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守秘

 僕が(デミ)ゴブリンより情報を買い取ってから数刻が過ぎていた。

 地球で言えば、深夜0時を回った時間になるだろうか。

 周囲は寝静まっていて、月の光だけがあたりを照らす。


 そして僕は今、廃屋(はいおく)の屋根裏部屋に身を(ひそ)めていた。

 そこから、とある建物を監視しているのだ。


 情報屋で部屋に案内された後、話された内容が少しややこしい事になっていて、僕は今一理解できていない。


 とりあえず、彼からは記憶削除の仕組みや対策に関しての情報を伝えることはできない、と釘を刺されてしまった。


 その理由は『守秘(コンフィデント)』という魔法が、勇者達の情報を保護しているせいらしい。


 この国に住む人と、外国から滞在する人には、この魔法が掛けられている。

『守秘』の効果は、保護されている秘密を他人に話そうとすると、本人も無意識の内に会話を(そら)してしまう、というものだ。


 それでは、情報屋との会話に意味がなかったかといえば、そうでもない。


 『守秘』の効果にも穴がある。


 例えば、僕が既に知っている事実の「勇者の記憶を操作できる」という内容ついては会話が成立する。

 ただし、「何のために?」「どのようにして?」など、僕が把握していない内容は全く会話にならなかった。


 つまり、「勇者の記憶を消せるか?」という質問に対して、肯定の意思表示はできるのだ。

 自分以外の第三者に肯定された情報というのは強い。


 他にも本人ですら制約事項に関係するのか、確信を得ていないような話題ならば話にできるようだ。


 その一つに、


「教会関係者が住む寮の地下には、地上面積以上の空間があるらしい」


 と、彼が口にしていた。


 このような、真実かも怪しい内容であれば、『守秘』の制限には引っかからないのだ。

 ちなみに僕が廃屋に隠れているのは、この話の事実確認をするためである。


 僕は情報屋でのやり取りを思い出す――



 案内された薄暗い部屋で、僕と(デミ)ゴブリンはテーブル越しに向かい合っていた。


「寮の地下……」


 僕は教えられた情報を反芻(はんすう)した。

 単語を繰り返すことで、集中力を高めるためだ。

 今の僕には集中力がない。


 何故(なぜ)なら卓上に置かれた蝋燭(ろうそく)が、ゴブリンの顔を下からライトアップしているためだ。

 彼の顔の(しわ)を光が際立(きわだ)たせ、怪談話でもしているかのようになっている。


 そんな僕の微妙な表情を読み取ったのか、彼がジト目で見つめてきた。


(ちょ! その表情は……!)


 ゴブリンの瞳は小さい。

 半目になったことで、殆ど白目に見えるのだ。

 彼のホラー感が一層と増す。


 情報屋は呆れてしまったのか、僕の様子を無視して会話を続けた。


「……他にも、街の北西に広がる森から寮の地下への隠し通路があるらしい。――まぁ、普通に考えれば『表に出せない物資の搬入経路』だろうな」


「つまり、隠し通路から侵入できれば、より詳しい情報を掴めるってことか……」


 かなり勇気がいるけれど、地下施設に潜入できれば、表に出てこない情報も知ることができるだろう。


「いやいや、そこまでは言ってねぇよ。ただ、俺が持っている情報をお前さんに伝えているだけだ」


 情報屋は「ただまぁ」と会話を続ける。


「一応警告するが、その経路から入るのは止めておけ。この情報の出処(でどころ)は、森の地下に侵入検知の術式が掛けられていることに、冒険者が気付いたことが発端だ」


 侵入検知の術式か……。

『罠破壊』で壊せるかもしれないけど、リスクは少ない方がいいよね。


 僕は理解したと(うなず)いた。

 それを確認した(デミ)ゴブリンが続ける。


「そして、これが最後の情報だ。――今日の深夜、森の地下から物資が搬入される、という噂を耳にした」


 ……それなら、搬入の途中でトラブルでも起きてくれれば、忍び込むチャンスがあるかもしれないね。


「以上だ! 後は伝えた情報をどう活かしていくかは、お前さん次第だよ。くれぐれも、ここで聞いた事は他言無用だからな? 俺がお前を誘導した、なんて話になったら処刑されちまう」


「勿論、約束する。情報をありがとう」


 と、僕は頭を下げた。


 すると、彼は「今後ともご贔屓に」と悪い笑みを浮かべ、僕に部屋から出るよう人差し指をドアの方に向けた――。



 そこまでで、僕の回想は終わる。


 その寮というのが、僕がいる廃屋から見える建物だ。


 教会の寮は、周囲の建物と同様に消灯されている。

 だが、それが嘘だということを僕の『知覚拡張』スキルが見破っていた。


 僕は更に聴覚へと意識を集中する。

 すると、気迫のこもった男性の声が聞こえてきた。


「聞いているだろうが、今日は国のお偉いさんが聴取に来る。今から指示する者は俺について来い。他は館内で待機! といっても定期巡回は忘れるなよ」


「「「はっ!」」」


 内容から察するに兵士達の会話だろう。

 返事の数からして、隊長格らしき男性を含めて十名程だ。


 ……物資の搬入と聞いたけれど、違ったみたいだ。

 しかし、来客であれば物資の搬入よりも、地下へ向かうには好都合だろう。


 隊長格と数名が地下に向かって動き出した。

 動向から予想するに、森の方からお偉いさんとやらが来るのだろう。


 僕は今が機会(チャンス)と思い、廃屋から忍び出る。


 ただ、僕は弓術士以外で侵入に役立つスキルを持っていない。

 相手に一切悟られないで建物に入る、というのは無理だろう。


 たが、侵入した事は後々(のちのち)バレても、発覚させづらくする事はできると思っている。

 ということで、僕は二階のテラスによじ登った。


 ここに設置されている大きい両開きのドアは、格子状のガラス張りになっている。

 一つの格子の縦横幅は大体60cm程で、僕一人なら通り抜けられる広さだ。


 この硝子(ガラス)の一枚を割って侵入する計画なのだ。


 事前に用意した一枚の布を取り出す。

 この布には「ピルワームの粘着液」というベタつく液体が染み込んでいて、ガムテープのようになっているのだ。


 僕は布を硝子にピタリと貼り付た。

 これで破片が床に落ちなくなり、更に粘着液の防音効果で多少は静かに割れるだろう。


 僕は槍でグリグリと穴を開けるように硝子を割る。



 ――うっ、思ったより音が出るな……。


 僕は内心、ヒヤヒヤしていた。

 キーキーと嫌な音を立てるせいか、やたらと耳につく。


 僕は割り終えたところで、聴覚を頼りに状況を確認したが、気付いた人はいないようだった。


 ひとまず安心して、割った硝子をテラスの外側に捨てた。

 ついでに、床に飛び散った破片もピルワームのガムテープでペタペタと拾い集めて(まと)めておく。

 そのままにしておくと、月に照らされてキラキラと光るためだ。


 (よし! これなら暫く時間稼ぎができそうだ)


 僕は室内に入って出来映えを確認する。

 数ある格子から、一枚の硝子だけが外されている事には気が付きにくいだろう。


 しかも、深夜のために視界が悪い。

 また、都合の良いことに今夜は無風だ。

 吹き抜ける音もしない。


 僕が下へと続く階段を探し始めたところで、二階に誰かが上ってくる音がした。

 金属音からして、待機組の兵士だろう。

 折角なのでテラスの違和感に気付くか、確認することにした。


 僕は兵士と反対方向の曲がり角に身を潜めて、様子を見守る。


「んっ……、ふぁ~」


 兵士がテラスまで来たかと思うと、夜空を眺めて欠伸(あくび)を始めた。

 特に気にした様子は見られない。


 僕の悪戯(いたずら)めいた作戦が成功したことを確信すると、そのまま兵士の位置とは反対側へと進む。


 二階は中央部分を囲うような回廊状の廊下になっているようで、このまま兵士の進行方向と同じ方へ進んで行けば、彼が来た階段にぶつかる。


 僕は潜伏スキルを使い一階へと降りた。



 ◇



 一階にも兵士が巡回しているが、二階からの階段の(そば)に地下へと続く階段があったため、そのまま一階をスキップできた。


 僕は地下一階に()り立つ。


 どうやら人が寝泊まりするのは地下一階がメインのようで、それなりに人の気配が漂っている。

 下りた所から直線に伸びる廊下には、木製の扉が一定間隔に並ぶ。

 まるでホテルかマンションのようだ。


 すると、廊下の奥から人の話し声が聞こえてくる。


 しかし、会話の内容を聞き取ることはできなかった。

 声色からすれば、建物の前で耳にした隊長格のものだろう。


 僕の聴覚が辛うじて拾っている程度なので、かなり先に居るらしい。

 聞こえた方に進めば、情報屋に聞いた北部の森に繋がるのだろう。


 建物から出る時に、この廊下を走り抜けるのもありだ。

 ただし、人が地上に集まっているタイミングならば、だけどね。


 僕は逃走経路の一つを見つけて安心する。

 と、思ったのも(つか)の間、



 ――ガチャリッ。


 あ、やばい!


 咄嗟(とっさ)に僕は(くだ)ってきた階段を少し戻った。


 開いた扉から見覚えのある女性が出てくる。

 最初に教会で会った女性神官だ。


 薄手のネグリジェを着た彼女が、目をこすりながらこちらに向かってくる。

 生地が薄いせいで、下着と素肌が透けて見えていた。


 どうしよう?

 一度、戻ろうか?


 そこに「眺めていようか?」が混ざって思考が鈍る。


 しかし、そんな余裕はない。

 上階にも巡回の兵士が迫っているようなのだ。

 このままでは、どちらに行っても鉢合わせになってしまう。


 ヤバイ! ヤバイ!


 僕が「ヤバイ」を連呼するだけの状態に(おちい)ったところで、女性神官は扉のない部屋へと入っていく。


 ……トイレらしい。


 僕は地下の方へと戻り、冷や汗を拭った。


 危なかった……。


 すると、トイレの奥からガチャリと扉が閉まる音がして、衣の()れる音が聞こえ始めた。

 深夜の廊下はとても静かで、ちょっとした物音でも聞こえてしまう。

 

 一瞬、トイレからの物音が途切れたかと思うと、次の瞬間には水の流れるような、じょ――


 ヤバイ! ヤバイ!

 

 別の意味でヤバイ。

 とは言え、地上に戻らないならば、このまま廊下を進むしかない。


 彼女は、自分とそう大して歳も違わない。

 そのような年頃の女性のあられもない姿と、せせらぎ音はなかった事にして足を進めた。



 ――地下一階の半分は生活領域で、残りの半分はオフィスのような仕事部屋と倉庫になっているようだった。


 木箱の中には勇者や兵士達に支給するためなのか、金属製の装備や神官服といった布生地の衣服がごっそりと入っていた。

 他にも訓練用の木製の剣や盾、(まと)に使う鳥の目のような模様が描かれた板などを見つけた。


 暫く歩き回ったところで、ひとつの部屋で勇者達の経過観察の日記を見つける。

 その資料には、僕らが異世界(ここ)に来てからの日々が記されていた。


 僕は資料に目を落とす――



【経過報告】

 日付:1685年6月2日

 報告者:セリナ・エレガレス

 内容:

 本日は予定通り、異世界からの勇者三十四名を迎え入れた。

 我々からの前口上に少なからず、不満を漏らす者がいたようだ。

 以前、召喚された勇者から盛り上がる台詞(セリフ)として頂いた内容ではあるが、見直しをしたほうがいいのではないかと思われる。



 ――って、おい!

 やっぱり演技なのかよ!


 僕は思わず報告書の内容にツッコミを入れた。


 盛り上がる”セリフ”とか書いてあるんだけど……。

 まぁ、恐らく演技だろうということは、予想がついていたから別にいいけどさ。


 僕は再び資料に目を落とす――



 以下に、()()()のメンバーを示す。


 勇者:[H-079] ゲンタ・オヤマダ

 聖女:[H-083] ユウカ・マエダ

 大賢者:[H-081] ジンザブロウ・オオヌキ


 また本件において、一名の例外が存在した。


 無職者:[H-112] シンジ・ヒサダ


 上記の凡庸な青年が無職者と判定される。

 本人の強い希望により、教会から外出することを許可した。

 ※外出許可に関しては、シバルリー局長の承認済み



 ――資料にまで、凡庸とか書かなくても良かったんじゃないかな!?


 ……しかし、固定枠とはなんだろう?

 もしかして、異世界に呼ばれた人間の中から必ず一名づつ、選ばれることが決まっているのかな?


 名前の横の数字は、ジョブ判定の順番で割り振られているのだろう。

 最初に受けた小山田先生から、一番最後に判定された僕の数字を引けば34人分になる。


 その後の経過報告には(ろく)な情報がなかった。

 そして、ついに翔吾が亡くなった日付まで読み進める。


 6月25日の報告――



 我々が勇者タカツキの元へと向かった時には、彼は既に事切れていた。

 遺体の所々が欠損しており、オークに(もてあそ)ばれた形跡が見られた。


 その際、勇者オヤマダに遺体を目撃されてしまう。

 彼は酷く取り乱した様子だった。

 今後の活動に影響を与える懸念があると判断。


 本件の対策、及び方針に関しては、局内会議において決定する。



 ――その資料の日付は二日前のものだった。


 「……」


 文章では一文だが、翔吾の最後が酷く残酷だったことは十分に伝わった。


 この日以降の経過報告書はもう此処(ここ)には一枚も無い。


 読み終えた僕は、墓地で会った先生の様子を思い出した。

 その心の内に秘めた感情の一握(いちあく)を僕は理解する。


 しかし、小山田先生が感じた悲しみや絶望も、それをも呑み込んだ気高い決意も、今はもうない……。

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