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神倉の秘術聖鏡(みくらのスペクルム)  作者: 夜明導燈 (よあけどうとう)
入れ替わり鏡編
17/25

第十七話 精神浄化

 

 途方に暮れ、ソフィアは窓の外を眺めていた。すると、青い鳥が舞うのが見え、窓枠に止まる。

 窓をトントンと突いている様子を見て、ソフィアは近づき、窓を開ける。


「ソフィア、こっちに来てくれ」


 鏡人の美和が、小鳥に囁きの言霊を付与したらしい。鳥から鏡人の美和の声がした。

 ふとソフィアは後ろを振り返るが、遼太郎は鏡人の美和の声に気が付いていないようだ。と言うよりも、鳥の声にしか聞こえていないらしい。


「さっきからちゅんちゅんうるさいなぁ。鳥との戯れはよそでやってくれ」


 遼太郎が怒鳴る。


「ご、ごめんなさいですの」


 ソフィアは鳥を外に離す。


「少し席を外しますわ。それと、荷物と一緒に届きました演技台本ですの」

「ああ、お好きにどうぞ。そこに置いておいて」


 ソフィアは机に演技台本を置く。


「はぁ、やっといなくなるよ」


 ボソボソと遼太郎は文句を言っている。


 ソフィアはロウソク足に夢中になる遼太郎を置いて、もう一冊の台本を持ち、寝室を離れる。



 ソフィアは扉に言霊をかけ、最上階の部屋に移動する。

 すると、鏡人の美和が部屋の中央で必死に結界を維持しているのが見える。

 額から汗を流し、眠そうな目をこじ開け、床にひざまずいている。


「み、美和様。大丈夫ですの?」

「不眠不休だ。結界維持と浄化の言霊の錬成のダブルパンチが効いているわね」


 鏡人の美和は呼吸が荒く、今にも倒れそうな様子だ。


「そっちはどうだ?」


 ソフィアが首を横に振る。


「そうか、ダメか。ならば、イチかバチかでぶちかますか」

「可能性はありますの?」


 ソフィアが気遣わしげな表情で鏡人の美和を見る。


「水晶では、四割の成功率と言ったところか。もっと成功率を上げたかったが、私の方にガタが来ているようで」

「やるしかないですわね」


 ソフィアは鏡人の美和の様子を察して覚悟を促す。


「その様だな」


 鏡人の美和は俯いてつぶやく。


「それと、美和様に演技台本が届いていますの。遼太郎様にも届いておりまして、演技停止の申請を管理者に出してあったはずなのですが、一体何故届いたのかしら?」

「それは妙だな。本人がどうしても演じなければいけないシーンか、二人以上の登場人物がいて、片方でも鏡人が出演する場合は別だが、基本的に演技を逃れられるはずなのに」


 鏡人の美和は、上体を起こし、床にあぐらをかいて頬杖をつく。


「その例外に該当するのでは? 美和様にも届いておりますし。私は残念ながら、中身を見ることはできませんので、推測ですが」

「そうだよな。本人しか中身は見てはいけない規定だしな。どれ、読んでみるよ」


 鏡人の美和はソフィアから台本を受け取ると、中身を確認し、目を瞑る。


「何かありましたの? やはり良くないことが……」


 鏡人の美和は目を反らす。


「いや――何でもないよ」

「明らかに嘘をついている目ですの!」


 鏡人の美和は真剣な表情をして、深く頭を下げる。


「ごめん。先に謝っておく」

「何をですの⁉」


 ソフィアは鏡人の美和に詰め寄る。


「悪いがソフィア、それは言えない。規定だ。管理者に抹消されたいのか?」

「それは……」


 ソフィアは言いよどんで俯く。

 鏡人の美和は意味深なことを口にする。


「もし仮に『それ』を止める手段にソフィアが感づいて動けたとしても、もう手遅れなんだ。台本がここに存在している時点で、この運命は変えられない。確定事項だ」

「何かを失うって事かしら。今できることは覚悟ということですわね」


 ソフィアの目から涙が零れ落ちる。

 鏡人の美和は立ち上がり、ソフィアの頭を撫でて声を掛ける。


「今できることをするまでよ。まだ変えられることはあるの。諸刃の剣だけど、邪霊を引き離す浄めの祈言のりごとに賭けるのよ」

「強力な祈言を使うまでの状況なのですわね。何も手を打たないより、動く方がまだマシですわ」

「決行よ」


 そう言うと、鏡人の美和は手を前に構えた。

 ソフィアは涙を拭うと、急いで扉を開ける。

 鏡人の美和は浄めの祈言を唱える。


「かの者の過ちを悟らせ、邪霊による穢れを祓い浄め、光明を授け給え。精神浄化カタルシス!」


 鏡人の美和の辺り一面に光の玉のような形をした高エネルギー体が浮き上がる。玉は結合して大きな光の塊と化し、扉の先に向かっていく。それを見送ると、鏡人の美和はその場に崩れるように倒れて吐血する。光の行方を見守る鏡人の美和。


「はぁっ……。上手く行ってくれっ!」



 三月二日。寝室は大きな光に包まれた。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 真っ暗な空間。意識は確かにそこに在る。

 夢か幻か。あるいは、これが死なのか。

 鏡人の遼太郎はその空間を漂い続ける。

 

 その時突然、頭上に鏡が現れ、光の人影がふっと目の前に現れる。

 見覚えのある顔に安心し、鏡人の遼太郎は役目を終えたと理解する。


「ようやく元に戻りましたね」


 鏡人の遼太郎は光の人影に微笑む。


「ええ、感謝しています。その一方で、貴方には辛い思いをさせました。申し訳ありません」


 光の影が頭を下げる。


「良いんですよ。実に幸福な最期でした」

「本当にありがとう。本来あるべき姿に戻って、彼らを見守り下さい」

「後は頼みますよ」


 鏡人の遼太郎は光の人影の肩に手を置く。

 

 光の人影が鏡を差し出すと、その中に鏡人の遼太郎は吸い込まれる。中に映っていたもう一人の像と一体化する。

 

 それを見届けた光の人影は、頭上の鏡にすっと吸い込まれ、その場から消え去る。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 ソフィアは遼太郎の話をひたすら聞いている。


「やったよ、ソフィア。フィギュアが鏡に映っている。現実に持って帰れるよ。これで大金が手に入る!」


 衣装チェック用の姿見に遼太郎はフィギュアを映して見せる。


「遼太郎様……」


 ソフィアは傍らでずっと下を向いている。


「あっそうだ。これを売ったお金で結婚式を挙げるためのウェディングドレスを買わなきゃ。あとはダイヤの結婚指輪もペアで買って。これで、何不自由ない幸せな生活が暮らせる!」

「……」

「きっと美和も喜んでくれる。やっと報われるんだ」

「遼太郎様っ! 目を覚ましてくださいましっ!」


 大声で。大粒の涙を流してソフィアは叫ぶ。


「ど、どうしたよ。ソフィア」

「よく見て下さいまし……。遼太郎様」


 はっとして遼太郎は辺りを見回す。先程までいたはずの、ソフィアの姿が消える。

 空間が歪んで変わる。



 見覚えのある部屋、和光市のアパートの一室。

 目の前には天井にある照明から吊り下げられた輪形状の紐と机。

 

 うずくまる鏡人の美和がその奥にいる。


「お、おい。美和そこで何を……」

「予定にない発言を感知。鏡人を連行、消滅致します」


 機械的なアナウンス。

 歪んだ空間が元に戻る。



「何だ? 今の」


 豪華な寝室に戻ったが、鏡人の美和は変わらずそこにいる。


「遼太郎。申し訳ないが、そのフィギュア、現実に送れなくなっちまったな」


 鏡人の美和は悲しそうな声色で口を開く。


「何故だ?」

「だって、受け取る相手がいないだろ?」

「は?」


 遼太郎は、鏡人の美和が可笑しくなったと思い、笑いだす。


「向こうに鏡人がいるじゃないか。何を言っているんだ?」

「本当に?」


 鏡人の美和が遼太郎に尋ねる。


「こちらをご覧くださいな。いい加減、空想で物を見るのもやめて下さいまし」


 ソフィアが小さく悲しみに満ちた声で、鏡を渡す。鏡人と『入れ替わり』をした鏡だ。

 遼太郎はそれを覗く。



「えっ……」


 遼太郎は言葉に詰まる。

 

 そこには、首を吊って人形のようになった『鏡人の遼太郎』と恐怖と絶望に飲まれ、気を失う美和の姿が映し出されている。


「本当が見えましたか?」


 ソフィアの一言で、一瞬にして景色が変わる。まるでテレビのチャンネルを変更したかのように。遼太郎の視界に飛び込んできた映像。それは、グレー色の景色だった。


 土砂降りの雨が降り続く中、辺りに瓦礫が転がり、屋敷の姿はどこにもない。

 遼太郎を含めたずぶ濡れの三人と、台本が二冊地面に転がっている。それ以外何もない景色に唖然とする。


「おかえりなさいませ、遼太郎様」


 ソフィアがつぶやく。


 なんだ、これは。

 お金を得る手段が手に入っていたはずだ。

 なのに――何ひとつ残っていない。


 頬に雨と雫が伝う。遼太郎は声が出ず、只々雨に打たれる。



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