第二十四話 光の言霊
その後、遼太郎と美和、そして組織の三人を含めた生活は至って普通だった。
学生寮とでもいうのか。健康な食事は出るし、医療施設もあるし、買い物はネットショッピングができるしと、全く不自由しなかった。
強いて言えば、外に出るときは施設の者と同伴ということだけだ。許可が下りない限り、遼太郎は人が大勢いるところには行けなくなってしまった。いざという時はホログラム技術を使えば誤魔化せるらしいが、ネット環境が整っていないとそれも無理になるとかで。色々と厄介なことはある。
一方美和は、鏡の事を知っているがために、施設内で生活を余儀なくされているが外出はできる。遼太郎は美和が出かける度に、羨ましいといつも思っている。
それとキョウコとの会話は、美和が世耕に説得して、許可が下りるようになった。
と言っても、話し相手は『キョウコ』と『鏡人の華菜美さん』ぐらいだ。
鏡界でもこの施設の存在は知られてはならないようで、保護下に入った鏡人だけしか話せないと、キョウコが言っていた。
ここ最近の美和はと言うと、暇があるとキョウコとよく話をしている。
話友達ができて嬉しいようで、よく鏡を見てはつぶやいている。
傍から見ていると、時々美和が鏡に話しかける病んだ人に見えてしまい……。
その様子を不安に思い、遼太郎は会話に混ざろうと試みたこともあるが、
「女の子同士の大事な話なの!」
と、言われて追い出される。
キョウコが独りにならなくて良かった半面、美和同士が仲良くなると遼太郎と美和との関係はどうなるのだろうと、正直、遼太郎はひやひやしていた。でも、それは一変する。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「美和、私はアンタの事が嫌いだった」
「何? どうしたの急に?」
キョウコは髪を弄りながら、口を開く。
「自分とは違う性格で、言動も違う。同じ存在なのに住む環境も違う。態度とか生き方とかを鏡越しで見ていたけど、気に食わないというか」
「うん。それで?」
美和は鏡を見つめる。
「でも、話してみたらさ~。な~んだ。何も変わらないじゃん。やっぱり私なんだなって思ったの。変だよね?」
キョウコは美和に目線を送る。
「そんなことないんじゃない? 私はあなたのこと好きよ」
カッとキョウコの顔が赤くなる。
「そうなの? そう言って貰って私、初めて嬉しいと思ったわ」
珍しく素直な感想を述べるなぁと、遼太郎は普段と違うキョウコの反応を可愛らしく思う。
「自分の事を好きにならなきゃ、幸せになんかなれないよ。じぃが良く言っていたわ。人の子は神様の一部なんだ~って」
美和は持論を持ち出して、キョウコに聞かせようとするが、
「ふ~ん」
と、軽い返事で流される。
「結構いい話だと思うんだけどなぁ~」
「はいはい。どうぞ続けて下さいな」
キョウコは了承する。
ではと、美和は佐伯じぃの声真似をする。
「自分を否定すれば、回り回って神様を否定することになるんじゃよ。でな、自分だけを愛すると、神様の一部分しか愛せてないから、いつの間にか自分勝手になって、周りに否定される。だがのぅ、他人と自分の両方を愛せたら、神様の全部を愛することになるから、祝福を受ける運命になるんじゃ」
「綺麗ごとじゃないの?」
さらっとキョウコは感想を述べる。
一呼吸置いて、美和は目を瞑り話し出す。
「そうかもしれないね。実際には、嫌な人もいるし、認められない考えもあるわ。口ばっかりの偽善者だって言われそうよね」
「そうね。余程のバカじゃないと無理なんじゃないかな」
「そうかな? きっとできるよ!」
意気揚々と美和は宣言する。
「アンタ、やっぱりバカだったのね」
キョウコは美和を遠目に見る。
でも、美和は真剣な眼差しで答える。
「だってさ、今こうやって、私の事を嫌いだったあなたと今日仲良くなれたもの」
「そ、それはそうかもだけど」
「全てを受け入れるのは無理かもしれない。でも、理解する努力はできると思うの」
「……ぷっ、ははは」
美和の話に堪えきれなくなったキョウコは、噴き出して笑った。
「あはははは。ほんと、アンタって。どこまでも平和な奴ね」
「何? そんなに可笑しい事?」
美和は少し焦る。
笑いを抑えながら、
「アンタならできるかもしれないわ。やって見なさいよ。その理解する努力って奴を」
と、キョウコはその心意気を認める。
「うん。私、頑張るっ!」
美和はガッツポーズする。
「現に私と仲良くなれたのだし。先ずは自分を好きになる壁をクリアしたって事かしら?」
キョウコは手の平を鏡に当てる。
「お近づきの印に感謝の言霊を送るわ。美和、アンタも手を伸ばして」
美和も右手を伸ばす。鏡越しに手の平が合わさる。
「おい、いつまでコソコソ見ているんだ? 遼太郎、お前来いよ!」
「遼くん、そこにいたの? 来て来て! 言霊送ってくれるって!」
美和ははしゃいで遼太郎を手招く。
傍まで来ると、遼太郎は右手を美和の左手と恋人つなぎにして、左手の平をキョウコと合わせる。三人は目を瞑る。
「神議り(かむはかり)による必然に生きし我らのみ魂、有り難き一瞬を尽くして光り放て。感謝感激!」
何か大きな力が身体中を駆け巡ったような感覚がした。満ちてくる熱量。温かな気持ちになる。
「今のは?」
「感謝の言霊。『ありがとう』は知っているよな?」
「バカにしているのか?」
遼太郎はコツンと鏡に頭突きを繰り出す。
「いってー。遼太郎、めちゃめちゃ深い意のある言霊だよ。バカになどしていないぞ!」
ぷんぷん怒るキョウコ。
「すまない」
遼太郎は先走った自分に反省する。
「ありがとうは『有り難し』だ。有ることが難しいと書く。そこに在ること、有ること、見えなくても存在するあらゆるものへの感謝がこんなに短い言葉で表されている。それを実感して使うなんてしたことないだろ?」
「勿論!」
遼太郎に迷いはない。
「そこは堂々と言うところじゃないぞ……」
呆れた顔で、キョウコはつぶやきつつ、
「感謝の言霊は、御守りのようなもの。お互いを尊重しあう奇跡の言霊よ。何かいいこと起きると良いわね」
と、三人の祝福を祈る。
その時、確かに遼太郎の耳元で声がした。
「大丈夫。二人は同一人物だから、あなたとの関係が壊れはしないよ」
突然の声に振り返ってみたが、誰もいない。
「どうしたの? 遼くん?」
美和が不思議そうに遼太郎を見つめている。
「いや、声がした気がして」
「声?」
「もしかして守護霊かもな~」
キョウコは微笑む。
「守護霊?」
「見守ってくれているんだよ? だから言ったろ? 『見えないものにも感謝する言霊』って」
「それに反応してくれたってこと?」
キョウコは手を頭に回す。
「さぁね~。きっとそうなんじゃない?」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
そのことがあってから、疑うことを辞めた。
あの言葉や実体験に勝るものはない。温かくいつも見守ってくれているような存在に初めて感謝した瞬間だった。
三人の素性についても、色々と分かってきた。
先ずは街風。普段の様子については分からないが、街風は帰宅すると相変わらずの酒飲みで。素面の彼女と話をしたことは一度もない。片手に盃を常に持って、「どうせ役立たずよ~」と自虐している印象が強い。
彼女は美和を含めないと唯一、外出が自由な鏡所有者だ。というのも、鏡人が健在だ。
その鏡人の街風はというと、自己肯定感が強く、ポジティブで親切な温かい人だ。普段しっかりしていない彼女を見ているせいか、そこがギャップ萌えなのだが、ド直球な言葉を返す癖がある。言葉に棘が時々混じっていて、油断すると言霊で切り裂かれる。
街風の鏡の能力はまだ知らないが、鏡と共に翻訳機を良く携帯していることから、情報系の能力だと遼太郎は推測している。
篠崎は、全ての事を面倒臭そうに毎日ボソボソとつぶやいているが、やはり根は良い奴のようだ。
本人に鏡の事を聞くと、素直に答えてくれた。彼の鏡は『閻魔の鏡』というらしい。特殊故に八咫鏡に戻す時まで、別の次元に保管されているそうだ。
それと、生活をし始めて少し気になったことがある。自分以外に鏡に映らない人がいたということだ。
篠崎と世耕。二人とも鏡人が存在していない。
かなり厄介なことに巻き込まれたのだろうと、遼太郎は自分の経験から推測する。
それよりも。遼太郎は気がかりで仕方ないことがあった。
「ソフィア。あいつ、何処に行ったんだ?」