効率
ようやく、僕は自失状態から復帰した。
それと同時に、翔吾の事を忘れることはできないと決心する。
僕までもが忘れてしまえば、翔吾を知る人からみた彼の死は、バスの転落事故で亡くなった事になってしまう。
翔吾は異世界に存在して――亡くなったのだ。
人に話していいような死に方ではなかった。
だが、消えていい真実でも決して無い。
何も掴まずに帰る訳にはいかない。
僕には、記憶を守る方法を知る必要がある。
確か情報屋の話だと、この施設は地下二階ほどの深さがあると言っていた。
まだ先があるはずだ。
僕は再び耳に意識を集中して、感覚を研ぎ澄ませる。
(……あっちの方から何か聞こえる)
僕は音がした方に足を進めた。
最初は微かに聞こえた音が、近づくに連れてその輪郭をはっきりさせていく。
一定のリズムを刻み、人を不安にさせるような響だ。
音源に向かい暫し歩くと、下に続く階段を見つける。
階下を覗き込むと、より鮮明に音が耳に届いた。
「この音は一体……」
僕は下の階に向って進み出す。
一歩二歩と階段を下りたところで突如、視界に赤色の図形が表示された。
まるでFPSの照準器みたいだ。
また、その近くには"Trap"と記載されている。
どうやら、僕の『罠感知』スキルが発動したらしい。
ただ、罠は壁の中に埋まっているらしく、何がそこに有るのかは分からない。
……どうする?
このまま、突っ切るわけにはいかないし……。
ふと、僕は『罠感知』と同時に覚えた『罠破壊』のスキルを実行してみる。
――なるほど。
スキル発動後の僕の視界には、『罠感知』のマーカー位置から板状の物体がAR表示されていた。
そのAR表示が此処を「壊せ!」と言わんばかりに明滅を繰り返す。
『罠破壊』のスキルは、字面通りに罠を”破壊”するものかと思ったけれど、破壊手順を教えてくれる効果みたいだ。
僕は一呼吸を置き、槍を指示された場所に向って投擲した。
槍がビィンッと壁に突き刺さると、空中に幾何学模様の陣が描かれる。
陣は表示後、直ぐに割れたかのように残滓となって消え失せた。
(……何が仕込まれていたのやら、さっぱりだね)
僕は呆気にとられる。
伸びる板状の何かを壊したことで解除したようなのだが、一番の当事者が蚊帳の外なのだ。
まぁ、侵入検知の術式とやらだろう。
確か半ゴブリンの彼も、森側の通路に同種のトラップが仕掛けられていると言っていたしね。
安全を確保できたので、僕は地下二階へと下り立つ。
地下二階の間取りは上階と同じだ。
ただし、上階のように部屋は多くない。
また、上の光源には暖色が用いられていたが、このフロアは白熱灯のような白い光で照らされていた。
まるで古いアパートの廊下とか、田舎の病院みたいな雰囲気があって不気味である。
そして何故だか、このフロアには生き物の気配がする。
だが、恐らく人の気配ではない。
どちらかと言うと、ダンジョンに潜む魔物や動物のそれに近いイメージだ。
僕は不自然な空間に恐怖心を煽られつつも廊下を進む。
◇
部屋に突き当たったようで、そこまで続いていた廊下が切れている。
垣間見える領域には、幾つかのデスクが設置されていた。
僕はそのまま直進して、その部屋へと侵入する。
「!? なんだ、これ……!」
僕は視界に広がる光景を見て目を見開いた。
その部屋は学校の音楽室くらいの広さがあり、内部はオフィスのように同型のデスクが10島程設置されていた。
その壁際には本棚がずらりと並ぶ。
特に目を引くのは、机の上にモニターが乗せられていることだ。
僕は異世界にもパソコンのモニターのようなものが存在する事に驚いた。
それだけではない。
一見は液晶ディスプレイのように見えたのだが、物質的にデスクと繋がっていない。
空中に投影されいるのだ。
「僕たちの世界より技術的に進んでないか……?」
と、僕は一度は驚愕するものの、「メニュー表示が既にそうじゃないか」と今更な事に気く。
このディスプレイ群から規則正しい音が出ているようだ。
画面を覗くと音が鳴るたびに、表示されている数字の羅列が変更される。
この部屋は魔法と科学技術が合わさった結果、地球の近未来を描いたような部屋に仕上がっていた。
「ふわぁ……」
僕は変な感嘆の声を上げるしかできなかった。
……でも、壁際の本棚を見るに、紙媒体の書類は使い続けているんだね。
よくみれば、デスクの上には街で見かけるような品質の悪い紙と羽ペンが置かれていて、極端に技術力の高い物と中世レベルの代物が混在している。
そのアンマッチさが何とも違和感を感じさせた。
(まぁ、その辺りに気を取られている時間もない、か)
僕は長居をして捕まってしまえば本末転倒だと、頭を切り替えることにした。
室内を見渡すと、一つだけ離れて設置されている一人席に目がいく。
恐らく、この設備のリーダー格が座るのだろう。
僕はその机に向かい、デスクの上に散らばっていた資料の一つを手に取る。
その表紙には、『1685年度 転移計画』と、タイトルに記載されていた。
そして、次に気になったのは、作成日付が"1684年"と一年前に作られた資料だということだ。
(そんな前から計画を立てるものなのか……?)
僕は椅子に座り、手に取った資料を読み進めていく――
◇
僕は読み終えた資料を閉じた。
「…………」
じゃあ、このフロアに来てから感じる気配は……。
部屋の左手奥に扉があり、その先から物音や鳴き声のような音が聞こえてくる。
この階に下り立った時に感じた気配の正体だろう。
僕はこれ以上、受け入れたくなかった。
気配の正体を見てしまったら、資料の内容を事実として認めざるを得なくなるだろう。
しかし……思いと裏腹に、体が真実に向って勝手に動いてしまう。
それは、此処まで来たのにという思いからなのか、怖いもの見たさなのか、僕にもわからない。
僕は気配の元へよろよろと向かう。
ガシャンという音と共に、自動ドアのように扉が開く。
と同時に、僕という異物が入ってきた事に気がついたのか、先程まで聞こえていた物音がピタリと止まる。
僕は再び廊下を進む。
暫し歩いたところで、相手の活動が再開した。
僕への関心は失われたようだった。
進んだ先には金属製のドアが三つあり、それぞれ左からNO1〜3と白く書かれている。
僕はそのうち一番気配の強い、NO1と書かれた扉に入った。
部屋の中は、入り口側と部屋の奥が透明な壁によって隔てられている。
僕は硝子代わりに使われているクリスタルに、そっと手をついた。
「……っ」
僕は息を呑む。
そして、そこに隔離されている生物を見つめた。
「ゔぅあ゛ぁっー、ゔぃアア゛」
呻き声をあげる小山田先生が、死んだはずの翔吾の太腿に齧りつき、その肉を食べ、吹き出す血を啜っていた。
翔吾は特に痛む様子を見せず、「ぃあ゛ぁっー?」と天井を眺めていた。
お互いの目に意思はない。
また、彼らの体は至る所に違和感が存在した。
特定の部位が、極端に小さく赤子のようだ。
かと思えば、年老いた老人のような部位もある。
そして、不自然に太り、痩せこけていた。
先生と翔吾以外の生徒達も居る。
彼らは本能のままに食欲を満たし、犯したい相手と交尾していた。
無論、その中に僕も居る。
――資料の通りでならば、あれは僕たち――いや、久田真司達――地球からの転移者の失敗作。
ホムンクルス検体一号だ。
地上に出て活動をしている僕達は、検体二号になる。
検体一号は、知性がなく動作が鈍い。
本能のままに傷つけ合う。
ホムクルスの生成に魔獣素材を多く調合しすぎたサンプルだ。
暫く観察を続けた僕は部屋を出て、先に入らなかったNO3の部屋に入る。
そちらに居るのは番号通り、検体三号だ。
部屋に入ると、34体のホムンクルスがベッドの上に寝かされていた。
ただし、本当に寝ているわけではなく、瞬き一つせずに天井を見つめている。
こちらも資料の通りだ。
人間の見た目は維持しているものの、モデルになった人間の顔からは掛け離れている。
オリジナルの遺伝子情報からだいぶ離れてしまっているらしく、一部の生徒達は性別が逆転してしまっていた。
検体三号は他の個体とは異なり、そもそも生物としての意思がない。
植物のようだった。
僕はその場に座り込み、彼らを眺めた。
彼らは意識を覚醒させるために、電流や苦痛を伴う投薬など、拷問じみた実験を受けている。
よく観察すると薬の副作用で頭髪は薄く、指などの末端部位が黒ずんでいた。
僕は持ってきた資料に目を落とす。
資料には、召喚効率の向上の歴史についての触りと、1685年度の(僕たちの回)の召喚プランについて記載されていた。
異世界召喚の技術が向上するにつれて、消費する地脈の魔力効率が高かまるパターンが発覚していく。
1. 肉体より魂だけを転移した方が消費魔力が少ない
2. 生物よりも物質を転移した方が消費魔力が少ない
3. 対象が転移した場合に、転移元の世界に影響を与えないほど消費魔力が少ない
この中で最も効率が良いのが魂だけの転移、つまり転生になる。
だか、宿った肉体が戦場で利用できるまでに、十数年の時間が掛かるデメリットが存在する。
大人の体に育つための時間が必要だからだ。
そのために次点として、2の物質としての転移だ。
僕たちはバスの転落中に転移したのではなかった。
生徒たちはバスが転落した時に、全員が死亡している。
潰れた肉塊の一部が異世界に転移された。
それを材料に作られたのが、僕たちホムンクルスだ。
こうすることで、勇者の肉体を物質として手に入れることが出来る。
また、一定の肉片を地球に残すのは、僕たちが死亡した事実を世界から消さないためだ。
SFで言うところのタイムパラドックスのように、転移元の世界で矛盾を起こさないことが、3番目の条件を満たすのだ。
また、この資料を見て、記憶の消去についてもわかった。
『強制』という隷従魔法の亜種に、僕たちホムンクルスのみに適応される『命令』というものが素材する。
その魔法は、ホムンクルスを本能のレベルで従わせることができるらしい。
つまり、記憶を消すのには命令権を持つ者が『高槻に関する記憶を消せ』と一言、命ずればいいだけだ。
この国に命令権を持つ物が何名いるのか、何処に居るのかは分からないが、歯向えば『シャットダウン』と命令されるだけで、僕らは心臓を止めてしまう。
……まぁ、そんな面倒な事をする必要もない。
高槻の時と同じように、動機となった情報を頭から消してしまえばいいのだから。
僕は思考を放棄して、検体三号を眺め続けた……。
◇
……上階から足音がする。
お国のお偉いさんとやらが、帰られるようだ。
僕は暫く座り込んだことで多少は気力が戻ったのか、何とか立ち上がる。
今ならば、来たときと同じようにテラスを通って寮から離脱できるだろう。
そう思って行動を開始するが、目論見通り、誰にも見られることもなく外に出ることができてしまった。
小説であれば、ここで追手が掛かり、主人公は必死に逃げ延びるのだろう。
余計な事を考える余裕がない分、今の僕には追手がいた方が良かったかもしれない。




