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『魔女』の弟子

 師匠はちょっと、いやかなり自己評価が低すぎるのではないだろうか。

 それが私の正直な思いだった。

 『暁の魔女』メリーマリー・ジルコニアス。

 その名こそが天才の代名詞である、と本気で考えていた。

 

 少しばかり魔術が得意だっただけの自分が今のようになれたのは、間違いなく師匠の指導の賜物だ。

 確かに扱える魔力の量は昔から人並み外れていると言われてはいたけれど、それだけに大雑把で感覚頼りの魔術行使しかしていなかった。

 力任せに無理矢理ごり押し。そんな魔術を使って得意満面になっていたかつての私が初めて師匠の魔術を知った時に受けた衝撃は今でもうまく言い表すことは出来ない。

 膨大な知識。繊細かつ大胆な魔術理論。精緻極まる呪文構築。効率的な魔力運用。若くして魔導技術の奥義を極めた大賢者。

 それが私の偉大なるお師匠様だ。


 

 そしてその偉大なる大賢者様は現在、酒場の隅で何だかへにゃへにゃに酔い潰れていた。

「ほら師匠、しっかりしてください。もう帰りますよ」

「うーん、むにゃむにゃ。ぐーぐー」

「いや、そんな分かりやすい寝た振りに騙される人いませんからね?」

 私の呼び掛けに雑な演技で答える師匠。

「えー…?じゃあ、zzzzz…」

「演技をリアルにしろって事じゃありません…って、本当にもう寝てる!」

 師匠の身体を揺すってみたけれど、どうも本格的に寝入ってしまったらしく起きる気配がない。

 

「嬢ちゃんも毎度大変だなあ」

 親父さんが苦笑混じりに話しかけてきた。

 初めてここに来た時にはギョッとされたりもしたけれど今ではもうすっかり顔馴染みになっている。

 …つまりは、それだけ師匠がここに入り浸っているという事だ。

「そう思うんだったら、師匠に飲ませないでください」

 私が少し恨みがましい視線を向けると

「ウチぁ基本的に客の選り好みはしねえんだ」

 肩をすくめながら答える親父さん。

「それでもまあ、一応は止めたんだぜ?嬢ちゃんに面倒掛ける前に帰れってな。聞きゃあしなかったが」

「でしょうね」

 私は溜め息をつく。


 さて、どうしよう。面倒だからこのまま持って(・・・)帰ってもいいけれど…。

 でも、うん、やっぱり起きてもらおう。出来れば早めに聞いてもらいたい話もあるし。

「師匠」

 言いながら私は若干(・・)魔力を高め師匠に意識を向けた。

 その瞬間、師匠はぱちりと目を覚まし身を起こして大きく伸びをする。

「ん~~~~~…、もう、全く」

 そして私に目を向けると

「そんな風に師匠を脅すような弟子を持った覚えはありませんよ」

 などと咎めるように言ってきた。

「だって師匠普通に起こしても絶対に起きてくれないじゃないですか」

 私だって不本意ではあるけれど、何しろ、酔っ払った師匠はまともに相手をするとひたすらに面倒臭い。

 多少の強行手段を使った方が物事が円滑に進む場合だってあるのだ。


「大人にはたまには疲れた心を癒す為の時間だって必要なんですよ」

「連日連夜をたまにとは言わないと思います」

「優秀な弟子に追い立てられる凡庸な師の気持ちなんて分かるわけないんです」 

 

 師匠、既にお酒は完全に抜けている筈だけれど。どうにも、大分精神状態が落ち込んでいるらしい。

 いつも思うのだけど、師匠が私ごときを相手にこんなに自信を持てないでいる理由がよく分からない。

 一体この人のどこが凡庸だと言うのだろうか。実際、私の魔導技術は師匠に全く及んでいない。現に今師匠がいつ魔術を使ったのか私には全然わからなかった。

 多分、私が魔力を向けた事を察知した瞬間、師匠は『毒抜き』の魔術を使って酔いを醒ました筈だ。

 しかし、呪文は無詠唱だったし、その割りには魔導具を使った形跡も、省略儀式を行った様子もないし、それどころか魔力の動きさえも私には察知出来なかった。

 要するに「何もしていない」のに、しかし魔術の効果だけは発揮されている。目の前で見ていたのに、正直、訳が分からない。もしも他人から話だけを聞いたのなら一笑に付していただろう。

 さっき師匠は「追い立てられる」と言った。その通り、私はこの3年、全力で師匠の背中を追ってきたつもりだ。師匠の言う所の「優秀な」私が全力で見て、学び、模倣し、盗み取ろうとして、それでも尚、遠く理解が及ばない。そんな人が何故凡庸だなどと言えるのだろう。


「まあそれはともかく」

 そんな師匠の言葉ではっと我に返る。思っていたより深く思考に沈んでいたらしい。

「なにか、私に急用があったのですか?」

「ああいえ、それほど急を要する訳でもなかったのですけど」

 帰ってから聞いてもらうつもりだったのだけれど、別にここで話してしまってもいいか。


 ◇◇◇◇◇

 

「私の『勇者紋』の活性化が始まった様子なんです」


 そう告げた少女の口調は、実に何気ないものだった。何と言うことの無い日常の会話のように。

 僅か12歳の少女が自らの命のカウントダウンが始まったと宣言したのだとは思えない位に。


 

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