第二十二話 秘密組織
車は東京郊外を出て、高速を走った。辺りは暗くなっていてどこを走っているのかわからない。通り過ぎるインターの看板を見て、愛知の方角に向かっていることだけが居場所を知る頼りだった。
名古屋を超え、更に山へと向かう車。辺りは田園風景が広がっている。星が良く見える。
その中にひっそりと佇む工場。中にパトカーが入ると、車ごと地下へと沈んでいく。
エレベーターになっているようだ。ガシャンと言う音と共に降下が止まると、正面の扉が開き、駐車スペースが現れ、運転手が正面に車を着けた。
「着いた」
楠がつぶやく。
「ここは?」
遼太郎は楠に問いかける。
「君たちにはこの施設内で行動してもらう」
「え? 私たちを始末するのでは?」
「美和さん、社会的に抹消とは言ったが、なにも殺すとは言ってはいない。触れてはいけない事を知ってしまった。だから、行動を制限し、現実世界では行方不明辺りにさせてもらうってところだ」
美和はホッと胸を撫でおろす。
「心配させてしまったね」
「誤解するような口ぶりで言うからだろ?」
遼太郎は怒りを露わにする。
「人目に付くのが良くないので、急がせてもらった」
「まったく、少しはこちらの気持ちを把握してもらいたいよ」
「すまない」
楠は頭を下げ、話を続けた。
「でも、安心してくれたまえ。管理者側ともここは繋がっていてだな。鏡界でも同じような場所がある。鏡人の美和君も今頃丁重に扱われている頃だろう」
遼太郎はカバンに手を入れ、鏡を取り出し、様子を確認する。
「お~、遼太郎。こっちもこの通り捕まっちまったぜ」
キョウコは同じような施設の中で、暢気にズルズルとカップラーメンを啜っている。
「あっけないな。逃げ切る約束だったはずなのだが……」
「そういうお前も、そのザマじゃないか。おあいこ様ですな」
ズルズルとラーメンを啜る音。うめぇとキョウコがつぶやく。
「そう言えば、ソフィアはどうした?」
遼太郎はキョウコに尋ねる。
「直ぐ捕まったらしいんだが、輸送途中に暴れて今もなお、逃走中だそうだ」
「事情を話せれば良かったけど、なんせ秘密事項なんでねぇ。申し訳ないわねぇ。今も部下が探してくれているのよ」
鏡人の楠が事情を説明する。妙にオカマ口調だ。
「あらぁ、口調が違うからって動揺しているわねぇ。致し方ないわぁ。あれは威厳を出すための演技ですもの」
楠は腕組みをしながら、遼太郎の背後から顔を覗かせ、鏡に呼びかける。
「色々と手間をかけさせたな、ドッペル」
「いやぁねぇ、大したことないですよぉ。手紙の自動発送もばっちし止めましたよぅ」
ドッペルは手招きするように右手首を下ろす。おばさんの仕草だ。
「ドッペル? 楠警部の鏡人の事ですか?」
遼太郎は楠に伺う。
「ドッペルゲンガーみたいだからな」
「安直ですね……」
ドッペルは見た感じは楠と同じ雰囲気なのに、少しオネエが混じって弱々しい素振りをしている。
「それにしてもあんた、向こうで直接見たけどやっぱいい男ねぇ。仲良くできそうだわぁ」
「い、いえ。お構いなく」
遼太郎はやんわりとドッペルとの話を終わらせ、楠に話題を振る。
「ところで、楠さん。これから一部拘束するとのことでしたが。一体どうなるのですか?」
「良い質問だ」
腕組みの状態から右腕をビシッと伸ばし、楠は人差し指を遼太郎に向けた。
「いや、良い質問と言うか、当然聞かなきゃいけないでしょ」
遼太郎は間髪入れずに突っ込む。
「それもそうだな。では、とっとと話してしまおうか」
「お願いします」
美和も頭を下げる。
楠は今後の生活について説明し始める。
「君たちは本来の生活上、在り得ないものと遭遇してしまった」
「鏡の中にそんな世界があるなんて思いもしませんでしたからね」
「特に遼太郎君。君の鏡人は既に消滅してしまった。日常生活で鏡はほぼ毎日と言っていい程使う。敏感な人は君が鏡に映らないことを直ぐに察知してしまう。するとどうなる?」
「パニックになりますね……」
想像しただけで恐ろしいと遼太郎は青ざめる。
「実際にそういうパニックが過去に起きた。吸血鬼が現れたという噂が広まったことがあっただろう? 覚えているか?」
美和がうんうんと頷く。
「覚えていますよ! ネットでかなり噂になって、追っかけとか、ハンターだとかいう人たちが現れて!」
「あれも実は鏡の現象の一つだ」
「えっ……。なるほど、そうなのか」
遼太郎は真実を聞いて驚きつつも、合点がいく。
「そこで社会が混乱に陥る前に、政府と特殊捜査に携わる警察がこの一件を担当することになった。ここに『特殊隔離組織兼鏡界対策本部』を誕生させた」
「ふむ。そういうことだ。諸君、わかったかな?」
突然割り込む大人びた雰囲気の凛とした声。
キリっとした一重の目に妖艶な雰囲気を醸し出す女性が静かにこちらを見つめている。
顔色は生気を感じない程色白く、少し青ざめたようにも見える。
ふと見せた八重歯が鋭く尖っているが、怖さよりも美しさの方が勝る。この世のものと思えない雰囲気を漂わせている。
「驚いているようだが、それもその筈か。初めてだろう? 本物の吸血鬼を見るのは」
女は自らを吸血鬼だと主張する。
「本当に吸血鬼なのですか?」
遼太郎は真偽を確かめる。
「そうだ。でも、見た目だけだがな。鏡を使った罰と言うのか。まぁ、言ってみればコスプレみたいなものだ」
「なんか、ご愁傷様です」
遼太郎は彼女の心境を察し、気の毒そうに見つめ、つぶやく。
女はそれがしゃくに障ったのかムッとする。
「そんな、可哀そうなものを見るような目で言うでない。これでも、この組織のリーダーなのだ。少しは先輩としての威厳を立たせてもらいたいところだ」
さらっと、女は髪をなびかせて言う。
「あの……ちょっといいっすか。チラチラと視線に入るんで鬱陶しいんですけど、そういうの向こうでやってくれないっすか?」
吸血鬼の後ろから椅子に座ってこちらの様子を伺いながらも、関わろうとせず黙り込んで本を読んでいた男がつぶやき、睨みつける。
寝起きなのか、髪がボサボサなままだ。身だしなみを気にする感じはない。
「そう言えば、色々と紹介がまだだったな。ワタシは世耕愛純。そして、彼は篠崎読真君だ」
「あ? 君付けすんなって言ってるっすよね?」
篠崎は鋭い視線のままムスッとした顔で世耕を見る。
「すまない。彼は見ての通り、遅い思春期まっしぐらなのだ。大目に見てやってくれ」
「誰が思春期だ! この妖怪ババアが!」
篠崎は世耕に容赦なく暴言を吐く。
「口が悪いが、根は良い奴だ。これから一緒に過ごす同胞として宜しく頼む」
「人の話聞いてるのか、ババア。オレはなぁ、面倒な事に関わる事や不用意な言葉が嫌いなだけなんっすよ。余計な揉め事を起こさなければ、突っかかることはねぇっす」
「とのことだ。諸君、気を悪くしないでほしい」
遼太郎は個性の強い方々に圧倒される。
「は、はぁ……」
「それと、もう一人同胞がいるんだが」
「ババア、今はそれはやめとけ」
篠崎が片手を上げて、中断を促す。
「そ、そうだな。昨日の調子では、今はもたないだろう」
世耕もその判断に同意する。
すると、奥にある部屋からだろうか、ドンと何かがぶつかった音がする。
「言わんこっちゃない。起きちまったじゃねぇか」
篠崎が頭を抱える。
ドアが開くと、パジャマを着た青白い顔の女性が頭を抱えながら出てきた。
この施設は血相のない化け物が多く住み着いているのだろうか。
「あ~。頭痛い~。昨日、酒あんなにぃ~飲むんじゃなかったなぁ~」
「お目覚めのようだな、カナ。気分はどうだ?」
「最低な目覚めねぇ~、あすみ~ん。隣の部屋わぁ騒がしいし~。スッキリーしないからさぁ? いっそ、誰か殴っていいかなぁ~」
「……っ。また始まったっすよ。どうしてくれるんっすか」
篠崎がかったるそうに脱力して項垂れる。
「すまない、読真君。カナの介抱をよろしく頼む」
「これだからババアは嫌いだ」
篠崎は嫌々そうに立ち上がると、まだ酔い醒めていない彼女の傍に近寄る。腕を肩に回して洗面所の方へとゆっくり歩き始めた。
「彼女は街風華菜美と言ってな。酒が弱いくせに、飲まないとやっていられないと聞かなくて、いつもこんな感じだ」
結構、社会的にマズい人たちの寄せ集めなんじゃないのかと、遼太郎は鏡の持ち主の人間性を疑わざるを得なかった。
「今のメンバーは、ワタシを含める三人と施設関係者の楠を合わせて四人だ」
「今のメンバーは、ってことは今後増えるんですか?」
「良いところに気が付くな。幻中!」
よく見るポーズを世耕もする。人差し指立てだ。流行なのだろうか。
何気なく自分の名前も言われ、遼太郎は取り乱す。
「えっ、何で」
「楠から事前に伺っている、門叶もだ」
「わ、私の名前も⁉」
美和も驚く。
「どこまで聞いている?」
遼太郎は身構える。
「警察が知る限りの情報は把握しているが? まぁ、詮索しなくても、読真君とカナに頼めば、殆ど筒抜けだ」
「え⁉」
部屋の隅で悪気はないんだと言わんばかりに、楠は手を横に振る。
「そう驚くことでもない。ワタシたちもここに収容……いえ、匿われていることから考えれば、諸君らのような鏡の所有者と推測できるだろ? その能力があれば楽勝だ。しかし、二人を呼び出してまでやる必要性はない。これから共闘する同胞だからな」
世耕さんと話をしていると、見透かされた感覚になる。
「で、話を元に戻す。メンバーは増えるのが必然事項だ」
「何故そんなことを知っているのですか? 世耕さん、未来予知でもできるんですか?」
美和は世耕の力を探る。
「門叶、そんな畏まらなくていい。ワタシのことは『あすみ』と呼びたまえ。貴公の事も、『みわ』と呼ばせてもらおう。不服か?」
フレンドリーな感じに意気投合。コロッと美和の態度が変わる。
「良いんですか? では遠慮なくっ! あすみ!」
「勿論幻中、貴公も呼ぶがいい。一人だけ蚊帳の外というもの違うだろう? 遼太郎とワタシも呼ばせてもらおう」
「えっと、下の名前で呼ぶのはちょっと。美和もいることだし」
遼太郎はたじろぐ。
「遼くん、私は平気だよ! そんなことで嫉妬する女に見えますかな?」
先程までのソフィアの一件があってそれが言えるのかと、若干遼太郎は不安になるも、
「美和がそう言うなら。でもまずは『あすみさん』で」
と、名前呼びしてみる。
「遼太郎、肩の力を抜きたまえ」
「あはは。遼太郎、緊張し過ぎ!」
美和は遼太郎の背中を叩く。
「痛いよ、美和」
「ああ、ごめん」
世耕はその様子を見て微笑んだ。