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一杯の効果

 僕は同級生のことを話していた冒険者の輪に無理やり入る。


「すみません。その話、僕にも教えてくれませんか?」


「なんだぁ? てめぇは……」


 四人のおっさんたちがジロリと僕の方を睨んできた。


 こわっ……。


 僕は、不機嫌になってしまった冒険者に気を使った。


「教えて頂けたら、一杯づつ奢りますよ」


 異世界定番の一杯の効果はあったようで、おっさんが僕の腰を叩き、


「なんだ、坊主。勇者様の活躍に心躍(こころおど)らせちまうタチなのかい?」


 と、愉快そうに(からか)ってきた。


「おいおい、何時の時代の話だよ! ぶははっ」


 おっさんたちは話し掛ける前と変わらない陽気さを取り戻してくれたようだ。

 しかし、返された言葉から勇者たちを軽んじていることは伝わってくる。


「あははっ、――それで、誰かが亡くなったと聞こえたのですが」


 僕はこみ上げる不快感を、愛想笑いで誤魔化しつつ尋ねた。


「ああ、そうだ。なんでもショウゴ・タカツキっつう勇者が、オークにやられちまったらしいぜ」


「タカツキ……」


 ショウゴ・タカツキ……僕の理解が合っていれば名前は高槻(たかつき)翔吾(しょうご)だ。

 僕は亡くなったという彼とそれなりに交流があったのだ。

 教えられた事実を受け止めきれず、僕は呆然と立ち尽くす。


「お……ず! おい、坊主!」


 自失気味だった僕は、おっさんに叩かれて再び現実に戻った。

 慌てて、「オークって強いんですね」と笑って誤魔化した。


「おいおい大丈夫か、お前? 出来上がっちまってんじゃないのか?」


「あはは……、そうかもしれません。先程まで仲間とも飲んでいたので……今日は早めに寝ることにします。ありがとうございました」


 これは助け舟とばかりに一礼をして、僕は冒険者達のテーブルから去る。

 そして、僕のことを気遣(きづか)わしげに見つめていたミリアたちの元へと戻った。


「シンジさん、顔色が悪いようですが……大丈夫ですか?」


 ミリアが心配そうに僕の様子を(うかが)う。


「もしかして聞こえたかもしれないけど、同級生が亡くなったみたい。……まぁ、僕はもう大丈夫だよ」


「お主はまたそんなバレバレの強がりを……。まぁ、もう今日は解散じゃな!」


 今日は楓が両手をパンッと鳴らして、お開きの合図を出した。

 僕は皆に「ごめんね」と一言謝り、楓の言う通りに自室へ戻ることにした。



 ◇



 ドサッ。


 僕はベットの上に倒れ込んだ。

 僕は、地球に居た頃の事を思い出す――


 それは二年生の夏休み前のことだった。

 同学年のゲーム好きな生徒が集まり、新作ゲームの話題に盛り上がっていた。


 場の勢いに乗かった誰かが「自分たちでも作ってみようぜ!」なんて言い出す。

 予想外にも「いいねそれ!」とやる気になってしまい、夏休みを使ってゲーム制作に挑戦してみることになったのだ。


 誰もが軽いノリで初めたものの、やり始めれば全員が夢中になって作業をしていた。


 ゲームの制作なんて「くだらない」と笑うかもしれない。

 でも何かを実現するために、自分たちで調べて試行を繰り返す作業は、今でも良い思い出になっている。


 ちなみに、僕たちが作っていたゲームは、プレイ開始から三十分も経たずに、ヒロインが脱衣してアレやコレをするエロゲーと化していた。

 僕らのプロジェクトは、歯止め役が居なかったことが最大の欠点だったのだ。


 ……いや。やっぱり、くだらなかったもしれない。


 我らの暗黒ノートはじゃんけんで負けたクラスのつっこみ役であり、シナリオ担当の坂口のパソコンに封印されている。


 まぁ、その時に僕と翔吾は知り合ったのだ。


 二人はプログラムチームのメンバーとして一緒になった。

 僕はゲームを作るまで、プログラムなんて触ったことがなかったが、意外とやり始めれば楽しくて、本やネットで調べたりしている内に段々と書けるようになっていった。


 プログラミングは僕の性に合っていたらしく、次第に苦手なメンバーにも教えられるようになっていた。


 翔吾はどちらかと言うと、プログラムが苦手なタイプだった。


 しかも、彼は内気な性格のようで、分からないことがあってもモジモジしているだけだった。

 でも、僕の方から何度か教える内に、いつの間にか仲良くなることができたのだ。


 僕は小柄でやや女の子みたいな顔立ちの翔吾のことを、妹――じゃなくて弟みたいだと感じていた。

 だからこそ、彼が亡くなったという話を信じたくなかったのだ。


 ただ、翔吾は教会のジョブ判定の儀式で”レンジャー”と言い渡されていたのだ。

 彼の個性で何故レンジャーなのか今一納得できないが、斥候(スカウト)系のジョブは死亡率が高いだろう。



 ――教会に戻って、一度事情を詳しく聞いてみるか。


 何が起きたのかは尋ねなけらばわからないし、翔吾の墓参りもしなければいけない。

 僕はそう決心すると、今日は眠りにつくことにした。



 ◇



 翌日の朝。


「シンジさん! おはようございます。その……大丈夫ですか?」


 ミリアも昨日、僕と冒険者のやり取りを見ているため、勇者の訃報(ふほう)を知っている。

 彼女の脇で、楓と涼も静かに僕の様子を(うかが)っていた。


「ミリア、おはよう。……そのことで相談があって。ミリアたちには悪いんだけど、僕は一度教会に向かって話を聞こうと思ってるんだ。いいかな?」


「ええ、勿論ですよ。――私たちも着いていきましょうか?」


 ミリアの心遣いは嬉しいけど、ここから教会のあるリクノアまで徒歩で半日で行ける距離だ。

 馬車を使えば数時間程度だろう。


「大丈夫だよ、近いし。ありがとうね」


 僕は許可してくれたミリアたちに微笑むと、自分の部屋に戻り準備をしてからリクノアへと向かった。



 ◇



 今回は馬車を使ったため、朝にローナを出発してリクノアには昼前に到着することができた。


 リクノアの街は、最後に訪れた時と変わらずに活気があった。

 僕は勇者の一人が死んだことの噂話を耳にするかと少し()()したが、教会に着くまで誰一人として、その事に気をかける人は居なかった。


 並木道を進むと、僕らが召喚された教会が見えてくる。

 初日は気にも留めていなかったが、左手奥が墓地になっている事に気付いた。


 徐々に近づくに連れて、墓石の前に見慣れた後ろ姿の男性が立っているのが見えてきた。


 小山田先生だ。


 学校で何度も見かけた後ろ姿だ。

 僕はリクノアで数日待つことも覚悟していたが、既に同級生達は南方の戦闘から帰還していたようだ。


 僕はそのまま先生の元へと向かった。


「小山田先生……」


 先生は僕の声にピクリとし、ゆっくりと振り返った。


「……久田か。帰ってきたのか」


「ええ。翔吾が死んだという噂を聞いたので。もしかして、そのお墓が?」


 僕らの前にある墓石には、色鮮やかな花束と食べ物が添えられていた。

 先生は僕の質問に「ああ」とだけ答えて、暫く間を置いて続ける。


「そうか……。お前は高槻と仲が良かったんだったな」

 

 彼が思い出したように呟くと、


「――すまない!」


 と、先生が急に頭を下げて、僕に謝罪をしたのだ。

 僕は思わず動揺した。


「な、なんで先生が謝るんですか!? ……あの、先生。高槻に何が起きたのか教えてほしいのですが、いいでしょうか?」


 先生は顔を上げてから少し考えた様子だったが、最後には「わかった」と答えてくれた。


「俺たちがオーク達の所へ向かったのは知っているんだな?」


「はい。街で冒険者から聞きました」


「そうか、じゃあ俺たちが南方に向かったあたりから話す」


 そう言いつつも、先生はオーク討伐に向かうまでの経緯や、その頃のみんなの様子を少し話してくれた。

 

 聞いた所ではあれから先生達は、かなりレベルを上げたらしい。

 そこで実地での経験を積むために良い機会だと、教会側からの提案を受けてオーク達の元へと向ったそうだ。

 同級生たちもレベルが上がって自信がついたのか、オーク討伐の話にノリノリだったらしい。


「そうして、俺達が聖騎士達に同行して暫く経った頃だった。オークの集団に占拠されている村を見つけた。そこでまず、斥候(スカウト)を偵察に向かわせて、村の状況が確認でき次第に急襲して敵を殲滅することになったんだ」


 先生の言う聖騎士とは、ジョブの事ではなく教会に属した戦闘組織のことだ。

 僕は先生が続けるのを待つ。


「その偵察隊にいたのがレンジャーの高槻だ。俺達から三名の斥候に対して、聖騎士達から一人づつ経験者が監督役に付き、村の三方向から偵察に向った。……だが、高槻が潜入した区画に、オーク達の罠が仕掛けられていたんだ。そこで、高槻は奴らに捉えられてしまった」


 そこまで話したところで小山田先生の顔が曇り始める。


「俺たちは高槻が連れ去られてしまったために、作戦を前倒して急襲を開始することにした。聖騎士達の話では俺たちの実力であれば、速攻をしかけて敵の動揺を誘い、高槻が完全に連れ去られてしまう前に救出してしまった方が、助かる可能性が高いということだった」


 オーク達は人間の犯罪集団とは違う。

 人が相手であれば交渉が成立する事もあるかもしれないが、魔物に要求などはない。

 彼らの目的は殺戮(さつりく)に対する欲求だけだ。

 捕まれば最後、彼らにとっては人を甚振(いたぶる)ことが最高の快楽になる。

 時間が経てばたつほど、翔吾の命はないということだった。


「そうして、俺や高レベルの聖騎士を筆頭に強襲を開始した。教会の進言通りに村の制圧は(またた)く間に終わったのだが、俺が向った頃には高槻は……もう……既に事切れていたんだ……」


 先生は翔吾の最後を見てしまったのだろうか?

 話を終えた今でも肩が震えていた。


「先生……。話してくれて、ありがとうございます」


「いや……本当にすまない。俺はお前の友人を死なせてしまった……」


 彼はそう言うと、僕に向き直り深く頭を下げた。


 僕は反応できずに居た。

 決して腹を立てているわけではなく、僕はただ戸惑うばかりだった。


 先生の話は紛れもない真実だと理解はしているのだが、実感が伴ってこないのだ。

 だって、一ヶ月前には――修学旅行中でさえも、翔吾とは普通に言葉を交わしていたのだから……。


 今の僕は突然の別れに、呆気(あっけ)にとられる事しかできなかった。


「久田……。ここに戻ってこないか?」


 先生を見つめることしか出来なかった僕は、その言葉にも呆然(ぼうぜん)としていた。


「俺はこれ以上、生徒の誰も失いたくない。そのためになら何だってすると決意したんだ! 久田、この世界はお前らが言うようなゲームみたいな場所じゃない。一度は転落事故で死んで、そして生き返ったように異世界(ここ)に来たせいで、何度でも生き返るような気がしてしまうかもしれない。でも、そこに眠る高槻のように今度は確かに終わるんだ!」


 その言葉に僕はハッとした。

 異世界(ここ)では死ねば終わるという事実を、認識していなかったわけではない。

 だが、死に対して転移される以前よりも、より現実感の無いものに感じていたのは確かだった。


 それも先生の言う通り、死にかけてから召喚されたからだろう。

 また死にそうになったら結局は助けられるんじゃないのかと、無意識に思ってしまっている。


 僕は先生の指摘に返す言葉がなかった。


「俺は一度、生徒を死なせた。命を預けるには信頼できないというのもわかる。ただ、これだけは誓おう! 久田がここに戻ってくるのならば、俺はオレの全てを持って命を守ると……」


 先生のプロポーズ地味た台詞(セリフ)はあまりにも真剣で、信頼できないどころか心の底から頼りたいという気持ちが湧き上がってくる。


 だが、僕は勇者をモノ扱いする一部の異世界人たちを信頼できない。

 此処(ここ)に戻ってしまえば、いつの間にかそういった人達に逆らえなくなる気がするのだ。


 「すぐにとは言わん。とりあえず、俺は教会の中に戻る。久田の考えが(まと)まったら来てくれ」


 と、先生は言い残すと、教会の入口の方へ向かって歩き出した。

 僕は(しば)し、その後ろ姿を見つめる。


 姿が見えなくなった所で、僕は目の前にある墓標に視線を変えた。


(翔吾――お前、本当にこの石の下に居るのか……?)


 心の中でそう話し掛ける。

 だが直ぐに僕は、頭に浮かべた独り言に苦笑いした。


 もしかして僕は、物語に出て来る勇者のように翔吾は実は生きていて、強くなって帰ってくるとでも思っているのだろうか。

 僕は自身がご都合主義を期待しているのか、現実に着いて行けてないのか、わからなくなってしまった。


 ……他のメンバーはどう思っているんだろうか?


 自分の本音が見えなくなったせいで、他人の様子が気になってくる。

 僕はクラスメイトに合うために、先生の後を追って教会の中に向った。

今週は仕事で残業が続き、あまり書くことが出来ませんでした……。

来週からは頑張りたいと思いますm(_ _)m

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