れた。


声もなく呆然と立ちつくし、涙を只管に流し続ける私を見た彼女は眉間に皺を寄せて心底嫌なものを見たと言わんばかりの顔をした。


「なんであんたが泣くのよ。泣きたいのはこっちだわ」


はぁ…と深く嘆息をついた彼女を私はもう見ることが出来なかった。


身を翻し走り去った。

何処に向かうかなんて自分でも分からない。

何も考えてはいなかった。


…ただ、もうそこには居られなかった。


背後から、祖母の叫ぶ声が聞こえた。

しかし、それに答えることなく私は只管に足を動かしその場から逃げ出した。


ヒュ~……ドン!!


しきりに鳴り響くその音が私の足音を消してゆく。

空では美しい花火が上がっていた。


今日は丁度家の近くの土手で花火大会があった。

会場には向かわず祖母宅の植物で溢れかえった屋上でそれを見るのが毎年の恒例だった。


屋上の階段から駆け下りてゆく途中、

ここから飛び降りてしまえば彼女は満足するだろうか…

今この場で死んでやれば彼女はどんな顔をするだろう?


そんな考えが一瞬頭を過った。


驚き、悲しむだろうか?

いや…死んだ私を見て今の彼女は寧ろ喜ぶのかもしれない。


だって、私は彼女にとって人生の汚点、なのだろうから。


血に染まり横たわる私の傍らで一見悲しそうに涙を流しながらも悦びで頬を緩める彼女の姿が目に浮かんだ。



私の胸はピシリッ…と罅割れる音を立てた。




※※※




思い返してみれば、彼女はそれこそ私が生まれてきた時からそう思っていたのかもしれない。


私が生まれた時の話を時折、聞く機会があった。

母が言うには私が生まれた時、少し揉めたらしいのだ。

ある意味、離婚の危機だったかもしれない。


「え…なんで?」


そう聞いた時、母は少し困った顔をしたが私が幼いからとはぐらかす事無く理由を教えてくれた。


「生まれてきたあんたがA型だったから」


「え…?」


それだけの事で?と思うかもしれない。

だが、私の両親は2人ともO型だったのだ。

1年前に生まれたばかりの兄は勿論O型。

なのに、次に産んだ子供はA型。


どういう事だ!と父は怒り、

浮気してたの?!誰の子よ!と祖母は叫んだ。


産後間もなく体が弱り切った母に労いの言葉よりも先にそんな事を言い放ったらしいのだ。


しかし、母は浮気なんてしていない。

これは事実、貴方の子だと父に何度も言った。

祖母にも正真正銘貴女の孫だと言い聞かせた。


だが一切聞く耳を持たない2人に医師も母も困り果てた。


なら…と両親の血液検査を行った。

その結果、あんなにも怒り狂っていた父はあっけらかんとした顔で戻ってきた。


「俺がA型になってたわ~」


そう笑いながら話す父。謝罪も何も無かったらしい。

父も祖母もすぐに手のひらを返し私の誕生を祝福しだしたらしい…なんと、まぁ白々しい。


その話を聞いた当時の私は何となく悲しい気持ちになった。それは…今でも変わらない。







祖母は言った。


「私A型の女って嫌いなのよね」


つまりは私のことか…その話を聞く度に、胸が軋んだ。

それは私が生まれたその時の話を聞いてからより大きな音を立てるようになった。


そもそも女が好きじゃない彼女は、自分と血の繋がった娘と仲があまり良くなかった。

なんでも「自分に似てて気持ち悪い」からだそう。

そこは、自分に似てて嬉しいとかが普通では?

と思うが、彼女は自分の息子は男だからと可愛がり、自分に似た娘の事は何となく嫌っていた。

しかし孫は別らしく、女でも男でも可愛がった。


…私は、その話を聞いた時から“自分の血を継いだA型の女”は最も嫌悪する対象だったのではないかと、彼女に優しくされる度、抱きしめられる度そんな考えが頭を過ぎるようになった。


ピシリ…また、胸が音を立てて軋んだ。




祖母は言った。


「アンタの名付け親は私なのよ!」


とても自慢げに語る。

だが、正直私はこの名前が苦手だった。

私以外の家族は皆、名前に共通の言葉が入る。

しかし、私にはそれが無い。まるで仲間外れにされたようで、何となく寂しい気持ちになった。


名前の由来もよく語ってくれた。

この漢字にはこういう意味があるから、こんな子になって欲しいって気持ちでつけたのよっと。

しかし、私は知っている。

最初から私の字がこれでなかったということを。

母が教えてくれたのだ。

元々、それではなくこの字だったんだと。

当時、産まれたばかりの私の写真の隣に今の自分とは違う名前の漢字が書かれていた。

読みは同じだが、字の意味は祖母が説明したものとは全く違うものだった。なんでも役所でこの漢字は古すぎて駄目!と言われたらしい。


なんだそれ、そんなことってあるの?

と思うが…実際あったらしいのだから仕方ない。




※※※




私は小学校に上がる前から祖母の家で暮らしていた。

私の家と祖母の家はほど近く、毎日家から通っていたのだが1人で暮らすのは寂しいと言う祖母の言葉に、私の気持ちは関係なく無理矢理置いてかれることになった。


最初は、やはり母が恋しかった。

しかし、寂しいという祖母の側にいてあげてと言われた。だから、多少寂しくとも我慢した。

父は初め猛反対した。自分の子供が家にいないのはおかしいと。しかしそれも弟ができた途端何も言わなくなった。


要は、自分の家に子供が2人いれば良かったのだろう。

それは私でなくてもよかっただけの話だ。



ピシリ…と音が鳴る。



祖母の家にいる間は正直、とても辛かった。

朝早くに叩き起され家の掃除、洗濯、犬の世話をさせられた。それは母もやっている事だし別にいい。

が、ここが汚い。あれやれコレやれ次々に繰り出される言葉にうんざりした。

しかも彼女が言った次の瞬間にはそれが終わっていないと文句を言われた。反抗すれば容赦なく叩かれた。

食事の時間はマナーがなっていないと叱られた。

箸を持つのもやっとの幼子に何を求めてやがると、今ではそう思うが、食事マナーはとても有難い事だったのでそこまで文句は言えない…。

時折、家に帰ってくるのが遅い祖母の帰宅を眠くても待っていなければならない時もあった。眠気に負けて先に眠ってしまうと叩き起され説教される。

私、当時まだ小学生になったばかり。

9時には寝るのが基本だった。

遅く帰宅した祖母の食事の片付けをして、彼女の背中を洗い、お風呂を洗ったあと彼女の髪を乾かして漸く眠ることが出来た。


当時の私はただ、言われたことをこなし彼女の言う通りに従順に従っていた。


しかし、中学に上がって間もなく思春期到来。

私はそれはもう、自分でも引くくらいの反抗期に突入した。

それ迄祖母の言うことはなんでも聞いてきたが、彼女の言葉がなんでも煩わしく感じるようになった。

彼女のそばにいると大抵イライラと苛立ちが込み上げた

思わず声を上げて、互いに怒鳴り散らすことも増え喧嘩もひっきりなしにおこなった。


その度に祖母は怒り、手をあげてきた。

そして最終的に嫌ってるはずの叔母に電話し助けを求める。こんな時だけ可哀想な自分を演じる祖母に嫌気がさした。


私が原因で母はよく祖母に文句を言われた。

ハイハイと聞き流す母は、たまに泣いていた。

それがとても申し訳なくて、自分も悲しくなった。


だが祖母に何か言われる度にイライラして、怒りを抑えられない。何より、祖母は私に母の悪口を零すのだ。

それが1番許せなくて、より怒りが込み上げた。




そして、あの日。

中ニの夏、私は祖母に存在を否定された。



花火の音にかき消されることなく私の耳に、心に容赦なく刺さったあの言葉を聞いた瞬間。



私の心は今までにない音を立てて崩れ落ちた。



私は、祖母に反抗していてもそれでも決して嫌いではなかった。だがこの瞬間、私の中で祖母は家族でもなんでもなくなった。それは彼女も同じだろう。




「はぁ…はぁ…」



走って走って、辿り着いたそこは家から遠く離れた小さな神社だった。そこは少し前、友人に教えてもらった場所。

なぜここに来たのか、わからない。

だが、この場所を家族は誰も知らない。

私がこんなところにいるなど、誰も思わないだろう。


神社の敷地内に入り込み、大きな御神木の元に座り込んだ。そこは神社とはいえ、手入れのされていない廃れた神社だったため草はボウボウに生えまくり、お世辞にも綺麗な場所ではなかった。

そのため、木の根元に座り込めば長く生えた雑草が私の姿を隠してくれた。


建物の中に入ることはしなかった。

廃れてボロボロとはいえ、そこは私の入る場所ではないから。


「…ふ、ぅ…ひっく…」


未だ収まらない涙に勝手に嗚咽が漏れた。

どのくらい、そうしていたのだろうか、私はいつの間にか眠りについていた。




※※※



目が覚めると、あたりは霧が立ち込め真っ白に染まっていた。1m先も見渡せないほど濃い霧の中、私はただ呆然とその光景を見ていた。私の後ろでは大きな御神木がザワザワと音を立てている。


「このまま…」


…このまま、消えてしまえればどんなにいいだろう。


そう思うが、それは無理だろう。

それこそ神隠しや、小説のように異世界に行ければ話は別かもしれないが。そんな非現実的なこと起こる訳が無いのだから。


私は再び零れ落ちた涙を拭うこともせずただ膝を抱えて蹲った。





…サク、サクと草を踏みしめる音がした。

誰かがこちらに近づいている…?

濃い霧の中佇むその人の姿は伺えない。


まさか家族の誰かが迎えに来たのかと一瞬身構えるも、彼らがこの場所を知るわけが無いとすぐに肩を落とす。


…私は誰かに迎えに来て欲しいのだろうか?自分から飛び出してきたくせになんて我儘で、自分勝手な願いか。


そんな自分に嫌気がさした。

戻るなら自分で戻らなくては…しかしそこでふと気づいた


戻るって…どこに?

私の居場所もう、彼処にはない。


いや、祖母の家ではなく自分の家…家族の所があるだろうと思うも、きっと彼等はまた今頃いつもの事だと特に心配もしていないことだろう。

母は…もしかしたら話を聞いて泣いているかもしれないが

祖母と同じく「このままいなければいいのに」と思っているかもしれない。

母が大好きな父は母を悲しませる私をいらないというだろうか。兄は呆れていることだろう。弟は私を姉と思っていない、きっと馬鹿にした視線をよこすだけ。


結局、私の居場所など元から無いのだろう。

生まれた、その時から私は彼らにとって邪魔な存在でしか無かった。



そんな事を考えていた私はすぐ目の前に人が近づいていることに気づくのが遅れた。


サク、サク…

草を踏みしめる音がすぐ目の前で聞こえ、止まった。


視線をあげると、人1人分の距離を空けてその人はその場に佇んでいた。涙で未だ視界が滲む私には濃い霧のせいもあってその人の顔は見えない。


「…だ、れ?」


恐る恐る、声をかけた。

その声は泣きすぎた為か掠れとてもか細いものになった。その人に聞こえたかも怪しい。

だが、ちゃんと声は届いたらしい。


「お前こそ誰だ、そこで何してる?」


低く、耳に心地よい声が響いた。

声的に男性だろう。背の高い彼の顔はやはり見ることは出来なかったがその声は心配の色を含んでいた。


「…」


「家族は?心配してるんじゃないか?」


「…」


「霧も濃い。早く帰った方がいい」


「…」


「…おい、聞いてるか?」


何も答えない私に彼は腰を落とし、私の頬に手を伸ばした。突然、見知らぬ人に顔を触られ一瞬ビクッと肩がはねる。しかし、不思議と不快感はない。

むしろ、その壊れ物を扱うかのような優しい手つきに安心してしまった。


「泣いて、るのか?」


「…」


「どうした、誰かと喧嘩でもしたか?」


その言葉にピクリと肩が震えた。

喧嘩…?あれはそんな生易しいものじゃない。

私はあの時、祖母に殺されたも同然だ。


「図星か」


彼は、はぁ…と息を吐いた。

それは呆れを含んでいる。


「喧嘩なら、尚更早く帰って仲直りしてこい。今ならまだ間に合う。俺が送って…」


「っ…やだ!!」


仲直り?そんなものできるわけが無い。

家族に、育ての親のような存在に私は捨てられたのだ。

私は、あの時あの瞬間に彼女の言葉に殺されたのだ。

今後一生、あの言葉は私についてまわる事だろう。

まるで、呪いのように。


それに、戻る場所なんて私にはもう何処にもない…


「…何があったか知らないが、今帰らないと後悔するぞ

帰る場所があるなら、早く帰った方がいい」


「…ぃ」


「ん?」


「そんな、所…もう、私にはない」


「そんなわけないだろう」


「生まれて来なければよかったって…そう、言われた私に居場所なんてあると思うの…?」


彼は黙ってしまった。

それはそうだろう。こんなこと言われたら誰だって困る

そのことに気づいた私は自分の性格の悪さにまた、嫌気がさした。


こんなだから、私はダメなんだ…


顔が自然と下を向いた。

自分が嫌で嫌で仕方がない。


こんな自分、消えてしまえばいい。

それこそ存在事無くなってしまえばいいのに。


「…ごめ、なさい。貴方に、言うことじゃなかった」


謝罪の言葉を告げるも彼から返事が返ってくることは無かった。ただ、未だに頬に添えられたその温かい彼の手は私を優しく撫でた。

その気持ちよさに、知らず自分から擦り寄ってしまっていたらしい。彼はクスッと微かに笑った。


「…なら」


静かに、ゆっくりと彼は私の顔を両手で包むと上を向かせた。それに従い、彼の顔を見上げるもやはり霧でかろうじて口元が見えるだけだった。


その口元はとても優しく微笑んでいる。


「なら、俺と来るか?」


「え…?」


突然、この人は何を言い出すのだろうか?


「俺がお前の居場所を作ってやる。元の場所に未練がないなら…俺と来い」


その言葉は何処までも優しく温かい。

止まったはずの涙がまたボロボロと溢れ出す。


どうすればいいのか、なんて答えればいいのか私には分からない。どうするのが正解なのか、彼の言葉に従ってしまってもいいのか…判断がつかない。


だが、私の体は正直で…


いつの間にか、顔に添えられた彼の手をぎゅっと握りしめていた。まるで離さないでというかのように。


「…いいんだな?」


再度、私の意思を確かめてくる彼に

私は…コクリと静かに頷いた。


その時、あれ程濃く彼を覆い隠していた霧がサァーと水が引くように晴れわたった。

そこから姿を現したのは、とても綺麗な人だった。

モデルかなにかかと勘違いするくらいに整った顔立ちに均整のとれた程よく筋肉のついた美しい体。

黒曜石のように艶やかな髪は男性にしては長く鎖骨の辺りまで伸びており、それを片側で一つ縛りにしている。

瞳はルビーのように赤く、怪しい光を放っている。


そして、額には2本の角が生えていた。それは黒く、艶やかな輝きを放っておりこれは本物だと如実に語っていた。


まるでその姿は御伽噺などでよく登場するアレに似ていた。私の口から思わず言葉が零れた。


「…お、に?」


そう、彼の姿はまさに“鬼”のようだった。


彼はその美しい顔に微笑みを浮かべる。

しかし、その瞳だけは冷たくギラギラと輝いていた。


「そう。俺はお前たちの言うところの鬼だ」


彼は鬼らしくとても獰猛な笑みを浮かべた。

まるで、わざと私を怖がらせるかのように。


「俺が恐ろしいか?人間」


彼はそんなことを聞いてくる。

まさに物語に出てくる悪役さながらな台詞だ。

その言葉に私は思わず笑ってしまった。

彼はルビーのようなその瞳を瞠目させた。

まるで、信じられないものを見たと言うような顔が何だかおかしくてまた笑みが毀れる。

さっきまで、あんなに悲しくて辛くて泣きまくっていたというのに、涙はもう出てくることはなかった。


クスクスと笑う私を茫然と見下ろす彼の頬にそっと手を伸ばし触れた。一瞬、ビクッと肩を震わせたその反応が最初の私と全く同じだった。


不思議と恐怖はわかなかった。

彼の優しい手を、声を私は既に知っていたから。


「恐くないよ」


「…俺は鬼だぞ?」


「でも、恐くない」


「なぜ…?」


何故?だって、あなたは優しいから。

こんな私の話を聞いてくれて、手を差し伸べてくれた。

そんな人を怖がるわけが無い。


「貴方が…私にとって優しい人、だからかな。

貴方の手はとても温かくて、なんだか安心するの」


「…そ、うか」


「それに、鬼って初めて見たけど…その角とても綺麗ね」


彼の髪と同じ黒曜石のような艶やかなそれはとても美しく感じた。


「角、?…ククク、お前変わってるな」


彼はお腹を抱えて爆笑しだした。

そんなに可笑しなことを言っただろうか?

思ったことをそのまま言っただけなのだが…


「そう、かな?」


「あぁ、すっげぇ変な奴だ!だが面白い」


変な奴って…それは貶しているのだろうか?

だが、心底楽しそうに笑う彼の姿に怒りは湧かなかった


「ククっ…お前、名前は?」


漸く笑いを収めた彼は、私にそう聞いてきた。


「名前…私の、名前はないよ」


少し考えて、私はないと答えた。

私はあの時死んだのだ。だから、そんなもの存在しない


「だから、貴方の好きなように呼んでいいよ」


彼が私の居場所をくれるというのなら、名前から欲しかった。彼は暫く顎に手を置いて考え込んでいたが、すぐに顔を上げて楽しそうに告げた。


「ふむ…じゃあタマ!」


…だが、彼にはネーミングセンスというものが皆無だったようだ。

なんだその猫みたいな適当な名前…いや、好きに呼べと言ったのはこっちだし文句は言えない。


「…うーん、まぁいいや」


「え、いいのかよ」


「好きに呼べって言ったの私だし、貴方がつけたのでしょう?」


「いや、冗談のつもりで…」


「いいよ、別に。私は今からタマね!」


「…えー」


彼は有り得ないという顔をしていたが…

貴方がつけた名前だよ?


「貴方の名前は?クロ?」


「いや、ちげぇよ!なんだその適当に見た目からつけましたーって名前!お前、ちょっと怒ってんだろ」


「別に?そんなことないよ。じゃあ…角太郎?」


「いや、だからちげぇよ!」


彼は心外だと言わんばかりに嘆きまくる。

その様子が面白くて、笑ってしまった。


「はぁ…俺は「わかった、角二郎!」ちょっと黙れ」


「…はい」


調子に乗りすぎたようだ。

彼の額にピキピキと青筋が浮かんでいる。

あれ、本当に浮かぶんだ…凄い。どうやってるんだろ?


「俺の名前は蘇芳だ、結構有名なんだぜ?凄いだろ」


彼は自慢げに胸を張る。

その様子がちょっと可愛らしい。


「へー」


「わかってないな…」


「うん」


「素直かっ。まぁ、そりゃそうか」


ちょっとだけションボリとした彼の名前は蘇芳。

とても彼にあったかっこいい名前だった。


「蘇芳…かっこいい名前だね」


「そうだろう!」


「うんっ!じゃあ改めて…私の名前はタマです!

これからよろしくお願いします、蘇芳さん」


「…いいのか、お前それでいいのか」


「うん!いいよー」


「スゲーな、お前…」


そう言って、呆れた視線を向けてくるが蘇芳はすぐに手を差し出した私の手を握り握手してくれた。


「はぁ…よろしくな、タマ」




※※※※





そうして、私はその世界から姿を消した。

その後、家族がどうしたのか私は一切知らない。

知ろうともしなかった。


だって、私はもういらないのでしょう?


彼等も私の事なんてきっともう忘れてしまっていることだろう。寧ろ、忘れていて欲しかった。

覚えてても、私はもうそこに戻る気は無い。

こんなことを思う私はきっと親不孝者で酷いやつだろう。


だって十何年も一緒に育った家族よりも私を拾ってくれた蘇芳の傍は前よりもずっと息がしやすくて、何より安心するのだ。





だから、ごめんなさい。


…さようなら、大好きだったよ。



私は蘇芳の腕を取りその場を離れる時、一瞬だけ後ろを振り返り心の中でそう言葉を零した。











異世界転生・転移日間ランキング287位でした。

ギリ300位以内に入ることが出来ました!

ありがとうございました!(≧∇≦)


(2020.8.13)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 父親と祖母は作中のエピソードからもどうしようもなさが伝わってきますが、母親や兄はまだ彼女がいなくなったことを悲しんでくれるのではないかと微かに希望を抱きつつ、けれど、蘇芳と共にいくことが最…
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