野牛のステーキ
僕らはギルドが保有する解体所にフォレストガウルを引き渡して、ミーオさんのところへ報告に向かった。
「お疲れさま、依頼達成の報告は解体所から既に届いているニャ! しっかし、君たちもここ数日ですっかり成果を上げているニャ~」
「僕たちでも達成できる依頼をミーアさんが厳選してくれているからですよ」
僕たちは揃ってミーオさんに感謝の言葉を述べた。
ミーオさんは僕たちの傾向を把握してくれているようで、一対一に近い戦いが出来る相手を中心とした依頼を紹介してくれる。
僕たちのパーティは盾役に必要な引き付け系のスキルが、単体対象の挑発しかないため、集団を相手取るのが苦手なのだ。
実際にガウルもグリーンリザードも群れで活動する部類ではないので戦いやすかった。
「ニャハハ。まぁ、この調子ならCランクへの昇格は決まるだろうニャ。Cからは上がるたびにランクアップの報酬が貰えるから楽しみにしているのニャ」
「はい! 僕たちも期待に応えられるように、引き続き頑張ります!」
僕はミリアたちと顔を合わせて、「やったね!」と喜んだ。
僕らはガウルの報酬を貰い、しばらくミーオさんと談笑をしてからギルドを後にした。
「しかし、ランクアップとは良い区切りではないかの?」
帰り道の途中で、楓が唐突に切り出してきた。
「ん? 区切りってなにが?」
「わたしが来る前から姫様たちは、まともに休みを取らずに依頼をこなしているのですよね?。そろそろ体を休めてみては、です」
涼が楓に替わり提案してきた。
「確かオウガの報酬を受け取った日は、半日寝てたから休みと大差なかった気もするけど」
「………………あの日もギルドへ報酬を受け取りにいったり、その後も姫様たちは使い道について話し合っていたではありませんか? それでは、会議みたいなものです。休んだとは言えないのではないでしょうか!」
――!?
……言われてみれば、確かにそうかもしれない。
僕はステータスが上がったせいか、疲労を全く感じなくなりつつあるけど……ミリアはどうだろうか?
いいや、彼女は後衛職だ。
前衛の僕とは違い、VIT値はそこまで高くないだろう。
なるほど主の体調を気にかけるとは、なんて優秀な式神だ。
「……そうだね。そもそも根を詰すぎないように、僕たちも一週間の間に休みの日を設けるかどうかも、決める必要があるかもしれないね。――とりあえず、思いついたら吉日だ! 明日は休みってことでどうかな?」
「う〜ん、そうですね。明日はお休みにして、それ以降はまた改めて決めればいいと思います」
ミリアも首肯し、その後ろで楓と涼はサムズアップしていた。
――うん。なんとなく二人が押していることには気づいてた!
あと少し遅れていたら、あのサムズアップは下に向いていたに違いない。
まぁ、いまいち意図はわかってないけど……。
どちらにせよ、彼女たちも暫くは戦いっぱなしだったし、このあたりで休暇にするのは悪くない意見だと思う。
僕は遠慮なく便乗して、昼まで寝ちゃうけどね!
何だかんだで明日の休みに浮かれていると、いつの間にか宿屋に着いていた。
入り口をくぐると僕たちを見つけた女将さんが、「今日はありがとうね!」とお礼を言いに来て、今日の夕食に野牛のサイコロステーキを奢ってくれるということだった。
僕たちはテーブルにつき、しばし期待に胸を膨らませて待っていると、眼の前にじゅうじゅうと音を立てるステーキが出された。
――ゴクリッ
楓と涼は目をキラキラさせ、僕とミリアは生唾を飲む。
ちなみにミリアはエルフだが、野菜しか食べれないというわけではないらしい。
なんなら何を食べても、「美味しい」と言っている姿しか見たことがないかもしれない。
「そういえば狐は肉食だった……っけ?」
「狐は肉食よりの雑食、です。それはそうと、このお肉はとてもいい匂い、です!」
と、涼が珍しく興奮気味で答える。
もっと単純な話だった。
喜ぶ涼の頭を、ミリアが「頑張ったかいがあったね」と撫でる。
……母さん僕もその子の頭を撫でてみたいのですがいいですか。
まぁ、あまり待たせてもなんなので、
「それじゃあ、食べようか!」
それを合図として、みんなで一斉にステーキに齧り付く。
――うまい!!
少し食べたところで、幼女たちが僕の肉を狙ってサイコロを巡る攻防戦が繰り広げられる。
彼女たちが妖狐の技なのか幻術まで使い始めたので、僕は弓術士にジョブチェンジして罠感知や知覚拡張で抵抗した。
……幻術ってすごいね。
目の前に砂漠が広がっていたよ。
そうして最後はミリアママに「マナーが悪いですよ」と一括され、速やかに戦いは終結したのだった。
◇
今日、僕らのパーティは初の休日だ。
ミリアは迷宮探査の時に約束していた陰陽術を楓達から習いに朝から出かけていった。
休みを欲しがったのは練習のために纏まった時間が欲しかったってことかな?
そういえば、ミリアは戦闘になるとやれることが少ない無いのを気にしていたっけ。
僕は戦闘中に召喚者本体が無力気味なのは、そういうものだと思い込んでいたよ。
そうして女の子たちが頑張っている中で、僕はみんなと朝食を食べに起きた後、部屋に戻って昼まで寝ていた。
完全にダメ人間である。
自覚している。
だが、後悔はしていない。
僕は頭をぼりぼりと掻きながらベットから出た。
「とはいえ、この後は何しようかなぁ……」
一人になるのは久しぶりなこともあり、時間を持て余していた。
あとでミリアたちのところに顔を出そうかな?
あ、でも、何処でやっているか知らないや……。
とりあえず、僕は一階に降りて昼食を取った。
食べたあとは、そのまま街の方をぶらぶらと歩く。
最近ではゲテモノ料理にも慣れてきて、露店に並ぶ人面魚の唐揚げや、何の生き物の手だかわからない佃煮が美味そうに思えてきてはいるが、絵面的に徐々に骨になっていく人面魚を写すわけにはいかないと思い、ワイルドシープの串焼きを買い食いすることにした。
――嘘です。
あれを食べる勇気はありません!
僕は目が合ってしまった唐揚げに会釈をしてその場を立ち去った。
そんなこんなで目的のない街の散策を堪能していたところで、ふと気になるお店を見つける。
そのお店はガラス細工ならぬクリスタル細工の装飾品店だった。
さっそく店内に入ってみた。
僕は魔法で作られた小物を見て、地球のガラス細工顔負けの精巧差さに目を見張る。
鳥や犬などの動物から――この世界の有名人だろうか? 杖や剣を持った人やらバリエーションは広い。
どうやって造っているのかと興味が湧いてきて、お店の人に尋ねると土魔法で造形し、風魔法を用いて研磨しているのだと教えてもらった。
また、塗料だと直ぐに剥がれてしまい長持ちしないたため、色付きのクリスタルを繋ぎ合わせているらしい。
そこに色合いやら、混ざり方やらで個性を出すのが職人にとっての見せ場だそうだ。
暫くお店の商品を眺めていると、花びらが五枚の白い髪飾りが目についた。
白い水晶と僅かに使われている透明な水晶との混ざり方がとても繊細で、僕は思わず手にとってみた。
すると、後からふんわりと花の香りが漂ってきた。
「そちらの商品は当店の職人が造ったものでして、天然ものの白結晶を媒体に芳香の魔法が掛けられているのですよ」
と、ニコリと上品そうな女性の店員さんが微笑をたたえて説明をしてくれた。
へぇ、香の魔法なんてあるんだ。
原理を考えると、なかなかにファンタジーな代物だと思う。
ミリアにプレゼントしようかな。
僕は手にとった花の髪飾りを一つ購入してお店を出る。
僕は店前でぽつんと立ち尽くす。
――って、思わず衝動的に買っちゃったけど、僕は女性にプレゼントなんてしたことがない。
僕は自分がミリアに髪飾りを渡すところを想像してしまい、顔がほんのり熱くなっていくのを感じた。
僕にとっては魔法が掛けられた髪飾りということで新鮮に感じたけれど、この世界で育ったミリアにはなんの変哲もないアクセサリーかもしれない。
しかも、身に付けるものをプレゼントとは、なかなかに難易度が高いものを選んでしまった。
「これは渡すまでに、時間が掛かりそうだね……」
自身の考えなしの行動に呆れ、僕は独りごちる。
そして、辺りを見渡すとすっかり夕方頃になっていた。
何だかんだで買食いしたり、目のついた物を眺めたりであっという間に時間は過ぎていたようだ。
その時、背後から声が掛かる。
「お! シンジ君ニャ! こんなところにでどうしたのかニャ?」
と、声の正体はミーオさんだった。
「ミーオさん、こんにちわ! 今日は休みの日にしようという事になりまして、ブラブラしていたところでした」
「そっかそっか。冒険者は体を休めるのも仕事だからニャ! ……ということは、少し暇かニャ? ちょっとシンジ君に用事があるのニャ」
「特にこの後の予定があるわけじゃないので、大丈夫ですよ」
「じゃぁ、ギルドまで付いてきて欲しいニャ~」
用事ってなんだろう?
僕はミーオさんに連れられて、ギルドに向かった。
ギルドに着くと、僕はカウンターの椅子に座らされた。
「用事というか――おめでとうニャ! Cランクへ昇格が決まったので、その報告だったのニャ~!! ほれほれ、これがランクアップの報酬だニャ」
お! 昨日、昇格の話が出たばかりと思ったのにもう決まったのか!
ミーオは金貨20枚を手渡し、僕が報酬の袋を受取るとパチパチッと拍手してくれた。
「僕はこれからも君たちの活躍を期待しているのニャ! あと、悪いのだけど……ギルド長にも会ってくれないかニャ?」
僕は思わず「げっ」と声を出しそうになるのを呑み込む。
あの人はどうも苦手なんだよね。
声に出さずとも顔には出ていたのか、ミーオにバツの悪そうな顔をさせてしまった。
「す、すみません」
「いや〜こちらこそ、ごめんニャ。でも、ギルド長がシンジ君と話したいらしくてニャ……」
ギルド長が僕なんかに何の要だろう?
「それじゃあ、案内するニャ」
うげっ!
しかも、今からか……しょうがない。
覚悟を決めよう。
僕は案内されて、二階のギルド長室へ向かった。
◇
僕がギルド長室に入ると、案内してくれたミーオさんは部屋から出ていってしまう。
うっ、できれば二人っきりにしないで欲しかったな。
僕は背中に嫌な汗がにじむのを感じた。
「よぉ。シンジ、来たな。お前と話すのはこれで二回目か」
自身のデスクで俯きながら何やら書き込んでいた男が顔を上げて声を掛けてきた。
掛けていたモノクロをクィっと直し、僕の方をジロリと見つめる。
「はい。前回は失礼な態度をしてしまって、すみませんでした。」
前回話しかけられた時に、僕は警戒心を丸出しにしててしまったのだ。
「あ? ……ああ、そんな事は構わん。気にするな」
言葉とは裏腹に、表情がピクリとも変わらないギルド長に不気味さを感じた。
ギルド長は、ふんっと鼻を鳴らして口を開く。
「そういえば、俺の名前を伝えてなかったな。ミーオから聞いているかもしれんが、アルガ・オリバーだ。覚えておけ」
「オルガさん、改めましてよろしくお願いします。僕はシンジ・ヒサダといいます」
今更の挨拶が、気まずさをいっそう引き立てた。
オルガはデスクから立ち上がり、僕の対面にあるソファへと座り直す。
「ヒサダ……ね」
先ほどとは打って変わって、明らかに不愉快そうな表情を浮かべるアルガ。
何故か僕の姓名が気に障るようだった。
「おい、調べたぞ。お前、異世界からの転移者らしいな。……何故こんなところにいる?」
彼の疑問を投げかける声は静かで、それでいて確かに怒りの感情が含まれていた。
僕は彼の変化と唐突な身元バレに怯み、「え!? 別に……ただ、その……」と言葉にならない声を出すのが精一杯だった。
僕のそんな曖昧な態度がオルガの逆鱗に触れたのか、彼の怒気が一気に跳ね上がる。
そして次の瞬間、
「てめぇ、何を企んでやがる!!」
そう糾弾するように言い放つと、先程よりも怒りを大きく膨れさせて、僕の胸ぐらを掴む。
その流れのまま、僕は手前のテーブルに引き釣り倒された。
「なっ! ぼ、僕は何もっ! ただ、この世界を見て回りたかっただけです!! 本当です!」
僕の回答を聞いたオルガは、ぱっとその手を離した。
「は……? 『世界を見て回りたい』だと……? ――フッ。フハハハッ!」
突然、オルガは片手で顔を隠し大声で笑い出す。
僕は目まぐるしく変化する彼の狂気にも似た態度についていけず唖然とした。
笑いをおさめるとオルガは、
「――そうだったな。お前らはそういう性質だった!!」
と、なにか納得したようなことを僕に言う。
しかし、その瞳には憎悪の炎が宿り、間髪入れずに僕へ殺気を飛ばしてきた。
「~~っ!」
僕は産まれて初めて、人から深い憎悪と殺気を向けられていた。
声を出すことも、構えて応じることも出来ずに、ただひたすら全身の産毛が逆立つような身震いを起こしていた。
しかし、その間も長く続かず、オルガの顔は能面のようになった。
「もういい。今日の事は忘れて、さっさと帰れ!」
オルガはもう要件は済んだとばかりにドアを顎で示す。
……なんなんだ、こいつは。
僕はようやく開放されることに安堵して、「言われなくても」と精一杯の捨て台詞を置いて出ようとする。
すると背後から、
「せいぜい、役に立ってみせろよ。この紛い物が」
と、オルガが独り言のように、それでいて確実に僕へ聞こえる音量で呟いた。
――僕は一切振り返らずに、そのまま部屋から出る。
そして階段を降りたところで、足を早めてギルドの出口へと逃げた。
僕は今、誰にも顔を見られたくなかったのだ。
ここにいればミーオや、もしかするとミリアにも出会うかもしれない。
僕の顔は情けなく怯えているのだろうか?
それとも理不尽に殺意を向けられ、怒りに歪んでいるのだろうか?
自身でも、いま自分がどのような顔をしているのか想像ができなかった。
※2019/02/27
インデントが無かったため追加




