『魔女』の憂鬱
天才。
そう呼ばれる類いの人間が稀に存在するという事は理解しているつもりだった。
彼女の知人には才溢れる人物が多かったし、自身としても事、魔術の才に於いては人並みより秀でていると自負している。
事実として、同程度の努力に対しての得るものの多寡は確実に存在すると思っていた。
…思ってはいた。だが、これは。
彼女の達した高み。地道な努力を積み重ね築いてきたその位置まで、一足飛びに駆け上がるどころか、まるで翼を生やして飛んできたかのようにあっさりと到達したその少女。齢僅かに9歳であるという。
自身より遥かに年若い少女に才能で劣ると思い知らされたその時は実に暗澹たる気分にさせられたものだが、しかし同時に目覚めた思いもあった。
才能の育成。原石の研磨。
稀なる天稟を持つ者が一体何処に辿り着くのか。一体何者にまで至るのか。
かつて誰も達し得た事の無い最果てを、自らの先導で共に目指し夢見ることが出来るというその思い。
そして彼女は初めての弟子を持つことになった。
―――のだが。
それから3年。彼女は既に匙を投げ掛けている。
少女の魔術の腕は、控えめに言っても既に人外の域に達している。
正直、最早彼女の手に負える範疇を越えてしまっていた。
「だからーこれもうぶっちゃけ私いらなくね?って話なのようー」
最近、こうして酒場で愚痴を吐くことが彼女の日課のようになっていた。
したたかに酔っ払い、テーブルに突っ伏してくだを巻く彼女の姿はとてもではないが『暁の魔女』と評されるような人物に見えない。
「もうホント何アレ何なのアレちょっともうワケわかんない」
もう何度繰り返したのか分からない同じ内容を口にしつつ、彼女は杯を煽り中身を飲み干す。
すっかりお馴染みと化しているその光景。時は夕暮れ、客の入りも多くなってきている頃合いだが、彼女のテーブルの回りの席だけは誰も寄り付かなかった。
こうして、誰に聞かせる訳でもなく取り留めもない愚痴を撒き散らしている彼女ではあるが、暫く前までは共に同じテーブルに付き話を聞いてくれる者もいた。
普段の彼女は生真面目で理知的な性格をしているし、加えて、見目も麗しいとなれば、たまの愚痴にくらい付き合っても良いと思う者は多くいたのだ。
それがたまに、では無くなりさらに、酔った彼女が予想を超えて面倒臭いということが明らかになるにつれ、少なくとも酒場での彼女に関わろうとする者はいなくなっていった。
そんな訳で毎度毎回、一人寂しく酒を舐める日々。余り、いや全く生産的な行為とは言えないのは自覚はしていたが。
少女を弟子にしてからの暮らしは実に驚きに満ちていた。いい意味でも、悪い意味でも。
教える立場になってむしろ、自身が学ぶ事も多くある。というのは成る程、確かにその通りだった。
弟子の示した発想から新たな着想を得たという事もあった。
自身の魔術が新たな発展を遂げるに至ったのは弟子の存在に依るところが大きいのは間違いがない。
それだけで済めばよかったのだが。
何というか、天才がやらかす事を間近で見せられ続けるという事が、こんなにも精神を削ってくるのだとは予想していなかった。
三日会わざれば刮目してみよ、などという言葉がどこかの国にあるらしいが、彼女の弟子の場合ほんの数時間目を離しただけで刮目する羽目になる事も珍しくはない。
端的に言って「やってらんない」という気分になるのも致し方ないと思うのだ。
「親父さーん。お酒ー、おーかーわーりー」
杯を振り回し追加の注文をする。
酒場の主人は呆れ顔で溜め息をついた。
「姉ちゃん、もうやめときな。まだ時間も浅いのにぐでんぐでんになってるじゃねえか」
「なーにようー私そんなに飲んでないわよー」
実際、彼女の飲む量はさほど多くはなかったが。それでもすっかり酔いが回っている様子であるのは間違いなかった。
「いいわよいいわよ、どうせ私なんて飲ませる程の価値もないっていうんでしょ…」
不貞腐れた彼女の愚痴が再開されようとしたその時、入り口の扉が開き一人の少女が姿を表した。
年の頃は10を少し越えた辺りか。酒場にいるには似つかわしくない年齢だが、特にためらう様子もなく店内に踏み入る。
少女はまっすぐ彼女のテーブルまで歩み寄ると、
「師匠。少しお話があるのですが」
と声をかけた。




