魔封管
「次、ゴブリンが出てきたら僕に任せて欲しいんだけど、いいかな」
「む? なんじゃ。……そんなに見せ場を取られたのが悔しかったのか?」
楓がやれやれ、しょうがないやつじゃな、と溜息をつく。
「違うよ! 確かにさっきは禄に活躍してないけれど! 買ってきた魔法道具を使ってみたいんだよ。魔法を習得することがあるらしい」
ミリアが申し訳なさそうに「私なんて見ていただけで終わってしまいました」と僕の抗議に続く。
ゴブリンだって殆ど見ていただけで死んだのだから、気にするのはやめにしよう。
「なるほど、そんなことで覚えられるのか! では、妾も使えるようになるかの!?」
楓はキラキラした好奇心を表に出してきた。
「稀に覚えるって話だから期待はしないほうがいいかもしれないよ? まぁでも、ファンタジー世界といえば魔法っ! 使ってみたいという気持ちはわかるよ」
「うむ! ワクワクなのじゃ!」
「まぁ、僕は気が付いたときには『ステータス表示』と『自動翻訳』の魔法を習得していたから、初の魔法というわけじゃないけど……。まぁ、楓もミリヤと会話が成立している所をみると、デフォルトの魔法みたいだし、ノーカンだよね!」
「ん? 妾のは翻訳魔法とやらではないぞ。話しているように見せているだけじゃよ」
「え? どういうこと?」
「妾たち妖魔の類は、生き物の発した”畏れ”や”好奇心”といった念と、魔素や瘴気が結びついて実体化したものじゃ。その起源からして他者の思念を読み取れるし、逆に相手へ伝えることもできる」
楓は「だがしかし」と、更に説明を続ける。
「妾ならば『狐が喋れば怖い(面白い)』という想像から産まれたのだから、言葉を発するという行為を行わないという事は、存在の前提を失うのと同義じゃ。妾にとって話してみせることは、自分の存在を消さないための防衛本能なのじゃ」
なるほど……つまりは――
「会話はパフォーマンスで、本当は口パクしているってことだね?」
「おい!! もっとオブラートに包め! そこいらのあいどると一緒にするでない!」
楓がぽかぽかと僕の胸を叩いくる。
お主もアイドルが口パクをしているような発言をやめるのじゃ!
「――でも、この世界では人間以外が言葉を話す事は珍しくもないって感じだし、存在が薄くなってしまいそうだけど、大丈夫なの?」
「そうですね。狐人族が話すのは普通のことだと思いますよ」
と、ミリアがこちらの常識を裏付けしてくれた。
「いや、逆じゃ。地球じゃ半信半疑だからこそ、存在が曖昧でフィクション的な扱いをされておるのじゃ。確信して『存在する』と認知されれば、我らはより確かな実体を持つことになるじゃろうな」
楓の説明を信じないわけじゃないけど、今一ピンとこない。
SFみたいに、僕とは異なる世界線から呼び出されたとか?
――いや、その考え方は良くないか。
異世界の諸々を現実と認めている時点で、楓が話す地球の不思議を否定することは、僕にはもうできないのだ。
「地球に居た時は、妖怪が実在するなんて知らなかったよ」
楓の話を素直に受け入れることにした。
「ぷははっ、そのようじゃの! あちらでは、それが人にとっての常識じゃったからな。――それより、そろそろ進んだ方がいいんじゃないかの?」
は! そうだった。
地球人にとっては衝撃の裏話に、随分と話し込んでしまっていたようだ。
そして僕は地球人以上に理解しづらい内容を、ミリアが真剣に聞き入っていたことに驚いた。
置いてきぼりにして、ごめんよ!
◇
探索を再開して程なくして、また僕らはゴブリンと遭遇した。
相変わらずゴブリンはミリアを見つけると「ギィヒヒィ……!」と視線で舐め回す。
目があってしまったミリアは、ぞわぞわと身震いをさせた。
「こっちを向け!」
僕は『挑発』でミリアをセクハラから助け出すと、あるものを取り出す。
アイテム屋で買った「麻痺の魔封管」と呼ばれるものだ。
見た目はクリスタルのような形状だが、表面はガラスのように薄く、内側は空洞になっている。
密封された空洞の部分を覗き込むと、バチバチと青白い光が見えた。
これには、微弱な紫電と麻痺付与の魔法が込められている。
雷と麻痺は重複した効果に思えるけれど、麻痺付与の方は麻酔のような感覚遮断の効果らしい。
この魔封管を投げつけて割れば、開放された紫電が体中に麻痺の効果を届けるのだ。
僕はゴブリンに避けられないように、片足を槍で貫いてから魔封管を投げつける。
パリンッ!
「ギ、ギ、ギァァ、ァァ……」
ゴブリンが感電したようにビクンビクンッと痙攣した。
効果は覿面だ。
> スキル「黒魔法」を習得しました。
> 魔法「紫電」を習得しました。
> 魔法「麻痺付与」を習得しました。
> ジョブ「黒魔道士」を取得しました。
うわ! あっさり覚えた。
僕はゴブリンが麻痺している間に、ステータス画面から補助ジョブを黒魔道士に変更する。
「シンジさん、覚えましたか?!」
「う、うん。紫電と麻痺の両方を覚えたよ」
「え!? さすが、シンジさんです!」
そりゃ、驚くよね。
正直、僕だって戸惑っている。
「見てて、『紫電』!」
すると、僕の掌から文字通り紫色の電が敵に向かって迸る。
「グギャァア……!ァ……」
既に血を流し過ぎていた上に、魔法の直撃を受けた痴漢は力尽きた。
「本当に覚えたんですね! こうもあっさり習得されてしまわれると、同じ後衛として複雑です……」
「いやいや、規格外の楓を呼べる式神召喚も大概だからね!」
落ち込むミリアにフォローのつもりはなく、本気で思っていることを伝えた。
「そうじゃ! 妾を使役できる姫を超える存在なぞ、この世にはおらん!」
この世を知るほど、異世界に来てから経ってないよね!?
まぁ、確かにパーティ中で最強なのは楓だけど。
「――ところで、シンジよ。次は妾も試させてほしいのじゃが」
「わ、わたしも試してみたいです!」
ミリアは陰陽師だから、もう他のジョブの魔法は覚えないんじゃないの!?
まぁ、ここまであっさりとは思ってなかったし、魔封管も少し余っている。
やるだけやってみてもいいかもね。
◇
あれから彼女たちはゴブリンに何度か魔封管を投げつけるが、結局魔法を覚えることはできなかった。
「妾も紫のビビッをしたっかたのじゃ……」
よほど紫電を使いたかったようで、狐耳が萎れてしまった。
「まぁ、楓は近接格闘が強いし、別にいいじゃない」
「だが……まぁ、そうじゃの。それに妾が得意なのは、――とまれ! 今度は」
楓が言うよりも早くガコリという音と共に、右手の壁の隠し扉からゴブリンが目の前に飛び出してきたのだ。
「「ギィヒヒィ……!」」
「クフフッ……」
一匹、見慣れないやつが居る!
赤子のような見た目でクフフ、と不気味に笑うソイツには、蝙蝠のような翼が生えており"小悪魔"といった容姿だ。
「インプですね! シンジさん、インプは魔法を使うので気をつけてください!」
「了解! さぁ、こい!」
僕は『挑発』でインプのタゲを取り、ゴブリン一匹に麻痺付与を使って行動不能にする。
しかし、僕の手札が足りず、
「あ、くそ……!」
「きゃぁっ!」
残ったゴブリンがミリアの方へ走り出してしまった。
「任せるのじゃ! そしてシンジ、躱せよ!」
「へ?」
楓が何かやろうとしているのは言葉から理解できたが、彼女のやることは予想がつかない。
……なんだか、とても嫌な予感がする。
何が起きても対処できるように、楓の一挙一動に意識を向けた。
一応、『心眼』も発動しておく。
楓が「すう~っ」と大きく息を吸うと、顔に歌舞伎の隈取ような線が両頬に三本づつ描かれる。
僕の『心眼』が、この後の展開を映し出していた。
あ! これヤバいやつだ!
どうする? 逃げ場がない!!
――っ上か!
僕は咄嗟に槍を天井へ投げ刺し、柄に飛びついて必死によじ登る。
次の瞬間、僕の真下を
ゴォオオオオオッォォッ!
と、楓の口から吹き出された火炎が、通路横幅一杯に広がり通り過ぎる。
「あ、あぶねぇ!」
過去最大の危機に僕は思わず叫んだ。
火炎の通った後には、黒焦げのインプとゴブリンがプスプスと転がる。
「ぷははっ! これこそ我が仙術『鳳仙花』じゃ! 妾は火炎の術が得意なのじゃ!」
楓が仁王立ちでドヤッと技名を宣言する。
僕は危機が去ったことを確認して、槍を引き抜き通路に降りた。
「もう、楓ちゃん!! すごいけど、もうちょっと加減をしてほしいか……な? ――あれ、れ?」
ミリアはどさりと腰を落とした。
「ミ、ミリア大丈夫、か……? ――ぼ、僕も!?」
ミリアに続き、僕も突然の目眩に倒れ込んだ。
「む? どうしたのじゃ!?」
この事態の犯人が狼狽える。
「い、一酸化炭素中毒……か、な? ちょっと待ってね……」
僕とミリアは深呼吸をして、脳に酸素が行き渡るように努める。
――ふぅ、なんとか気分が良くなってきた。
青かったミリアの顔色も少しは元に戻ってきているようだ。
「狭い所で火を使うと有毒なガスが発生するんだよ。ダンジョンは空気の逃げ場が少ないから気をつけないとね」
「す、すまん! 知らなんだ……。次からは自重するのじゃ……」
楓は自分の決め技が思わぬ失敗を招き、耳と尻尾がしゅんっと落ち込んでしまった。
「いや、いいよ。次から使う場所は気をつけよう。僕も倒れるまで考えもしなかったよ」
まぁ、火炎放射から逃げるのに精一杯で、僕に考える余裕があったかは自信がないけど。
とはいえ、そもそも人間と妖怪では体の作りが違うのだから、楓の知識になくてもしょうがない。
少し可哀想かと思って、僕はフォローを入れた。
ミリアも「次から気をつけようね」と楓の頭を撫でた。
その甲斐もあって、楓は調子を取り戻す。
――ふと倒したはずのインプ達を見渡すが、何処にも見当たらない。
「あれ? 倒した魔物がいない?」
「本当じゃ! いつの間に消えたのじゃ?」
「多分、ダンジョンが死体を吸収したのだと思います。ダンジョンは周期的に死体や老廃物、装備といった物を取り込んで綺麗にするそうです」
と、説明してくれたミリアは完全に復調したようで、顔色が随分と良くなっていた。
「吸収した魔物を再利用に使うのかな? 不思議な仕組みだね」
楓はふむぅと頷き、そして彼女が今抱えている懸念を僕らに投げかける。
「しかし、火炎がダメとなると3匹までなら妾が余った1匹を持てばよいが、4匹以上じゃと心もたんの」
「確かに……」
麻痺の魔封管があれば麻痺付与のクールタイム中に使えるけれど、あくまで消耗品だから限りがある。
「そうじゃ! 姫よ。まだ式神を呼ぶ余裕はあるかの? 空きがあるのであれば、妾の知己に足止めが得意なものがおるから呼び出そうぞ」
「うん? たぶん、大丈夫だよ。ステータスに”式神召喚 (1/2)”って表示されているから、残り1枠分は召喚できるみたい。……でも、相手を選んで呼ぶことなんてできるの?」
「うむ! それは妾が儀式陣を通じて、誘導すれば問題ないのじゃ!」
今の所、ゴブリンは遠距離攻撃をしてこないみたいだから、足止めできるのならば順番に倒していけばいいし、なかなかの妙案に思えた。
あとは魔法型のインプだけを注意すればいいかな。
「いいわ、分かった。 ――それじゃあ、楓ちゃん。使うよ?」
宿屋で見た五芒星の陣が石畳の上に描かれる。
「『式神召喚』!」
光る陣に楓が干渉しているのか、五芒星の色が橙色から鮮やかな青に変わる。
そして術の構築が完了し、視界の全てが白一面に染まった――
儀式特有の光が収まり――
「むぅ!? ここは……?? どこなの、です?」
陣の上で、楓と同じ妖狐の少女がおろおろとしていた。
同族に見える二人の背丈は全く同じ、しかし楓の髪はオレンジ色のサイドが長めのシニヨンで、彼女は水色の可愛いショートボブとオシャレへの嗜好は異なるようだ。
「ぷははっ! 驚いたか!?」
「ねね様っ!? これはどういうことなの、です!」
楓は”誘導する”って言ってなかったっけ?
導くというより「ドッキリ大成功!」みたいな流れになっているけど、気のせいだろうか。
「お前の力を借りたくて呼び出したのじゃ! あと面白半分じゃ」
後半が本音じゃないだろうな!?
ついさっき、調子に乗って怒られたばかりだろう!
楓が僕からの非難の視線に気が付き、「うっ」と動揺の声を漏らした。
「楓ちゃん……?」
と、ミリアの声も責めるような音色になりつつあった。
「ち、違うのじゃ! こやつは妾の妹分の涼じゃ。まだ野狐じゃが、氷の術が使える。足止めには十分じゃろうて」
「……また、ねね様はわたしに意地悪を……」
涼と紹介された少女は、楓の何が違うのかわからないセルフフォローを無視して、よよっとしてみせる。
「これ! 妾を悪者扱いするでない! かまってもらって嬉しいくせに!」
「そんなことは、ありません!」
ふんすと言い返した涼の尾は、ぶんぶんと横に揺れていた。
楓に自分の性格を理解して貰えていることが嬉しい、ということだろうか?
なんにせよ、彼女たちの尻尾は嘘をつけないご様子。
「……それで、どういうことなの、です?」
――僕たちは涼にここが異世界のダンジョン内であること、陰陽師のミリアが召喚をしたこと。
そして、探索に力を貸してほしいことを伝えた。
「なるほど、です。どおりで体の調子がいいと思いました」
「そうじゃろ! この世界は魔素が多いからの! 悪い事ばかりじゃなかろうよ」
涼は「快適、です」と呟き、小さく頷いた。
「ところで野狐ってなにかな? 楓ちゃんとは違うのかしら?」
ミリアは、僕も気になったことを尋ねた。
「あ! 改めまして、姫様。わたしは野狐の涼といいます」
涼がぺこりとミリアにお辞儀して続ける。
「ねね様は仙狐といいまして、仙術を習得した妖狐、です。わたしはまだ見習いで、修行の身の者を野狐と呼ぶのです」
涼は快活な楓と正反対で、ほんのり舌足らずのようだ。
ミリアは妖狐達からの呼び名に慣れていないようで、説明の内容より「姫」という単語に意識を取られていたようだった。
すると涼は、頬を赤く染めたミリアをじっと見つめて、
「姫様は東方、秋の司のようです。では先程のは、ねね様が捻じ曲げたのですか……」
姉分にジト目を向け、「本当に無茶苦茶です」とぼやいた。
「東? 秋のつかさ??」
ミリアはこてりと首を傾げる。
「はい。式神は術者が持つ"方位"と"季節"の二属性のうち、どれかに一致した者を使役できます。わたしは北と冬に属していますから、本来であれば姫はわたしを呼べないはずです」
「ちなみに妾は南方の秋じゃ! 姫とは秋で一致じゃの」
お決まりのドヤッ顔だ。
「南方は火を得意としますが、南と秋、それぞれが持つ性格は楽と怒で――あいたっ!」
「余計なお世話じゃ!」
からかわれた楓が怒りながら涼を小突いた。
「あははっ、その様子じゃ性格占いは当たっているみたいだよ」
と、僕の笑いながらの指摘に、楓から「ぐぅっ……!」と音が出たのだった。
――しかし、こうして並ぶと姉妹にしか見えないね。
僕とミリアは難しい説明にやや置いてきぼりだったが、幼女たちの掛け合いに和んだ。
そして、新しい仲間の涼を迎えた僕たちは、改めてダンジョンの奥地へと進む。
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