バスケ部の後輩が好きなんだけど、バレンタインチョコ渡すのどきどきしすぎて難しい件
カバンの中、渡せなかったチョコレートが入ったまま……。
「えっ、渡せなかったの?チョコ」
「うん……」
帰り道、麻衣子にうちあけると「ありえないっ」って首をふられた。
「後輩くんでしょ?部活の」
「うん……」
田島健太くん。
バスケ部の2年生。
ひとつ年下の男の子。
背は、ちっちゃい。
だからかな、女子の人気はイマイチ。
だけどすっごい練習熱心で、小さくてもそのスピードと正確なシュートでレギュラーとってるがんばりやさん。
特にスリーポイントが入った時の、「よしっ」って無邪気な笑顔がかっこかわいくて。
あれ見た瞬間、胸がどきどきして、健太くんのことが気になり始めた。
女子と男子とはいえ、同じバスケ部だから、合同練習とかもあってさ。
クリスマス会とかは合同でしていたから、けっこう話もしたりしたのに。
私がクラブを引退してからは、たまに廊下で会う時に、挨拶するくらいの関係になっちゃっていた。
どんどん距離が遠くなっていくみたいで、悲しくて。
バレンタイン、告白するつもりだったんだけど……。
「なんで学校でわたしちゃわなかったのよ。連絡先くらい、知ってるんでしょ?ちゃちゃっと呼び出して、渡せばよかったのに」
うん。
だよね。
自分でもそう思う。
でも、健太くんの様子を見てからメッセ送ろうとしてさ。
彼のクラスをこっそりのぞいたら、同級生の女の子にチョコもらってるの見ちゃったんだもん。
いかにも義理ってかんじの小さいチョコだったけど、でもでも。
「私のほうが、年上なんだもん」
なんでもないような教室の扉がバリアみたいに、硬くて、遠い。
1歳。されど1歳。
大人になったら、なんでもないような年の差だ。
でも、中学生の私たちには、その1歳はとてつもなく大きい。
麻衣子も、「あー」ってうなずいた。
逆ならともかくさ。
女子のほうが年上ってさ。
なんかね。
微妙にハードル高いっていうか。
「でもさ、香奈。私たち、もうすぐ卒業なんだよ」
「わかってる……」
中学を卒業したら、もう廊下ですれ違うこともなくなっちゃう。
今より、もっと距離なんて遠くなっちゃう。
会いたいなら、会いたいって言わなくちゃいけないんだ。
もうすぐ、私と健太くんの距離はそんな距離になっちゃうんだから。
麻衣子と別れて、しょんぼりと歩く。
家までは、もう少し。
5分も歩けば、つく距離だ。
でも。
このままで、いいの?
このまま帰っちゃっていいの?
このまま、家に帰ったら、私の中学最後のバレンタインは終了だ。
健太くんとの距離も、遠くなっていくままで……。
ぴたり、と足が止まった。
いやだよ……!
このまま、なにもいわないまま、ただの部活の先輩でいるなんていやだ。
どうしよう。
学校に戻る?
健太くん、まだ学校にいるかな?
あせって、きびすを返す。
かけだしたくなる気持ちを抑えて、速足であるく。
告白、するの?
フラれたら、気まずくなるよ?
ぶっちゃけ、恥ずかしいよね?
特に人気があるわけでもない年下の子に告白して、フラれたらさ。
部活の子にいいふらされたり、するかもよ?
頭の中、意地悪く「わたし」がささやく。
昼間、言えなかったのは、きっとそんなことばっかり考えていたからだ。
でも、さ。
考えてみれば、健太くんは私のことフったとしても、笑いものにしたりなんかしない。
私が好きになったのは、そんな男の子じゃない。
いつも一所懸命で、ひたむきで、まっすぐで。
だから、好きになったんだ。
赤信号で、ストップくらう。
気分は焦るのに、……神様!
健太くん、もう家に帰っちゃったかな?
今日はクラブもない日。
そろそろ帰っちゃっても不思議はない時間。
いっそ家まで持っていく?
それは重すぎる?
迷いながら、学校への道を逆行して。
「渡貫先輩?」
「健太くん……っ」
嘘みたいな偶然。
神様がいるなら大感謝!
コンビニからでてきた健太くんに、偶然会うなんて……!
「その……、久しぶりだね。元気だった?」
「はい!超元気っすよ!それしか取り柄ねーから」
「またそんなこと言って。シュート、いっつもいい感じに決まってるじゃん。練習の成果、でてるよね」
にこって笑う。
かわいく、笑えてるかな?
速足しすぎて髪の毛ぐちゃぐちゃになっている気がするけど、今は鏡なんて見れないしっ。
健太くんは、にへっと笑う。
私の好きな、嬉しさ全開って感じの笑顔。
「渡貫先輩にそう言ってもらえて、嬉しいっす」
私は、その笑顔が嬉しいっす。
「あ、先輩、だいじょうぶですか?さっき急いでたみたいだけど」
ついつい声かけちゃってスミマセンって、健太くんがぺこんと頭を下げる。
大歓迎です、とは心の中だけで叫んでおいて、
「あ、うん。だいじょうぶ。ちょっと速足の練習していただけだから」
って、なんだそりゃ。
自分でもわけわかんない言い訳。
健太くんは「ふはっ」っと笑った。
「なんすか、それ。先輩、たまに謎ですよねー」
ヘンな先輩でごめんなさい。
でも好き。なんてな。
「そういやさー、先輩!今日、何の日か知ってます?」
ちょぉ、待って!
油断したとこに、それ爆撃ですから!
「バレンタイン?」
平静を装って言うけど、声が裏返った気がする。
どっから突っ込んでくるんだよ、健太くん。
「ですです!」
健太くんは、またにぱっと笑って、私のほうに両手を出して、
「っていうわけでー、恵まれない後輩にチョコください!義理でいいんで!」
なんていうから。
「義理じゃなくても、いい?」
なんだろ。
なんかスイッチ入った?
よくわかんないけど、急に落ち着いたというか腹が座ったっていうか。
さっきまでグダグダ考えていたのがぽーんと飛んでいって、私はめっちゃ冷静っぽくカバンから今日ずっと持ち歩いていたチョコを取り出した。
チョコのサイズは大きくない。
トリュフが4粒はいった、手のひらサイズのブルーの箱。
「はい、どうぞ」
こちらにむかって差し出された手の上に、チョコの入った箱を載せる。
「言っておくけど、本命ですから。手作りですから。味わって、食べてよね?」
重々しく言って、微笑む。
……ん、あれ?
予定では「好きです」っていって、これからも一緒に遊びにいったりしたいって可愛らしく言うはずだったんだけどな?
なにキャラなのかわからないなにかにとりつかれたように、私はにこにこ笑って健太くんをじっと見つめる。
と。
健太くんの顔がぐわっと赤くなった。
え。
ぎゅっと私のチョコを、健太くんは胸に抱きしめる。
そんで私の顔をぎっと睨んで、
「ちょ、待って。待ってください、俺。こんなの、ぜんぜん予想してなくて」
「うん」
「でも、無茶苦茶嬉しいんで。ぶっちゃけ、ずっと先輩のこと憧れてましたしっ」
「……うん」
「まだ、好きとかはちょっとわかんねーんですけど!でも、あの今度!一緒に遊びに行ったり……誘ってもいいですか?」
真っ赤な顔で、あたふたしながら、健太くんが言う。
そっか。
好きとかは、まだないんだ?
でも、一緒に遊びに行ったりはしてくれるっと。
「嬉しい……」
すぐにラブラブなんて、そりゃちょっとは憧れてたけど、無理なのわかってた。
憧れてくれていたなんて、それだけでも光栄だし、デートしてたら距離なんて縮まるかもだしっ。
っていうか、縮めてみせるし?
まずは、スタートライン。
せーのってとこかな?
では、あらためて。
「健太くん、好きです。今度、デートに誘ってくれるの、楽しみにしているね」
せいいっぱい可愛らしく言えば、健太くんは片手で赤くなった顔を隠しながら、
「渡貫先輩がくっそかわいいんですけど、どうすればいいんですか?」
だって。
「ちょっとずつでいいから、好きになってくれると嬉しいな」
でも、まずは、そのチョコレート、味わって食べてよね!