オウガ戦
シリアスな雰囲気がギルドで漂う一方で――
やばい! やばい!
オウガに突っ込んでみたものの、近くでみるととんでもない威圧感だ。
人形という見慣れたシルエット。
だがしかし、本来ならあり得ない背丈の違和感のせいで、恐怖心をいっそう膨らませる。
逃げればよかったと、泣き言が頭によぎるが、そもそも入り口が塞がれてしまったのだから、僕らに退路なんてないのだ。
まぁ、だからと言って果敢に立ち向かっているわけでもないけどね!
僕はオウガと一定の距離を保ちながら、広場の外周を逃げ回っていた。
ドーーンッ!!
「うわっ!」
オウガの右腕が振り下ろされて、広間の床を粉々に砕いた。
「ぷははっ。シンジ、やるじゃないか!」
楓が僕の方を指さしてげらげらと笑う。
隣の主は魔力矢を挟み込もうとするものの、タイミングが掴めずにおろおろしていた。
いやいやいやっ!
ぷははっ、じゃないから!!
「か、楓! 手を貸して……!」
「なんじゃ、もうギブアップかの?」
――ふむ、「もうギブアップか」と来ましたか。
まぁ、確かに開始早々ではあるし、僕自身がまだこの戦いに満足できていないんだけど……。
今、僕はオウガにとある期待を寄せていた。
大広間に来るまでに幾匹もゴブリンを倒してきたが、僕の期待を満足させる者は居なかった。
奴らが高く跳ね、僕に飛びかかる時もダメ。
楓に蹴っ飛ばされて、のけぞるように吹っ飛んだ時もダメだった。
――彼らの腰布の下はパンツなのか、それとも……。
それはあまりに不自然で、アニメのヒロインよろしく、見えそうになると謎の重力が働き、弛んだ布があの手この手で邪魔をする。
僕という青少年に対する異世界からの配慮なのか。
しかし、あの体格のオウガならば、その秘密を隠し切ることは到底出来まい。
なんとしてでも暴いてみせる!
僕は『心眼』を発動してオウガに向き直る。
すると、オウガの幻影が僕の方にジャブを出すのが見えた。
それを速やかに躱してオウガの両脚に、槍を遠心力に任せて叩き込む。
オウガの膝の裏側に命中した槍が膝カックンを実現した。
「ガッ……!」
たまらずオウガは、バランスを崩して転倒する。
――っ見えた!
ついに僕は真実を目にすることに成功したのだ。
いや、正確には真理に至ることは不可能、という現実を知ってしまった。
オウガのお股には、闇より深き漆黒が広がっていたのだ。
そう、これはいわゆる”黒塗り非表示”だ。
3Dゲームで女性キャラのスカートの中がそんな感じだよね……。
きっと男なら一度や二度は目にしたり――確認してみたりした事が、あったりなかったりするだろう。
しかし黒塗りであるならば、これ以上の努力は無駄だ。
いやまぁ最初から無駄なんだけど。
僕なりの結論が出た所で、背後からも「なんじゃ。つまらん」、「相応、です」という反応が聞こえてきた。
――ねぇ、涼さん『相応、です』ってなんですか。
まさか貴方には、あれが見えているとでも……?
だがしかし、そうなのであれば楓の『なんじゃつまらん』とは一体どちらの意味か。
そしてミリアが無言で逆に気になる。
……なにが見えたのかを聞いてみたいが、聞くのも恥ずかしいので、やっぱり気にしないことにした。
秘密を暴かれたオウガは、ムクリと立ち上がると雄叫びをあげる。
「グゥァガァアアーッ!」
よほど悔しかったらしい。
どこか頬が赤くなっているように見えるが、きっと気のせいに違いない。
羞恥心に怒り狂ったオウガは、先ほどとは段違いに攻撃の威力も速さも上がっていた。
そのせいで心眼を使って攻撃の予測がわかっても、容易に避けれなくなってしまったのだ。
心眼で表示される幻影の途中から、実体の動作が追いついてしまう。
「くそっ……! これならどうだ!? 『麻痺付与』!」
僕はバックステップで更に距離を取り、オウガに麻痺の魔法を発動した。
「グガァッ……!」
お、効い――
ズゴォーーンッ!!
――てない!!
オウガは僕が一呼吸前に居た場所に、大股からの踏み抜きを放ってきた。
いや、厳密には体感でコンマ単位は停止したから、雀の涙ほどの効果はあるらしい。
「シンジさん、今の倍近い隙をいただければ凍結してみせる、です」
涼が助け舟を出してくれた。
今の二倍か――それなら!
僕は再びオウガに向き直る。
「『麻痺付与』!」
「グガァッ……!」
オウガの動きが一瞬止まるが、直ぐに再起動してしまう。
「からの、魔封管!!」
パリンッ!
僕は温存していた麻痺の魔封管を、オウガに叩き込んだ。
「グギィッ……!」
「シンジさん、ナイス、です!」
涼が事前に発動待機状態にしていた『氷縛結界』で、すかさずオウガを拘束する。
「ねね様、後は……!」
「分かっておる!!」
既に楓の顔には隈取が現れており、すう~っ、すう~っとゴブリンのときよりも倍の空気を吸い上げた。
あ!
万事休す、再び!!
僕の『心眼』が、この距離でもまだ危ない! 下がれ! 下がれ!! と教えてくれた。
次の瞬間、
ゴォオオオオオッォォッ!
吸った空気の量に比例するように、威力も範囲も二倍だった。
薄暗いダンジョンを轟々と照らすオレンジ色の大火炎は、眺めているだけでも目が焼かれそうになる。
「――あっつ!」
熱量の一方的な暴力に見惚れていると、僕の前髪もちりちりと焼かれてしまった。
次第に勢いは弱まって行き、ようやく炎の蹂躙が終わった。
そこには見るも無残にも、上手に焼けてましたなオウガが転がっていた。
……黒い人型の物体って、とてもホラーだね。
「いやいや、どんな威力だよ!」
「ぷははっ! 他愛ない!!」
と、楓が高からかに笑い声を上げたかと思うと、次には振り子のようにフラフラと揺れ出した。
「むぅ……。しかし、どうやらこれが今の妾には、限界の、ようじゃ、な」
そこで限界に達したのか、ドサリと崩れ落ちてしまう。
「楓!?」
「楓ちゃん!?」
「ねね様!?」
僕らはオウガ戦のVIPに慌てて駆け寄る。
「ふはは……、少し休めば治る」
突然倒れたからどうしたのかと驚いた。
式神だし、てっきり消えてしまったりするのかと心配したよ。
珍しく顔色が悪いものの、とりあえずは大事に至っていないようだ。
流石の楓も大技に疲労が出たのだろう。
「余裕そうに見えて無理したんだね。楓、ありがとう」
僕は楓の頭を労うように撫でた。
「じゃ、じゃから! 子供扱いはよせ!」
と、楓は怒ってみせたものの、尻尾が床の上をワイパーのように滑る。
「ふふ。ありがとう、楓ちゃん」
ミリアも照れる楓を優しくなでなでする。
「じゃから……あ〜もう!! 体調はもうよい!」
「ねね様は相変わらず、素直じゃない、です」
涼にもからかわれて姉分は更に赤くなるが、彼女の尻尾ワイパーは止まれないようだ。
「アハハハッ。……そういえば、楓はなんでオウガの気配に気付けなかったんだろうね」
奥になにか秘密でもあるのかと、僕は調べるためにオウガが登場した扉に向かった。
そこには下に続く、暗くて先の見えない長い階段があった。
ふと隣をみると、いつの間にか僕の後ろに付いてきていた涼が、地下へと続く階段を覗き込み、耳がぴくぴくと忙しなく動いた。
「ここから先は別の空間になっているよう、です」
「ほぉ、なるほどの。まぁ、妾が把握できるのは同一空間上の気配までじゃからな」
ゲームだとダンジョン内でもフロアが違うとマップが切り替わったりするけど、そういうことなのかな?
……いや、それも今一ピンとは来ないね。
今、眼の前に空間の変わり目が存在するらしいけど、僕には全く違いが分からない。
「ん〜よくわからないけど、空間が違うと難易度があがるんだね」
「そうですね。異なる空間の違いは拡大解釈すれば異世界と地球みたいなものですから、相手の領域を知る事はとても高度なことなの、です」
涼がどれだけ無理なことなのかを説明してくれた。
「なるほど、なんとなくわかった、かな? ……とりあえず、これ以上進むのはやめておこう。今更だけど先発隊に危険があったと見て間違いないし、ギルドへ報告しに戻ろうか」
「「はい!」」
「うむじゃ!」
◇
――そして僕たちはギルドに戻る。
何故かいつも静かな二階の方が騒がしい。
そわそわと上階を眺めるミーオさんに僕は話しかけた。
「すみません、依頼の報告をしにきました。今日はなんだか騒がしいですね」
「あ、はーい。ちょっとゴタゴタがあって、――ってシンジ君ニャ!?」
どうしたんだろう?
いつも、おっとりでマイペースなミーオさんらしくない。
「本当にどうしたんですか? ……それより、先発隊に何かあったかもしれません。床に壊れた冒険者の装備らしき物が散らばっているのを確認しました」
「え? ああ! 既に先発隊の斥候からオウガが居るという報告を聞いているニャ。先発隊は全滅、ギルドはシンジ君達の救助とオウガ討伐のために二次隊を編成していたところだニャ! 君たち、良く無事だったニャ~」
なんだ、もう事情は把握しているのね。
しかし、全滅か……。
そうと知っていれば遺品を持ち帰ってきたのに。
「アハハ……、僕は何度か死にかけましたけど、なんとか無事に帰ってこれましたよ。あと、オウガ自体は倒しましたから、討伐部隊なら大丈夫だと思いますよ。あ、でも、まだ他にもオウガがいるかもしれないのか……」
「へ? オウガを倒した?」
「ええ、そうです。一応、討伐部位になるかと思って、角を取ってきました」
僕はオウガの角をミーオさんに手渡した。
「……ほ、本物ニャ」
「そんなに珍しいものなんですか?」
褒められるかもとは期待していたけれど、予想以上のリアクションに僕も戸惑う。
楓の渾身の一撃でぶっ飛ばしちゃったけど、実は高ランクの魔物だったのかな?
「珍しいって、オウガはB級の魔物だニャ……」
だったらしい。
マズいかな?
僕らのパーティは、裏表のあるジョブ持ち二名に妖しいのが二匹と、微妙に埒外な四人組になってしまっているんだよね。
今更ながら、あまり目立ち過ぎないほうがいい気がしてきた。
「中くらいの鬼なら妾が鳳仙花で……いたっ!」
若干、気になる表現があったが、僕は余計なことを言いそうになる楓の横腹を肘で小突く。
「なにをす……」
「既に先発隊の方が弱らせていたのだと思います。僕らがまともに戦う前に倒れてしまいましたよ」
僕は自分でも白々しいなと苦笑いしつつも、ミーオさんにそれっぽいことを言い切った。
「……まぁ、C級冒険者が戦ってたのなら、弱っていてもおかしくはないニャ。それより……あまり無理はしてほしくなかったニャ」
「ごめんなさい」
純粋に心配してくれたのだ、僕は素直に謝る。
「まぁ、結果お〜らいニャ。そして、またいつの間にか一人増えているようニャ?」
「……はじめまして、涼、です」
涼はミリアの足にしがみつきながら、ミーオにおずおずと挨拶した。
ミーオはデレデレしつつも、「よろしくニャ」と返してくれた。
涼さん、僕から見てもそれは可愛いです。
「おっと、しまった。忘れてたニャ! ギルド長に君たちが無事帰ってきたことを伝えてくるから、待っててニャ」
ミーオは二階へどたどたと駆け上がっていった。
そういえば、上では二次隊の準備をしているって言ってたね。
上階で「ギルド長ー!」と声が聞こえた後、室内に入ったのか気配が消えた。
しばらくして、二階からモノクルを掛けた壮年の男性がミーオさんを伴って降りてきた。
「こいつから聞いたぞ。お前らがアウルローに向かったF級の冒険者か?」
男はミーアさんをクイッと顎で指してから、僕らに尋ねてきた。
異世界に来てからあまり関わったことがないタイプの人だ。
……僕はちょっとだけ苦手かもしれない。
「はい」
意識したせいかこわばってしまい、無愛想な態度になってしまった。
「おいおい、そう緊張するな。事情はミーオに話したことが全てか?」
「ギルド長は顔が怖いからニャ」
ミーオがギルド長との会話の腰を折る。
この人がギルド長か。
確かに顔は怖いけど、雷系ではなく冷徹なタイプって感じだ。
「えっと、はい。僕たちがダンジョンで把握した事は、ミーオさんに伝え終わっています」
「――そうか、シンジと言ったか? 報酬内容はこれからギルドで話し合う。お前たちが受けた依頼の額のまま、というわけにはいかないからな。まぁまた、明日にでも来てくれ。今日中には決めておく」
「わかりました。それでは、また明日の昼前にでもギルドへ顔を出します」
彼は僕の返答をきくと、「ああ、そうしてくれ」と言い二階に戻っていった。
僕らもミーオさんにも一礼して、ギルドを後にする。
◇
僕は宿へ帰る途中、その足を止めた。
さっきの会話で気になった台詞の意味を訊くためだ。
「……ねぇ、楓。さっき中くらいの鬼って言ってなかった?」
「む? ああ、そうじゃぞ? あんなものはまだまだ大きくはない。そうじゃな〜、酒呑童子様なぞは10メートル近くはあるのだぞ」
「――あぁ、あの方はとても大きい、です~」
幼女二人はその容姿を思い出したように、揃って上の方を見上げた。
10メートルって……。
地球にオウガより大きいのが居たことに驚きだよ!
そんな巨体が人知れずに存在するとか、地球もここに負けず劣らずファンタジーだよね。
またもや自分の知らない地球の裏話に驚愕つつも、宿に帰る道を進んだ。
※2019/02/23
インデントが無かったため追加




