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四 職員室

「失礼します」


 一言、声をかけながら入室する私に、近くにいた古文担当の男性教職員がイラ立ち気味に応じる。


「誰だ、ノックぐらい……」


 ノックか。

 選択肢として、思いつきもしなかった。

 マナーや礼儀として、目上の人がいる職員室に入室するときは、ノックがいると知ってる。

 けど、実行しようとする気がまるで起こらない。

 この職員室のどこに、マナーや礼儀を行うべき目上の人がいるのかな。

 いるのは、見下げ果てた、ことなかれ主義の者たちだけ。

 ここには礼をつくして、敬意を払うべき大人なんていない。

 ノックすらする価値があるとは思えない。


「誰って、知ってますよね、私のこと。皆さんが、見て見ぬフリをしていた、獅子堂リオです。教頭の横堀を殺しにきました」


 名乗って、入室した目的を告げたのに、返事がない。

 まったく、この学校の教職員たちはマナーがなっていない。


「「「…………」」」


 もっと、迅速に動くかもしれないって、警戒していたけど、職員室にいた教職員たちは、目を見開いて驚いているだけで、石像のように動かない。

 脳での理解が、状況に追いつけなくて、反応できないのかもしれない。

 理由がなんであれ、妨害がないのはいい。

 それなら、さっさと、教頭の横堀を殺そう。 

 職員室の奥にある少し豪華なイスに座った教頭の横堀の前に、阻まれることもなくたどり着く。


「ヒッ」


 私を見て、怯えたような表情を浮かべるメガネをした五〇代の馬面の男、横堀。

 役職は教頭で、担当科目は英語。

 女子バレーボール部の顧問をしていて、そこそこの成績を残しているので、いくつかの不祥事を、多少の誤解として、握りつぶしている。

 例えば、部活中に、女子生徒の体に対して、過剰に接触しながら指導をしていると、保護者から問われたときに、勝つため、生徒のため、熱心な指導で配慮が足りずに誤解させたという回答で、乗り切っている。

 保護者たちにしても、深く追求して横堀に辞められて、女子バレーボール部が勝てなくなることを嫌がって、大事になることはなかった。

 でも、女子の間では、横堀のセクハラは有名だった。

 特に、小柄な女子が横堀の好みらしくて、女子バレーボール部の小柄なリベロの子は、気に入れられて指導として部活中に胸やお尻を堂々と触られていたらしい。

 その子は、責任感が強かったらしくて、チームに迷惑はかけたくないって、セクハラに耐えて陰で泣いていたらしい。

 だから、横堀は女子の間で、ロリコンメガネと陰で呼ばれて、嫌われていた。

 少なくとも、友人が一人もいない私の耳に届く程度には、有名なことだった。

 まあ、私は小柄だけど、横堀の好みじゃないのか、セクハラの被害を受けたことはない。

 でも、それだけ。

 セクハラをされなかっただけで、殺す理由がないわけじゃない。

 一年くらい前に、公然の秘密である私のイジメについて、教頭の横堀に相談したことがあった。

 結果は、酷いものだった。

 勘違い、認識の違い、誤解という言葉を繰り返して、私がイジメられていたという事実を認めようとはしなかった。

 まあ、教頭の立場にある横堀としては、公式に私のイジメを認定するわけにはいかなかったのかもしれない。

 でも、そんなこと、かすかな奇跡を願って横堀に相談して、突き放されたことでさらに絶望することになった私にとっては、理解も納得もできない。

 終始、横堀の口調は丁寧なものだったけど、それも耳が痛くなるような大声だと、なかなかに威圧的だった。

 それでも、せめて森山イツカと別のクラスにしてもらえるようにお願いしたけど、クラスになんの問題も起きていないから、そんな必要はないと言われ、最後には母へ私が問題行動をしていると連絡すると脅された。

 引き下がるしかない。

 そう言われたら、母に心配をかけたくない私は、引き下がるしかなかった。

 これだけでも、苦い記憶だけど、後日談で、イジメのことを横堀に相談したと知った森山イツカたちによって、自分たちの行為がイジメじゃないって、誤解を解くために執拗で過激な私への説得が行われた。

 誰が森山イツカに告げ口したのかわからないけど、それが横堀だったとしても、私は驚きもしない。

 思い出したら、あの時の屈辱と絶望の感情もよみがえってくる。


「は、話せば、アガッ」


 横堀がなにか言おうとしていたけど、眉間にナイフを突き立てて黙らせる。

 頭の骨は硬いと思うんだけど、ナイフには豆腐に刺さった程度の抵抗しか感じない。

 やっぱり、このナイフ、かなり異質な物になっている。

 横堀が言おうとしたのは、話せばわかるとか、かな?

 だとしたら、なかなかに愉快なことだ。

 私の必死の相談を、勘違い、認識の違い、誤解として認めなかった横堀と、話せばわかる?

 ありえない。

 本当に、ありえない。

 同じ言語を話しているかもしれないけど、いまさら有意義な会話ができるわけがない。

 仮に、会話を許したとしても、どうせ我が身の可愛さで告げられる命乞いのような醜い、謝罪、後悔、弁解で耳が汚されるだけ。

 早々に殺すくらいしか、横堀に価値はない。

 ナイフを引き抜くと、横堀はうなだれて眉間から血をたらす死体になる。

 ありがたいことに、周囲にいる教職員は、悲鳴すら上げずに動かない。


「失礼しました」


 同僚が死んだのに、固まったまま通報すらしない教職員たちがいる職員室を後にする。

 次は、校長室にいる校長の井村。

 校長室は職員室の隣りだから、歩いてすぐだ。


「うーん」


 校長室のドアを前にして考える。

 さっき、あの教職員はノックしろと、私に言った。

 だから、今回はノックしてから、ドアを開けよう。

 そう、私なりのノックを。

 左の拳を固めて、全力で校長室のドアに叩きつける。

 爆撃のような破砕音と共に、ドアが校長室のなかへと吹き飛ぶ。


「な、な、なんだ」


 メガネをかけた神経質そうな白髪のジジィ、校長の井村が驚愕の表情を浮かべている。

 まあ、突然、ドアが壊れながら部屋のなかに飛んできたら驚くか、普通。


「獅子堂リオが、お前を殺しにきました」


 口角が自然と上がるのを自覚する。


「ふ、ふざけるな! なぜ、私が殺されなければいけない」


 井村の言葉に、首を傾げながら応じた。


「なぜ? なぜって、お前がこの学校の校長だからでしょ。責任者なんだから、責任とらないと。その命でね」


「責任? 責任だと。まさか、貴様がイジメられていたとか大袈裟に騒いでいたことか」


「大袈裟? ……あれが、大袈裟?」


 私の経験したものが、イジメじゃないんなら、この世にイジメなんてなくなってしまう。


「当然だ、言っておくがな、私が子供の頃は、もっと厳しいことがあった。たかが、子供同士がじゃれついた程度で、イジメなどと大袈裟に騒ぐな」


「…………」


 色々な感情が振り切れて、言葉が出てこない。

 井村に関しては、横堀のように直接相談して無視されたわけじゃないから、この学校の責任者としてケジメの意味でさくっと殺そうと思っていたけど、その気もなくなった。

 こいつは少しじゃれついてから、苦しみのなかで殺す。


「まったく、これだから最近の子供は軟弱でいかん。子供も子供だが、親はどういう教育を子供に家でしているんだ」


 井村の言葉が不愉快に、耳を汚してくる。

 井村は私が沈黙している意味を畏縮して弱気になっているとでも勘違いしているか、血塗れでナイフを持つ私を前にしてなかなか強気だ。


「…………」


 ナイフの柄を強く握り締めて、井村を一撃で殺しそうになる衝動を抑え込む。

 だって、そうしていないと、口を開いただけでも、殺しに移行してまいそう。


「ああ、そうだった。お前の親は母親しかいないんだったな、だから、そんな貧弱な」


 一閃。

 メガネの上からナイフで井村の両目を切り裂き、それ以上喋らせない。


「黙れ」


「ウギャアアアアァーーーー。目、目が、私の目ガアァァァ」


「両目が潰れたぐらいで、騒がないで下さい、大袈裟な。少しじゃれついただけじゃないですか」


「ふ、ふざけるな! 目が、目が見えないんだぞ! これのどこが、少しじゃれつくだ!」


「見解の相違ですね。お前は私の受けたあれを、イジメじゃなくてじゃれつきと認識した。私はお前の両目を切り裂いたことを、じゃれつきと認識した。それだけのことです。ああ、本当に、不幸な認識の不一致ですね。もしも、イジメをイジメとして理解できる共通認識が持てていたら、こんな不幸は回避できたかもしれないですね」


 まあ、私も両目を切り裂くことを、本気でじゃれつく程度なんて考えていない。

 この言葉で井村が、私を異常者だと、恐怖してくれることを願ってのものだ。

 一閃。

 井村の親指を残して左の手のひらを切断。


「アッギャアアアァ」


 叫び声を上げながら、床をはいずる井村を、踏みつけて押さえ込む。

 一閃。

 井村の右腕を肘から切断。


「ギィヤアアァァァ」


 一閃。

 一閃。

 一閃。

 一閃。

 一閃。

 一閃。

 一閃。

 一閃。

 一閃。

 一閃。

 四肢と両耳を失い、かすかにうめく血塗れの肉塊が、そこにある。

 暴れる元気も、叫ぶ気力も、残っていない。

 ナイフを後頭部に突き立てて、井村を死体にする。

 …………終わった。

 殺すべき人間は全員殺してしまった。

 どうしようか?

 この後は完全にノープラン。

 ここで潔く警察に捕まるのも、気分が良くない。

 私は殺人鬼で、犯罪者かもしれないけど、いままで私を救わなかった社会や法律が、私の自由を奪う?

 納得いかない。

 だから、逃げられるところまでは、逃げてみよう。


「うん?」


 かすかにパトカーのサイレンの音が聞こえた気がして、目を横に向けたときに、それが視界に入った。

 多分、金庫。

 頑丈そうな箱だけど、金庫らしいよくあるダイヤル錠がないから、金庫に見えないけど無骨な南京錠で施錠されているから、恐らく金庫。

 一閃。

 金庫を施錠している南京錠をナイフで切り飛ばす。


「おおぉ」


 思わず声が出てしまった。

 中には一〇〇万円の札束が四つほど入っていた。

 これが学校のお金なのか、井村の個人的なお金なのか、あるいは裏金なのかはわからない。

 でも、どうしよう。

 さすがに躊躇なく、このお金に手を出すことはできない。

 殺人という重罪を犯しているけど、窃盗に対する忌避感がないわけじゃない。

 むしろ、なぜだか、殺人よりも窃盗のほうが心理的に躊躇いがある。

 まあ、でも、逃亡生活がどれくらいの期間になるかわからないけど、逃亡資金は必要。

 というか、冷静に考えたら、私は自分の財布とスマホを持ってきていない。

 現在、逃亡資金は〇。

 多分、私の財布とスマホは自宅と一緒に焼失している。

 ここ数年、イジメからの防御策の一環として、財布とスマホを自宅に置いておく習慣があったから、そのいつものクセで今日も置いてきてしまった。

 本当に、習慣とは恐ろしい。

 …………このお金は持って行こう。

 学校のお金か、井村のお金か、わからないけど、賠償金ということで持って行こう。

 法的な妥当性は知らないし、興味もないけど、主観的に私が心身に受けた傷は、この程度の金額で許せたり、救われたりするほど安いものじゃない。

 学校のお金だったら、学校全体に迷惑がかかるかもしれないけど、この学校なら大丈夫。

 一丸となって、私のイジメを許すような団結力があるなら、この程度の金額ぐらいの問題は乗り切れるでしょう。

 校長室には、サンプルとしてなのか、未使用の学校指定のスポーツバッグがあったので札束を入れる。

 もう、校長室に用はないので、スポーツバッグを手に、運動部の部室棟を目指す。







 パトカーのサイレンを聞きながらシャワーを浴びるというのは、なかなか不思議な気分。

 でも、追い詰められるような焦燥感はあまりない。

 体にこびりついた何人もの血を丁寧にシャワーで洗い流して、ここにくる途中で自分のロッカーから回収した学校指定のえんじ色のジャージと換えの下着に着替える。

 別に、換えの下着はこの日のために用意したわけじゃない。

 日常的にイジメられていると、服だけじゃなくて下着まで濡れてしまう機会が、それなりにあったので予防的な措置として、ロッカーに換えの下着をいくつか用意するようになっただけ。

 さすがに私もイジメで下着が濡れたからと言って、濡れた下着をそのままにしたり、脱いで下着をなにも着ないという選択はしたくなかった。

 中学校のなかならともかく、ダサい学校指定のえんじ色のジャージは、学校の外だとそれなりに目立ちそうなので、近くの部室に置いてあった黒のパーカーを上から着る。

 それに、血に汚れた上履きで学校の外に行くのも目立ちそうなので、サイズの合いそうなスニーカーも拝借していく。

 もちろん、私は盗んだりしない。

 代金として、札束から何枚か適当に抜いて置いていく。

 …………困った。

 血を洗い落として、さっぱりした気分で軽く見て回ったけど、何台かのパトカーが正門だけじゃなくて裏門にまで到着している。

 どうしよう?

 正面から警察とやり合う?

 よくわからない鬼とか、レベルとか、鉄皮とかの力があれば不可能じゃないと思うけど、できれば積極的にやりたいとは思わない。

 別に、仕事できているだけの警察に対して、絶対に殺したいと思うほど私は血に飢えていない。

 そうなると、逃走なんだけど、この中学校には正門と裏門以外に敷地から出るルートがない。

 もしかしたら、探せば下水道とかがあるかもしれないけど、少なくとも私は知らない。

 それに知っていたとしても、利用したくない。

 なんだか、汚そうで、臭そうだし。

 …………自分で道を作るか。

 道を作ると言っても、土木工事をしようとしているわけじゃない。

 単純に、校舎裏近くにある一〇メートルくらいの高いフェンスと生垣をナイフで切断して、私が通り抜けられる穴を作ってみるだけ。

 この不思議な力の影響を受けているナイフは、金属製のイスのパイプをスパスパ切れるから、金属製でもフェンスぐらい簡単に切れると思う。

 ちなみに、正門も裏門も位置的に校舎裏が死角になっているから、警察に見つかることはない……と思いたい。 

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