表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神倉の秘術聖鏡(みくらのスペクルム)  作者: 夜明導燈 (よあけどうとう)
入れ替わり鏡編
14/25

第十四話 解析者


「は~‼ スッキリ~‼」

 成分摂取した彼女はとても活き活きとしている。その一方で、未だに片腕に抱き枕風のモフメット卿を抱きつつ、頭をモフモフと触っている。


「あ~、何だろう。お家帰りたい……」

「遼太郎様、しっかりするのですわ」


 ソフィアまで、慰めているように見せかけて、遼太郎の頭をモフモフ触る。


「おい、ソフィア。慰めるのか、弄るのか、どっちなんだ?」

「いえ、私は労わっておりますの」

「何をだ!」

「『髪を』ですわ」

「おい、コラ」


 遼太郎はソフィアをどつく。


「まぁまぁ、気持ち良いからってそんなにガッツくなって~!」


 イライラしていた鏡人の美和はどこに行ったのだろうという程、軽やかな表情で遼太郎を慰める。


「美和、お前に言われたくない」

「まぁ? 代わりに? 私が労わっても良いんだけど?」


 鏡人の美和は、まだ物足りないらしい。


「ダメです、美和様。このモフモフタイムは私の時間ですわ。癖になりますの」

「ずるい~。ソフィア~」

「はぁ、お家帰りたい……」


 モフメットに囲まれたおかげと言っていいのか、レトロの部屋の隙間風は感じなくなっていた。いや、寧ろ、熱苦しい。


 その後、二人に二時間ぐらいモフられた。その間、遼太郎はもみくちゃにされるがままだった。

 モフメット卿のモフみの話からアニメの話へと派生し、気づいたときにはモフメットのタロットカードの話題になっていた。


 鏡人の美和とソフィアのテンションがいつも以上に高い。

 鏡人の美和がハンドバッグに手を伸ばす。片手を中に突っ込むと、そこから勢いよく取り出す。


「じゃーん。モフメットタロット~!」

「出ましたわ~。モフメットタロットですわ!」


 何だ、この茶番はと、心の中で遼太郎は突っ込む。声を出す元気はもうない。


「これはね、勘のいい鏡人の美和ちゃんの言霊が込められた秘密道具なのだよ」


 鏡人の美和がモフメット卿風の声で解説する。


「洗いざらいですわ! ね、遼太郎様」

「え? 俺?」


 そうソフィアが言うと、遼太郎はソフィアの馬鹿力で引っ張り起こされる。


 と、同時に空間が変わる。辺りは真っ暗。テーブルに長いロウソクが二本。灯った状態で火がユラユラ揺れる。魔術というか、占いというか。何か儀式が始まるかのような空間に一瞬で転移していた。


「こ、ここは? 美和の家じゃないのか?」

「そうですわよ。美和様の家ですわ」


 ソフィアが真剣な顔で答える。先程までの、まったり感は何だったのだろうと思う程に。


「でも、さっきと全然違うような」

「お察しの通り、ここは私、鏡人の美和の言霊で作り出した空間よ!」


 テーブルの前に鏡人の美和は座り、遼太郎に語り掛ける。


「一体何でここに?」

「通過儀礼ですの。遼太郎様。油断させるため、美和様の犠牲になってもらいましたの」


 知らずの内に、二人の策略にはまっていた。


「おい、ソフィア! この犠牲は高いわよ!」


 鏡人の美和が叫ぶ。


「分かっていますわ。ご協力感謝ですわ」

「で、何? 通過儀礼?」


 遼太郎は何が起きるのかと、いても立ってもいられない気分になる。

 ソフィアは無理やり遼太郎を椅子に座らせ、


「そうですわ。これに拒否権はないですの」


 と言い、紐で縛りあげる。


「何だ? 何をするんだ?」


 動揺する遼太郎。


「じっとしていてくださいな。説明致しますわ」


 ソフィアは目を瞑り、口を開く。


「私もここに来た時、危うい存在でしたの。鏡界では心の歪みに付け込む霊が多くおりまして。暴走寸前の私を解析師アナライザーの美和様の力によって、除霊して貰ったのですわ」

「解析師? 鏡人の美和が?」


 訳の分からない話に遼太郎は混乱する。


「戸惑うのも無理ないですわ。現実で生じる感情・欲望は、鏡界に来ると『邪霊』の格好の餌ですの。その欲望や感情の元凶を見つけて暴走を防ぎ、諭すことで現実への影響を減らす役が解析師なのですわ」

「そうなのか?」


 遼太郎は鏡人の美和に尋ねる。


「ああそうだ」


 率直に答える鏡人の美和。


「美和様の言霊は強力ですの。その力を使って魂・心の状態を確認するのですわ」

「な、何で急に?」


 ソフィアが「騙すつもりはありませんの」と頭を下げる。


「お前から良くない色が見えたとソフィアに聞いて」

「はめたのか?」

「決してそんなことはありませんわ」


 ソフィアは叫ぶ。

 鏡人の美和も頭を下げる。


「ソフィアに悪気はない。本気で心配してこうなった」

「では何故こんな強引なやり方なのだ?」

「邪霊が暴れ出すことがありますの。それで」


 ソフィアは申し訳なさそうに、もじもじと指を弄る。


「では、早速見ていくわよ! 遼太郎!」

「えっ、ちょっ。これ、俺の全てがわかっちまうってことだろ?」


 鏡人の美和がジト目で遼太郎に尋問する。


「何よ。バレてマズいことがあるっていう訳?」

「いや、そういう訳じゃ……」


 遼太郎は目を反らす。


「ちなみに、美和様の能力は物や人に宿る色を基にして、空間や状況を見るという言霊と色霊の使い手ですの!」


 ソフィアが追加説明をする。


「要は?」

「要は、鏡界内なら『色霊』から全て読み取れるのですわ。過去も現在も!」

「や、やっぱダメ。」


 遼太郎は焦る。


「私だって、秘密がバレちゃったんだから。これでおあいこね」


 鏡人の美和がウィンクをする。


「だ、ダメだ。よせ! やめろ!」

「始めるわよ」


 鏡人の美和は問答無用で裏返しになったタロットカードをテーブルの上に広げる。目を瞑り、カードの上から両手をかざすと、鏡人の美和の身体が朱色に包まれた。気というのか、念というのか、わからない。が、どっと押し寄せるエネルギーの圧を感じ、遼太郎は身構える。


 彼女の髪は気迫で浮かび上がると共に、占いでよく見る陣形にカードが勝手に並ぶ。その中から一枚のカードが朱色に包まれて浮き上がった。言霊を発していない。意だけでその力を有する彼女の凄さは素人の遼太郎にも分かった。


「すぅー」


 目を瞑ったまま深く呼吸をして、鏡人の美和が右手でそれを掴み取ると、朱色が消えて気配が元に戻った。


「ど、どうですの?」


 ソフィアが心配そうに鏡人の美和を見る。表にして鏡人の美和がカードを見つめる。


「……。悪い予感が当たっていたみたい」


 そう、鏡人の美和がとても深刻な声色でつぶやく。


「遼太郎。お前の心、死んでいるわ」



「えっと、心が死んでいる? 何のことだか……」


 遼太郎は手に汗を握り、目線を合わせようとしない。


「ここにしっかりと出ている。死神のカードが」


 鏡人の美和はカードを指差して、結果を見せる。


「ほ、本当ですの? 美和様?」

「ソフィア、解析者の私が嘘を言ってどうするよ」

「ですけど、遼太郎様は喜怒哀楽もしっかりしておりますし、心が死んでいるようには見えませんですの……」


 鏡人の美和はテーブルに広げられたケルト十字のスプレットを順番に一枚ずつめくった。絵柄が反転したカードを見る度、鏡人の美和の表情が曇る。


「最終結果は死神。問題の焦点は魔術師の逆位置で、障害が月の逆位置。現状の認識は、愚者の逆位置。過去は吊るされた人」

「そ、それって? 何を示していますの?」

「要は『偽善者』ってことかな? それがバレて、本人は今焦っているが、改善しようとは思っていない。自分の心をも誤魔化している内に、本心すらわからなくなって雁字搦めになって、本心が死んでいる状態とでも言うのか。結果、心を改めて考え直せと出ている。そして、潜在意識を示すカードがペンタクルの四、逆位置と出ている」

「つまり?」


 ソフィアは息を詰める。


「ズバリ、お金への執着、強欲」

「お、お金ですの?」

「うん、間違いないね。えっと、未来は運命の輪で、それに対する姿勢は悪魔。周囲の反応は審判。問題に対する願望はソードの八といった感じかしら」

「分かりやすく教えてほしいですわ」


 鏡人の美和は頷いて、答える。


「周りは改善してほしいと思っていて、本人は良くしたくても身動きが取れない、強欲に流されることで不吉になるかな? でも、運命の輪が出ているから、それもまた意味があるのかも……。でも、この状況は」

「良くはないですわね」


 二人は目を合わせると遼太郎の方を見る。遼太郎は下を向いたまま顔を上げない。


「りょ、遼太郎様? これは、本当ですの?」


 ソフィアが心配して声をかける。が、彼からは返事がない。


「おい、何か言えよ。もうわかっちまっているんだ。今更隠してもどうにもならないぞ」


 鏡人の美和が勢い余って胸座を掴む。


「およしなさい! 美和様!」

「ちっ」


 服を掴んでいた手を払うように除ける。


 その時だった。遼太郎のスマホが振動する。遼太郎は虚ろな目でスマホを見る。

 着信履歴と留守番伝言メモ一件。公衆電話からの着信。電波を見ると、圏外ではなく入っている。

 遼太郎は伝言メモを再生し、スマホに耳を当てる。声から鏡人の遼太郎からだと察する。


「俺だ。いやぁ~凄く楽しませてもらったよ。で、突然だけどさ、そろそろ終わりにしようと思ってね。彼女には手を加えないし、もう遼ちゃんは自由だ。鏡界はどうだったかな? 多少は豪華な暮らしできたかな? 現実に戻っても精々頑張ってくれ。後で鏡を使って呼ぶよ。満喫していて応答できなかったらごめんな。じゃあなー」


 ふんと、遼太郎は鼻で笑う。



「ふざけるな」



 遼太郎がボソッとつぶやくと、遼太郎の身から黒いオーラが漂う。

 鏡人の美和の額に汗が流れる。


「おい、何だったんだ。今の電話は」

「……」


 遼太郎からの返事はない。遼太郎の目が血走っている。


「これはヤバいぞ、ソフィア。この状態の人を私はかつて見たことがある。これは爆発の兆候だ」

「何ですって⁉」


 ソフィアは取り乱す。


解析アナライズをしたことが、却って裏目に出てしまったらしい。このままだと遼太郎は邪霊に操られ欲望のまま暴走するぞ」

「どうにかなりませんの?」

「邪霊が彼の身体の自由を奪って、抵抗している状態だ。手遅れだ」

「そ、そんな……」


 ショックを受け、ソフィアはその場に崩れ落ちる。


「早く。逃げるぞ、ソフィア」


 鏡人の美和はソフィアの手とハンドバッグを掴み、アパートの外に飛び出す。

 二人がアパートから出て間もなく、爆音と共に黒い煙が部屋から溢れ出る。窓ガラスが割れ、破片が飛び散る。目と耳を塞ぎ、衝撃から身を守るためにうずくまる二人。


 周りの人が何事かと駆け寄り、ボヤ騒ぎになる。爆発が収まって目を開け、立ち上がる。

 ガヤガヤと騒ぐ声がする。焦げた匂いが漂う。


「こりゃ、ひどい」


 鏡人の美和が唖然としてその場に立ち尽くす。


「遼太郎様は、大丈夫ですの? ご主人様にお守りする様にと、お言付けを承っておりますのに。私は守れなかったですの」


 ソフィアがひたひたと涙を流す。


「まだ終わっていないぞ、ソフィア」


 鏡人の美和は忠告する。


 と、背後からヒヤッと冷たい空気を感じ、鏡人の美和は振り返る。

 

 そこに真っ黒な煤を被り、只ならぬ気を放った遼太郎が無言で立っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ