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初めてのシードル

 ギルドから逃げ出すように走り出した僕は、知り合いの誰にも遭遇しないことに成功していた。

 しかし、高ぶった心の内はなかなか平静には戻らず、未だ(くすぶ)り続けている。


「……だいぶ、暗くなっちゃったな」


 ミーオさんに話しかけられた時は、まだ空はオレンジ色だったのに今ではすっかり暗闇に包まれていた。

 いつもなら皆と一緒に宿で夕食を取り始める時間だというのに、僕はまだ仲間達と顔を合わせることが出来そうになかった。


「いつもと違う場所で夕食にするかな」


 僕は自身の切り替えの悪さに溜息をついて、食事を取れそうな場所を探す。



 ――ふと黄色い光が伸びる入り口を見つけた。


 どうやら地下に酒場があるらしく、続く階段を覗くとがやがやと酒場らしい喧騒が耳に届く。


 僕は地下にある酒場へ入った。

 そこはいつもの宿屋の一階とは違い、地球で言うバーのような内装のお店だった。

 バーテンダーのような店員が立つカウンターの背後には、酒瓶とグラスがズラリと並んでいる。


 僕は空いている丸型テーブルの一つに座った。

 暫し内装を見渡しているとベストを着た男性の店員がやってきて、「こちらがメニューになります」と折りたたみのメニューを渡してきた。

 僕が受取ると店員は一礼して、彼の定位置らしい店の端へと戻った。


 メニューを開くと――高い!

 いつもの酒場ではメインが銅貨五枚ほどだったが、このお店は銀貨二枚からだ。


 ……まぁ、折角の休日なのだから気にせず頼もう。


 この世界では15歳で成人だ、

 飲酒もその年齢から許可されている。


 僕は、むむっ唸る。

 もしかすると、今のやさぐれた気持ちもアルコールを飲めば和らぐかもしれないと考えたからだ。


 僕は注文を頼むため、片手を上げて店員を呼ぶ。

 すると、先程のベスト姿の男性がテーブルの方まで来てくれた。


「"(ささや)くウラレンの香草焼き"と"月のせせらぎスープ"を。あとシードルをお願いします」


「かしこまりました」


 男性は再び一礼して厨房に注文を持ち帰った。



 ――うん。注文したけど全くもってどんな料理かわからない。

 ウラレンどころか、せせらぐスープとは一体なにか。


 まぁしかし、名前の不透明感は異世界(ここ)に限ったものではないだろう。

 というか、僕たちが修学旅行で泊まっていた山荘には、"木漏(こもれび)れ日のクッション"とかいうメニューがあったなぁ。


 単なるホットケーキだったけど。


 どうでもいいことを考えていると料理が出てきた。

 置かれたグラスには琥珀色の液体が入っていた。


 へぇ、これがシードルかぁ。

 ファンタジー小説だとエール・ミード・シードルはよく出てくるよね。

 まぁ、どれも地球にも存在する酒ではあるけど。


 勿論、僕は未成年だったのでご縁が無かった。

 酔うのを警戒して、おずおずとグラスを口にしつつ料理に舌鼓を打った。


 チビチビッ


 ちなみにウラレンは普通に香草焼きで、何が囁いているのかわからなかった。


「すみません! シードルのおかわりをお願いします」


 グビグビッ


 月のせせらぎとやらは紫色のスープで、その中に黄色い丸い根菜類が浮いていて確かに夜っぽくて綺麗だけど、色がのせいで魔女が作りそうなスープみたいな見た目だった。


「店員さん、シードル追加で!!」


 ふむ、どれもこれも味は美味しいね――。


 …………。


 ……。



 ――気がつけば、もう三杯目に突入していた。


 いやはや、僕は初めてのアルコールだったけど、結構()()る口のようだ。


 確かに聞いていた通り、何処(どこ)か頭がふわふわするし体が温かい。

 この心地よさがアルコールなのか。

 なかなかに気分がいい。


 そして辺りを見渡すと、こんなに照明が明るかったっけ? と違和感を覚えた。

 目に映る光がぼんやりと伸びて、視界の明るさを際立(きわだ)たせていたのだ。


 ……大丈夫、僕は酔っていない。


 僕は心で反省の言葉を呟いた。


 頭を冷やすために水を頼んで落ち着かせることにした。

 僕は水を飲みながら注意を周囲へ向ける。

 入ったときよりも人が増え、酔い始めた大人たちの大声が飛び交っていた。


 まぁ折角だから、情報収集でもしようか。


 酒場は情報の宝庫というのがファンタジーの定番だ。

 僕はメニューから補助ジョブを、習得した弓術士に切り替えた。

『知覚拡張』のパッシブ(常時発動スキル)効果のためだ。


 耳を澄ますと、「バラッカのヤツ、ユーリに手を出して引っ叩かれたらしいぞ! グハハッ」とか「一度で良いから、ミーオさんに女装をさせてみたいわ~」とか雑談が聞こえてきた。


 ……ミーオさんの女装か。

 彼は語尾「ニャ」でなんだかなぁ~な感じが目立つけれど、顔は中性的で間違いなくイケメンの青年だ。

 そして、種族特性なのか何処(どこ)か艶めかしい。

 ミーアさんの女装姿に興味を持たれることは頷けてしまう。


 その時は僕もぜひ呼んで欲しいと思うが、どうでもいいことなので耳のチャンネルを切り替える。

 次に僕の気を引いたのは、茶髪のひょろながな男性と角刈りの中年が会話だった。


「そういえば、魔物が南方の集落を占拠していたのはどうなったんだ? あれから音沙汰がないな」


「南オルタ付近をオークが攻めていたやつのことか? あれなら今月の始めに召喚された勇者の一行が向かったらしいぞ」


 角刈りの方の質問に対して、茶髪のひょろながの男性が答えた。

 僕は思わぬところで知人たちの動向を知ることになった。


 あれから暫く小山田先生たちがどうしているのか耳にしなかったけど、ついに勇者としての活動が始まったみたいだね。


「はぁ? まだ来てから半月程度だろう? 今回はまた随分と早いねぇ」


「今回は()()ぶりに大漁だったらしいぞ。30人程があちらから来たらしい」


 五年ぶり? 僕は茶髪の男性の何気ない言葉に引っかかりを感じるが、そのまま彼らの会話に耳を傾ける。


「……そういうことか。しかし、二年前に召喚したヤツらは去年、ブルドガルム国の内乱に向かわせて使い潰したばかりだろ? 懲りないねぇ」


「ハハ……、まったくだよ。アレだって俺たちから巻き上げた税金で回しているんだ。もうちょっと使いみちを考えてほしいものだな」


 茶髪の男性が呆れたように頭を掻く。


「つっても、アイツら”ねっとげ”だったか? なんかのゲームみたいだのと言って敵陣に嬉々として突っ込んで行くらしいからな。面倒をみる国の奴らも大変なんじゃねぇか? まぁ年々、再召喚は短縮傾向だからな。居なくなったところで直ぐに新しい奴らが補充されんだろ。がははッ」


「そういえば、今回もだいぶ試行錯誤していたしいしいぞ。あっちで働いている知り合いに聞いたんだが、今回で割合が確定したとか言ってたな」


「おい、今はその話はやめようぜ……」


「おっと、悪い!」



 ――どう考えても、僕たち召喚者の悪口だよね。


 しかし、五男前と二年前か……。

 まさか、召喚がそんなに頻繁に行われているとは思わなかったよ。

 教会で出会った女性神官の崇拝するような様子は演出だったのだろうか。


 酔ってぼんやりとしていた僕の頭は、不快な会話ですっかり醒めていた。

 気分転換にここへ来たつもりだったのだが、逆効果になってしまったようだ。

 僕はひとつ溜息を漏らして会計に向かった。


 勘定台まで足を運ぶと先程の二人組が入り口近くのテーブルに座っているせいで、再び彼らの会話が聞こえてくる。

 まだ勇者がどうだのと話しているようで、僕はその場で耳を塞ぎたい気持ちになった。


 そして、会話に笑っていた角刈りの男性が口を開く。


「まぁ、()()()()の管理は教国軍に任せて、せいぜい俺らの役に立ってくれればいいさ」


 その言葉が聞こえた瞬間に、僕は思わずカッとして勘定台に支払いを叩きつけてしまう。

 自分の行動に、しまった! と思うが既に遅い。

 背後を見ると驚いた人たちの視線がずらりと僕に向けられていた。


 その場に居たたまれなくなった僕は、お釣りも受け取らずに地上へ掛け出していったのだった――。



 ◇



 そして、僕はよろよろとしながら、宿の借りている部屋へと帰り着いた。

 ベットへ仰向けに倒れ込み、今日一日を振り返える。


 ……ギルド長には絡まれるし、居酒屋では不快な発言を聞くしで全然リフレッシュ出来なかったな。

 僕は思い出したせいで、心が沈んでいくの感じた。


 その時、ドアから控えめのノックが聞こえて、「シンジさん、戻られましたか?」とミリアがやってきた。

 僕はドアを開けてミリアに答える。


「ああ、ごめん。いま帰ってきたよ」


「遅いようでしたので、少し心配に……良かったです」


 と、ミリアが微笑みを向けてくれた。



 ――うん。癒やされる!


 僕は彼女の気遣いと笑顔に(ささ)さくれ心が洗われた気がした。

 最近は楓と涼の保護者としての側面が表面化していたけど、この花のような笑みこそが彼女の魅力だと思う。


「ううん。心配してくれてありがとう」


 僕は感謝の気持ちをミリアに伝えた。


 ……そういえば今日の出来事で、特に転移者の実情をミリアならもう少し詳しく教えてくれるかも?

 ミリアのおじいさんも勇者召喚で呼ばれた人だったはずだしね。


「ミリアに教えてほしいことがあるんだけど、ちょっといいかな?」


 ミリアは首を傾げて、「私が知っていることなら」と快諾してくれた。

 僕は自室にミリアを入れて、テーブルに向かい合う。


「今日、転移者は数年に一回は呼び出されているって聞いたんだ。そこで勇者達のことを『軍事兵器』だって言っている人が居て、それがこの世界にとって常識なのかなって気になってさ……」


 すると、その質問を受けたミリアは悲しそうに顔を歪ませた。


「……そうですね。今はそのような傾向があることは否定できません。私のおじいちゃんが召喚された頃はそのようなことは無かったようですが……。百年ほど前から急激的に再召喚に必要な期間が短くなったことが原因みたいです」


 やっぱり、おじいさんと同じ勇者が”モノ”として扱われることが許せないのだろうか?

 気がつくとミリアは白く小さな手で握り拳を作っていた。


「呼び出す期間が短くなっている原因はなんなのかな?」


「短縮が始まった直接的な原因はわからないらしいのですが、周期が早まることで研究の機会が増えて結果として召喚技術自体が向上したようです。技術面と原因不明の短縮が重なって現在の再召喚期間を実現しているそうです。以前は数十年、場合によっては百年の時を待たなければ再召喚は出来なかったと聞いています」


 僕らより前の召喚は二年前だったと酒場で耳にした。

 数十倍に近い再召喚期間の短縮は劇的なものだったろう。


 そのままミリアは続ける。


「そうして勇者は最後の切り札としての位置づけから、量産できる強力な軍事兵器として扱われるようになっていったのです。……ただ、以前から軍事兵器としての側面は持ってはいましたが、その……」


 まぁ、ラノベとかでも勇者は軍事兵器だの便利屋だのと例えられていたからね。

 ミリアが僕の顔色を(うかが)うように見つめていた。


「大丈夫、もう気にしてないよ。ミリアもおじいさんの事で、辛い思いをしたのかもしれないのに、無神経に聞いてしまってごめんね」


「そ、そんな! そんな事はありません! そう、ではなくて、ですね……」


「ん? どうしたの??」


 ミリアは俯きながら、再びふるふると拳を握りこむ。

 そしてミリアは顔を上げると、しっかりと僕の目を見つめてきた。


「……ただ、誰もがそのような考え方に()()()()()()とは限りません」


 すると、ミリアは前のめりになり、バッとその手で僕の両腕を掴んだ。


「私は少なくと自分はそうではないと信じたいんです!」


 僕とミリアは暫くお互いを見つめ合う。


 ミリアは決意したような、(すが)るような何とも言えない表情を浮かべ始めていた。

 今、彼女が何を考えているのかはわからない。


 僕は”何か”を胸に抱くミリアの黒く澄んだ瞳に、吸い込まれていくような感覚に(おちい)っていた……。



 ――てっ! あばばっ!

 ふと我に変えるとミリアの顔が近い!!


 吸い込まれていく”ような”じゃない。

 自然とお互いの顔が物理的に接近しつつあったのだった。


 僕の目が左右に泳ぐのを見たミリアも、我に返ってきたのか顔が赤に染まっていく。


「ご、ごめんなさい!!」


「い、いや。大丈夫だよ!」


 全然大丈夫じゃない僕は、頭をぼりぼりと掻いて強がる。


「そ、それでは私はこれで!」


 と、ドアをバタンッと鳴らしてミリアは飛び出して言ったのだ。



 ――ガチャリッ。


 あれ? 帰ってきた。


「明日は、また一緒に冒険しましょうね!」


 と、ミリアはニコリと微笑んで言うと、今度は本当に自分の部屋へ戻っていった。


 ……かわいい。

 僕は今日一日の不快さも忘れてドキドキさせられていた。

※2019/03/02


インデントが無かったため追加

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