ダンジョン探査の調査?
式神召喚はそれなりに魔力を使うらしく、ミリアが疲労のせいかメトロノームのように揺れ始めたので、そこで楓のお披露目会はお開きとなった。
――翌朝になり、僕は朝食を摂りに下の酒場へ向う。
「おはようございます!」
「良い朝じゃの!」
声がした方を向くと、ミリアと楓が手を振っているのが見えた。
僕も彼女たちが座るテーブルにお邪魔することにした。
「おはよう! 二人ともよく眠れた?」
「はい! ぐっすりでした」
「妾は暇じゃったし、街の中をふらふらしておったぞ!」
楓が何故か自慢げに小さい胸を張る。
夜も更けていたけれど、興味を惹くものでもあったのかな?
「……そういえば、楓は式神の開放?みたいなので、地球に帰ったりしないの?」
「一応、『式神開放』というスキルがあって、使えば戻せるらしいのですが……」
ミリアが苦笑を浮かべて、困った娘を見るような視線を楓に送った。
「いやじゃ!! まだ帰りたくないのじゃ! こんな面白い状況、滅多にお目にかかれん。楽しまなきゃ損なのじゃ!」
楓は顔を横にぶんぶんと振りながら訴える。
なるほど……僕はミリアの表情の理由を悟った。
しかし、僕も召喚者とは行動をともにせず自由奔放に楽しんじゃっているし、似たようなものだからな~。
僕には棚上げして同郷の同類を非難できそうになかった。
「……ミリアが楓の存在を維持するのに疲労とかがなければいい、のかな?」
「そうですね――式神には召喚時点で魔力を使うようで、継続的に消費されたりはしないようです」
僕とミリアは、自分に有利な方へ議題が進みつつある楓を見つめる。
「異世界は魔素が濃いからの。大気中から取り込めば、自前で顕現できるのじゃよ!」
楓は自身の要求に王手をかけた。
手に入れた玩具を手放す気はないらしい。
「まぁ、僕はいいんじゃないかと思うよ。外見は普通の獣人みたいだし、悪目立ちすることもないんじゃないかな」
「本当ですか!? よかったね、楓ちゃん!」
え!? 僕の判断待ちだったの?
なんだか、ペットを飼うときの父親みたいになっているんだけど!
「楓ちゃんは可愛いですし、私がちゃんとお世話します!」
いよいよペット扱いになっているけどいいのだろうか?
怒るんじゃないの!?
僕はミリアの発言に少し心配になり楓の方へ視線を送る。
「やったのじゃ!! 可愛いは正義!」
楓は手をわしゃわしゃとして喜んだ。
それは、自分で言っちゃダメなやつじゃないかな!?
確かに可愛いんだけどさ!
まぁ、当人は満更でもないようだしいいか。
「それで、その……。シンジさん」
「うん? どうしたの?」
「よかったら、今日もまたパーティーを組んでくれませんか?」
なんだ、そんなことか。
「勿論だよ! 僕の方からもぜひ頼むよ」
「やった!」
ミリアは花開くような笑顔を僕に向ける。
――ま、眩しい!
なんて爽やかな朝の木漏れ日なのだろうか!
しかし、また組もうと思ってくれたことがとても嬉しい。
僕のこの気持ちもミリアに伝えるために笑顔を返してみせた。
◇
そして、僕たちは依頼を受けるべくギルドに向かった。
昨日と同じ時間だが、既に山形弁の猫男は受付に座っていた。
「おや、今日は二人で依頼を受けに来たのかニャ? 仲良くなれたようでよかったニャ~! それに……、なんか増えてるかニャ?」
受付の男性は、楓の方を見つめる。
「ええ、ちょっとしたことで知り合いまして、今日は彼女も合わせて3人で依頼をしたいと思っています。ギルド登録はしないのですが、同行させても大丈夫でしょうか?」
ギルドに来る前に話し合った内容を伝える。
楓の容姿は獣人だが中身は全くの別物のため、ギルドカードの採番時に何が起きるか予想できないので、登録は暫くやめておこうという結論に至ったのだ。
「別に問題ないニャ~。しかし、可愛いお嬢ちゃんだニャ~。僕の名前はミーオ、よろしくだニャ」
楓の見た目が同族に近いせいか、猫男はデレデレである。
そして、僕はここで初めて彼の名前を知った。
そういえば、昨日は聞きそびれていたな。
しかし、名前まで可愛らしいとは……。
本当に男であることが残念だ!
話しかけられた楓はミーオを見て、
「なんと面妖な! まるで化け猫じゃ……! しかし、妖魔と違い本当に生きているとはな」
などと、失礼なことを呟く。
僕は楓の頭を小突いた。
楓さん? 面妖の字面を知ってますか?
ミリアが保護者としての責任を感じたのか、「ごめんなさい」と一言謝り依頼について尋ねる。
「それでミーオさん。また、一角兎とか討伐の依頼はありますか?」
ところが、ミーオが答える間も無く再び楓が口を挟む。
「いやじゃ! いやじゃ! 兎狩りなんぞつまらん。もっと楽しいやつを頼む!」
おい! これ以上の罪を重ねるのはよせ!!
ミリアさんが駄々っ子に雷を落とす直前ですよ!
「だはは……。とはいえ、兎の依頼は君たちが大量に倒しちゃったから今はないニャ。でも、昨日の実績を加味して特務依頼なら出せるのニャ」
なに特務依頼って!
かっこいいんだけど!!
僕はミーオに訊く。
「内容はどういったものでしょうか?」
「最近、アウルローのダンジョンからゴブリンやインプが出て来て、近隣の街にちょっかいを出す被害が増えているニャ。それで、ダンジョンに異変がないかの調査任務があるのニャ」
ほぉ、ダンジョンとかもあるんだね。
興味はあるけど、なんだか危険な臭いがする……。
「では、私たちはアウルローに状況の調査へいけばいいのですか……?」
ミリアも怖いのか、おずおずと質問する。
「そうニャ。でも、安心していいニャ。昨日、C級の冒険者が先発で向かった後だから、敵の遭遇確率はぐっと低いニャ。君たちへの依頼内容はC級冒険者の後を追って、彼らが問題なくダンジョンを探査できているかの調査ニャ」
どういうことだろう?
僕には何のための依頼なのか今一理解できない。
ミーオは説明を続ける。
「君たちは先発隊の安否確認と、無事に調査が進んでいることを確認しにいく。その途中で先発隊に何があったとしても助けようとか余計なことは考えなくていいニャ。直ぐにギルドへ戻って、状況を報告することが依頼内容だニャ」
なるほど、僕たちは先発隊に”何も起きていない”ことを確認しにいけばいいんだね。
それにミーアさんの言う通り、先発隊が通った後なら危険は少ないだろう。
特務依頼というのはギルド”から”の直接依頼といった位置づけか。
僕はミーアと楓の顔を伺い問題ないかを確認した。
――大丈夫そうだね。
「わかりました。その依頼を受けさせてください!」
依頼内容は楓の琴線に触れたのか、満足しているご様子だ。
「おっけーニャ! 一応、警告しておくけど、いくら先発隊が通ったからといって、全く魔物に遭遇しないわけじゃないからニャ! だからこそ、冒険者への依頼なのニャ」
「わかりました。心配してくれてありがとうございます」
僕たちはミーオにお辞儀して受付から離れる。
「ダンジョン探索とは……、面白いことになってきたの!」
楓が尻尾をぶんぶんと振りつつ言った。
子供か!
まぁ、僕も楽しみなんだけどね!
冒険感漂う”ダンジョン”というキーワードに、心躍らないわけがない。
ギルドを後にしようと出口へ向かおうとした時、テーブルにいた冒険者たちの視線に気が付く。
男2人のパーティのようだ。
なにやら、ひそひそ声で会話をしている。
僕は少し気になったので会話に耳を傾けた。
「おい、ミリアちゃんじゃねぇか。相変わらず可愛いねぇ」
「一緒にいる男のことを聞いたか? ……無職らしい」
へ? なんで僕が無職なことを知っているの?
……昨日の酒場で、ミリアと話していた内容を聞かれたのかな。
ミリアの事といい、ちょっと冒険者は噂話が好き過ぎじゃないのか!?
男たちの会話は続く。
「は? 無職だぁ?」
「ああ、いくらミリアちゃんが死靈術死つってもよ。いたいけな少女にたかるなんて、とんでもねぇクズだ」
「あのヒモやろう!! 許せねぇ!」
ミリアの隠れファンらしい男は、僕を睨みつけてくる。
おい、ヒモってなんだよ!
ちゃんと昨日の夕食も、宿代も実費ですからね!?
僕は、理不尽な会話の内容に憤慨する。
……はっ! でも、待てよ。
ヒモ男というのは世間的には忌避されている。
しかし、自身の本音を覗いて欲しい。
本当に?
ヒモにはなりたくない?
きっと大概の男は言葉では、「ヒモ男は最低だ」と言う。
でも、実際は美女・美少女のヒモになれたらと憧れているものなのだ!
新たに付いたヒモ男の称号に、僕なりに前向きな折り合いをつけてギルドを後にした。
――悔しくなんて、ないんだからね!
◇
僕たちは街で回復薬や食料と、魔法道具を購入した。
昨晩、ミリアから聞いたアイテムを用いた魔法の習得を試すためだ。
そして、準備を終えた僕たちは依頼を受けたダンジョンへと向かったのだった――。
到着するまで、僕はダンジョンを洞窟のような場所なのかと予想していたが、実際に着いてみると石造りの廊下に蝋燭の照明が設置されており、どちらかというと遺跡に近いものだった。
また、通路の幅は広く、3人くらいは並んで歩ける。
「思ったより人工的だね」
「そうですね。私も初めてダンジョンに来ましたが、ここまで建築物めいたものだとは思いませんでした」
僕とミリアは呆気にとられる。
「でも、ここまで人意的な作りだと、罠が仕掛けられていそうで怖いな」
「それなら大丈夫じゃ。確かに罠はあるようじゃが、妾が気付ける。空間の把握や気配の感知は得意じゃからな!」
「そうなの? 楓ちゃん、すごいわ!」
楓は小さい胸を張った。
そういえば、召喚されたときも直ぐに異世界の違和感を感じ取っていたっけ。
どういう理屈かはわからないけど、楓が自信ありげだし任ておこう。
僕らは、ダンジョンの奥へと歩みを進める。
「おい! そこに落とし穴があるぞ。気をつけるのじゃ」
楓はさっそく罠を発見したらしい。
僕は指摘された場所を避けてから、落ちていた石を投げ込んでみた。
ガコンッ!
瞬間、床がパクリと開く。
「ふ、ふぇ……、本当に落とし穴ですね。底が全然見えません……」
ミリアは真っ青になりながら、落とし穴を覗く
「ぷははっ、これで妾の言うことを信じたじゃろ!」
「う、うん、本当に楓がいてくれて助かるよ」
楓様マジ神様!
僕とミリアだけだったら、ここでゲームオーバーだったと思う。
ダンジョン内は基本的に一方通行の単純な作りになっていたが、足を進めてから暫くして、初めての曲がり角に差し掛かった。
「……待て、何かおるぞ。構えよ!」
楓は僕たちを小さい手で静止させ、警告した。
すると、左側通路からひたひたとした足音が聞こえ、子供が躍り出てきた。
しかし、子供というには醜悪な老婆のような顔だ。
身なりは腰布と片手棍棒という原始的なものだ。
そして、相手はすきっ歯の間から唾液を垂らしながら「ギヒヒィッ」と笑う。
「ゴ、ゴブリンですね……! わ、私の方を見ていませんか……?」
ミリアに向けられた下卑た笑みは、ゴブリンが人族の女性を襲うという設定が、この世界でも適応されることを証明していた。
「させないよ!」
僕は走りだし、ゴブリンに『挑発』を入れる。
接近すると棍棒を振り下ろしてくるが、事前に発動した『心眼』で回避する。
攻撃速度は一角兎と大差がない。
これなら余裕かな?
僕が相手の力量を分析していると、
ドカッ!
と鈍い音とともに目前のゴブリンが吹っ飛んだ。
その勢いのままべチャリと壁に打ち付けられる。
ふと横を見ると、右足を上げてドヤ顔の幼女が見えた。
「ぷははっ、なんじゃ他愛ないの!」
どうやら、楓が蹴っ飛ばしたようだった。
ゴブリンの顔は潰れ、腕や脚が目を背けたくなる方向に曲がっていた。
ほぼ、即死だったようだ。
「か、楓ちゃん、強い!」
ミリアが驚きの声を上げる。
「どういう脚力なの。強烈過ぎるんだけど!」
「生き物とは作りが違うからの!! もっと褒めてもいいんじゃよ!」
何でもありだな、この妖狐!
しかし、この強さと万能さはとても頼りになるね。
「本当に凄いよ、楓!」
僕は、腰に手を当てて胸をはる楓の頭を撫でた。
「ぬ? そ、そういう子供をあやすような真似はやめるのじゃ!」
楓は子供扱いに怒ってみせたが、言葉と裏腹に尻尾はふりふりしていた。
(褒められ慣れていないのかな?)
楓の思わぬ弱点に、僕とミリアはほっこりしつつダンジョンを進んだ。