第二十三話 八咫鏡
「諸君は本当に仲が良い様だな」
「あはは。そうですか?」
美和が元気に答える。
「みわ、さっきの答えだが」
世耕が途中になっていた話の返答をする。
「あっそうだったね」
美和が顔を掻く。
「ズバリ、未来予知は使えないのだ」
「そうなんですか~」
美和は期待とは違う答えにしょんぼりする。
「期待外れですまない。みわの質問に対する答えになっているかは定かではないが、鏡に纏わる事件全てが、『とある鏡』の噂と関係していると私は見ている」
世耕は興奮気味に話す。
「とある鏡?」
遼太郎は聞き返す。
「これは推測だが、鏡の元は『八咫鏡』だったのではないかと思っている」
「えっ? あの古事記に出てくる鏡ですか?」
遼太郎は国宝級の鏡が元と聞いて冷や汗をかく。
「そうだ。天照大御神を天岩戸から誘き出したとされるアレだ。これは噂なのだが、ご神体として祀っているとされる伊勢神宮の鏡が行方不明だそうだ」
「それで、ご神体の鏡は見つかったのですか?」
遼太郎は気になり、話の続きを伺う。
「真経津鏡という名のご神体はそのままだったとのこと」
遼太郎は世耕の言っている意味が分からず、首を傾げる。
「え? 行方不明って言いましたよね?」
世耕は「ふはは」と怪しげに笑う。
「遼太郎、真経津鏡は諸説あるのだが、レプリカだとか、仮の物とも言われている」
「え? ということは?」
遼太郎は恐る恐る伺う。
「本物と言われている方が、行方不明なのだ」
ヒヤッと部屋の空気が凍り付く。
「それ、ヤバくないですか?」
遼太郎は動揺。
「ああ。相当だな」
世耕はにこやかな笑顔で答える。
「あ、だが、本物の八咫鏡を見た者はいないとされていてだな」
世耕は手を合わせて、思い出したかのように付け加える。
「何だ、なら単なる噂なんじゃ……」
と、遼太郎は胸を撫で降ろすが、
「保管を担当される大宮司が血相を変えて何かを探していると、うちの調査員から聞いたのだ。その上で、鏡の事件が起きている。これは、どういうことだと遼太郎は思うかね?」
と世耕から聞き、即、それは撤回される。
「それに、ここにいる三人の鏡は、施設に入る際に研究のために預けてあるのだが、その鏡に平行光線を当てると、三つとも鏡自体が光り出し、壁には像が浮かんだとのこと。これは只の鏡ではあり得ない!」
世耕は目をキラキラさせる。
オカルト的存在がオカルトを語ると、本当のような気がしてくる。
「そう考えると、鏡が少なくても残り四つはあるはずなのだ」
「何故四つなのです? あすみ?」
美和は理由が分からず、世耕に疑問を投げる。
「八咫鏡は太陰を示し、八角形をしているそうだ。八角形と言えども、やんわりとした形に文字が彫られていると聞く。で、三つの鏡から生まれた像がその形を八等分したものと一致した。普通の鏡だったものが、突然降ってきた光によって魔鏡に変化し、しかも、ここまで八咫鏡と一致するとは! 偶然とは言い表せない現象だ!」
世耕は超絶ハイテンションだ。
「な、なるほど」
流石の美和も冷めた目で世耕を見るも、
「ま、魔鏡って?」
と、彼女のテンションを崩さないように美和は質問する。
「ああ、光を当てると像が現れる細工が施された鏡のことだ」
世耕はサムアップする。
あははと、苦笑い気味に美和は応じる。
「それをワタシはどうしても見つけなければいけないのだ」
「どうしてあすみが集めるの?」
美和が尋ねると、世耕の声色が変わる。
「この呪いと復讐を下した悪を滅し、正義を貫くためだ」
遼太郎はぞくっとした。
今までにない重々しいトーンで放たれた言葉。彼女の言霊が一瞬にしてその場の空気を凍り付かせる。これ以上話を掘り下げてしまったら、殺されるのではないかと思う程に。
ふと遼太郎は美和の方を見る。顔は笑顔を保っているが、冷や汗を額から流し、椅子は酷く揺れている。
「あ、あすみさん。ちょっと場の空気が……」
遼太郎は雰囲気の改善を提案する。
「遼太郎、何を言っておる? 空気? 息苦しいのか? ここは地下だ。換気は難しい」
世耕は換気を促されたと勘違い。
「あの、えっと。そういう空気じゃなく……」
世耕の頭から、はてなが飛んで見えそうな程にとぼけた様子。
「おい、コイツまさか、天然か? 怒っている感じではないのか?」
遼太郎は美和に耳打ちする。
「えっと。大丈夫みたいよ」
美和の手はまだ震えている。
「さっきから何の話をしている? 空調調整をしようか?」
世耕が立ち上がる。
「いや、あすみさん、大丈夫です。それより、楽しい話をしませんか?」
遼太郎は椅子に座るように促す。
「楽しい話? どうやって鉄槌を下すかという事か?」
何でそっちに話が逸れるんだと、心の中で遼太郎は突っ込んだ。
「では、遼太郎のリクエストにお応えして、この組織について説明しよう!」
「そんなリクエストしましたっけ?」
美和はぼそっとつぶやく。
感情の起伏が激しい世耕に二人はついていけず、疲労する。
そんな二人に気を遣うことなく、世耕は饒舌に語りだす。
「この組織は鏡に関係する者の隔離のみならず、被害者である我々を守り、元凶を潰すことを目的にしている。調査班の話によると、鏡を放った犯人は、あらゆる災害を色々な地方で起こして、この世界を壊滅させたいようだ。それを防ぐため、鏡が奴らの手に渡らない様に全ての鏡を保護し、食い止める。そして、八咫鏡に戻した暁には、私と私の家族を苦しめた奴らをこの手で締め上げ、正義の鉄槌を下す! 奴らの思惑通りになってたまるか。ふははは」
世耕の目が血走る。
「あすみさん、目が吊り上がって凄く怖いので、その程度にしてください」
遼太郎は世耕に助言する。
「おお? そうか?」
世耕は目尻を指で降ろそうとする。
「そう言うことではなく」
傍らで美和は口を押えて笑いを堪える。
「何が可笑しいのだ、みわ」
「だって。面白いんだもの」
「世界の崩壊より先に、ここが崩壊しそうだよ」
遼太郎がぼやく。
「何か言ったか?」
世耕に言われ、
「いえ、何もありません」
と、誤魔化す。
「それにしても、スケールがでかいですね。でも、もしそれが本当ならば阻止しないと。そこには俺も同意するよ」
「おぉ、わかってくれるのか。私の計画を」
世耕はマントを広げ、両手を横に広げる。
遼太郎は、マントを装着していたことに今更気が付く。
「復讐は兎も角、協力はしたいな~と……」
指で頬を掻きつつ、遼太郎は協力を了承する。
「私も、同じく。あすみには協力したい」
美和もニコッと笑顔で答える。
「みわ。やはり良い奴だな」
世耕は賛同に涙ぐむ。そのまま美和に近づき、ギュッと抱きしめる。
美和はまだビビっているようだ。
「同胞として向かい入れる。ようこそ我が秘密組織、通称ラバードへ! 改めて宜しく頼む、二人とも」
こうして、二人は消滅を免れた代わりに、鏡の保護組織に属することとなった。