灰色
【人間】の勇者、アリアロア・アッシュハートは天を仰いでいた。
晩秋の空は澄み渡っている。日々冷え込むようになってきた季節だが、今日は暖かで穏やかな日差しが降り注いでいた。こんな日にのんびりと散策でもすれば、さぞかし良い気分だろう。
周囲が累々と死体が転がる、地獄絵図のような光景でなければだが。
アリアロアは視線を下に戻すと周囲を見渡した。村の住民達含め、ここにいた人間はほぼ全滅しているだろう。
ほぼ、というのが面倒だ。ここまで破壊され尽しているこの村自体をさらに壊した所で、今更気にする者もいないと思うが、生き残りがいた場合を考えると敵を丸ごと一掃してしまうような大規模な攻撃魔術は使えない。
それに。
不意に飛来した炎の球が防御結界に阻まれ弾けて消滅した。途端、アリアロアの背後から大きな悲鳴が上がる。彼女の背後。皆一様に蒼白な面持ちで蹲り、へたり込んでいる【准勇者】達21名。彼等を守る為には、この場を離れる訳にもいかない。
「大丈夫ですよ、ただの流れ弾です。敵は全て他の勇者達が抑えていてくれてますし、万が一ここに来たとしても、私がどうにかしますから」
怯えきっている彼等を落ち着かせようと声を掛けるが、余り効果があったようには見えない。啜り泣きの声さえ聞こえてきた。
無理も無い事だと思う。彼等にとって今回の遠征はあくまで只の訓練という認識だった筈だ。
魔物の生息する森に赴き、監督役の勇者達の指導の元、下級の魔物を狩るだけのさほど危険度の高くない訓練。それが、滞在先の村で奇襲を受け蹂躙され、仲間の半数以上を失う事態になったとあっては。
(おまけに、加勢にきた勇者が私ですしね…)
アリアロアがちらりと彼等の方向に視線を向けると、彼女を窺っていた数名が慌てて目を逸らす。
つまり、彼等が怯えている相手は敵だけでは無い、という事だ。
忌避される事には慣れているが、今のような状況では少し困る。パニックでも起こされて勝手な行動を取られようものなら流石に全員守り切れる自信は無い。
(いっそ全員眠らせてしまったら楽かもしれませんね)
そんな事を思いながら、アリアロアはこっそりと小さな溜息を吐いた。
「あぁクソ畜生!完ッ全にしてやられたぜ!」
【獅子】の勇者、ライオ・ラル・バインは毒づきながら大の字に地面に倒れ込んだ。人間よりも遥かに持久力に優れた獣人である彼が、まさに精根尽き果てたといった様子だ。
「全くね。失態だわ」
【妖精】の勇者、キャロライン・シードは唇を噛む。森妖精である彼女の端正な顔は、しかし今は屈辱と後悔の表情で歪んでいた。
二人は共に魔王討伐数200を超える経験豊富なベテランだ。その二人が今回の襲撃では完全に不意を突かれてしまった。
村に潜んでいた、【泥濘】の魔王の奇襲。予想外の事態ではあったが、それだけならばまだ対処出来た。
しかし、想定外であったのは、続け様に襲い掛かって来た【絶叫】と【群体】と【鑢】の魔王だった。
まさかこのような僻地で、しかも四人もの魔王が同時に、さらには連携をとって襲撃してくるなどとは。
恐慌状態に陥った現場の混乱を収める事に手間取っている内、弱い者、孤立した者が徹底的に狙われ、被害が拡大していった。
「今回の有り様はあんた達の責任よ!私は頼まれてついて来ただけだもの!私は知らないわ!」
【腐食】の勇者、メリル・フロウが二人に向かって指を突き付けながらヒステリックに叫ぶ。
「あぁ?てめぇ…」
「彼女の言う通りですね。討伐数上位者が聞いて呆れますよ」
身を起こし反駁の声を上げかけたライオを遮り、【金庫】の勇者、シンノシン・カネサキがメリルに同調する。
「ふッざけんじゃねぇ!てめぇらがまともに連携取ってりゃあ、まだ少ない犠牲で済んだかもしれねぇんだぞ!?」
激昂したライオが声を荒げる。
「てめえら『教本』野郎どもが好き勝手暴れなけりゃ、もっと早くに態勢立て直す事も出来たんだ!それをッ…」
「ライオ!」
頭に血が上ったライオが思わず口走った『禁句』をキャロラインが止めようとするが、既に手遅れだった。
「煩いわね!煩いわよ!そもそも、私には別にあんた達の命令に従う謂れなんか無いのよ!それを上から目線で偉そうに!」
「うんざりだ…『天然物』の連中はいつもそうやって俺達を見下す」
『禁句』に激しい拒否反応を示すメリル達。
「あなた達、今はそんな事で揉めている場合じゃないでしょう!」
キャロラインが諫めようとするものの、事態は一触即発の様相を呈している。
「そうですね。折角生き残った挙句が、味方同士の諍いを見せ付けられたとあっては、【准勇者】の失望いかばかりか、というものです」
そこに、アリアロアがふらり、と割って入った。
「とにかく、一旦撤退するなりして彼等を落ち着けるようにしなければ。早急に報告もしなければなりませんし、今後の方針を…」
「あんたは何なのよ!後から来て大した事もしていないクセに、仕切ろうとしてんじゃないわよ!」
メリルがイラついた表情でアリアロアを睨み付ける。
誰も彼もが血と泥と煤に塗れているなか、アリアロアの姿は不自然に綺麗なままだった。
それがメリルの癇に障る。
アリアロアのアッシュブロンドの髪、白磁のような肌、銀の刺繍が施された純白のローブ、首の後ろで蝶結びで結わえられた黒白格子模様のマフラー。その全てに塵一つ付いた様子がないのが気に食わない。
それに何よりも。
「『天然物』だか『第三位』だか『魔女の弟子』だか知らないけど!」
彼女の額から生えた半ばから折れた真っ赤な角。
「魔族如きが偉そうに私に指図してんじゃないわよ!」
何よりも、勇者としての実力が彼女に劣るという事実が気に食わなかった。




