第三話 コンビニ事件
最寄り駅の和光市に着く。外は段々と暗くなってきた。冷え込みも増し、吐く息も白い。
改札を出て、しばらく歩くと、いつもお世話になっているコンビニが見えてきた。サービス残業をして、ほぼ毎日が終電だった遼太郎にとって、スーパーが開いていることは奇跡に近い。駅に着いた頃には、当然だがシャッターが下りている。高いとわかっていても、コンビニで飯を買う他なかった。今日はスーパーで食品が買えそうだが、遼太郎は日頃の感謝を込めてコンビニを選択する。
「ほんと、いつもお世話になってます!」
と、自然に声が出ていた。ついでに、お辞儀をする。
自動ドア越しに出てくる人が不思議そうに遼太郎を眺めている。
店の中に入って籠を手に取る。夕食の総菜と朝食のパンを少々詰める。
「今日はこれくらいにしないと。タイムセールを見計らって明日スーパーに行くか」
ふうと、ため息をついてレジに並ぶ。
前に並んでいた女子高生二人組が楽しげに会話をしていた。盗み聞きをするつもりはなかったが、遼太郎は何故なのか『占い』というワードが気になって耳を傾ける。
「ねぇ、この占いサイト超当たるって話、知ってる?」
女子高生がスマホをもう一人に差し出す。
「占い? 私そういうの興味ないわー。統計学っしょ?」
もう一人は差し出された手を払う。
「はぁ……、これだから結菜は。三組の例の彼と上手くいきたいとか思わないの?」
「そういうのは運じゃなくて、当たって砕けろよ!」
結菜は拳に力を入れてガッツポーズをする。全然応援できないガッツだ。
「砕けてどうすんのよ」
「号泣してやんよ」
「振られるの前提じゃん、それ~」
自己肯定感の低い子だと、遼太郎は素直な感想を抱く。一方で、現実派で努力派な彼女の姿勢に自分を重ね、親近感も感じた。
「だってさ~、幼馴染みとは言え、私じゃ釣り合わないよ、この間も告られていたみたいだし」
結菜は寂しそうに髪を弄りだす。
「そうかな? お似合いだと思うけどなぁ、結菜と彼」
「――はぁ? マジで言ってんの?」
一瞬、間があった。恥ずかしかったのか、結菜の顔が赤に染まる。
「うん」
「だってアイツ、私と違って頭良いし、運動もできるし、器用だし。それに比べて私は、地味で、アイツほど頭はよくないし、ドジばっかりだし」
「そこが、結菜の魅力じゃないの?」
結菜の友人はよく見ているなと、遼太郎は友人の観察力に感心する。
「う~ん、そうなのかな? 兎に角、大逆転ホームランを打てるバットでもない限り、私の恋は厳しいってことよ」
「ふーん。そうなんだ。でもこの占いが、結菜の言う大逆転バットになるかもよ」
結菜の友人は、バットを構える仕草をする。
「えっ⁉ 澪はこれで何か起きたの?」
何だか胡散臭い話になってきたと、遼太郎は一抹の不安を感じる。
「実は~私ね。このサイトに書かれていること意識していたらさ」
「うん」
「高嶺の花で、一生手が届かないなぁ~と思っていたあの彼から直接連絡先聞かれて、今結構良い感じなんだー」
澪は万遍の笑みを浮かべる。
「えっ、ちょっと何それ⁉ あの彼でしょ? バスケ部の先輩の!」
「そうそう」
本当だろうか。澪は幻覚でも見せられているのではないだろうかと、遼太郎は心配そうに話を聞き続ける。
「あのー、やっぱり詳しくその話聞きたいなぁー、なんて思ってたりして」
結菜も疑う様子がない。欲望に目がくらんだのか。それとも、それだけ澪を信用しているということなのか。遼太郎はとても不安そうに二人を見つめる。
「あれ~? そういうの興味ないんじゃなかったっけ?」
「うっ、それは、あれよ! ちょっとした出来心って奴?」
結菜は照れ隠しながら、返答する。
「ふぅ~ん、そうなんだ~、へぇ~」
澪は容赦なく、ジト目で結菜を見る。
「もう! 私だって逆転したいのよ!」
「逆転しなくても上手く行くと思うけどね~。まぁ、占ってみればいいじゃん」
澪のおっしゃる通りですと、遼太郎は突っ込みたくなる。ただ、占いには手を出さなくていいとも思った。
「えっ、それって? 教えてくれるの?」
「仕方ないなぁ。結菜の頼みなら教えてあげよっかな」
澪は一度引っ込めていたスマホを再度取り出して見せる。
「ありがとうー、澪~」
「えっとねぇ、『未来のひとかけら』って言う名前のサイトなんだけど、添付して送るね」
SNSを起動して、澪はサイトを張り付け、送信する。
「うん! あっ、これね。帰りに見てみよーっと」
始めは結菜の意見に賛同していた。占いなんて、気休めだと以前の自分なら言っていただろう。
でも、今は違う。遼太郎は気休めでもなんでも構わないから、無意識的に自分を擁護してくれる拠り所を求めていた。新たな仕事が見つかりますの一声が聞きたかった。故に興味を持ったのだろうと、遼太郎は客観的に自分の思考を振り返る。
それと、占いにしては妙に変な感覚がある。書かれていた通りにやっていたら上手くいくなんて、そんな馬鹿な話があるのか。怪しすぎる。一種の催眠術か何かだったら、犯罪だ。
変な正義感が生じると気が済むまで追いかけたくなる遼太郎は、帰って調べてみようと、占いサイトの名前を携帯のメモに入力する。
レジ待ちは、彼女達の話を聞いているうちに直ぐ回ってきた。
「お次でお待ちの方、どうぞ~」
御馴染みのセリフを聴いて、女子高生達が会計しているレジの隣へと足を進める。
出口に近い方のレジに辿り着くと、目を疑う光景が現れる。思わず、二度見する。
見たことのある顔。馴染みのある顔だ。というより、いつも見ているような……。
思わずぞっとする。鳥肌が立つ。
目の前に背は低く若いが、自分と全く同じ容姿の店員がいるではないか。
鏡を見ているようだ。同じ天然パーマの癖毛。きりっとして濃い眉。シュッと引き締まった顔立ちと鼻。福がいつ来るのか疑いたくなる小さな福耳。アルパカのようなモフモフ感のある髪質。この質感だけは真似できないと思っていた。紛れもなく、遼太郎がレジに立っている。
「……」
「……」
お互い無言。ここだけ時間が止まったかのようだ。
何だこれは。何なんだ、これは。どういうことだ。
今日一日、色々とイレギュラーが多過ぎて、遼太郎はパニックを起こす。
ぶわっと汗が噴き出た。心拍数が高まる。ホラーとかオカルトとか、マジ勘弁。
遼太郎は直視できず、思わず下を向く。
ただでさえ、心落ち着かない状態なのに、ドッペルゲンガーはドッキリでも流石にやり過ぎではないだろうか。余りの出来事で頭痛が痛い。とうとう日本語もおかしくなり始める。いや、頭がおかしくなり始めたのかもしれない。
一瞬だけ、様子を見る。 向こうも、驚いた顔をしていた。が、彼も視線を合わせないように反らして会計を始めた。
とりあえず落ち着こうと、遼太郎も静かに深呼吸してみる。
よくあることだ。取り乱している場合じゃない。この世には同じ顔をした者が三人は存在すると、どこかで聞いた事もある。もしかしたら、双子とか、弟がいて、どこか知らないところで生活していたとか。なんていうこともあるかもしれない。きっとそうに違いない。そこまで気に留める必要はないだろう。そう、遼太郎は自分に言い聞かす。
目線を合わさないように辺りを見回していたら、確信できる情報が入ってくる。
店員のネームプレートの名字が『銀鏡』で『幻中』と違うということだ。
凄い名前だ。『ぎんきょう』と読むのだろうか。何はともあれ、思い過ごしのようだ……。
「に、二千五百円になります」
彼も動揺している。そりゃ、驚いて当然だ。
お金を払い、袋とおつりを受け取ると、遼太郎は目を合わさず、無言のまま店を飛び出た。