手慣れた紙人形
ミリアは式神召喚のために紙人形を作り始めた。
「へぇ、初めてとは思えないね。凄い手際だ」
「ええ、自分でもびっくりしています! スキルを覚えた時に、作り方も頭の中へ伝わってきたのです」
どういう感覚なんだろう。
忘れていたことを、突然思い出すような感じになるのかな?
僕も魔法を習得して体験してみたいな。
「それでは、始めます! ……『式神召喚』!!」
ミリアが宣言すると、橙色をした五芒星の陣が床に描かれ、風が吹くわけでもないのにミリアの髪がゆらゆらと揺れる。
魔力の本流が噴き上がり、地球の力学には存在しない事象が目の前で起きる。
そして、僕たちがここへ来る前に、バスを包んだ光と同種のそれが部屋を満たした。
―――
――
―
白くて知覚できなかった部屋が、徐々に落ち着きを取り戻す。
すると、そこにはオレンジ色の……毛玉が、
「……ぬあっ! 何じゃ!?」
では、なかった。
最初は丸まっていたが、声を上げたのは女の子だった。
彼女がむくりと起き上がると、そのおしりには長いもふっとしたオレンジ色の尻尾が付いていた。
喋り方に貫禄はあるが、背丈は僕らの腰ほどもない幼女だ。
尾と同色の髪。
頭には三角形の耳がくるくるとしきりに動いている。
「わぁ、可愛いいです! 獣人の女の子ですね!! 式神には普通の人間が憑くこともあるのですね」
ミリアは胸の前で指先を合わせて嬉んだ。
「……式神じゃと……? さっきまで寝てたのじゃが……。パスの繋がりから察するに、呼び出したのはそこの娘かの」
ミリアは頷き、「寝ていたのに、ごめんね」と謝った。
「……まぁ、良い。初めてでもない。あと、ひとつ訂正するが、妾は人の種ではないぞ」
「「えっ?」」
僕とミリアは、どういうことかと声に出す。
「妾は妖狐じゃ、人の種どころか生き物でもないぞ。流行りのコスプレという奴でもない。ホレッ! ちゃんと自前のものじゃ! よく見るのじゃ!!」
幼女は自慢げに、尻尾をふりふりとしてみせた。
「流行りに疎くて……、こすぷれってなんでしょう? 狐人族とは違うんですね」
「はて、狐人族??」
会話の噛み合わない二人。
勿論、僕も全く状況がつかめていない。
「しかし、随分と魔素の濃い場所じゃな。流石の妾も、これほどの濃度は知らん。……なるほど、異界か? それにしては広いな」
俊敏に幼女の耳が四方八方へと向き直る。
――コスプレに、妖狐か……。
僕はもしやと思い、質問を投げかける。
「キミはどこから来たのかな?」
「……最後にいたのは京都、比叡山におったよ」
やっぱり。
「……ここは日本じゃないよ。日本どころか地球上のどこでもない。異世界だ」
「へ?」
突然の告白に、呆然とする妖狐。
「…………異界どころか、異世界そのものか。じゃが、そちらの方が状況はしっくりくるのう」
間違いない。
摂理の異なる広大な異界って、つまりは異世界だしね。
「シンジさん、異世界ってどういうことでしょうか?」
ミリアが僕らの納得についていけず、尋ねてきた。
まぁ、当たり前だよね。
もうここまで来たら、僕のことも合わせて話すしかないかな。
僕は、自分が異世界からの転移者であること、妖狐と僕らの世界について話した。
「――驚きました。正直、まだ信じられないですが、シンジさんは日本語を知っていましたし……勇者様だったのですね!」
「勇者様はやめて! なんか恥ずかしいし、教会からも抜けてしまったしね。隠すつもりは無かったんだけど、ごめん」
「なんじゃ、男の方は同郷か。そういえば、娘らの名を訊いてなかったな! 妾は楓じゃ」
「私はミリアよ。楓ちゃん、よろしくね!」
「僕はシンジだよ」
僕らは楓に続いて、名乗りをあげる。
「ふむ、男もおるようだし、主様ではなく姫とでも呼ぼうか! くははっ」
「え! 姫なんて……そんな、恥ずかしいです!」
照れながら応じるものの、少し嬉しそうなミリア。
女の子としては、お姫様扱いというのも満更じゃないのかも。
しかし、妖狐って言うからには”妖怪”だよね?
この世界には妖怪という存在は居るのだろうか。
自覚がなかったけど、実はとんでもない事が起きたのかもしれない。




