第二十五話 新たな手掛かりと隠者の気配
それよりも。遼太郎は気がかりで仕方ないことがあった。
「ソフィア。あいつ、何処に行ったんだ?」
今も捕まるまいと逃げ回っているのだろうか。それとも、彼女の身に何かあったのではないか。
遼太郎が辛いときに、一番親身になって助けてくれた恩人。彼女が苦しんでいるかもしれない時に、何もできない。
突然、遼太郎の部屋にノック音が聞こえる。
「はい」
遼太郎の返事の後に、ガチャっとドアを開け、部屋に侵入。世耕だ。
「やぁ、おはよう。次の鏡について情報が届いた。居間に来て、席に着いてもらえるだろうか」
「はい。あすみさん」
遼太郎は、部屋を出て居間に向かうと、
「次の鏡が出たのねぇ? 流石~、調べるのが早いなぁ、あ~すみんっ!」
と片手を挙げて待つ街風。もう片方にはビール缶を持っている。顔が赤い。
「カナ、私は何もしてない。調査班が優秀なだけだ。それより、今回の鏡も厄介そうだぞ。資料に目を通してほしい」
四人に資料が渡され、世耕が状況報告をする。
「今回のターゲット、五つ目の鏡と保護対象者は『欲望を具現化するような鏡』、二十代男性である。場所は静岡市。鏡界の協力のおかげである程度まで場所が特定できた」
「鏡界での変化は~、管理者によって~。常に監視されてぃるからなぁ~。今回は割とあっさりな方だねぇ~」
と、街風が頭の後ろで手を組んで口を開く。
「前回みたいに保護力の強い鏡ではないからな」
世耕が遼太郎と美和に視線を送る。
遼太郎と美和はそれにきづき、苦笑いする。
「管理者側からぁ~保護対象者へのアプローチはどうなのよ~? まだしていない感じぃ?」
街風が世耕に確認する。
「前回同様に様子見だ。本当は直ぐ接触したいのだが、鏡による現象が明確に現れてからでないと捜査令状が出せないのだ」
楠も参加していたが、彼は面目ないのか一同にお辞儀する。
「この組織は秘密裏に動いている政府公認団体。おそらく、その団体の存在が世に出回るのを防ぎたいという上からの指示だろうな」
楠が事情を説明する。
「くそっ。また上からの指示か」
世耕が悪態をつく。
「悔しい気持ちわぁ、分かるけどねぇ~。被害を極力小さくしてさ、先に鏡を手にするしかぁないよね~。先ずは情報を集めだ~! ヒクッ!」
街風が張り切って椅子から勢いよく立ち上がって、直ぐ脱力して座る。酒がこぼれる。
「俺たちの時もこんな感じで見つかったのか?」
遼太郎は街風の様子を放って、世耕に質問を投げる。
「そうだな……。貴公らの場合は、突然事態が発覚したので、正直、分からなかった。噂は入ってきていたのだが、どうも鏡の力が強く、手がかりが掴めなくてな」
「そんなに強いんですね」
遼太郎は頭を掻く。
「どこであすみは鏡が原因の事件だって分かったの?」
美和が世耕にきっかけを尋ねる。
「鏡界で演技異状が生じた時点だ。もう既に色々と手遅れだったが……。何か起きると予想して、楠が踏み込めるように張ってはいたが……力になれず申し訳ない」
世耕と楠は深々と頭を下げる。
「そんな、あすみさんや楠警部のせいではないですよ。全ては欲に溺れてしまった私が悪いんです」
遼太郎も頭を下げる。
「この世界の為に今できることをしよ」
美和は遼太郎の背中を押す。
「それと、遼太郎、みわ。今回の鏡についての情報はこれだけではないのだ。これを見てくれ」
世耕は写真を二人に見せる。
「これは……ソフィアだ」
遼太郎が目を丸くして答える。
「えっ? 嘘。この子が?」
美和も驚く。
「この女性について鏡界側から調査をしてくれないか」
世耕が二人に頼む。
二人は顔を見合わせる。
「あすみさん、私たちの鏡の事、やはり知っていたのですね」
世耕は目を瞑る。
「うむ。『真の入れ替わり鏡』だろう? 両界に存在する契約者を介して、鏡界へと渡る鏡」
「御見それしました」
ふんっと世耕は鼻で笑う。
「当然だ。ワタシの鏡の反する力だからな」
「どういうことですか?」
美和は世耕に尋ねる。
「ワタシの鏡は『魔の入れ替わり鏡』だ」
二人は驚く。
「同じ鏡なの?」
「鏡は対になっていることが多いのだ。まぁ、でも。鏡界へ渡るのに代償があってな。そちらの鏡の方が色々と都合が良い。今まではワタシが鏡界に潜入し、異状がないか確認していた」
「聞きたいことは沢山ありますが、今はわかりました。ソフィアの事もありますので、お引き受けします」
遼太郎は即答した。
「そうか。助かる」
「あすみさん、落ち着いたら色々と聞かせてもらいますよ」
世耕はこくんと、頷く。
「それと、連絡を取れるようにスマホを持って行ってくれ。鏡界と現実との電波は問題なく通るから、そこは安心しろ」
遼太郎はスマホを開く。すると、占いサイトから一件、メールが届く。
過去の占いではなく、今日の占いだ。今日のこのタイミングを見計らったような、偶然ではない感覚に遼太郎は陥る。恐る恐る、ページを開く。
~今日の運勢~
今日は、新たな仲間と新たな門出を迎えることでしょう。お願い事はできるだけ聞き、取り組むようにしましょう。そこで、大切な人に纏わる何かを得られる予感があります。運気を落とさないためには、過去にとらわれず、前を向く姿勢が大事になります。その姿勢を保つことで運気が開けてくるでしょう。また、近いうちに新たな友ができる暗示もあります。その方は、自分の感情にまっすぐな人です。見た目に惑わされずに関わりましょう。その一方で、知人の命に係わる事件の暗示もあります。気を付けましょう。
~未来へのアドバイス~
知人とのコミュニケーションを大事にしましょう。今まで培ってきた仲間との絆を再確認すると良いでしょう。もし、違和感を覚えたのであれば、疑念が晴れるまで様子を伺うようにしましょう。貴方の運気は上がってきております。
~ラッキーアイテム・キーワード~
鏡・地下・金髪・高級街・翻訳機
もうこれは、占い師の手の中で踊らされているようにしか感じない。
今までの文章を振り返ってみてもわかる。当たっているというより、その通りになった感じだ。
「遼くん? 大丈夫?」
青ざめた顔でスマホと睨めっこする遼太郎が心配になり、美和が話し掛ける。
「う、うん。ちょっと気になることがあってね」
「あー。また何か抱えようとしているね! 教えなさいっ!」
美和は遼太郎の様子で勘が働く。
「うっ……。そ、それがさ。占いサイトの事で」
遼太郎は素直に答えざるを得ない。
「占いサイト? 遼くん、あんまりそういうの好きじゃないって」
「そうなんだけど、あの時は藁にでも縋りたい気分でさ」
「で、その占いサイトがどうしたの?」
美和は首を傾げる。
「そこに書かれることが当たり過ぎるというのか。なんか見透かされているような気がするんだ。『未来を透視されている感覚』で」
「それは、遼くんの思い違いじゃない? もう、面白いんだから」
美和は、冗談だと思ってあしらう。
「いや、本当だって! ピンポイント過ぎる文章なんだ!」
遼太郎は真剣に訴える。
「ちょっとそのサイトを見せてくれ」
世耕がスマホを受け取る。内容を確認した後、口を開いた。
「本当に透視されているかもしれないぞ」
「え? 本当に?」
美和が驚く。
「確証はないが、毎回のように鏡がキーワードに入っている。そんなことはあるのか?」
「確かに、そうね」
美和は腕を組み、考える。
「ただ、この施設は許可や検査を受けていない外部からの品を入れることができない仕組みになっている。そう考えると、カメラ等の盗撮は無理だし、未来予知をするのもどういう芸当なのか見当がつかない」
「となるとぉ~、操作系の鏡とかぁ~?」
街風が鏡の特徴を推測し、机の上で頬杖をつく。
「在り得るな」
世耕が頬に指を食い込ませながら、首を傾げ考察する。
「また鏡か……」
遼太郎はため息をつく。
「あくまで推測だ。本当に凄腕の占い師なのかもしれない。でも警戒して損はない。今は危害が及んでいないので良いが。占いに、『命に関わる』とあるから油断はできない」
「そうね。遼くん、気を付けてね」
「うん。大丈夫」
また面倒事が起きそうな気配。
「はぁ、お家帰りたい」
と、小声でつぶやく遼太郎。
「話を戻す。調査班から、保護対象の男とその女性の映像を預かっている」
そう言うと、世耕はディスクを再生機に入れ、上映する。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
静岡県の某地下。ハードケースに入ったギターを手で持ち、エレベーター前まで歩く。
ハードケースを地べたに置き、ロックを外す。
日章旗のバンドのついたアコースティックギターを取り出すと肩にかけ、品物を段ボールに乗せる。
小柄でやせ型のにこやかな笑顔溢れる金髪青年。埃の籠った空気にむせて時々咳込む。
通り過ぎる人の目を気にしつつも、少しずつかき鳴らしていく。人の声と中和する弦の響き。地面に置いた歌詞と譜面を男は見る。小声で口ずさむ。
「あの、いいかし……いいですか?」
歌い始めようとしたその時、突然呼びかけられて男はびくっとする。
顔を上げると、そこに女が立っている。
白銀の髪、淡い青の目。御伽話に出てきそうな容姿。
男は一瞬固まる。
「あ、はい」
呼びかけられたのを、思い出したかのように返事をする。
「その円盤下さいで……。下さい」
初めてみる顔に男は尋ねる。
「おねえさん、歌聞きいただか?」
「え、いえ、まだ」
「先に聞かんくてもええの?」
「急いでいるので」
女は目を反らす。
男は不思議がるも、
「良かったら、また今度でええから立ち止って聞いてってや」
と視聴を促す。
「ありがとうございます。また機会があれば、聞かせて下さい。良ければサイン下さい」
「ああ、ええよ」
手慣れた手つきで男はマジックを滑らす。
「はい、どうぞ」
と、彼が世界で一つの円盤を渡すと、彼女は大事そうに両手で受け取る。
胸前に抱きかかえて目を瞑り、目尻には涙を浮かばせている。
「おねえさん、初めて見たけぇがとっても気に入ってくれただかえ? 嬉しいやぁ。ここで大体歌ってるで、聞きに来てや~」
と、男は笑顔で喋る。
彼女はふるふると横に顔を振った。
「ごめんなさい。次はいつになるか分からなくて。今日は貴方に渡したいものがあって、伺いましました」
彼女は提げていたカバンを開き、風呂敷を取り出すと慎重に解いて見せた。
「とある方からお預かりしました鏡です。こちらをお受け取り下さいま……下さい」
「あ、どうも」
彼は鏡を手に取って確認する。何の変哲もない普通の鏡のようだ。
「あ、でも、誰からで?」
男はその質問の回答を聞くことはできなかった。
先程まで目の前にいたはずの女性は目を離した一瞬で消えてしまった。
映像にもそのように映し出される。
辺りを見回すが、何処にもいない。手元には鏡、売れ残った品の上には白銀の髪が落ちていた。
「なんだったんだろうなぁ」
キツネに摘ままれたような気分になったのか、
「今日は終いにすっか」
とつぶやいてギターをしまう。
男は品々をリュックに詰めるとその場を立ち去った。
「行きました」
物陰で黒づくめの男らが様子を伺っているのが映し出される。
「例の女性、男への接触を確認」
「了解。組織にて対策を講じる。世耕に報告を」
そこで、映像は途切れた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「との事らしい。どうだ? これはやはり同胞ではないのか?」
世耕は二人に問う。
キョウコが鏡越しで叫ぶ。
「口調は違うが、見た目は間違いねぇな!」
「俺もそう思う。ソフィアだ」
世耕は舌なめずりをする。
「そうと決まれば、これは動かなければいけないな。ふはは」
「あすみ、目が怖いよぉ」
美和が血走る目の世耕に動揺している。
「いつもの事だよぉ、あすみんは~鏡の事になると、す~ぐこれだ~」
街風が呆れ顔で両手の平を上に向け、首を横に振る。
「オレらはもう慣れちまったっすけど」
篠崎は冷静な面持ちでぼやく。
「最近の男の情報は~? どうなってるん? あすみ~ん、黒介集団に何か聞いてるだろ~?」
美和は『黒介集団』と言う街風の言葉にツボって、陰で必死に笑いを抑える。
世耕はツッコミを入れることなく平然と答える。
「毎週金曜の夜に静岡地下で出没するとのことだ。バスで通っているらしい」
「ふーん 他は~? 別に興味はないけど~」
「そう言えば、服装が日を増すごとに良くなったと聞いている。来る度に派手になっていると」
一週間毎で身なりが良くなることに遼太郎は疑念を抱く。妙な話だ。
「その子、売れ始めたの~? ストリートミュージシャンで凄いね~」
「街風さん、それはないと思いますよ」
遼太郎は意見する。
「お⁉ 若造~! そうなのかぁ?」
「その、若造ってのは止めて下さい。私は遼太郎です」
「えー、良いじゃん。呼びやすいだろ~」
「さっきからうっせぇな、ババア」
「あ? んだとぉ?」
街風がしかめっ面をする。
篠崎がその場の空気を凍らせた。
「宝くじでも当たらない限り、そんなこと在り得ないっつーの。ったく、これだから低能のババアは」
「おいコラ~、クソガキがぁ。言葉には気をつけろって言ってるよねぇ~?」
街風は胸座を掴みそうな勢いだ。
「読真君、カナ。そこまでだ。血の気が失せるまで吸血して血祭りにするぞ」
世耕は八重歯をむき出しにして二人に近寄る。
「三人とも、落ち着いて! 今からその謎を調べに行くんだからさ。わからなくて当然だよ。篠崎も冷静になろ?」
遼太郎は必死にフォローする。
「……っ。了解っす」
吹っ切れない感じで、篠崎は頬杖をついてそっぽを向く。
「すまない、遼太郎。取り乱した」
青白かった世耕の顔に少し赤みが戻る。
「ごめんなぁ~、若造。お前は悪くないのにさ~」
街風も謝る。反省の色が見えないが。
「だから、それ止めて下さい。年の差あまりないんですから」
「でもぉ~後から来たから? お前は後輩だろ~? おねぇさんが可愛がってやるぞぉ」
街風はニヒヒと笑って、遼太郎の頭を撫でる。
「ババアは発言撤回をする気がないみたいっすね」
篠崎は舌打ち。
遼太郎は笑って誤魔化す。
「で、本題に戻るが……」
何度も脱線する度、世耕が話題を強引に戻すプレーが定番になる。
「先ずは、その男が現れる場所に私とカナで潜入捜査。で、遼太郎とキョウコで鏡界からその場所の様子を探ってみてくれ。美和と篠崎は施設の保護と『入れ替わり鏡』の保護を頼む。異状があったら知らせてくれ」
「「「「「了解!」」」」」
何故か返事だけは五人共に息が合っている。
なんだかんだで、今日も平常運転だ。
「では、ラバード! 作戦開始! 以上指揮の元、解散!」
六人は各々の役割に沿って行動を開始する。
「待っていろよ、ソフィア」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「イヒヒヒ。希望通り動いてくれそうだわ~。すべて計画通り~。この鏡さえあれば、あらゆる人を、あらゆる方向へ動かせるのよ~。神になった気分よ~イヒヒヒ」
パソコンのモニターが照明代わりの暗い部屋。熱暴走防止ファンの音が高鳴る。カタカタと音を立てるキーボード。埃っぽく息苦しい中、コーヒーを啜る。床に着きそうな程の長髪がゆらゆらと揺れる。
本棚にはありとあらゆる占いや心理学、オカルトの本。
目に隈を作ったその女は机に置かれた鏡を見て、不気味な笑みを浮かべた。
「遼太郎ちゃん。沢山、可愛がってあげるわ~。さ~て、次は何が見えるの~? 私無しではいられないようにアドバイスしちゃうわよ~。イヒヒヒ」
不気味に笑った女は占いの原稿を書き上げると、各メーリングリスト宛にそれを送信した。
入れ替わり鏡編 完 〈続く〉
第1章はここで終了になります。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
この作品の修正に今後入りますので、
次作の発表は恐らく半年~一年先ぐらいになると思います。
現在、この物語の派生作品を作成中で、
恐らく次回からそちらを公開する流れになると思います。
どうぞお楽しみに。