ミリア、さまよう
僕は駆け上がるミリアの後ろ姿を呆然と見送り、自分も部屋に戻った。
ミリアは後で来ると言っていたけど、部屋に女の子と二人っきりというのは初めてだ。
異世界だから、とかではない。
――僕はベットに腰を掛けミリアを待つ。
僕なんかに特別な展開が起きることなんて、ある筈がない。
ベットから立ち上がり、窓から闇に染まる街を眺めた。
下の酒場で酔いつぶれたのだろうか、若い冒険者風の男がうつ伏せになって寝ていた。
……キャッキャウフフな展開なんて有り得ないのだ。
ミリアは僕に日本語関係で尋ねてくるのだから、やましいことなんて起き得ない。
だって、耳を澄ませば聞こえてくるのだ。
「…………ん……ジさん、……ですか……?」
部屋から離れた廊下から発しているため、戸に阻まれてくぐもった音声だ。
ただ、僕にはミリアだとすぐにわかった。
段々と声の主が近づいてくる。
「シンジさんのお部屋はここですか……? ……うぅっ」
今度は部屋の前からはっきりと、それでいて羞恥心に溢れた細い声が聞こえた。
――ミリアは慌てて階を上がったため、僕の部屋を知らない。
ひとつひとつの部屋の前で、僕が居るかを探っているご様子。
僕は外を眺めていた時から声に気が付いていたのだが、ミリアがうっかり可愛いかったので、ことの成り行きを耳で窺ってしまった。
あ、そんな間に、二部屋先まで行っちゃった。
僕の豆粒ほどの煩悩もどこかへ行ってしまったし、廊下のミリアを迎えにいく。
「ミリア、こっちこっち!」
「シンジさんっ!」
ミリアはこちらに気が付いて、パァっと明るい笑顔を向けてくる。
うっ、ちょっと罪悪感。
とりあえず、僕はミリアを自分の部屋のテーブルに座らせた。
「それで、僕に頼みたいことって何かな?」
「まずは、この紙を見て下さい」
ミリアは僕に一枚の紙を渡してきた。
……確かに日本語で書かれた文字だ。
というか、僕はその文字を見て「やっぱり」と思った。
「実は、私のステータスプレートとステータス表示のメインジョブ欄に書かれている文字が違うんです。ステータスプレート上は死霊術師ですが、ステータス表示ではこちらの文字列なんです」
どうりで死霊術師のスキルや魔法を覚えないわけだね。
僕とミリアはお仲間だったわけか。
「それで母に相談したのですが、日本の文字じゃないかと。ただ、母は祖父から日本語を教わっていたのですが、この文字はわからないみたいで……シンジさんだったら知っていますか?」
「もちろん、わかるよ」
「本当ですか!?」
僕はミリアに頷いた。
まぁ、確かにそのジョブは、死靈に通じる印象も強い。
死者どころか地獄の関係者とも通じる描写もある。
……しかしながら、死霊術師とは酷い。
「そこに書かれているのは、確かに死霊術師ではないよ」
「やっぱり……、そうなのですね。どういったものなのでしょうか?」
「そのジョブは『陰陽師』って言うんだ。召喚術から魔術や占星やら、幅広く技術を身に付けている日本版の魔法使いみたいなものかな」
「??」
あ、そうか。
僕が”陰陽師”と発音しても"死霊術師"として聞こえてしまうんだった。
誤訳される単語はめんどくさい!
「ミリアが平仮名とか片仮名を習っていたりすると伝えられるんだけど……」
「あ! ”ひらがな”ならわかります! 子供の頃に習いました!」
ならば、話は早い!
僕は、紙に平仮名で”おんみょうじ”と、書いてあげた。
「へぇ~、ヲォンミョージって発音するんですね。なんとも不思議な単語です」
日本語の発音に慣れないせいで、中国人の名前にみたいになってしまった。
僕は発音できないため、訂正できないのがもどかしい。
まぁ、そこは置いておくしかないよね。
「そうそう。安倍って言ってたし、家系なんだろうね」
「そうなんですか!? もし、他にもシンジさんが知っていることがあれば、教えていただけませんか……?」
「いいよ。でも、僕もそこまで詳しくないけどね」
陰陽師か……。
「僕の知っている陰陽師は万能な魔道士みたいな感じ。死者の世界とも関わりがあったりすよ。そのせいで『死霊術師』と訳されたんじゃないかなぁ」
「……死体を操ったりが、スキルになるのでしょうか?」
「んー、死んだ人の魂を管理する”側”を従えたりするんだ。死者も扱うのかもしれないけどね」
とりあえず、僕の中での陰陽師像を話し続ける。
「それだけじゃないけど、僕は『式神』っていう召喚術が印象に強いかな。紙を依り代に、霊魂や精霊とかを召喚するんだよ」
「へぇ、紙を媒体にするんですね……えっ?!」
突然、ミリアが戸惑いの声を上げたのだ。
――まさか、
「『式神召喚』のスキルが追加されました!!」
覚えちゃったようだ。
「シ、シシシ、シンジさん! 初めてのスキルです!! やった! すごい! すごい!」
ガタンッ
興奮したミリアは椅子から無理に立とうとして、テーブルに脚をぶつけてしまった。
「ミ、ミリア落ち着いて!」
「いたた……。あははッ! ――あ! ご、ごめんなさい。つい嬉しくてはしゃいでしまいました……」
今日、一緒にパーティを組んだ時には、ここまで感情を表に出していなかった。
よっぽど嬉しかったんだと思う。
勿論、ミリアのお耳はぴっこぴこぴこだ。
「いいよ。それよりも新スキル、おめでとう! 折角だし、使ってみたら?」
「え? 私も今すぐにでも使ってみたいですけど、大丈夫かな……」
「式神の召喚は攻撃の魔法じゃないし、大丈夫じゃないかな?」
「そうなんですね……。…………じゃあ、試してみようかな!」
ミリアはだいぶ悩んだようだが使うことにした。
人は好奇心に勝てないのだ。
僕も式神召喚がどんなスキルになるのか楽しみだな!