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降参

※2019/03/22

本タイトルを「ジョブが無職らしいので、役立たずは異世界放浪します」から「ラベルは無職、レッテルは浪人 そのロールは……放浪?」に変更しました。

 それから僕と涼は、トールシールドへの旅路の半分を消化していた。

 この五日間を涼と共にして、彼女が睡眠を取ったのは初日の一回きりだった。


 本来、妖魔は眠らないらしいので、かなりレアな物を見たらしい。


 僕は隣に座る少女に目を向ける。

 その(くだん)の幼女が、馬車の車窓から外を眺めていた。


「もうそろそろ、次の街に着きそうですね?」


「そうだね。街の門が見えてきたよ」


 僕も御者側の小さな格子から見える外の様子を涼に伝えた。


 馬車が門を通り、街の中をゆっくりと走る。

 車窓から見える町並みは石造りのものが殆どだった。


 馬車のターミナルで、僕と涼は乗客室から降りる。

 今回の移動では二日間を馬車の中で過ごした。


 そのせいで、体にふわふわとした浮遊感を覚える。


「お昼時だけど、ご飯は食べられそう?」


「……少しふわっとしますが、大丈夫ですよ?」


 涼がふわっとする感覚を、つま先立ちで体現して答えてくる。


「それじゃあ、何か食べれそうな場所を探そう」


 僕らは新しい街を堪能しながら回る。

 涼が何かを見つけたようで、袖をちょいちょっと引っ張ってきた。


 彼女の方を見ると、視線の先にはロースト肉がクルクルと回っていた。

 ケバブ料理のお店のようだ。


 店内を覗くとテーブルが設置されており、ちゃんと座って食べることができそうだ。


「……美味しそう、です」


「じゃあ、あのお店にしようか」


 涼がコクリと頷いたので、そのお店に決めた。


「いらっしゃい!」


 各々が食べたい料理を注文する。

 暫く待つと、料理が出てきた。


 僕たちは暖かい食事に舌鼓を打つ。


「そういえば、涼は何処(どこ)まで護衛してくれる予定なの?」


「んー、そうですね~」


 涼が指を唇に当てて、考えた仕草をする。

 何処まで付いていくかは、楓に指示されていないみたいだ。


「……この街までにしようかと思います」


 と、彼女は答えて、目の前の肉料理に手を伸ばした。

 聞いた手前ではあるけれど、まさか聞いたその街で終わりになるとは。


 ても、涼がここまで来てくれたお陰で、今まで安心して旅することができたのだ。


 いつ僕は教会と衝突するかわからない。

 索敵能力の高い彼女が居てくれたことが、僕にとっては心強かった。


 僕は感じている通りの感謝を述べて、頭を下げた。


「いえ、ねね様の命令、です。これを(たい)らげたらお(いとま)しますね?」


 それは流石に急過ぎないかと呆気(あっけ)に取られるも、本来ならば一人で来なればいけなかったはずなのだ。


「うん、わかったよ。こんな遠くまで来てくれて、ありがとうね」


 僕は改めて、涼に感謝の気持ちを伝えた。


 その後、何か話題を出さなければと思うものの、思考と無心の間を行ったり来たりしているうちに、食事が終わってしまった。

 僕は何も話せないまま、涼と店を出た。


「それでは、さようなら、です」


 涼が礼儀正しくお辞儀をして、たたっと走り出した。

 僕は「あっ」と手を伸ばすもその小さな後姿は、瞬く間に人ごみへと消えてしまった。


「……僕の方からも、さよならを言わせて欲しかったな」


 行き場をなくした手をぽとりと落とす。

 虚をつかた僕はどうしていいのかわからず、ただ立ち尽くしていた。



 ◇



 あれから、再起した僕は宿屋を探した。

 次に乗る馬車は、明日の昼前に出る予定だ。


 今からだと丸一日近く時間がある。

 しかし、街を出歩く気持ちにもなれず、早々に宿屋に引き篭もった。


 僕は所在(しょざい)なさと喪失感に、ひたすら窓の外を眺めたり、ベッドの上で天井を見つめたり、目を(つむ)ったりして無駄に時間を過ごした。



 ◇



 ――翌日の昼。


 無理やり暇な時間を過ごしたせいで、体と気持ちが重い。

 僕は次の街へと向かう馬車に一人で乗り込んだ。


 今日は異世界(ここ)での平日にあたる。

 そのため、乗客室はガラガラだった。


 僕は適当な場所に座って、外を眺める。

 また長い時間を過ごすのかと思うと嫌気を覚えた。


 出発の時間になった。

 馬の世話をしていた男性が、御者台に登り手綱を握る。

 鳴り出した(ひづめ)の音が加速し始めたところで、がたんと揺れて急停止した。


「すみません! 乗せてください!」


 凛とした声がたりに響き、続いて「すみません、すみません」と謝る声が聞こえる。

 声の(ぬし)らしき女性の足音が、(ほろ)付きの荷台の後ろ側へと周り込み、「よいしょっ」と可愛い声を出して入ってきた。


 足元に気をつけていた女性が(おもて)をあげる。

 濡羽(ぬれば)色の長い髪に、陶磁器のように白い肌の女の子だ。



 ――ミリアだ。


 数日ぶりに会った彼女から、目が離せなくなってしまう。

 それも束の間、御者が「お嬢ちゃん! 飛び出したら危ないよ!」と怒声を上げてきた。


 怒られたのはミリアではなく、後から馬車に入ってきた橙色の髪をした幼女の方だった。


 その子が、「すまん、急ぎだったものでな。ぷはは!」と、舌をちろりと出して謝る。


 その様子に毒気を抜かれたのか、


「……もう出発しますよ。気をつけてください」


 と、御者は呆れたように言った。


 すると、最後の一人が乗客室に入ってくるのが見える。

 水色髪の……って、もう残りは涼しかいない。


 涼は僕と目が合うとニコリと笑い「お久しぶり、です」と声を掛けてきた。


 僕は唖然としながらも、近くに座る彼女たちを見つめ続けた。


 我に戻った僕は涼にジト目を送る。


「……皆は何でここにいるの?」


 彼女とは昨日、別れたばかりなのだ。


「そんな事は決まっておろうが! トールシールドに向かうためじゃ!」


 涼の代わりに、小さい胸を張って答えたのは楓だった。


「…………」


 僕は反応に困った。

 本音ではまた会えて嬉しいとは思うものの、彼女たちに向ける顔を持ち合わせていない。


「おや、何じゃその反応は。……ふむ、『着いてきちゃったの? でも、うれしー』など考えておるようじゃが、それは勘違いなのじゃ。妾たちは、トールにおるという地竜と戦いに行くだけじゃからな!」


 と、楓が「ニヒヒッ」と僕をからかってきた。

 

「か、楓ちゃん? 地竜は遠くで見るだけって……。ま、まぁ、そういうことですので、シンジさんは気にしないでください」


 ミリアは楓の発言を聞いて頬に汗を垂らしつつも、僕に微笑んでくる。

 その笑顔が眩しくて、再び気まずさを覚えるのだった。



 ◇



 出発してから時間が経ち、あたりは山岳地帯に入っていた。


「「…………」」


 パカラッ パカラッ。


 静かな乗客室には馬の蹄の音だけが鳴り響く。

 今日は晴天のために、幌から見える大自然の景色が一段と映えてみえた。


「楓ちゃん、涼ちゃん――ごめんなさい」


 そんな穏やかな静かさの中で、唐突にミリアが謝罪の言葉を口にした。

 幼女二人と――そして、思わず僕もミリアへと視線を移した。


「何がなのです?」


 涼が首を(かし)げて、質問を投げかけた。


「……私は今までみんなと距離を取っていたの。本当にごめんなさい……」


 その場に居る全員が黙ってミリアの言葉に耳を傾けていた。


「初めて楓ちゃんを呼べた時は凄く嬉しくて……でも、アウルローのダンジョンで、楓ちゃんから『自分は生き物ではなく、人間の思念から産まれた』って聞いた時に、私は怖くなってしまって……」


「ん、何が怖いのじゃ? 確かに、ち~とばかり力持ちかもしれんが、ちゃんと相手は選んでおるよ」


 と、楓が力こぶを作り、僕の方をチラリと見てきた。

 僕は送られた目線に身の危険を感じ、慌てて景色へと視線を戻した。


 その様子を見て「フフッ」と笑っていたミリアは、咳払いをして会話を続ける。


「楓ちゃんたちとは仲良くなれると思ったし、今でもできると信じているよ。その気持ちは、私が独りぼっちだった時に手を差し伸べてくれた――とある人に対しても同じなの」


 とある人って僕のこと、だよね?

 あの時、僕には手を差し伸べようとか、そんな大それた動機は無かったのに……。

 居心地の悪さを覚えて、僕は頬をかいた。


 そんな僕の様子が可笑しかったのか、ミリアの方から小さな笑い声が聞こえた。


 ……恥ずかしい。


「楓ちゃんの話を聞いた後も、あの人がホムンクルスだって気づいた後も、私にはそれが信じられなかったの」


 やっぱり、ミリアは僕がホムンクルスだと知っていたんだね。


 ミリアの独白は続く。


「でも、まだ良くわかっていないだけかも知れない。だから、自分の中に確信が産まれるまでは距離をとろうと思って……」


 ミリアは何処(どこ)までもミリアだった。

 根っから真面目なのだ。

 僕は彼女のそういうところを好ましく思う。


「姫よ、謝罪を受け入れるぞ」


「私も同じく、です」


 楓と涼が快く受け入れた。


 二人は妖魔の特性で、相手の意思を読み取れる。

 きっと、以前からミリアの迷いにも、僕の真実にも気づいていたに違いない。

 その上で、僕らと普通に接してくれていたのだ。


「そして、シンジさん。勇者の扱いついて尋ねられた時に嘘をついてしまい、すみませんでした……」


 僕は「それは違う」とミリアの方に向き直る。


「『守秘』の魔法で逸らされたんだよね? ミリアが謝ることじゃないことは、わかっているよ」


 ミリアが少し驚いたように目を開いた。


「やはり、そのことも知っているのですね」


「うん。僕たちのことを調べているうちに、ね」


 あの日、僕の「軍事兵器として扱われているのか?」という質問に対して、彼女が答えたのは「召喚周期が早まったことが起因している」という内容だった。


 しかし、それは『守秘』によって逸らされた回答だ。

 僕が既に把握している事実に向いたことで、それらしい会話が成立していただけだった。


 勇者が軍事兵器として扱われている本当の理由は、僕たちが戦鬪用のホムンクルスをベースとして作られていることだ。


「でも、あの日のおかげです。私は真剣に悩んでいるシンジさんをこの目で見たことで、私たちと大きな違いなんて無いことを実感できたのです」


 力強く言い切るミリアの表情に既視感(きしかん)を覚える。

 それは、今まさに彼女が話している時のことだ――



『誰もがそのような考え方に振り回されるとは限りません』

『私は少なくと自分はそうではないと信じたいんです!』


 今頃になって僕はようやく、あの時の決意にも(すが)るようにも見えたミリアの表情に込められた思いを知った。


「私は自分の目で体で感じたことを信じることにしたのです。たとえシンジさんが、戦闘のために作られたホムンクルスだとしても、目の前にいるシンジさんだけが、私にとっての唯一無二の存在なんです。他人の価値観には縛られてあげません」


 と、今度は決意だけの真剣な眼差しで宣言する。

 僕は彼女の決意表明を受けて、暫し考え込む。


「…………」


 しかし、これだけの思いを聞いても、僕はまだ自分の存在を認められそうにない。

 翔吾たちに関する(いきどお)りを薄れさせてしまった自分を許せないからだ。


「でも、僕は――」


「勿論、シンジさんが悩まれていることは、涼ちゃんから聞いて知っています。でも、それにだって縛られてあげるつもりありませんよ? 私が勝手にシンジさんのことを認めているだけなのですから」


 と、僕の言葉を遮り、ミリアに先回りをされる。

 トドメに彼女の花開くような笑顔を()せられてしまっては、僕はもうお手上げだった。


「あはは……わかったよ。こんな情けない僕でごめんね。だけど……また一緒にいてくれないかな?」


 と、僕は降参の宣言をすることにした。

 嬉しさなのか、照れくささなのか、顔から火が吹き出そうになった。


 僕の白旗を受け取ったミリアも頬を赤くしながら、「はい」と笑い返してくれる。

 楓と涼がサムズアップしていた。


「……それに、私の方も十分情けないです。本来なら二人で面と向かって話すべきなのでしょうけれど、楓ちゃんと涼ちゃんが居て、ようやくお伝えすることができました」


 苦笑を浮かべるミリアの手は少し震えていた。


「ぷはは! 姫もシンジもまだ年若いのだし、それでいいのじゃ。それに、幼き日の弱さを知っている相手だからこそ、後々(のちのち)に強く繋がる絆というのもあるのじゃよ。――なぁ、涼?」


 楓がニヤリと笑い、その矛先を涼に向けた。


「なんで、私にそれを振るのですか……。もう、ねね様は意地悪、です」


 言い返した涼の尻尾は、ぶんぶんと横に揺れていた。


 何だか、こちらも既視感を覚えるやり取りだね。


 同じ事を思ったのか、僕とミリアはお互いの顔を見合わせて笑い合った。

この部でだいたい10万文字程度を達成できましたので、終わりにしようかと思います。

ブックマークしてくださった方、評価をしてくださった方、この場を借りてお礼申し上げます。


ありがとうございましたm(_ _)m

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