乱入
【楽園】の魔王、アレックス・モノ・ラクロは純血統の魔王だ。
俄仕込みの有象無象とは訳が違う、始まりの魔王から連なる真なる魔王。
彼は、尊大であり、不遜であり、傍若無人であったがしかし、それに見合うだけの力を有していた。
彼は数多くの勇者を殺し、同時に、数多くの同胞をも殺してきた。己の意に染まぬものはそれが何者であれ、許すつもりはなかった。
彼は、自身こそがこの世界を統べるに相応しい存在で在るという事を信じて疑っていなかった。全てを捩じ伏せ跪かせるだけの力を持つ自負もあった。
だから。
彼は今、自身に降り掛かった事態を全く理解出来ずにいた。
敵を目の前にして、ただ立ち尽くす以外に何も出来ないという事実を信じる事が出来なかった。
勇者でもない只の人間の魔術師を相手に、手も足も出ず完敗した現実を受け入れる事が出来る訳もなかった。
(冗談じゃないわ、何よあの女!?)
【少女】の魔王、リボンはその光景をただ呆然と眺めていた。
(相手はあの【楽園】よ?いけ好かないクソ野郎だけど、最上位の魔王の一角なのに…!)
「まさかとは、思うけど」
リボンの傍らにいた【少女】の魔王、マーガレットが呻くような声で呟く。
「あいつ、シャルロッテ様より強い、なんて事は無いわよね…?」
「そんな訳…!」
リボンは反射的に否定の言葉を吐きかけるが、そこでしばし言葉に詰まる。
自分の主の実力を疑った事など一度も無いが、目の前で【楽園】を一蹴する様を見せ付けられた衝撃は大きかった。
しかし、あの魔術師は放置も看過も出来ない。何故ならば。
「そんな訳、無いけれど。でも危険だわ。あの女、シャルロッテ様に近づける訳にはいかない」
あの魔術師は、シャルロッテを名指ししてきたのだから。
「全員で掛かるわ。確実に潰すわよ」
◇◇◇◇◇
その瞬間、【少女】の魔王、ナカヨシは渾身の力を込めて大鎌を振り下ろした。
死角を取り、虚をついた。【少女】達、総掛かりで漸く作り出した一瞬の隙。この時、この位置、この間合い。加えて、ナカヨシが振るうのは掻き抱いたモノに余さず死を与える『抱擁の鎌』
最早、何者であれ、回避も防御も不可能な一撃は猛烈な勢いで女魔術師の背後から首筋に叩き込まれ―――。
そして突然現れた透明な結晶の壁によってあっさりと阻まれた。魔術の防御であろうとも容易く切り裂く筈の大鎌の刃はしかし、薄く、一見脆くさえ見える結晶の壁で完全に止められてしまう。
同時、動きが止まってしまったナカヨシに向かって、数本の透明な結晶の槍が飛来した。
逆に不可避のタイミングで攻撃を受けることになったナカヨシは、舌打ちをしつつ大きく後方に飛び退きながら、大鎌を振るって結晶の槍を切り払う。結晶の壁の堅固さが嘘であったかのように槍は砕け、無数の破片となり飛び散った。
途端、感じる違和感。たった今まで己の身体の一部のように手に馴染み軽々と扱えていた大鎌が、急にずっしりと重くなる。
「その物騒な鎌は、おっかないので封じさせてもらいました」
そこで漸く振り返り、ナカヨシに目を向けた女魔術師の言葉を聞いて。
「……っ!クソッ、クソクソクソ畜生!!何だお前!?なんなんだお前ぇ!!」
声を震わせながらナカヨシは叫ぶ。苛立ち、屈辱、怒り、そして―――恐怖で。
強敵と戦った事は何度もある。遥か格上に挑んだ事も。死にかけた事も一度や二度ではない。
しかし、ここまで得体の知れない相手と対峙した事などかつてなかった。
あの女魔術師は、ここに現れてから一度たりとも呪文の詠唱をしていない。
予兆も気配も無く。ただ唐突に顕れる魔術。
熟練した魔術師ならば、短縮詠唱や無詠唱で魔術を使う者も多いが、そんな生易しいものとは全く違う。
魔術の行使には最低限必要な筈の呪文名が無い。代替動作も無い。魔導具を使用している様子も無い。気が付けばそこに発動した魔術が在る。
そんな力を使う魔術師など聞いた事も無かった。
勇者ではない。それは間違いない。
勇者と魔王は宿敵たる互いを見誤ることは決してあり得ない。どのような手段で偽装しようとも、欺くことは不可能だ。それは、最初の勇者と魔王が現れてから決められている事だった。
だがそれならば何者だというのか。再びの舌打ちと共に使い物にならなくなった大鎌を投げ捨て、ナカヨシは周囲を見回す。
女魔術師を包囲している【少女】達の半数は既に戦闘能力を奪われている。認めたくはないが、まともな手段での勝ち筋は残されていないだろう。
最早こうなれば、残る全員での特攻に賭けるか、それとも動けない仲間を見捨ててでも離脱を図るのか。
優先すべきはシャルロッテの身の安全。その為に自分の命をどう使うべきか。
一瞬の逡巡、そして気付く。
体が、動かない。
視線を下に落とすと、自分の身体の中央を貫く結晶の槍があった。
「…!?どこからっ…」
次に腕を。さらに脚を。そして喉を。一瞬の内に顕れた数十の結晶の槍に全身を貫かれ、ナカヨシは意識を失った。




